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地図を見て凡そを把握した。
このエルフ族の国の領土は、大陸のほんの一部。とても小さな国らしい。壁の外など見晴らしが良さ過ぎたからして、近くに鉱山は無い。
名前をクイヴィエーネン。どこかで聞いたような名前だが、気にすまい。
この世界は所詮ファンタジー世界。童話なり色々を受け継いだ世界なのだ。
はたまた、これらが時空を跨ぎ、様々な世界へ伝わったとも考えられる。
エルフは長寿命か不死身と聞いた事がある。肌は固く、足跡や足音を残さず立てず、感覚に特に優れているとさえ言われているくらいだ。
だがこうしてエルフたちを見る限り、寿命の方は不明だが、決して人間より圧倒的優位性を持った種族とは思えない。人間と大差ないような気がしている。
相手国、ザツビ帝国、ゲルマニクス大帝国、バルバドーラ王国。これら三国は同盟を結んでいるようだ。
一番近いのがゲルマニクス。面倒なのでゲルと呼んでしまおう。ゲル国。いい具合に汚い名前になった。愛着が沸いてくる。
距離にしておおよそ23マイル。だいたい、37㎞先といったところか。はそう遠くない。
見渡す限り平野である所が更にネック。
隔てとなるべき本来あるべき森は諸事情かで伐採されてしまっていたようだし、岩場も大河も何も見て取れない。
寧ろどうしてこんな様のまま、この国は潰されなかったかのほうが疑問だ。
三国が同盟までしている点を考えると、この国はもしや、過去は強国だったのだろうか。今ではただの最弱小国でしかないが。
「アメジスト、この国はいつから戦争やってるんや?」
「かれこれ10年程前から」
「当時のお前は何歳や」
「5歳くらいです」
やはり今のアメジストは大体15,6なのだろう。恐らく人間と大差ない成長速度なのだ。そうであるなら寿命も人間族とそう変わらないのだろうが…。
ともあれ、10年。何度の戦闘があったかは知らない。分からない。詳しくは、後の大佐に聞いたほうがいいか。
現在、男8万、女20万。元々の数が多分合計50万~100万だったとしても、そのうち兵士はたかだか2,30万といった所だろう。
そんな国がどうして強国であれたのか。帝国と呼ばれるような国3つが同盟を結んでまで戦わざるをえない程、強国だったのか。どうして10年も凌ぎ切れたのか。
聞いたことがある。エルフは魔法を使うのだと。
ワイの世界でのエルフは妖精か精霊で、自然の綺麗な場所に住まうという伝説が残っている。
だからこうして大勢が国を形勢している事自体不可思議でならないワケであるが、それはともかく。
「アメジスト、エルフ族は魔法を使うのか」
「はい」
「全員使えるんか」
「いいえ」
「今この国で使える奴はどれくらいや」
「ゼロです」
もう意味分からん。
そう思って肩を鳴らしてみれば、アメジストが急に肩を揉み始める。
別にこっているワケではないし別に肩を揉まなくてはと思っただけでは無さそうだ。鬱陶しい。
と、思ったら急に離れるアメジスト。1.5マイル先のワイを見つけるだけあり、色々察しもよろしいのだろうか。
いや、もしそうならば、女を侍らせるという提案はしてこなかった気がするが……。
「過去のエルフは魔法を備えていました。
ですか数百年も前よりその秘術は姿を完全に消し、今ではお伽話程度にしか語られておりません。資料文献、いずれも形として残っておらぬのが現状です。
しかし数百年という時は、エルフからすると短き時。エルフの寿命は無限。よほどの不殺生、よほどの肉の損失欠損を招かぬ限り、エルフは死なぬのです。
と、いうのも、それはこの目の色、紫のエルフに限る話。他のエルフ等は長くて300年。通常の繁殖さえ可能。私は形ばかりが女であり、でも確かに、女なのです」
青、黄、緑の目をしたエルフはつまり、人間のような繁殖方法をとっているということになる。そしてアメジスト色は、そういった生殖器官は持っているらしいが、それだけでは増やせないのだろう。何かしらの条件が必要か。
そして、アメジストの一族は、身体の成長がいずれ止まるのだろう。そして無限の時を過ごす事が可能という事になる。それまでは人間のように成長するらしい。見てくれから察するに、もう少し成長しそうではある。
だが、形ばかりが女であるというのは、少し不思議な表現だ。
妥当に考えるならば、そもそもの行為を必要としない、という意味になるか。確かにそうであれば、女であるのに、女ではないという表現がしっくりくる。単独で繁殖機能を備えている、と、なれば薬が必要なのか。それとも自動的なのか。
……いや、考えるだけ無駄か。興味はあるが、同時に興味はない。
所詮皆殺しにする一族なのだ。繁殖方法を知っても意味が無い。無駄な知識で終わる。
「この目の一族はほぼ絶滅しましたが、街にはまだ少しだけ居ると思われます。
間違いなく、魔法があった時代より生きる者が居る筈です。
必ずどこかで王族と接点があり、そして、魔法の所以、禁忌とされた情報さえも持ち得ている。王政が崩壊したこの段階ですから、語ってくれるかもしれません」
つまりは今日、日付変わって昨日かもしれないが、30の首にしてしまったその殆どが上位互換的エルフ達だった、となるわけだ。ワイは完全に判断を誤った。
王族ともあらば秘密を知っている確率は断然高いし、いや、間違いなく知っていたであろうし、生きているならば拷問なり様々行なって聞き出す事ができる筈だった。自分達だけ助かろうと壁を設置し始めるくらいなのだ。指一本刎ね落とせば、ベラベラ喋ってくれたいに違いない。
もはや過ぎた事ではあるものの、時間の無駄がこうして自らの行動によって発生している事に苛立ちを覚えてしまう。
そういえば、命乞いをした奴らを牢獄に入れたのだった。ここは当たれるだろうか。
「国盗りに、皆殺しは失敗やったな。んで、牢に入ってる奴に、パープルアイエルフはおらんのか」
「記憶が確かならば、おりません」
「…さよか」
居ない、とあらば拷問しても仕方ない。
確実にパープルアイエルフのみが知る情報だっただろうし、戦場に出る必要性のあったアメジスト、ジューダス姫には微塵も伝わっているワケもなく。
ただ言える。今では首だけになったエルフ王は、魔術だか魔導だか魔法だかに関する情報の流出を危惧していた。それこそ禁忌とするくらいなのだから、余程の不都合があったのだろう。
もしそうなのであれば、街にいるパープルアイエルフに問い詰めて答えを聞きだせるかどうかさえ怪しい。
実に、実に面倒なことになってしまった。
ノーマルエルフの中で魔術に関する情報を知る者はまず居ないと見ていい。エルフ王は徹底していた筈だからだ。何もかもを消し去っているのは間違いない。
そしてそれほど危険な代物だったというならば、兵士または民がその情報を何かしらの形式で保存していたのだとしても、発見そのものが困難。今すぐ見つかるとは限らない。十二分の捜索を余儀なくされる挙句、見つかればラッキーなくらいだろう。気が滅入る話だ。
そういえば、もう深夜だと思われる時刻だというのに、一向に兵士がこの玉座の間にやってこない。警報の鐘も鳴らぬし、静寂過ぎるほど静寂が妙に気になって仕方ない。
流石に会ったことのない君主の考えは読めないからして、ワイ自慢の予測力や直感力は微妙に適応されない。まさかこのまま朝日が登るまで、何も起こらないのではないだろうか。
「……ゲル状の国は何してんねん。夜こそ暗殺の時であり、夜こそ好機である筈やろ。
なんで来やせんねん。ビビってんのか」
「さあ。ですが20万近い兵士が一人残らず城に帰って居らぬのですし、警戒はするかと」
その通り。20万近い兵士が未だに城へ帰っていないのだ。
4万本のレーザーレインを2度、遠目からでも確認できるそれを行った。まさに何事か分からない事態が発生していると、ゲル国は思っただろう。
そしてそれはとんでもなく恐ろしい事なのだと、疑う暇さえ無く理解した筈。
不測の事態だからこそ、警戒しなくてはならないからこそ、何かしら情報を入手しようと動く。不測の事態が起こったならばその瞬間にでも動かねば、心も身体も兵士も国も誰も彼も、その正体不明に踊らされるばかり。
不明は心に恐怖を植え付ける。子どもがお化けを怖がる理由はソレだ。
時間経過が一番に怖い。事態は進展しないどころか悪化する可能性を秘めている。
だから、何が何でも行動してくるだろうし、普通はそのように駒が進む。
ノーマルエルフの目が如何程良いから知らないが、それでも警備に関して命令したのはワイであり、されたのはサージェント、部隊長のあの臆病エルフ族。徹底せねば死ぬと思っただろうから、見張りは結構な数の筈。挙げ句の果て、エルフ族の士気が上がっている。彼らは数日中ならば務めを果たし切る。すなわち、取りこぼしが発生する確率は限りなく低い。
にも関わらず報告は無し。鋭敏であろうエルフ族が気合を入れて警戒をしているにも関わらず、異変を察知できていない。そもそも起こっていない。つまりはゲル国は微動だにもしていないと言うことに直結する。
では、何もしてこない理由とは一体何だ。それほど相手国は愚かだとでも言うのか。
「偵察部隊も来てないと言うんか?ありえんやろ」
「さあ、判断しかねます」
……確かに、今のままでは机上の空論。これ以上の議論は無意味。まさに時間の無駄。結果が今の有様なのだと言うならば、それ以上でもそれ以下でもない。そして解答が導き出せないのが現状なのだと言うならば、それで終わり。進展は望めない。
だが、これではヘタすると後手。ワイが後手。それは嫌だ。後手は嫌いだ。大嫌いだ。
ゲル国の動きがまるでないこの不気味さがプレッシャーと成り代わっている。本当ならばゲル国が不安に思ったりするべき所だというのに、真逆をやられるとは。
……、気のせいだろうか。こういう事態をかなり前に一度味わった事がある気がする。ワイが生きていた頃、どこかで似たような事があった気がする。何だったか。あまりワイが深く関わっていなかった出来事、だったような。でも妙に覚えが。
あ。
「………、朝まで何も無かったら、ゲル国にちょっかい出しに行ってみるか」
思い出した。なるほど、筋が通る。
では明日の朝まで何も無ければ、こちらから打って出よう。そこで真実が分かるだろう。
確証が得られれば行動しやすくなる。あとは見れば分かる。行われているという事実さえわかれば、証拠や証言は必要ない。無駄足にもならない。士気は結果下がらない。
ワイの眼力を欺ける者はまず間違いなく居ない。よほどの演技力の持ち主でも無い限りは。
「戦うのがお好きなのですね」
アメジストがそんなことを言う。言ってくれる。
とんだ勘違いだ。ガッカリさせられてしまう。
だが仕方のないことだ。言語化はやはり、時には必要。見れば分かるだろうと言える境遇と、そうでない境遇は明確に存在している。
