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「様!彼の者は一体何です!」

「彼は危険です姫様!」

「先程の光景は一体何なのです!説明を!」

「どうして彼のような存在を壁内に!」

 眼の色がアメジストのお姫様に言い寄る兵士たち。こうして見れば、戦える者はまだ結構居るようだった。

 ならばどうして少女を見捨てたのか。大の男が、たかが15,6の少女をだ。恥ずかしくないのか。

 そう思いはしたが、仕方ない事でもある。誰だって死ぬのは怖いだろう。少女はそんな中、馬鹿みたいに戦っただけ。そして勇敢にも、共に戦った一万近い兵士らと少女は負け、少女一人残して全部死んだ。それだけの話だ。

 だが、そうであるからこそ言える。

 今この城に立てこもって身動き一つしなかった口ばかりの兵士達の士気は、皆無に等しい。

 命惜しくて仕方ない屑ばかり。戦えぬ者ばかり。いざという時逃げ出す屑ばかり。

 そう考えると、この少女は実に不憫だ。今先程にも見捨てられた挙句、今においてさえ侵入者を許したのだと批難を受けているのだ。たまったものではないだろう。

 何ら無表情に受け答えをする少女はまるで無視。一方的な物言いと詰問する気のない詰問による罵倒が交差し、まるで射られた矢のように全て、ワイかアメジスト色に向けられている。

 質問する気がないならば質問をするな。答えを知る気が無いくせに、答えを知ろうとするフリなどするな。これだから集団心理というものが大嫌いなのだ。

 ワイはボリボリ頭をかきながら、周りを見渡す。

 兵士たちは全員エルフだ。そして女兵士も少数居る。

 大部分は無傷だが、少数はけが人含む。それが意味する物を考えれば、大体分かる。

 恐らくは医療機関に通う者達が大勢居るのだろう。しかしこの場にはかなり重度の怪我人も少しだが見て取れる。つまり、医療機関には本格的なまでに、軽度の者しか通っていないという事になる。

 戦場においての医療とは、平和の世界とは真逆。復帰不可能の者は切り捨てられ、少し手を加えればすぐに参戦出来る者を優先的に治療する。そうしなくてはならないのが戦場。本来の医療の真逆を行わなくてはならないのが戦場。

 だが重傷者が少ないのだ。それはつまり、

 殆ど生きて帰れなかったという事だ。

 大抵がこの城壁のすぐ外で死に絶え、腐っていったに違いない。そしてエルフ族は、心さえも腐っていったのだろう。

 見るも無残な様だ。見ていられない。よほど酔狂な、それこそワイのような奴でもなければ、この国をわざわざ選択はしないだろう。

 見るからに終わっている国だ。選択するだけ無駄。

 仮に付録のような物だったとしても、遠慮なく切り捨てる。要らない。

 ただただ邪魔なだけならば、即座にゴミ箱行きに決まっている。この国はその程度の価値だ。

 挙句、物資もそう多くはないと見る。この場に居る兵士等の武器防具は古めかしく、錆びが多く、欠陥や欠損が多い。装備する意味が無い物さえある。

 そもそも甲冑という不効率な防具を未だに採用しているのが信じられない。もっと身軽に動けた方がマシじゃないのか。どうせ一撃で屠られるのだ。防具というより、資材の無駄だ。

 食糧難は戦争において当然のように起こるが、この国もまた例外ではないようだ。

 しかもこれは極めつけ。ふと見てその瞬間、大笑いしてしまいそうになった光景がある。

 奥の方にある城は更に防壁をほぼ固められており、もはや籠城の準備万端といった所。

 王は民を見捨てる気満々。これでは士気も当然だだ下がり。

 酷いのは民だけが原因ではないようだ。

 これはもう、エルフの王は勝つ気がそもそもないのだと見える。

 少しでも長い時間生きられたらいいのにと言いたげな願望と、自分たちはこれで安全だという現実逃避を体現したかのような街の構図に驚く。だから呆れて笑いが出そうなのだ。

 前にワイが務めていた王国では考えられない。王が民を見捨てたら、いずれは反乱が起こる。内戦によりこの国は終わる事になる。だが起こっていないのは、ここにお姫様が居るからだ。