それの線引もまた難しい物だが、実際に存在するから面倒臭い。
言ってしまえば、視覚は万能の伝達装置にはなり得ないという話だ。
言葉でさえ完全なる意思疎通は不可能なのだから、視覚のみでは当然、限界はより大きい。
だがしかし、ジェスチャーのみと、音声のみであるならば、当然音声のみの方が伝えやすい。
だから、言わねば始まらぬと言うのであれば、始める為に言わねばなるまい。見て分からぬと言われたならば、口で説明して理解を深めて貰う以外に手立ては存在しない。
ワイ個人的にも、ワイが抱く戦い云々決闘云々の定義くらいは、アメジストであろうが誰であろうが、とても理解して欲しい所である。
「ちゃうちゃう。ワイは待つのが嫌いで、勝つのが好きなだけ。戦うのは、時によりや」
「では明朝、貴方様が言うパープルアイエルフを集めておきます。他、具体的にやっておくべき事はありますか?出来る限りの準備と用意をさせていただきます」
アメジストに、ワイの話を聞く気はなかったようだ。
この女にとって重要なのはそこではない。理解者になる事こそが重要でありながら、ここはどうでもいいと思っている。省いて構わない箇所だと、考慮に入れなくて良い部分だと、そう解釈したらしい。
ようは、ワイが望む道具であればいいと考えている。ワイが利益になるただそれだけの存在であれば良いと考えている。だから、ワイがアメジストに対して理解を求められれば耳を方向けこそするが、もっと濃厚でなくては足りぬのだろう。
頭の隅にこの言葉を置いておくにしても、それを今も後も、きっと永遠、噛み砕く気はない。
いいや、単純で理解しやすい、いわば王道的な意見のみを汲み取ろうとしているのか。
ワイの本質部分、核心部分、本能的部分、粗悪ではない強い欲求等、それに近い部分のみを求めているとそうもとれる。
単純にワイが殺戮を求めているならば、それが実行出来る環境を作るだけ。それに従い、機械のように遂行するのみ。そこに何かしらの趣向が加われば考慮もし始めるだろう。
しかし、細かな解釈やワイの思考は後回し。ワイが死に掛けてしまえば、仮にワイがその死を受け入れる気しかなかろうが関係なく、この女はワイを助けようとする。要らぬ助太刀を決行する。
つまり、ワイの意思は重要でありながらも、関係がないのだ。
ワイが真の闘争に対してどのような誇りを掲げていようが、ワイが真に最期を悟ろうが、ただの自傷行為だろうが、感情的だろうが理論的だろうが、この女には関係がない。ただ護り、ただ道具として、余興として、はけ口として、代用として、ワイの意思関係なくワイの命と時間を案ずる、大馬鹿者。
随分身勝手な愛だ。愛されるつもりがまるでない。片思いと呼ぶには片腹痛い。到底別物のようにさえ見えてくる。否、愛とは違う代物。だが紛れもなく愛ではある。相手を考慮しない、押し付けるように与える愛。
ワイはこれが怖くて仕方ない。
僅かなズレを生じた程度の愛であればやぶさかではなかったやもしれない。しかしアメジストのズレは、ベクトルは、常人には到底至れぬ場所へと入り込み、あろうことか浸かりきっている。
もしかするとアメジストの世界は、大きな黒い穴、落ちれば間違い無く助からぬ、ブラックホールのような場所なのだろうか。
ならば尚の事恐ろしい話だ。この女、そんな中で平然と呼吸をしているぞ。
何処に居るかも分からぬ癖に笑っている。骨の全てが砕けてさえ微笑んでいる。そんな存在、そんな狂気の沙汰、こうして垣間見てしまえる程近い距離に居るワイが、恐怖を覚える事に何ら変な所はありはしない。
観測してしまったからこそ恐ろしいとそう思ってしまうのだ。
なんということだ。予想よりも厄介な存在に引き寄せられてしまったらしい。
異世界移動の旅はまさに、宇宙旅行と紙一重ということか。その発想は無かった。
……、一旦置いておこう。これ以上怯えるのは得策ではないし、柄でもない。
ともかくだ。最低限、間違いなく覚えて貰う必要のある言葉や理念もある。先程のワイの発言は別としても、また、アメジストが、エルフ族が不要だと判断して捨ててしまいかねないソレだとしても、それこそ無理矢理にでも頭に叩きこんでやらねばならない大事なことが存在する。そして、逆もまた然りである。
エルフ族とワイとの間には壮絶な程に認識の差があり、互いに理解し得ない部分さえあり、信頼に至っては絶望的。まさに極小の粒程度の信頼しか築けていないのが今。
そんな色々な差は、やり方次第で補えると言えばそうなのだが、あまりに下手を打つ事だけはどうしても避けたい。
認識の差による下手は、時折致命的な采配となる。
致命的にならずとも、その影響で不都合も手間も増える可能性は大いにある。
なので今はあえて大きく出る事にしよう。アメジストに対してもそうだし、エルフ族に対してもそう。大胆なくらいが丁度いい。それでいて単純である事が望ましい。
いいや、もはや必須。最低条件とも言えるか。
「この国の法律辞書と歴史表、どでかい看板1個用意しとけ。あとは……兵の方はダラダラさせとけ。んでお前は、もうちとまともな格好しとけや」
初歩中の初歩だが、重要過ぎる部分だ。
法や歴史を知らねば対処は遅れる。他人任せばかりになる。視野が限られる。ならば知っているに越したことはなし。知らずして高等な演説は不可能だからだ。
特に法は、既存の物を使うほうがやりやすい。1から考えるなど面倒でしかないし、新たな法をエルフ族へ覚えさせる手間や負荷を考えれば、既存の物に則った方が明らかにコストもデメリットも低く済む。そして、時間の節約に多大な貢献を果たすだろう。
あとは既存の物を多少改良したり多少追加するのであるならば、エルフ族の歴史を多少なり知っておかねば話になるまい。ワイにとっての些細な事が、エルフ族にとっての逆鱗となるか知れたものではないし、逆にどうすれば効果覿面となるか判断のやりようがないからだ。
良き題材が見つからずとも、何はともあれワイが王となる以上、理解ゼロでは不満に思われても仕方ないだろう。だから知らぬより断然いい。
そして看板に色々、最低限今すぐ伝えたい法の変更点、王が誰であるか、そして具体的にどのような財務と法律と軍事的活動を推し進めるか、単純に書き出すつもりだ。
単純とは言うが、ここで華麗に決めておかねばならないのは、もはや大前提。
言葉は使い様だ。言葉ほどに団結を生む力を備える物はないし、言葉ほど誰かを感動させる道具などありはしない。そして、言葉ほど疑わしいくらい信用出来る物もない。
かのアドフル・ヒトラーは、その本質をよく知っていたから大成功した。対して織田信長は、立派な暴君であったにも関わらず、暴言罵倒揶揄雑言が過ぎた為に裏切りを受けたのだ。
言葉は魔法だ。不確か過ぎて恐ろしい程、魔法のような代物だ。これひとつで全ての戦局が変化するし、これひとつで未来が立ちどころに変化しかねない。
強力過ぎる力。制御もまた難しい。だからこそ惹かれる物へと変貌する。
道理が折れていても、それが正しいとは到底言えない事でも、嘘や勘違いであっても、それこそ悪逆非道の限りであったのだとしても、1つ2つの細工を施すだけで、民の全てを洗脳するかの如くそれを通せてしまう。
特にこの戦時中、それも長い戦争であるが為に、エルフ族の心に余裕はない。したらば心はがら空きだ。
冷静などはそこに無い。善悪の判断さえ出来ない程に価値観は狂っている。
そこに優しい言葉を投げかけ相手に付け入る。魅惑的な言葉を使って心を掴み取る。強い言葉によって他者を奮い立たせ、熱い言葉に誰もが拍手喝采。
嘯く王は魔法の言葉で、民に真実を告げるかのように、それはそれは達観した境地へ導いてしまうだろう。誰もがそれに縋り、もう手放さない。
事は単純。行う難し。だがワイならば魔法の一つや二つ、造作も無い。今やエルフ族の心など赤子同然。刷り込みは容易。時間盛々、言論得意。そもそも嘯くつもりはない。
全部を真実にしてやろうではないか。
だからアメジスト、その半端な格好早くどうにかして下さい。
「お気に召しませんでしたか?これでもある程度、スタイルや顔に自信はあるのですが。
あ、それとも男、いえ、幼き男児か女児の方がお好きでしたか?それとも熟」
「やめろ早く行け」
「ですが好みを聞いておかねば、準備出来る物も出来ませぬ」
最初こそ甲冑を着ていたアメジストだったが、ひん剥かれた際は確か、この格好だった。
あの時は更に服を破かれたりされていたとはいえ、そうでなくともこれは酷い。
アメジスト自身、あまりに羞恥心がないのか、それともエルフ族は妙に紳士的なのか、それともこの阿婆擦れた格好はもはや見慣れた物であり普通でしかないのか、まるで気にする様子はない。
しかし、それにしてもだ。実際顔は良い。スタイルも年齢を考えると、随分良い。これ以降もまだ育つとあらば、とんだ逸材だ。ワイに下心満載だったならば、すでに襲って終わっているに違いない。今より大胆な格好を強要している頃合いだろう。
いやそんな事は金輪際、永遠に起こり得ないとはいえ、アメジストは妙に格好が大胆だ。
身体のライン通りの服に近い。胸の谷間が嫌に目に付く。挙句はアレだ。その、アレだ。ノーブラだ。ポルカバッカ(雌豚雌牛め)。
左脇から腰にかけて、数カ所結んでいるだけの服。ポルカプッターナ(売春婦の雌豚め)。
短パンなのかスパッツなのか、真っ白のズボンのような何か。腰には布が巻き付いているが、まるで正面から隠れる様子のないそれ。ポルカミンニョッタ(売女の雌豚め)。
如何にも襲われる気満々だ。どんな痴女だ。んなもん戦場に出たらそりゃ襲われるわ。今では首スマスツリーになっているエルフ王も我慢ならんわ。襲うわこんなん。アホか。
……ああいや、もういい。
よく考えれば元奴隷共に着せたような服はあるのだ。小奇麗で普通っぽい服が。貴婦人あたりが好き好んで着そうな服が。それもたんまりと。
アメジストが何を思ってこんな阿婆擦れた服を着ているかは知らないが、多分深い意味はあるまい。もはや知識不足と希望的観測でしかないのだろう。でなくてはこんなこっ恥ずかしい格好は出来ない。それを正してやれば事は済む。
それにアメジストの格好云々より、大事な事を告げる必要性を感じる。
理解されようがされまいがどうでもいい。どちらでも構わない。どうせ実行するからだ。
だから語る意味はあまりない。いいや皆無。不要だろう。所詮は自己満足と言ったところか。
「そういうのはいらんのや。特にワイにはな。
暴君、暴君たる為、肉欲が必要かと言われたらそうではない。
暴君とは、民を恐怖に貶めたらしめてこそ。それ以外は不要の産物。余計なコブにしかならん。余計は弊害や。余計は視野を狭める壁や。余計は時間の無駄であり、余計は余計以上にも以下にもならん。変に依存しては本末転倒。王がそんな体たらくでは絶対ならん。
エエか?
暴君は覇道を突き進むべきと思われがちやし、誰もがそれを勝手にそう思い込んでるとは思う。
だが、ある程度の不幸とある程度の弾圧、ある程度の不境遇である民はその方が、幸せを感じる物なんやって。不思議に思うかもしれんけどな。
例えば、一方的な農作を強要されつつも、食に困らず水に困らず、生きること自体に支障がまるでないような状況だったならば、これだけで人は充足する。
奪われる物は多少の時間と物。それだけなら良いと満足する。家族が居ればいいと満足する。最悪の事態とは程遠い。意外とそう感じる物なんや。それくらいならば許されるんや。理不尽であるはずなのにな。
そんな充足を台無しにするのは、思考や。理念や。そして欲求や。
更に豊かに成ろうと思う心があっては駄目や。更に幸せに成ろうとするから満足出できんなってしまうんや。それが人やしエルフやろ。昨日死んだ王がまさにそれだったやろ?
王が来たら跪かなくてはならないと教育すれば事足りる。
王が完全無敵であるから、自分は王には成れないのだと思わせれば事足りる。
それだけでエエ。この2つで大体綺麗に回るようになるで。ワイに抗える奴はまず居らん。寝首をかこうにも、それさえ不可能。毒杯さえ効かない。王は死なない。そういう要素引っ括めて、今以上に気張る必要性が皆無なんやって。
更なる幸せを知らねば、現在の幸せだけ十分、幸せを語れる。そういう話や、分かるか?」
王に成ろうと思わぬ事。王にはひれ伏さねばならぬと思う事。
あとはある程度の生活保障、ある程度の現状維持、ある程度の生きる理由と、自分に見合うと思わせる役目を与えるだけで十分に民はそれを受け入れる。上手くやればやる程、誰もそれを疑わない。
ここに宗教の自由を加える事はとても恐ろしい事だが……、もしソレの自由を与えるとあらばそれは、半世紀以上の繁栄を望むならばの話になるか。
宗教の自由を国が公認するというのは、国そのものの不安定さを招く。が、間違いなく民は満足するだろう。それに半世紀以上の繁栄を望む気など毛頭ないワイなのだから、認めてやっても当たり障りは無いと見る。
ちなみに、半世紀以上の繁栄の為に、宗教自由を規制するというのはどういう意味なのかを説明しなくてはならないか。宗教自由で繁栄そのもが崩れるとする理由も加え、あえてここで語ろう。
正味、宗教弾圧はよい火種になるのだ。呆気無く燃え上がる。紛争が起こる。だから繁栄する。
戦争や紛争は、仕事や金の巡りが良くなるし、暴力のはけ口も出来るし、程よく平静を削り取る。常識が破綻する癖に、常識が成り立つのだ。民の中である程度の余裕が消える事により、本来異常である事象や行為そのものが肯定されやすくなる。
自らが正義だったら、相手などどうでもいいと考え始めるのだ。
争いが起こる事はもはや繁栄と程遠いというのに、それが繁栄の糧になってしまう。経済が回るのだから当然だ。破壊があるのだから当然だ。必要最低限の税金により全てを賄い、必要最低限の雇用によって、歯車は油をさされた後のように回って直って改良されてを繰り返す。技術を育み、技量を育み、増えては減ってのリサイクル。
宗教自由を認めては、そのような機会は減る。税の徴収に疑念を抱かれるだろう。それこそ、エセ信仰者による糞のような集金で、糞のような豚が肥え太るような事態になる。
本当に金が糞に変化する。その貧富の差に民は愕然とするだろう。
だが弾圧あっては、それもごく少数となる。戦争あれば、豚は狩られる。
金品の蓄えという概念が根底から抹消されるからだ。結果、悪者は減る。結果、嘘つきが減る。どれもこれも余裕をなくし、どれもこれも金策など思いつけない。
こんな土壇場であってこそ儲かるとも言えるのだが、事実ごく少数だ。そんな度量を持つ気狂いなどめったに居ない。
争いが世を正すとは、なんとも皮肉。それでも、これは紛れもない事実だ。
過去人間は、現在でさえ人間は、そのようにして上手くやっている。それが平和であると言っている。だからワイは人間族、思考しては欲望の尽きない生命体が大嫌いでもある。
矛盾に生きている。それがにわかに信じられない。まるでペテンだ。まるで偽りだ。何が平和だと罵り倒してやってもいいくらい、人間は傲慢で無関心。
そんなだから戦争が無くならぬのだ。そんなだから地球の害でしかないのだ。そんなだから糞の切れ端以下の価値さえ無いのだ。
平和と繁栄の意味を、勘違いしないで欲しい。
真の平和とは、戦争が無い事。真の繁栄とは、戦争が有る事。
これが真実だとワイは思っている。これが理なのだとワイは信じて止まない。
平和と繁栄は表裏一体であり、まさに別物。真反対。国はいつでもこの両極を選ばなくてはならない。
本当にそうか?
一方で良い面があり、もう一方にも良い面があるならば、両面の悪いところを削ぎ落とし、両面の良き部分を結合すればいいのではないのだろうか。
だが個人個人がこれを理解し、同意し、そして守らねば成立しない。
なんて簡単なことなのに、台無しになる。
台無しにするのは全て人間だ。何もかも台無しにしてくれる生物は人間以外に居ない。
だからワイはいずれ、全てを駆逐殲滅してやろうと考えている。
ワイもろとも、地球の肥料になってしまえばいいと思っている。
もはやそうするしかあるまい。そうする他にあるまい。もはやそうする事でしか世を正せない。人間族にはすでに、平等であろうとする意思がないのだ。
ならば皆土になって平等になるしかないだろう。そうではないのか。
ワイは、アメジストをどうにかせねばならぬというヤボ用と、今すぐにでもブチ殺したい悪魔のベリアルをこの世から完全抹消したその後に、やってくる。
全員、覚悟しておくといい。
自然を逸脱した罪は重いぞ。人間族。
「……ベルデ様は、やはり変です。歴代の王には、そのような御仁はいませんでした。ベルデ様は、変なクロガネ族です」
……そりゃ、居るわけがない。
表立ってアメジストに語った内容でさえ異常の権化。通常の物の考え方では決してない。
よほど経済関係に携わり、そして戦場にさえ立ち、挙句は人類最強とさえ言わしめる程の実力を備えていて、更には吹っ切れて、ようやく至った境地だ。長生きなだけの臆病エルフ王に、歴代に、そんなアホみたいな経歴の持ち主は居ないだろう。居てはたまらない。
何より、
「いや、変なのはお前の頭の中だけや…」
ワイはそう言ってやる。というか言わなくてはならなかった。言わずして誰に言えばいい。
躊躇いなく、まさに手慣れた具合に指チョンパする女に変だとか言われたくない。お前には絶対言われたくない。まだワイの方がマシだ。マシだと思いたい。思わせて下さい。
「良い人なんですね、ベルデ様は」
「……ああ、せやな。ワイ優しいからなー…ホンマ、優しいからなー…」
訊いていいのだろうか。どこらへんに優しい要素があったのかを。
「ふふ、では準備をさせて頂きます」
どうしてそこで笑うのか。本当に調子が狂ってしまう。
ともあれアメジスト、物事を理解したのかしていないのか、随分楽しそうに歩いて行く。
頼んだ法書と歴史が分かる何かしらと看板、以外に何か余計な物でも持ってきたならその時は絶対、本気で殴ってやろう。仮に何かを持ってきたとしても、どうせロクな物ではない。
あと着替えて来なかったら、その時はどうしよう。どうすればいいだろう。
ワイは考えるのを止めた。
*
寝ないまま迎えた朝は、気持ちいい。
このままベッドに寝転がれるのならば、そんな気持ちになれるだろう。開放感と共に、快適な快眠を快感に思う程、それはそれは楽しめる事だろう。
結局ワイは今まで、法と歴史にかじりついてそのまま、鬱陶しいくらい眩しい朝日を拝むこととなった。
昨晩は部隊長がここら一帯を焼け野原にしていた為に明るくはあったが、やはり太陽には勝てない。彼は城壁をまるで無視して猛っている。
軽く背伸びをしたワイは、置物かのように座っているアメジストを見て、愕然とする。
この女は本当どういう感覚をしているのだろう。寝なくても良いのがエルフ族なのだろうか。
まるで元気だ。鬱陶しい。きっと手足を削ぎ落として放置プレイした所で、この様子は変わらなかっただろう。
……考えるだけでゾッとする光景だ。そして無駄に疲れる。
このままでは本当に、取り憑き殺される気がしてきた。冗談ではない。洒落にもならない。そんなしょうもなさそうで、残酷な死は御免被る。華のない死は絶対に断る。死ぬに死にきれなかったワイだからこそ、そう願う他に手段はないのだ。
とりあえずアメジストに告げる。元奴隷共に料理を作らせろと。
目まぐるしい生活はこれから勢い良く始まる。他の国を全てぶち壊し、他の種族を皆殺しにしていくのだ。忙しくないワケが無い。だからエルフメイド達にも、エルフ族にも、部隊長にも、アメジストにも、これからの全てに向けて今から慣れてもらわねば困る。
精々快楽とならぬ拷問に耐えかねて死ねばいい。生きたければ生きろ。思うのは自由だ。
あとは部隊長を今すぐに招きたい所ではあるが、どこに居るかも分からないし、別に急を要する話でもない。というのも、頼みたい事など雑用関係だ。看板設営は別に今日中であれば問題がない。ゲルの国にちょっかいを出して終わってからで全然間に合う。特に差支えはない。
問題になるのは、アメジストだ。
「飯はまだらしいから先に話をしとこうと思う」
「はい」
結局着替えをしてないお姫様、ジューダス=アルブフェイラ。目に毒な谷間が朝日によって輝いているから尚の事腹立たしい。横腹チラリズムが無性にイラッとさせる。妙に細く見える太ももがどうしてこうも自己主張強いのか。
全部格好の所為だ。どんだけ見て欲しいのだと罵倒を浴びせてもいい。
だがそれを実行すると実行するで、アメジストはこう考えるだろう。
『私を見て意識されているのですね』と。そして最悪『もっと過激な服にしたら相手にされるかもしれない』とか、本当に最悪な事を考えかねない。
この女の奉仕意欲は、常識も国境も種族も痛みも羞恥ももう何もかも破綻している。まるで考慮に含まれていない。
確かに惚れた男相手に女とは、なんとも居た堪れないくらいの欲情でもしかねないのだろう。
それを考慮した上で言える。欲情の果て至るであろう行為、そして自分の立場の懸念を抱えるのが普通。どれもこれも、基本は怖いと思うのが常。
快楽は怖い。浸るのは怖い。普通ならば、それこそ経験がない段階ならばそのはずだ。興味本位では超えられない筈の一線がある。どうしても後一歩、その一歩が怖くて踏み出せない。
だからアメジストは可怪しい。狂っていると言いたい。否、狂っているのだ。
……あれ、もう何を言おうとしたかも忘れた。何を考えていたのだったか。とりあえずアメジストが狂っているというのは真実でしかないという事だ。
…ああ、そう、この後の事を話そうと思っていたのだ。
もう格好云々は放置しよう。下手に触れては悪化しかねない。
「ワイはハッキリ言って、無茶苦茶強い。挙句は能力も便利過ぎ。神の境地と言われてさえ可怪しくないくらいや。ワイはそれくらい狂っとる。
んで今からやろうとしてるのはな、分かりやすく言うと、アレや。ワープみたいなもんや。
お前の指を治したアレを取り出した先は、この世界とは全く別の場所。そういう距離の概念破壊してんねんよ。つまり、相手の国とこの国の距離を無視したトビラを作る事が出来る」
「凄い」
「うっさいそんな短い合いの手いらんわ。んで、お前はどうする。ワイと一緒にお茶会でも行くか?