 命を張ったはずのお姫様であるはずなのに、兵士から、そして民から罵詈雑言を一心に浴びる羽目にあっている。これが反乱、謀反の起きない原因、ブレーキとなっている。

 もはやこれは因果だ。お姫様よ、どうしようもない国王を恨め。嫌なら無表情で対応していないだろうが、その本心やいかに。どうしようもなく腸が煮えくり返っているならば、行動に起こす以外手立ては存在すまい。

「アメジスト色」

「私の事ですか?」

「他の奴は目が金色か、青色やしな。王族特有の目の色なんやろどうせ」

「はい、その通りです。それで、いかがしました?」

 ワイは指差す。立てこもる準備万端の城に目掛けて。

 そんな物騒な様に兵士たちは一気に沈黙。どうやらよほどの暴君があの城には居るようだ。

 だから、無表情で人が良さそうなお姫様が唯一のはけ口、といった所か。

 なんとも愚かしい。

 誹謗を述べる相手を間違えている。そんなだからエルフ族、ワレ等はどこまでも凋残してしまったのだ。

 教えてやるしかあるまい。

 暴君はどうして暴君なのか。

 暴君はどうして誰かに殺されてしまうのか。

 暴君は酒に酔い、暴君は女を侍らせ、暴君は民を奴隷とする。

 しかし必ず何時の世も、暴君の種は生まれる。

 そして暴君の首を傍においていつでも見つめ続けている。

 いずれ、暴君は必ず、新たに生まれる暴君によって、その首を刎ねられるのだ。

「一族皆殺しにしてこい。お前を見捨てた一族や。民を見捨てんとする国王や。

 皆が生きたいとそう願うならば、本当の平和を望むのであれば、失う覚悟を持て。

 大事にしてきた全てを切り捨てて立ち向かわん事には、全部失うだけやで?」

「……分かりました。行ってきます。誰か馬を」

「なりませぬ、ジューダス姫」

 兵を分けて出てくる大男。身長190㎝前後。歴戦のエルフ族兵士といった所だろう。

 見た限りでは部隊長か、大隊長。そんな風格がある。

 しかも、アメジスト色の瞳を持つエルフのお姫様は、ジューダス。名前をジューダス。

 国によっては、ユダと読まれる。そしてそれは、裏切り者の意味。この世界においてはそういう意味合いはないのだろう。だからこの名前なのだ。それにしても、実に皮肉だ。

 まさにこの少女、全てを裏切ろうとしているのだ。

 それが銀貨30枚の価値に足るのかどうかも知らないままに。

「このクロガネ族がいかほどに強いかは分かっております。気配で分かります。しかしそれ以上にこの男、深淵よりも深く黒い闇を持ちえる邪悪の権化であるとも思われます。

 彼の者に協力を仰ぎ、形勢を覆すおつもりなのでしょうが、それではなりません。

仮にも一国の姫。伝統長き姫であられますジューダス様が、このような蛮族の言いなりのように……」

 クロガネ族とは恐らく人間族のことなのだろう。野蛮というのも大当たりだ。

 しかしながら間違えている。部隊長、お前は間違えているのだ。

 どこを見ている。どこを向いている。ではお前の全てを見せてみろ、サージェント(軍曹)。

 お前の心など、これ一つで全て分かるぞ。精々情けなく立っていればいい。

「靴をなめろ、パープルアイ」

「はい」

「な、姫様!」

 まるで躊躇いなく無様に跪き、靴を舐めるアメジスト色。

 コイツはいい。従順すぎてつまらない女ではあるが、このように、躊躇いなく家畜に成り下がるエルフ族のお姫様のこの光景、この様こそは、この場にいる誰もを絶望に突き落とすに足る題材となる。ある意味では凶器とさえなりうる。