お前という人物の登場は、間違いなく相手にとって衝撃や。ワイ一人ではどっから侵入したか程度の疑問になる。だがお前なら、疑念程度では済まん。一大事と認識される。
そんな出落ちやらかしたいが為にお前を誘ってるんやが、どないや」
「はい、お供します」
本当に短く話してしまったが、果たして良かったのやら。
どう考えても、ワイ一人の出現で大騒ぎは確定。それなのにアメジストまでもご登場とあらば、多少手荒な真似をされても仕方ないような気がする。となると困るのはワイだ。
出来る限りこの女には、ワイを嫌いになってもらおうと考えている。それから死んでもらおうとも考えている。だがこの順序に変化は加えられない。死んだら終わりだからだ。
現状、これほどかというほどにワイを愛しているとか言っているアメジストは、もう信じられないくらいの神経をしている。それが何とも不愉快で、殺すに殺せない。
正直怖いのだ。幽霊になって出てもらうのは結構なのだが、この女だけは嫌。とり憑かれるなど絶対に堪忍だ。全身全霊で拒絶したい。
ガドロサさん、なんで幽霊信じてんの?とか聞かれたらこう答える。
ワイがそもそも亡霊だからだ。
この世界にもそんな概念や色々があるかどうかは知らないし、その殆どは恙無く撃退出来るワイなのだが、気分的に嫌だ。追跡者が追跡されては叶わない。ストーカーなどもってのほか。この女が相手となると、それが余計に気分悪い話となる。
結果としてワイは今はまだ、アメジストを守らなくてはならない。
結果、変な勘違いを与えるだろう。ここで躊躇いなく殺せてしまうならば問題無いというのに、なんと難儀な。なんとけったいな。
「命の保証はせんで。助けもせん。最悪置いていく」
一応そう言っておく。
極論は、コイツが自動的に自己防衛を果たせるならば問題無い。何も問題無い。ワイが助けるなどという愚行を行わなくて済む。
そうであるならば、相手の国で深々腰を下ろして悠長に飯か酒か女を喰らう王様の心をバッキリへし折る事だけに集中出来る。
きっといい豚声を上げてくれるだろう。その間抜け面を拝むのが非常に楽しみだ。
「それでも構いません。ベルデ様が楽しんでいただけるのであれば、私はそれでも構いません」
「……さよか」
「はい、さよです」
あまり自己防衛をしてくれる気がしないのだが、まあいいだろう。そう思っておく。
とりあえずは相手の国、同盟国、盟友軍、義勇軍、その他様々を考慮して攻略ゲームを楽しもう。100%の達成率に至ってようやく、それを台無しに出来る。
元々はこんな世界に何も未練はない。
それほ身勝手にも繋ぎ止めてくれたのはアメジスト。
コイツは絶望した時、どんな顔をするのだろう。どうすれば女々しく泣き始めるのだろう。何をやれば怒って、何をすれば悔しがり、どれをどのように準備し、どれをどの順番で崩していけば、コイツの心は折れるのだろう。
変に芯が強い分、折れた際の音は他の何者にも勝るだろう。
木霊し反響し、世界が揺れるだろうか。世界が割れるだろうか。
是非とも見てみたいものだ。見てみたいものだが、果たしてワイにそれが成せるのか否か。
非常に難しそうだが、いや、不可能にも思えるのだが、はて、いかがしたものだろう。
今は、いいか。先にゲル国とお茶会をしなくてはならない。目先の課題はお茶会。そしてエルフ族の快進撃。全てが終わるまでに答えに至れれば、それでいい。
「準備してこい。武器だけでもいいから持っとけ。
お前の意見は正直どうでもエエが、まあ楽しいお茶会にはなるやろ」
「はい」
アメジストがのんびり移動を開始。本当に武器だけ持ってくる気だろう。
そんなことより、目の前にある食事に手をつけなくてはなるまい。ただでさえ不味い飯が冷めてしまっては、それこそ食べられたものではなくなるだろう。
ワイは微妙な表情でコチラを見つめている現在メイド達を尻目に、謎の物体達を頬張った。
*
「城勤めはどこもこんな具合なんかね。まるでなっとらんわ」
繋げた先は城の中。デストロンスによりおおまかな位置を割り出して繋いてみた。
壁の中だったり、突拍子もない所だったりはしなかったが、どこかも分からぬ場内の廊下に繋がってしまっていた。お茶会どころではない。
しかも早速、運悪く居合わせてしまった3名程の見回りをぶっ倒してやったワケだが、反撃どころか何も分からずやられていく雑魚。
出兵の必要性のない兵士達なのだろう。驚く程にたるんでいる。
今回の出来事でゲル国の士気上昇に繋がってくれれば、少しはチェスもやり甲斐が出てくるのだろうが、きっとそうはなるまい。怯えて萎縮する様が、透けるように見える。
「王の居る場所に近そうですね」
そう言ってしまうアメジストだが、ワイには判断がつけられない。
ワイが前に仕えていた、というよりはその国王とは完全に親友関係であり、立場上だけ上司と部下の関係でしかなかった具合ではあったが、ともかく。その当時の城は、どこもかしこも似たり寄ったり。確かに色々と差はあるのだが、廊下だけでは何階かさえ分からぬくらいだ。
挙句、エルフの国の城だってそんな感じでしか無かった。規模が小さいだけあって、そう迷う物ではなかったが。
なにはともあれ、場所把握が全然出来ない事に変わりはない。アメジストも流石にここを訪れた事はないだろうから、道案内も頼めまい。
ああ、先程ぶっ倒してしまった奴らに道案内させれば上手く行ったのに。
「どうやろな。ま、探れば一発やけど」
ワイの能力、デストロンスは、物理法則をねじ曲げる力。あり得ないを実現させる力。
特に光というものは便利で、有効範囲内ならばどこまでも見ることが可能。何なら壁を透視するような真似だって出来るし、服をスケスケにしたり、骨折がどういう状態かを見たり、癌を発見したり、そんな無茶苦茶も出来る。
つまりデストロンスとは、そして光という属性は、まさに奇跡を体現したかのような万能かつ卑怯な能力なのだ。
正直いえばエルフの城からでも、ゲル王が居る場所の完全な特定くらい出来たのだが、楽しみが減るのはいけないと勝手に思って使用を控えた。だからここからは未知。場内の様子も、兵士の数も、編隊も、食料も武器も財も何も知らない。王の顔さえ知らない。
とはいえそれもここで終わりだ。王を探さないことにはお茶会は開けない。憚る理由こそ最初から最後まで存在していない。
ようは暇つぶしの為の余計。余計や無駄はあればあるほど、考えが滾る。それだけだ。
「見つけた。行くで、ほれ」
ガシャリと空気が割れる。今度こそ王様の居るらしい部屋だ。軍法会議中らしい。
アメジストを後ろしてに、ワイはそれをくぐる。閉め切っていた部屋なのか、妙に生暖かい空気が全身にぶち当たってくる。あまり気分の良い物ではない。
ただその場に居る将校、護衛、そして王様っぽい豚は、面食らっている様子。
そればかりは気分がいい話になる。清々しいと感じるには十分過ぎた。
「やあやあ、おはよーさん。お茶会しに来たで。アポ無しでな」
この場には主席30ちょい。30の内に護衛15程度、王1名が居る。主席のどれもこれもが老け顔か、豚のような見た目。中には切れ者も居るらしいが、殆どは話になるまい。
しかも、見る限りは人間族だ。ところどころそうではない奴もいるが、殆どは人間族。これがエルフ族の言うクロガネ族なのかどうかは知らないが。
そして予想通り、隣にアメジストが並ぶと一気に空気が変わった。
熱気が天井にぶち当たり、行き場を無くして充満。動揺の声しか今のところ聞こえない。
奥に居る人狼族の衛兵だか将軍だかが、この場では一番厄介そうだ。
「何故エルフの姫君がここに?」
そう平然と問うのは、王の隣に居る人間族のメガネ。
服装から見るに参謀。細身で穏やかそうで、争いに向きそうにない見た目。その裏腹は、相当出来る存在のようだ。伊達に王の側近ではないということだろう。
年齢こそ二十歳そこそこの若造らしいが。
そして兵士達が今更に武器を構えて迫ろうとしている所を止めてしまう、人狼の長。将軍。
身長は他の人狼に比べて低く、それでも180はあるか。
鋭い双眸のみを覗かせるような服装で、他とはまるで違う格好。防具らしい防具を身につけるような奴ではないようだ。民族衣装にしては少しゴツゴツしている。
メガネとチビ人狼。確かにこいつらは強い。一騎当千の猛者に違いない。アメジストがどれほどやるかはいまいち分かっていないが、そのアメジストではコイツラには勝てない。それくらいは分かるくらい、強いという事実が手に取るように分かる。
ただし、ワイが相手とあらばどれも同じ。一瞬で終わると見る。
もはや土台も基準も格も技術も何もかもが雲泥の差。他愛もない。
だがどちらも戦いたそうな目をしている。自惚れ屋の目ではなく、戦闘狂の目。
意外とやる奴も居る、ということか。
何よりこの世界は広いのだし、もっと強い奴はある程度居るだろう。退屈しのぎにはなりそうだと思った。今は関係ないが。
「はい、お茶会を開きに参りました」
「お茶会……。本気で言ってますか?」
「はい」
緊迫感のない会話が多少続く。そもそも登場時にワイがそれをしっかり述べた筈なのだが。
だがこんなのほほんとした空気の最中であっても、王は蓄えに蓄えた肉をプルプルと震わせ怯えているし、大抵の奴もそう。兵士さえその手が震えている。
狼男はワイを見据えてそのまま動かないし、メガネは余裕綽々だし、ワイが進めねば何も始まらないと見た。
確認したい事を耳に入れるため、この空気を一旦打開せねばなるまい。そこに多少、ワイの趣向が入る事にはなる。
「国王はそこでガクブルしとる情けない豚なんやろな。暴君としては最下位の器と見て取れる。いいや、見たままか。っこは、豚には不釣り合いの豚小屋らしい。良いご身分やな。
ところで参謀の、そして人狼の長、お前らの名前が聞きたい。教えてくれんか?」
「王を無視して我々の名前とは、無礼ですよ、ベルデ様」
そうきたか。
メガネ男、お前は凄まじい。お前は人を簡単に切り捨てる事が出来る人間か。
妙に腹の中で何かが暴れる。それがくすぐったくて仕方ない。判断が早い所も褒めたい。だが躊躇いのない部分はもっと褒めてやりたい。まるで人間らしからぬ人間だ。
お前は王の器を備えている。隣で震えている豚よりよっぽど。
いや、どちらかというと化け物の気質。お前は危険だ。
「大した参謀様やな。もうトカゲの尻尾きりかいな」
「……ベルデ様、どういう事ですか?どうして彼はベルデ様の名前を?」
アメジストはまるで理解していない。だが、それも仕方あるまい。
これだけの現状を、客観的な視点で分析するのは非常に難しい。通常手段では到底難しい。まだ若いアメジストには荷が重い。
これは一種の経験によって理解に至れる境地。それこそ痛い目にあった事があるワイには、実に身近な内容だ。辞書を引くようにそれを抜粋可能。今まで体験した中の、これに似たような境遇を自然と選び出せる。
色々様々なシチュエーションを体験しているからこそ、シミュレーションもまた出来ると言う事になる。
簡単にいえば今回の事は、こういう話だ。
「アメジストが素っ裸にされ輪姦される寸前になったあの戦いの後、ほとんどすぐに増援が来たやろ?だいたい2時間って差くらいで、10万やってきた。
仮にそれは偶然やったのだとしても、その夜はまるで進撃無し。それは愚か何の探り入れる様子もなく、沈黙。
では、どうしてそれは起こると思う?」
「怯えていたのでは?そこの国王の金魚みたいな動きを見る限り、度胸が無かったのでしょう」
そんな可愛らしい動きと明らかに違うと思うが、いっその事、置いておこう。
「そうも取れるが、違うで。
国王は兵を送り込んでも別に痛くなんてない。そこに怯える必要はない。怖いのは寧ろ、何が起こって20万の兵が壊滅したかって部分やろ。知らんうちは安眠できん。次の瞬間には自らが永眠しかねんのやからな。つまり兵を送り込んで来なかった理由だったり、直ぐ様増援送った理由は、もっと別。
エルフ族にチンコロしよる奴がおるって事や」
「……?それは、えっと、発情し始めたって事ですか?」
ああ。居た堪れない。非常に居た堪れない。
できることなら今の台詞は忘れて欲しいし、何か、どうしてか、罪悪感がした。
そう、チンコロなんて言葉は俗語。アサルトライフルをトランペットと言う感じのソレではないが、概念としてはなんとなくソレだ。一般人からすると何か分からないという意味では、まさにその通りだとも言える。
チンコロの意味は、英語表記でstool pigeon(ストールピジン:おとりに使うハト)が非常に近いだろうか。
いや、それはともかく。
「ごめんな、言い方悪かったわ…。密告者か裏切り者が潜んでるって意味やよ」
チンコロはそういう意味になる。密告、密告者だ。いや、それもともかく。
「伝達方法は?」
アメジストが立て続けに訊いてくる。嬉しそうだ。語感が気に入ったのだろうか。
しかし、随分とまた視野が狭い。ワイよりこの世界に詳しい分、思い当たりくらいはありそうな物だが、そういうワケでもないのだろうか。
無駄に高貴なイメージのあるエルフには、こういう卑怯な手段らしい手段に手厳しいのだろうか。卑怯な手段を嫌う為、そういう発想さえ無いというのだろうか。
なのだとすると問題だ。思考の演算が特に苦手という事になるではないか。
エルフ族に参謀は居なかったのだろうか。ならば戦争に負けて当然。成るべき形に他ならない。
喧嘩であってさえ、卑怯なんて言葉は似つかわしくない。まるで相応しくない。
それが戦争、国と国のぶつかり合いとあっては、綺麗な言葉に縋り付き、綺麗な自分にしがみ付く奴等から死んでいく。誇りなどまるで無力。見た目などまるで無意味。
綺麗に拘るとは、首を捧げるためだけに高級なドレスを身につけ向かって行くくらいの自殺行為だ。それくらい滑稽なのだ。
どうやら根本からエルフ族を穢しきらねばならないらしい。でなくては、駒が駒として機能しない可能性がある。言う事を聞かない可能性が出てくる。口をへの字に曲げながら、反発意思を見せつけてくる可能性がある。
それでは戦争に勝てない。負け戦に終わる。最悪、駒が邪魔な壁になるだろう。
全ては単なる暇つぶし。だがゲームは面白く勝てなくては、やる意味皆無なのだ。
「この世界には色々やり方あると思うが?
伝書バドのような手段もそうやが、昨晩はキャンプファイヤーやっとったんや。伝達の暇も時間もあった。事は容易やと考えられんか?
二度目の攻撃の時も考えてみい。ワイが全部ぶっ殺したっていう呆気にとられる事態が起こったワケやからな。機会はあったで、山ほど。接触方法なんざ、巨万と。卑怯な手段を考えれば考える程、水面に浮き出る泡波の如く、それは無数に浮かんでくる筈や」
この世界に平和の象徴、鳩が居るかは知らない。
だが訓練された鳥類ならば、それこそ情報の伝達・交換こそ不可能ではないだろうし、安全に伝達が可能である以上、それに類する手段を用いている確率は極めて高い。
まさか鳥類が居ないとは思えないし、ほぼどの世界にでもある共通の手段でもある。
更に言うなれば、昨日のゲル国による遠征攻撃の際、ワイという予想外の存在介入により危機を感じた工作員等が急ぎ外に潜伏(?)した可能性もあるだろう。
流石にワイもそこまで見てなかったし、疑う機会も余裕も知識も心構えもなかったし、それを見逃した可能性こそ大いにある。察知しそびれた可能性がある。
当然、全てを察知する事が可能ないワイではあるのだが、いちいち毎度毎度、羽ばたく鳥なり影を動く動物なりを察知しているワケではない。そんな事を毎度やっていては疲れる。
だからそんな鋭敏になる時など、集中した時に限る。鳥も動物もスパイも、監視する気がなければどれもこれも同じようなものなのだ。気にすべき対象から外されている。
そして、勝手に巻き起こった盛大なキャンプファイヤー作業に紛れて、再び城壁内に侵入するのはワケない話。勿論、そんな事つゆ知らず、逃げ出した者も居るかもしれない。
これらは全て可能性の域を出てはくれないが、間違いなく言えるのは、手段などワイが考えるだけでも山ほどあるということ。ワイの知らない方法だって絶対にあるだろうから、本当に山ほどあるに違いない。
だが、ワイがアメジストに向けて投げつけていた言葉は受け取られぬままバウンドでもしたのか、メガネが笑った。
「ご明察。ですが見落としがありますよベルデ様」
「誰が偵察諜報やってるか分からんとでも思とるんなら勘違いや。
ワイのこの眼力、インサイトは誤魔化せん。よほどの演技上手でもなけりゃな。
お前さんみたいな超絶演技上手な具合は流石に無理やで。直感が通用せん」
メガネは余裕ぶっこいて、きっとこう言おうとしたのだろう。『その密告者を探る方法はあれど、時間が掛かり過ぎる』『密告者全てを発見するのは不可能だ』と。
本来ならばそうなるだろう。兵士に任せればそうなるだろう。
密告者もまた必死だ。隠そうとする手段などすでに準備して終えているだろうから、発見自体は本格的に難しい。
最悪、疑わしきは黒としていかなければならない。白黒の判断など容易ではない。普通は人の心を覗けないからだ。証拠隠滅を図られる可能性がある以上、怪しいと思えば免罪者さえ捕縛するような事になるだろう。
そしてそんな免罪者捕縛という事実や、密告者の存在の軍事的公言により、絶対に士気は低下する。
戦う意思を持つ兵士も減るし、捕縛によって物理的に兵士が減る。挙句、完全に密告者を取り除けた保証とはならないのは、どの手段を講じても同じと言うこと。
確認など出来ない。徒労と終わるかもしれない。それが普通の勘定で出てくる答えだろう。
だがワイには通用しない物の考えである。
ベルデ=ガドロサ=ドラグーンは、竜を狩る末裔であり、竜の末裔だ。それでいて政治関係を国王に強いられていた存在でもある。
人間の数は山ほど見てきた。それでいて、この眼力は全てを見通す。
この感覚を誤魔化そうとしても無駄だ。横目尻目の状態でさえ全てを見、そして知る事が出来るくらいなのだから。
それこそあのメガネの演技力を備えていない限り、ただの兵士程度に、見誤りはあり得ない。
何ならそこの豚族の王様の今日の朝食が何だったか、いいや、昨日の食事が何だったかを当ててやろうか。何をしていたかを当てていってやろうか。
まるで手軽い。ワケもない。他にとってすれば、超能力のように見えるかもしれない。
逆に、それくらい無茶苦茶なのがワイなのだ。信じようが信じまいが、出来るのだから注意しておけ。忠告はしたぞ、メガネ野郎。
「……これは驚いた。ベルデ様、貴方はもはや武神や鬼神という枠に収める事さえ勿体無い。大地の支配者となってしまっても申し分ないでしょう。
おっと失礼。私の名前は羅・陳駿。そうですね、愛称であるシュン、とでもお呼びください」
ポーカーフェイス。このメガネ、シュンとかいう男はよほど出来る。
先程もそれは言ったか。だがシュンが隠し切れなかった僅かな癖、それがワイにはハッキリ見えたからこそ、このような買いかぶった台詞がこうして堂々言えるのだ。
こいつは武術の達人。それもクンフーのような技術を備えた存在。どの世界においても似通った武闘技術はあるらしい。
これほどに気配を隠しきる能力に加え、頭脳明晰、容姿端麗……いや、容姿はともかく、文武両道。間違いなくこの国に収まる力量ではない。少なくともこの国に未来を見出さず、他の国に上手く乗り込んで中枢まで喰い込み、全てを牛耳るくらいはやってのけられる腕前を備えている。この国に拘る理由もなさそうである。
だから多分、メガネ男シュンは別の理由でここに居る。後ろにもっと強大な存在が居る。そう思える。
そう思う理由や根拠は無い。ただの勘だ。それでいてワイの勘は、95%くらい当たる。
「シュンやな。んで、そっちの人狼の長は?」
「彼は、通称をミゥ。由来は知りませんし、本名も知りません。仲間内さえね」
ミゥとは。
中々難解な言葉だ。ふと浮かぶのは、千分の一の意味である通貨単位になる。だが確か、とある地域において千という意味だったような記憶がある。ポルトガル語だったか。つまりそれから由来へ向けて発想を発展させると、1000であり、狼であるとなればそれは……。
「千疋狼か」
そうなるだろう。
この世界にはおそらく存在しない概念だが、ワイは知っている。
言っておくが、千疋狼はそんな格好良い話ではない。
男だか誰かだかが、夜に数多くの狼に襲われ、木の上に避難した。すると狼達は肩を組んで迫る。が、一歩で届かず、そこで狼達は親分を呼ぶという話だ。基本その親分は狼であったり、老いた猫であったりするし、頭を叩き割られて逃げ出すし、朝になって血の痕を追われ、だいたい老婆に化けたソイツは叩き切られて絶命する話になる。
当然だが、目の前の人狼はそんな話を知るワケがないし、知らずとも1000という数自体がアダ名というのは可怪しいワケでもないだろう。
どちらかと言うと、一騎当千の強者という畏怖の念がこめられている気がする。
「千匹狼、ですか。確かに彼らしい」
メガネはそのように捉えた。滑稽な千疋狼ではなく、1000に相当する人狼という意味で。
それはいい。とにかく見渡す限りでは、このくらいが良き兵だろう。他は何ともなっていない。ありきたりな兵士、ありがちな将校、月並みな王。どれもこれも、興味の範疇から外れる。
他に良さげは兵や人材は、どこかの戦場において漸く相まみえる事が出来るだろう。その中に、楽しそうな奴が少しばかり存在していればと願う。
さて、凡そのやるべき事は終えた。そろそろ色々、掘り返す頃合いだ。情報戦といこう。
「お前らだけチェックしとくわ。王は論外やし。
いや、お茶会なんやったか。ほれ、客人様や。茶の一杯くらいださんかい。
ワイはエルフ族を従える、ベルデ=ガドロサ=ドラグーンや。つまりはこの世界の新しい神って所や。ほれどうした、もてなせ屑共。甘ったるい安物コーヒーでエエから早く出せ。何時まで来賓様を立たせて待たせるつもりやねん」
カタカタ歩いてガンガン机を蹴ってみる。
後ろでアメジストはまるで微動だにしていないし、人狼の長ミゥ、参謀であろうシュンも動かない。将校たちはビビリ倒しているようだし、国王も今まさに怒りに打ち震えている最中。
では王よ、出来ればその怒りを爆発させろ。そうであればあるほどよろしい事になる。
首を締めるような行動を平然と行なって欲しい。そうして絶望に落ちて落ちて落ちて落ちて。
ゲル国が敗戦国となった頃合いには、コイツは見るも無残に痩せこけて居ることだろう。
そうして言ってやろう。ケタケタ笑いながら言ってやろう。
ダイエット出来てよかったな、と。
きっと顔を真赤にして起こり始めるに違いない。豚のように鳴きながら。
だが痩せこけてしまっては、豚ではない。
お前はその時、豚でも王でも何でもない、ただの人間族だ。
お前の取り柄を根こそぎ奪いとってやる。だから早く怒れ。布石を立てろ。そうであればその未来が確定するだろう。ワイはよりそれを成し遂げる為努力を惜しまないだろう。
さあどうする豚野郎。お前はどう成りたい?