 誰も何も言えまい。希望たる姫様が、皮肉な名前、ジューダス姫が、こんなにも無様に成り果てながら、貴様ら全員を裏切っているのだ。誰とも知れぬクロガネ族だか人間族だか、そんな男に高位たるべき存在が、お前ら以下になっているのだ。

 そうだ驚け驚け。絶望に打ちひしがれ、そして考え改めろ。

 今日でお前らは解放される。エルフの王の奴隷から解放される。

 そして今日からお前らは、ワイの奴隷と成り上がるのだ。

「おい部隊長。お前は誰に仕えとるんや?」

「そ、それは」

「その様やと、姫様には仕えてないらしい。……いや、それはこの場の全員に言える事か。

 んじゃあお前らは、そこでお前ら見捨てようとしとる国王に仕えとるんか?

 見てみろあの防壁。あれが何の為に存在しているか分かるやろ。分かっててもお前らは逆らえず、何も言わず、現実さえ見ようとせず、アレを構築してる。気づけばほぼ完成や。

 まるで奴隷やな。もしくは家畜。はたまたお前ら、道具か囮か壁か資材か。

それともゴミか?

 んで、もう一度だけ問うが、お前らはあの国王に仕えとるんか?

 そうだと、女神様へ誓えるか?肉片1片、血液1滴、毛根1本、ありとあらゆるお前らの財をあの国王へ捧げてるんか?心も身体も、全てもを」

 沈黙。

 誰もが混乱している。誰もが回答出来ずにいる。感情のままにさえ語れずにいる。

 とてもいい光景だ。足先から電撃が走るような気持ちだ。自らの心を騙しておかねばどうしようもなくなる民衆共が、今までそうやって生きながらえてきただけの存在が、その全てを投げ捨て戦う勇気さえ持てぬ馬鹿共が、この期に及んで口にできる台詞なんてあってたまるか。

それでも最後の砦、理性の繋ぎ目があの城なのだ。なんと哀れ。

 死ぬ寸前に裏切り者とのたうち回って死んでいくつもりというならば、それもまた良し。是非ともその光景を目に焼き付けてしまいたいものだ。滑稽でよろしい。苦しんで死ね。

 だがそうあっては困る。国は一個の生命体。それはワイにとって、大事な大事な資本だ。

「国なんざ捨ててしまえ。何か伝統あるウンタラカンタラ。誇りや武勲がそんな大事か?

 お前らは何が大事なんや?おい部隊長、何が大事がいうてみんかい」

「………」

「仲間、家族ちゃうんか。違う言うなら己の命が大事なんやろ。なら失せろ。

 これからワイとアメジスト色は国盗りや。

 国に仕えとるつもりでおる者は、ほら、反抗せい。たった二人の反乱軍や。何も恐れる事はないやろ。それともワレ等、反乱軍か?なら後を付いて来い。

 いつまで靴舐めとるんやアメジスト。はよ武器手にとって馬入手してこんかい」

「はい、分かりました」

 従順なアメジスト。それ以外の奴らは、ただのでくのぼう。

 実にいい。最強たるワイがこんな出発点であるのが尚よろしい。爽快過ぎてたまらない。

 しかし景気よく全てが円滑には進まない。

 アメジストはそのまま部隊長に羽交い絞めにされる。流石に防具もなく、武器もなく、力では流石に女の身。大男には敵うまい。力なく、干し魚のように身体を浮かばせている。

「聞かせて下さい、クロガネ族の男」

「なにをや」

 そうか、欲しいのならくれてやる。言え。

「敵勢は100万、いいや、1000万を超える大群!正直姫様単独と単独相手であってさえ武に差がある猛将が相手には山ほど居る!

 それでも貴方を信じてよいのか!貴方に突き従えば我らの勝利はあるのか!