「さささささっきから聞いていればつけあがりよってからにいいっ!
ミューにシュン!早く奴らを黙らせろ!」
……これは、いけない。
予想通り過ぎて笑えてくる。
さて、余興の開始だ。散々なお茶会にしよう。
誰にとって?それは当然、お前にとってだ。当たり前だろう。
この期に及んで他の誰にとって散々であればいいというのか。すでに散々なのだ。これから更に散々になろうが、散々は綺麗に整頓されたりしない。諦めて散々な様になってしまえ。
「つけあがんなよ豚族」
「ぶ、豚族!?」
ワイは机の上に上がり、資料を蹴散らし、王の前にうんこ座り。
それを視覚的に認識した際、マヌケな声を上げてビビリ倒すのが国王。
いい気味だ。まるで間抜けで、豚のようだ。すでにダイエットは始まっている。沢山汗をかくといい。嫌なベトベトした汗を、滝のように。
明日あたりには、いやこの瞬間から、食べ物が喉を通らなくなってしまうだろう。飲み物さえ激痛となるやもしれない。そして骨と皮だけになるのだ王様。
嫌なら必死に食らいつけ。今以上に豚に成り下がれば、少しは胃袋も働いてくれると思うぞ王様。豚の王様。間抜けな王様。裸の王様。醜い肉の塊野郎。
「今のワイの動き、お前に見えたか?そして、これだけのご無礼を王様に働いているワイを誰も止めなかったのは、どうしてか分かるか?
自分の命が惜しいのもあるやろ。だがそれ以上に、何もかもが無駄だとこの場にいる全員が理解しているからや。今、王様の首刎ね落とそうとした場合、さてどれくらい死ぬんかね。この場の全員が止めに入ってもまず止まらんやろな。不可能や。全部無駄や。抵抗にも壁にも邪魔にも時間稼ぎにもならん。何なら外にいる兵士全部ここに呼んでみてくれ。全部惨殺や。皆殺しや。この城は大量のワイン貯蔵庫に早変わりするで。
なあ豚族。命が誰よりも惜しいとそう思うなら、そこでその口塞いで座っ取ったらエエ。なんなら餌も用意しよか。そうしようか。うん、それがいい。
さ、誰か高級そうな豚の餌頼むわ。これが無駄口叩かぬよう、良きにはからいや?」
自体把握もままならぬらしい王様。そういう鈍い所も実に豚らしいのだが、妙に勇敢な男だとも思う。ただただ肥え太っただけの存在であるならば、この段階で逃げ出すか失禁するか、それくらいの醜態を働いたことだろう。
しかしコイツは、更に反論しようとした。この期に及んで、命を投げ出そうという真似をした。肥え太った存在は、心の方はやせ細っていると相場なのだが。
なるほど食えない男だ。食えない王様だ。豚なのに食えないという所が、中々に面白い。
「貴様!これ以上我の前でっ!」
おもいっきり蹴飛ばす。資料なのか不明な紙達も一緒に吹き飛んでいく。
椅子ごと吹き飛んだ豚の王様は、くるりと一回転した後に思い切り壁へ頭をぶつける。死んではいないだろうが、結構痛そうな音を響かせて。
そして肉がプリンのようにデロンと転がる。紙吹雪までオマケ付きとは、悪くはない眺めだ。そして不幸中の幸いとも言える。肥えていなければ危うく死んでいた所だった。贅肉は別に、無駄ではないという証明だ。誇るといい。誇りながらプルプルしていればいい。
そしてこんな有様でさえ、微塵も動かない人狼の長に、何故か嬉しそうなメガネのシュン。
他は一歩下がるくらいに腰が引けているというのに、本格的に頭の可怪しい連中だ。
とはいえ、人のことを言えないワイとアメジストではあるのだが。
「不慮の事故や。ゆるしたってな。でもよかったやん?不幸な事故にならんで済んで」
死ななかったのは勿論、手加減したからだ。実際、肥えている肥えていないは関係なく、そういう予定だった。そして綺麗に予定通りの軌道を描き、見事予想通りの格好で伸びているのは豚の王様。
やったのはワイ。止めなかったのはコイツ等。
さて、次の台詞がトドメになるだろう。心弱き者ならば、すぐにでも逃げ出す。
ワイが怖いのだから当然だ。これだけの無礼をやってのける上に、実力の計り知れない存在が今ここで息巻いているのは怖いだろう。だから遠慮せず、尻尾巻いて逃げるといい。
心の弱い奴など目障りだ。何ら価値を見いだせぬ肉の塊だ。そこで伸びている国王よりも情けない肉の塊だ。面白くない。
命が惜しくば早く失せろ。別に逃げ出す事や命を惜しむ事に口出しする気は無い。
「お偉い方はどないします?お茶会参加、します?」
ワイは机から降り、豚の王様と一緒に吹き飛んだ椅子を持ってきて、座る。すぐにアメジストが隣にやってきて、皆を見つめた。
見れば見るほど異様な光景だろう。それこそ、絶対に起こり得ないような光景がその目に焼き付く勢いだろう。ここまでやってしまうと逆に滑稽かもしれないくらいだ。これ以上滑稽にするにはどうするべきか。時間があるならもう少し、滑稽に乗ってやってもいい。
だが数秒沈黙した後、一番遠い位置の書記っぽい誰かが立ち上がり、脱兎。そしてそれが連鎖したかのように、皆が怯えたような表情を向けながら逃げていった。まさに十人十色。表情様々。いい光景だ。もうワイに翻弄されている。戦う意志さえ折れたに違いない。
ここに残った兵士たちはともかく。
人狼の長は兵士達に指示を出す。全て手で行なっているからして、一言も喋らない。そして雑魚兵士達は直ぐ様その場を後にする。国王は後ろでデロデロプリンのままだ。
なんとも、この国の気持ちがよく窺える様だ。ゲルの国も国王も、またなんとも無様。滑稽。
コイツら2名もまた、そこのポークキングには仕えていないということか。
「なんや、度胸ないな、将校等。
でもここまで予定通り。ほな、ちょい話し合いでもしよか。ジョーと、ヌードルやっけ」
「シュンにミゥです。単刀直入に訊かせて頂きますが、貴方は一体何を考えてここに?」
名前をわざと間違えてやったというのに、気にしている素振りは皆無。それは愚か、最初より断然嬉しそうに、涼しげに問いかけてくるのはメガネ男のシュン。
確かに、あれほど暑そうな暖房器具の隣にいては暑苦しくて敵わなかっただろう。ワイはまさに恩人と言うことだ。
しかも大した度胸だとも言える。ワイにそれを堂々問うか。
これほど破天荒な真似をしでかしたワイであり、王を蹴り飛ばしたワイであり、もはや不可思議な技を使って突然現れたワイに対して、堂々とし過ぎている。
少しは警戒心を顕にして欲しい。イジメ甲斐が無いではないか。
人狼の長もまるで警戒心無し。武器を構える気さえ無し。しかし闘争心だけは燃えたぎっているようだ。ワイと戦いたくて仕方ないらしいし。それでいてそれを抑えこんでさえいる。今のところ、極限まで昂ぶって仕方がないというワケではなさそうだが、厄介だ。実に。
ここは嘘偽りや冗談を語るより、なるべく淡々と正直を語った方がいいだろう。
下手な発言をした結果、相手に煽られるのは勘弁だ。そんな事をされてはコイツ等の命を保証出来ない。それではつまらない。せっかくジェンガーを崩すのならば、ルール通りに崩すが吉。組んだばかりのジェンガーを横薙ぎに崩しても、そこに面白みは存在しないからだ。
「ちょっかい出しに来たのと、諜報員が居るっていう確証が欲しくてな。ソイツ等、お前等みたいにバッチつけとんのか?」
シュンの右胸にある国旗紋章か軍用紋章。服に縫い付けるではなく、バッチ式。もはや初めて見る形式でしかないが、この世界では一般的、普遍的なのだろうと察する。
ワイの世界では服に縫いつけて当然だったからして、妙な心境だ。世界共通とはいかないものらしい。
ただし、そこの人狼の長には紋章が思い切り縫い付けられている。もしかしてメガネのそれは、私服なのだろうか。他の将校達と違った格好をしているから、そうなのかもしれない。
「……忘れて無ければ付けていますよ。
ああいえ、付けているというのは語弊ですね。正確には、服の何処かに隠し持っている筈、です。
ゲルマニクス大帝国は軍事国家。そのために傭兵部隊も数多く備えています。その全てがバッチの着用を義務付けられているし、諜報、工作として出張している兵らもまた、通常はそれの範疇。必ず何処かにこのバッジは備えてある筈です。持ってないならその者の部屋をあさるといい。100%あります。でなくては身分証明にならず、即座に反逆者扱いです。
つまり、所詮は駒に過ぎないのですよ。我々も、あの豚の王も、君主様にとっては傀儡にすぎない。このバッジなぞ、駒の印でしかありません。君主の所有物の証でしかありません。あのお方にとってはその程度の意味です」
裏にはやはり、大物が控えているようだ。如何に強国であったエルフ族を狩るためにしても、三国が同盟を結ぶのは変だと思っていた。
何せどれもが王国なり帝国なのだ。本来ならば敵対者同士であっても不思議はない。そうでなくとも、随分とギクシャクした関係にはなる。
にも関わらず、決起。
間違いなくこの三国以外に、強いコネクションを持つ人物、または圧力をかけられる人物が居ると考えるのが普通だ。未だに地図の完全な把握はしていないので、どれがその仲介国となったかまでは分からないが。
「千疋狼も、その君主の命令でここにおるワケか。そんで、エルフ族は何の為に駆逐する予定やってん?」
聞くまでもないが、訊いておく。
どこらへんに相手の嫌がる内容があるかを知っておかねば、嫌がらせなんて出来ない。
ワイは相手の心をへし折るかのような、完全なる勝利を望んでいるのだ。
「エルフ族を捕虜に取れば、利用方法などたかが知れましょう?