 この屈辱に塗れたエルフの血は浄化されるのか!教えて欲しい!どうか宣言して欲しい!

 したらば私は貴方に全てを捧げましょう!」

 ワイは大声で笑った。

 まだ王は健在で、今から殺しに行くと言っているというのに、もうすがる藁もないと言いたげな声。まるで信用する題材も、実力さえも知らぬであろうワイにさえすがろうとしている。

 そう、縋るべき物が無いとあらば、人は誰にでも縋る。ワイの好きな漫画にもそのような台詞があった記憶があるが、それは紛れも無い事実。金言にさえ等しい。

 しかしそんな事、3世紀も前から知っている。嫌ほど知っている。

 絶望の最中、それが嘘偽りだと分かっていようが、駄目なことなのだと知っていようが、理解していようが、優しくその手を差し伸べられたら、人はそれを掴み取るのだ。躊躇いなく。瞬刻の間に。

 可笑しい。なかなかどうして可笑しいのだ。

 部隊長の必死の問いかけは、大衆全てを纏めあげてしまった。まるでそれが総意だったのだと言いたげな表情を皆が向けている。

 なんという都合の良い頭の持ち主達だ。先程までジューダス姫様を罵倒していたお前らはどこに消えた。どこに行ってしまった。よくもそんな目が出来るものだ、エルフ族。

 実にアホらしい。だが嫌いじゃない。こういう馬鹿は、そこまで嫌いじゃない。

「民を含めて10万20万かしらんが、その程度の数しか居らぬエルフ族。

 敵兵1000万を超えるとあらば、この城、次に襲撃を食らえば陥落間違いないな。

 まずは兵が犠牲になる。次に民が犠牲になる。

 男共は家畜か奴隷に成り果てよう。馬車馬のように働かされ、誇りはまるで消え失せ、言葉さえ忘れ、骨は砕け、肉は裂け、皮は剥がれて、見るも無残な豚となる。永劫奴隷と成り果てて朽ちるだろう。

 女共は家畜以下の奴隷と成り果てよう。慰み者として全てが穢され、ドロドロのボロボロにあってその後は絞られ捨てられる。余興の為に全てが折れ込まれ、余興のために狩られ、余興のために苦しんで死ぬだろう。

 それでいいのかお前ら。それがお前らの望む結末か。

 今の国王に付いていれば、その結果は変わるまい。いずれ城陥落という、絶望の結果をただ待つ奴隷となり果てて終わるぞ。全部終わるぞ。折れた心はもう元に戻らん。もう何も信じられん。団結できん。縋る藁さえ無い。全てを奪われ、全てが死ぬだろう。