それに人間よりも、そして人狼よりも長く生きるそれらは、農奴としての価値さえある。繁殖方法もある程度知っていますから、調整もやりやすい。ある程度は強制的に配合させて、後に生まれたエルフ族を従えて強制労働、そして慰安婦として。時には国の商売道具として。
そしてそこのジューダス姫のような、魔法使いの末裔全てを消す事。これが君主様のご命令です」
ワイはそれを聞いて鼻で笑う。シュンもミゥもまるで気にしていない様子だが、ワイの内心は見た目以上に酷い思考で成り立っている。
まるでその君主、子どもじゃないかと思えてくる。
パープルアイエルフが怖いのだと。ジューダス姫の一族が怖いのだと。
笑わせてくれる。
たかだた数分でワイ等はパープルアイ一族のほとんどをぶち殺したというのが現実であったし、強い一族だったかもしれないとはいえ、所詮ワイの敵ではなかった。
仮にその魔術魔法を駆使する存在だったのだとしても、それに差は殆ど無い。ワイからすればまるで意味のない代物。
ただそこに裸で立っているか、ダンボールを目の前に設置して壁を作ったかの違いだ。それほど些細な変化。寧ろやりやすくなる。寧ろ力いっぱい攻撃出来る。躊躇う要素がなくなる。
多少抵抗された方が、楽しいに決まっている。釣り人の趣向がまさにそれだ。
そのようであるほうが滾るものなのだ。
「んま、どっかの世界やったら批判され放題な考え方やろな。
そのくせペットはOK。昆虫はOK。価値観なんざどこも同じ。生命に値段を勝手につけて、価値観を勝手に押し付けて、強制して、好き放題して、死んだら死んだで勝手に悲しむワケや。
そりゃ反吐が出る。虫酸が走る。流石は最低の生物、人間族やで。
ところでその君主様は強いんか?」
そんな運命が待っていたエルフ族を救い、そして一瞬で絶滅させてやる予定を構想しているワイは、さぞ優しいだろう。ワイが居なければ地獄のような毎日が続き、そしていずれ滅ぼされていたのだ。それならば一瞬で楽になった方がマシだ。苦痛を長引かせることがないだけマシ。寧ろ感謝して欲しいくらいだ。あまりに慈悲深すぎるという自覚がワイにはある。
ともあれ、パープルアイエルフ如きにビビリ倒しているらしい君主様はどういう存在なのだろうか。そこでとろけているプリンと大差ない器量であったならば、あまり面白い話ではないのだが。
「めっぽう強いです。我々では足元にも及ばない。しかしベルデ様、貴方様は別でしょう。拮抗出来るかもしれない」
「冗談よしや。拮抗どころか、ワイの余裕勝ちやで」
正直言って、冗談抜きに余裕だと思っている。
デストロンスという能力の異常性を知らないシュンやミゥは確かに、ワイがどこまでやれるかなどの考慮のしようはない。比較出来る段階にはない。
だからこそワイは、その甘く浅はかたる思考の何もかもを赦し、それでいてその妄言を信じさえしてやろう。
そこに空想の余地が出来る。そうであるからこそ興味が立ち、そうしてワイは笑う。
不明は時として恐怖と成り代わるが、娯楽とさえ成り果てるのだ。
「果たしてそうでしょうか。貴方様は君主様を舐めすぎている」
「そうかもな。まあ楽しみにしとくわ」
本当に拮抗出来るかそれ以上なのであれば、倒し甲斐があるというもの。きっと心躍る展開が待っているのだろう。どうしようもない血みどろの戦いが待ち受けているのだろう。
まさかだが、三日三晩戦い通しになったりはしないだろうか。そうであると困るのだが、確固たる人類最強であるための布石とあらば、それは喜んで馳せ参じるしかあるまい。そうでなくては。その程度には役に立ってもらわなくては。
ワイは強い相手程に強くなる。そして結果凌駕する。いつでもそうだった。いつでも。
その君主様が聖人であれば困り者だが、悪人であるならワイに負ける要素はない。
同じ闇同士ならば、絶対に負けない。黒ならばワイの方が深い。深すぎて恐ろしい程に、真っ黒なのだ。
「全く、図太いお方だ。そして貴方はこの国の全部を、殺すおつもりですね。女子供、残らず全部」
流石に微笑みが陰湿過ぎたか。もうワイの心は透かして見えるほど露骨に飛び出ているらしい。無邪気も考え物だ。
しかしそれを見て驚きもしないこのメガネと、後ろで睨みつけているだけの人狼の長もまたよほど狂っている。
だが笑っていられるのは今のうちだ。そのうち全てが潰れて消える。城は沢山の岩と人間等を吐き出して、ゆっくり果てる事になるだろう。
やるなら全て。やるならば全部。そうでなくてはなるまい。
さもないと、周りを気にして生きなくてはならないではないか。さもないと、安心して空も仰げないではないか。
「絶やさねば、謀反は必ず起こる。ワイが敵であったことを恨んで死にや?」
それでも楽しそうに笑うお前が一番危険だ。とても危険だ。
中華の国は嘘と不意打ちと数の暴力が得意。あれだけ広い国において真正面から戦うのは馬鹿のやること。卑怯だろうが何だろうが、勝てれば良い。それが正義。
そうでもしないと小国弱国は、大国強国にまるで歯が立たなかったのだ。義がどうの言っている場合ではなかったのだ。そもそも、数で劣る段階で正々堂々真正面から戦いを挑むなど、正気の沙汰ではない。列記とした自殺行為に等しい。
そしてシュンは、こんな強国に居ながら、その理念をよく理解している。
ワイと同様、人の心を揺さぶることに関してのプロフェッショナル。
甘く見ていては、足元を掬われかねない。なにせエルフ族数名かを懐柔した存在だ。心を揺さぶる事にかけては、ワイ以上なのやもしれない。
「ジューダス姫様、あなた方も間違いなく根絶やしにされます。
我々の味方をするにしても、待つのは絶滅。彼に味方するにしても、待つのは絶滅。
エルフ族もまた、厄介な死神に好かれたものだ。同情さえしますよ。
私はエルフ族を嫌いではない分、今回の戦争はあんまり乗り気じゃなくって。君主様の命令でもなければ、私は此度の戦、起こしはしなかったでしょう」
ただし、ワイがアメジストの心をまるで理解できないように、シュンであっても目の前のお姫様の心は分からないらしい。
というよりは、理解出来たらそれこそオシマイ。狂人の仲間入りだ。狂人というか、変態の仲間入りと言うべきだろうか。
生憎とアメジストを懐柔するのは不可能だ。ワイでさえ引き剥がすに引き剥がせないくらいなのだから、シュンにも到底、その心を揺さぶるのは無理。
残念ながらそこは本当の意味で、難攻不落の城なのだ。
案の定、アメジストは例の無表情で言ってのける。妙に威圧的にも見えるが、その実はどうなのやら。ある意味他人事に見えないからして、愉快だ何だとは流石に思えない。
「貴方の都合は知りません。それに、私の命はベルデ様の物。どうしようと勝手でしょう。
ベルデ様が望むのであれば、私はエルフ族の絶滅にさえ加担します。私が成したいのは、ベルデ様の胸に私という個人が永遠に刻まれ残る事。些細な事でもいい。小さな刻印でもいい。仮に忘れ去られようとも、失望されてしまおうとも、私はベルデ様の全てを愛します。
自らの願望など、取るに足らない儚き華です」
もうすでにワイの心は、嫌な思い出いっぱい刻まれてます、ジューダス姫。
「……そうですか、はは。ミゥ、貴方から何かありませんか?」
恐れをなしてアメジストから逃げたぞコイツ。
「………」
そこで何も喋らんのかい狼。
「無いようですね」
肩をすくめて呆れ顔のシュンは、肩を叩いてゆっくり息を吐き出した。
ワイを相手にするのも疲れたのだろうし、アメジストの本質が見えて嫌気がさし、ミゥがまるで手伝う気が無い事に呆れ、そこで伸びる肉の塊が後で怒鳴りつけるであろう未来を想定して嫌になってきたか。そう考えると、この男に同情したくなる。中間管理職とは辛い物だ。
ふと人狼の長、将軍ミゥを見てみた。理由は、何か異様な雰囲気を察知したからになる。
奴は両目を炯々と輝かせ、睨んでいた。それは恐らく、何か言いたいことがあるという事だと思うが、はて、どうなのだろう。
せっかくシュンが話題を振ったのに、それは無視。
にも関わらずこの訴えかけるような眼差し。
何が言いたいのだろう。何を思ったのだろう。何がそうさせる。寧ろどうして何も言わないのか。
考えはこう分岐する。
「ソイツ、喋れんだけと違うか?」
もしくはここで、喋る事を憚る理由がある、だろう。
犬または狼の類だから、グルグルと唸るくらいはしていいと思う。しかしコイツはそれを一度も行なっていない。呼吸をただただ繰り返し、周囲をヒョイヒョイ見回し、指示をダラダラ部下に出してそれで終わり。
喋る事が仮に出来るとして、それでも喋らないのは、無口だからなのだろう。喋りたがりではないのだろう。
そしてワイに対して何か言いたいことがあるのだとしても、この場にシュンが居る。ワイの隣はアメジストが居る。
いやヘタすると、ワイが居るから喋らないのかもしれない。
流石に犬の顔は判断つきにくい。慧眼そのものがいまいち通用しない。人間同様二足歩行の動物らしいのだが、その全てが人間とまるで同じとはいかない。それだけで、ワイの眼力は封殺されたも同然。イマイチ判断が出来ない。これは非常にやりにくい。
とはいえ訊いてこないのであれば、それはそれでいい。興味はない。あえてコチラから尋ねてやる義理はないだろう。
「いえ、彼は喋れますよ?過去に一度だけですが、会話成立したことがありました」
そもそもアメジストを助けたようなそうでないような、まあ結果的に助けたような形になった時に、人狼族は喋っていた。だからミゥが喋れぬワケが無い。知能もその同族よりあるようにも見える。
というより、違和感の原因がなんとなく分かった。
何とも言えぬ違和感だったために、そしてそれに関する思惟を行う気がまるで無かった為に、今の今まで放棄していた。だが今分かった。
参謀であるシュンは、何処か見た目の年齢と合致しない。逆に、年齢が見た目通りでなく、それこそ50歳なのだとするならば、シュンのこの人格や癖、思考の並べ方に違和感を思わなくなるだろう。
このメガネ、見た目は20代前半という所だが、はて。
正直、クロガネ族だの死神様伝説だの、そういった関係の知識はあまり無い。この世界に様々存在するであろう種族もその関係も、未だ頭には入っていない。
言えるのはやはり、シュンは実年齢がせめて40くらいでないと不釣り合いと言う事。
年齢20代にしては少し過ぎているほど、達観している。そして王の隣に居座っている筈がないとも言い切れる。
あまりに若すぎるのだ。普通に考えればそんな若造を、この場にいる誰が認めるワケがない。