 嫌ならワイに付き従え。まるで結果が変わるか変わらぬか分からぬワイに賭けい。

 今の国に仕えたままでは滅亡や。目に見えとる筈や。ならいっそ大きく賭けに出てみい。

 死ぬならせめて勝利の余韻の最中に死ね。戦場の中、絶望の中、死にたいと思うならば今すぐあの城に立こもれ。ワイの敵はあっちの陣地や。こっちやないで。

 さあ、叩き割ろうぞお前らの首輪。焼き払おうぞお前らの穢れ。立ち向かおうぞ我らが敵に。

 声を張り上げ、ド派手に反乱や。太鼓叩いて、盛大にお祭り開始や。行進曲は自由に選べ。それくらいの自由はお前等に与えてやろう。だが、出来れば大きな音がいい。

我が物ヅラであそこに立てこもりしてる奴らに、目に物見せてやろやないか。

ただし、男も女も隔てなく、一思いに殺せ。でなくては奴らと同類と成り果てる。

それではならんのや。一思い、一発で仕留めろ。死者を辱めるな。誇りを忘れるな。

己がエルフであることを絶対に忘れるな。さすれば願いは、女神様へと真っ直ぐ届くだろう」



「大変ですジューダス姫様!敵勢凡そ10万がこちらに向かって来ています!」

ひー、ふー、みー。

 数えれば王族の首は30以上。

 多分、貴族も含まれているし、それらの従者も含まれての30以上。

 女奴隷共は解放して終えたし、無関係を訴える者は全てを捕らえて終わった。

 後で裁判をエルフ共に勝手にしてもらおうと思っている。

 王族やそれ以外の貴族、これらに味方する売国奴らは、全部首だけになった。

 今からこれを適当にその辺に飾る為、さっそくエルフ族に枯れ木を準備させている。

 季節がある国、土地なのかは知れないし、今の気温の具合から春かそのくらいの季節である感じしかしない。だから首たっぷりクリスマスツリーは、季節外れ。それに少しやり過ぎだろうか。暴君らしいといえばそうだが、これではドラクル伯爵だ。

 恐怖政治が目的ではないつもりなのだが、はて、どのように飾ったものか。如何に綺麗に、可愛らしく飾ればいいだろうか。否、それは可能なのだろうか。

「距離はいかほどなものですか?」

「凡そ10マイル先!到着まで1時間だと思われます!」

 しかし、少しばかし限度を知らない。

 その限度知らずは、アメジスト色の話だ。

 こんなにも手柄があるんです、みたいな自慢気な表情と、沢山褒めてもらえるに違いないと確信したみたいな表情をぶら下げながら、文字通り首を紐で繋ぎ、意気揚々にぶら下げてやってきたのだ。その時ワイは、狂気じみていると思った。

 しかもだ。一人ひとりの名前を説明しては、その悪行なり色々を教えてくれるし、首の中にはアメジスト色の父親と母親が普通に居るし、後で死体確認したら、まるで楽に殺した様子ではなかったし、兎に角酷いし、そう酷いに尽きる。血縁者である兄弟か姉妹かも躊躇いなく殺してきたとも言っていたからして、とりあえず正気を疑った。

 アメジスト色は、末恐ろしい。コイツは本当に間違いなく、大物になる。

 それこそ、99を救うために1を切るような選択を平然と行うだけの器量を備えている。

 場合によっては五割のために五割を。

 いいや、一人の為に他全てを殺してしまいかねない女だ。

「死神様」

 そういえば、まだワイの名前を教えていなかった。

 アメジスト色の名前はジューダスらしいが、それ以外は知らない。

 国の名前さえ知らないし、ここがどういう街かもイマイチ分かっていない。

 相手も自分も、まるで何も知らないし分かっていないに等しい。

 ただこの女が今、王位継承第一位なのは間違いないだろう。

 その辺はこの変態じみた女がワイに惚れているとか抜かしている以上、王位を譲るのも間違いない。他もそれで納得すると思われる。

 それより問題は、今やって来ているらしい10万の軍勢。1時間の猶予とは言うが、実際どんなものだろう。

 どうにせよすぐだ。急ぎ準備をしてもらった方がいい。

「しゃーない。『首飾り』はまた後やな。

 ほれ士気皆無のオンボロ軍団。今からワイ一人で10万の軍勢、全部討伐したる。神業ってやつでな。せやが、証人居らんことには成り立たんねや。神話とは、目撃者が居らねば語り継がれやせんねや。

 神がかった出来事によって圧倒的士気を得るには、その目に訴えかけるしか無い。筆舌に尽くしがたい出来事とあらば余計に、そうなるのは道理。そうあるのは必然。

 武器も防具も持たんと付いて来い。勇気ある者に栄光をくれてやる。絶対の生存をくれてやる。ありったけの白旗持って出陣や。来る奴は来い。

 おい部隊長、志願者募って編隊組ませろ。防具はともかく武器は絶対持たせるな。

30分で全てを外に整列させろ。白旗だけを持たせてガタガタ震えさせとけ」

「し、しかし…」

 シカシもカカシもない。どうせ本来ならば、今回の敵勢遠征によりこの国は終わっていたのだ。何も気にする必要はない。もしも全滅したならば、元々そうなっていたのだから別に変化こそない、と思うべきだ。