よほどの武功を成し遂げたにしても、やり過ぎ。人間など自らの地位が何より大事。それを若造に明け渡す筈ない。
どれだけその人材が優秀であり、話術巧みであったとしてもだ。
やってのけたとしても、それ相応の苦労と苦難がつきまとう。少なくともこんなに笑顔で、健康的な肌をしてはいまい。
「何年一緒なんやお前ら。つかお前何歳や」
「私、こう見えて60歳。彼は確か、40歳手前ではなかったでしょうか。えっと、30でしたっけ。忘れました」
60というのはちょっと想定外だが、見た目が若いのだ。多少行動が若くても変ではないだろう。にしても、人間族にこれほど若さを維持する力はない筈。
ワイの大好きな漫画を描いてる某先生は確かにいつまでも若々しいが、果たしてこれほどまでに若くていいのだろうか。
だが、ありうる。
人間の限界などもはや個性。才能というものはそこに確かに存在する。だから見た目が随分若々しいという事象もまた起こりうるのだ。
しかしあえて言わせていただこう。
「魔法使いかお前」
もしかしたら本当にそういう理由で今の若さなのかもしれない。
ここはファンタジー世界なのだ。だから、あり得ない事はないだろう。
ただそれとは別に、隣の人狼が30、40というのもまた違和感だ。もう少し、いいや確実にそれより若いのではないだろうか。何よりシュンは、本当に60なのだろうか。
いや、奴が真実を語っている保証はない。あまり真に受けない方がいい。
「魔法使いはジューダス姫の一族ですよ。今ではごく少数の一族と成り果ててしまっていますけどね。ああ、ちなみに、ジューダス姫の一族の繁殖方法は」
「知りとーないから語るな。出来れば一生」
「はいはい。では、貴方への対抗策でも見出しますか」
パープルアイエルフの一族は魔法使い。
そういえばそれに関する史実や伝承の類は、まだ目にも耳にもしていない。
パープルアイエルフが魔法使いの一族であるという、たったそれだけの情報しか知らない。それ以外は断片さえ知り得ていない。ならば知らないも同然である。
しかしシュンは知っている素振り。
この場で訊くべきかもしれないが、正直に答えてくるかどうか。
いいや、答えないだろう。そのような流れを感じる。先程の年齢の話もそうだった。
そうとあらばこちらも、手の内をわざわざ明かす必要性はない。コチラの話し損になると思われる。
ここはどうでもいい事でも言っておこう。
馬鹿らしく、アホらしく、難解過ぎてワケ分からない具合の物がいい。そうれあれば相手も馬鹿らしく思うに違いないし、苛々もするに違いない。
元々ワイは、喧嘩をふっかけにきたのだ。散々なお茶会にする気満々だったのだ。目的を果たさせてもらおうか。
「ワイからも質問には答えんで。ワイに対抗出来る奴が現れると非常に厄介や。
ワイは戦いが趣味と違う。拮抗出来る相手を探すのが趣味と違う。
戦いに勝利する事がワイの主義。そして、相手を絶望の淵に叩き落とすのがワイの正義。
竜は全てを蹂躙し、竜は全てを焼き払う。ワイが勝利し、ワイ以外が敗北する。全ては地球の為や。分かるか?」
「分かりかねますが、なるほど、強き者こそが正義と。
…私はもう歳でしてね。何時死んでも問題ないのですが……。
そう、ミゥなどいかがでしょう。彼は良き忠犬となりますよ。貴方の元に置いたほうが彼の腕も存分に輝くというもの。彼は戦場を望んでいる。
それに人狼の世界は、弱肉強食。そしてボスには絶対逆らわない。ヒューマンやクロガネ族、エルフ族とはまるで違う。トロールやオーク、デビルやエンジェル……、そんな彼らとはまるで違う生物です。
ベルデ様、良ければ彼らを従えませんか?必ずや良き戦力となり、そして何より、ベルデ様の為になるでしょう」
対抗心を燃やしてきたかのような裏を感じるのだが、どことなく真面目にも聞こえる。
しかしならが、色々様々紆余曲折している交渉にしても、随分と身勝手な話だ。
確かに他の種族とは違う空気を、そこの千疋狼からは感じ取れる。高貴であり孤高であるといった、そんな雰囲気を放っている。
だがそれ以上に尖った何かがそこにある。棘ではない。それは槍のようだ。更に言えばそれらは、ワイの首へ向けて停滞している。鋭い鋭い、列記とした殺意。しかし敵意ではない。
戦闘狂であり、誇り高いような存在というのは本当らしい。本当なのだろうが……。
強いて言うなら目障りだ。
「エルフ族を輪姦そうとする変態共を仲間にしろとは、些か頭可怪しいなお前は。
エルフ族が信用せんし、嫌がるやろうし、ワイにとっても信頼するには値しない。却下する以外の選択肢が無い。
それに君主へ忠義を払ってるんやろ?君主こそがミゥにとっての殺すべき対象であり、君主のみがミゥにとっての生き甲斐。ソイツは君主のために命を賭け、ワイの全てを横流しするに決まってるわ」
別にそのような理由で断ろうという魂胆はない。所詮、面倒そうな話だから断ろうというだけの話になる。
相手にしても面白そうではない。見る限りでは面白そうな存在ではない。それは実力もそうだし、性格面もそう。コイツは死ぬその寸前でさえ、心を折らないだろう。拷問を受けた所で、それ全てを受け入れるだろう。
アメジスト程ではないし、それほど気色悪いワケではないが、それと通じる何かをこの人狼からは感じる。とても気分が悪い。くしゃみによってガムが口から凄い勢いで飛んでいってしまった時のあのどうでもいい癖にやるせない感じに似ている。
……、いや、本当どうでもいい内容すぎる。例えを少々間違えた。だがそれくらいどうでもいい話なのだ。シュンの世迷言など。
「他を蹂躙する。それが彼らなりの勝利宣言です。ですが、別にそういった誇示しか出来ぬワケではありませんよ。所詮は手段の一つ。彼らは相手にとって一番屈辱であろう行為を選びたがるのです。しかし命令あらば行わないし、そもそも彼らはエルフ族に性的興奮を覚えるような変異種族ではありません。
……この国は、貴方に敗れます。ですが彼程の逸材は滅多に居ない。なのでちょっと惜しいなと思いまして。言わせてもらいますが、彼は確かに君主様へ忠誠を誓った身。同時に反逆者と成ろう存在でもある。
彼ら人狼族は誇り高き戦士でした。今ではエルフ族同様、家畜。もはや誇り高き戦士であった時代も過去です。古き良き時代と成り果ててしまいました。
しかし彼は違います。
腐った一族の中で、彼だけは高潔。そうでありながら、血肉を求める一匹狼。
ご安心下さい。彼の立場、ボスたる後継者は別にまた居るので無問題です。ミゥも結構乗り気なようですよ?」
「………」
「ね?」
シュンも感じるのだろう。この部屋はすでに殺気が充満している。それほどワイとやる気らしい人狼の長。
動かぬのはワケあってだろうが、心までは偽れぬということか。アメジストもキツ目に人狼の長を睨んでいる。
だがシュンやアメジストなど所詮、垂れ流れているそれに触れているだけに過ぎない。ワイに至ってはそれに体当たりされている。だから感じる度合いもまるで違うし、四方八方から銃を向けられているような緊迫感を抱かなくもない。
これそのものは嫌いではないが、どうせならばもっと馬鹿らしい行動を取る奴がいいかもしれない。馬鹿なのかと問い詰めたくなる程、余計で邪魔で無駄な行動を散々取ってくれる奴であるほうが嬉しいかもしれない。
その方が良き余興となる。暇つぶしが勝手に出来る。本来不都合でしかない事を起こすくらいに巫山戯た存在であったほうが、ワイの好み。間違いなく傍に置く気になるだろう。
顧客のワイが得すると思わなければ売れない。手に取らない。今回の話はそういうものだ。
本当に売りたいならば、預けたいならば、受け取らせたいならば、精々押し売りセールスの基礎から学び直すといい。ついでに、人狼の調教やり直しも要求してやろう。
「ま、考えとくわ。どうせすぐに死に絶える。エルフもウォーウルフも。ワイの手によって、惨たらしくな」
「結構本気で、検討をおねがいします。
…しかし、おかしいな。お茶もお菓子も来ませんね」
「よく言うわ。用事は済んだし、アメジスト、帰るで」
「はい」
お茶も菓子もおしぼりも料理も、何ひとつを誰一人にさえ頼んでいないのだ。ならば来るわけがない。ここで白々しい態度なのが余計に腹が立つ。
これではミゥロボス(千疋狼)を押し売りする気なのか、そうでないのか、まるで分からない。
だがシュンは遊んでいるのだろう。この現状さえ楽しんでいるのだろう。怒らせたいだけなのだろう。
その手には乗らない。
あとどうでもいいなりに、そこの人狼は乗り気。ベクトルはともかくとしても。
ならば勝手に事態は進展するだろう。ワイから動く必要性はない。全ては女神様の気まぐれに任せてみようと思う。
「一つ、いいでしょうか」
「お前の質問や頼みは何個あるんや?」
あえて立ち止まるワイの優しさに感謝して欲しい。根本的に立場はワイが上なのだ。やろうものなら、この場この瞬間で全てを終わらせる事が出来た。興味関心と、裏切り者への断罪の為という名目がなければそうなっていただろう。
否、そうにしかならなかった。
それを分かってなのか、一応下手に出ているシュンではあるものの、少々愚問が過ぎると思えてきた。
ワイは待たされるのは好きではない。そして絶対的なまでに、頼みを訊いてやる意思がない。
全ては地球の意思に始まり、全てはワイの気まぐれで終わる。だからシュンの言葉は愚問に他ならない。
星は喋らないのだ。だからこそ、代弁者のワイは絶対でもある。
意味が分からない?
簡単な話だ、数ばかりの人間族共。『死人は喋らない』の意味をよく考えるといい。
「諜報員共はまるで何も知らされていません。拷問は無意味です。せめて安らかに、殺してやってください」
「それもまあ、考えとくわ」
「よろしくおねがいします」
再びその場で空間が弾ける。いちいち叩き割らねばならないのが難点。そしていちいち疲れる。どうしてもこの境界の維持は出来ないのだ。一度叩き割ってその後、勝手に塞がっていく。
まだまだ修行不足といった所か。だがいずれはこれもまた使いこなせるようになるだろう。
この国を盗るより苦戦しそうなのが嫌な話だ。努力は好きではない。強いて言うならば、アメジストの心をへし折るよりは楽そうだなと思う事くらいになる。
世の中どうして上手くいかないものだと思う。
物理法則をねじ曲げるとはつまり、自然に抗う真似である。だがこうして完全に制御出来ぬという事は、自然とはやはり恐ろしく強いのだとも思う。
異常の権化たるワイであってさえ、完全完璧には抗う事が出来ない。
そうであるからこそ、そこはかとなく自然は美しいのだが。
…