 ただ言える。

 ワイが負けるという事象は起こり得ない。

「今更それはないやろ。

 お前らは、

 揃いも揃って裏切り者や。

 揃いも揃って反乱起こした糞や。

 揃いも揃って同族殺しを肯定した屑や。

 揃いも揃って、ワイの狂言信じた哀れなエルフ共やろ。

 何も心配いらん。アメジスト色が死ぬ寸前でのワイの行動や光景は理解に足りんかったやろし、意味不明で、早すぎて何がなにやらやったやろう。しかし事実、ワイがあれを全部片した。

 1度出来て2度出来ぬ道理はないで。

 神の奇跡は1度も2度も100度も成せるから奇跡なんや。それでこそ神なんや。

 ほれ、ガタガタ震えて白旗振るう準備しろ。10万なんざ10分で終わる。

 白旗は潔白の証。別に不意打ちでも罠でも策でも無い。敗北の印でも、奴隷の印でもない。気にせんと準備せい」

「は、はい、分かりました、死神様」

 そのうち動揺の声と、混乱の叫びと、祈りの言葉が聞こえてくるだろう。

 さて、何名が証人になるべくして、城外にて戦列を組む意思を見せるか。

 ソイツらは恐らく、ワイの狂信者となる。神とさえ崇める。

 それほどまでに普通とは程遠い価値観を習得する彼らは、きっと勝利を確信するだろう。自らの反乱は間違えた選択でなかったのだと思い込むだろう。

 事実間違いではない。間違えた選択ではない。

 そう、勝利の余韻を味わえるのだから、間違いではない。奴隷になって死ぬより何千倍、何万倍と優遇された立場にあれるのだ。

 そして死んでいく。全てが死んでいく。

 英雄だ、神だ、死神だ、守護神だ、なんだかんだ、そう呼んで慕い、信じたワイの裏切りによって。まさにこれからエルフ族の未来が始まるのだという瀬戸際で。勝利した瞬間まで。

「アメジスト色、行くで」

「私の名前は、ジューダス=アルブフェイラ。アメジストという宝石の名前は、私には似合いません。屑の末裔です」

 コイツは甲冑無しの、なんとも言えぬ薄着のまま行くらしい。

 ワイがくれてやった布がお気に入りらしく、古い古い時代の着物のようにそれを身につけ、上機嫌そうだ。これがお姫様かと思うと、なんとも言えない不憫さを思う。

 容姿端麗、文武両道。恐らくはそういう質の存在なのだということは分かる。しかも基本は無表情。何も知らぬ子どものまま育ち、そして、女という自覚さえ無く騎士として育ち、どういう原理なのか、ひよこみたいなアレなのか、ワイに一目惚れ。もはや全てを捧げようとする変態か、ただの気違いに生まれ変わってしまった。

 ある意味では凄くラッキーな境遇にも思えるが、生憎と嬉しくない。

 コイツの本質が、ワイにはよく見えるからだ。

 確かにただただ奴隷としてだったり、愛玩用としてだったり、そういう方面で利用価値を見出してしまうだけならば、これほど都合の良い女は居ないだろう。

 しかしワイは根底から摂理を逸脱している、いわば亡霊であるし、こういう生命の営みというものに理解は薄いどころか嫌悪さえ抱いている。アメジスト色の親、国王達のように、ワイの両親もまた屑であったし、黒であったし、最低の血を備えた一族でしかなかったのもある。

 何より、思考する生命を自らごと消し去るべきだと考えている地球の代弁者たるワイがそれらに依存するのは変な話だと思わざるをえない。

 そりゃ、可愛い子だ。美人だ。だが好みではなかった。

 ワイが見るのは見た目じゃない。本格的に、中身。

 ワイが認めた人間族はたったの3名。たったそれだけ。にしてもワイはコイツが特に嫌いだ。何が嫌いって、最初にも言ったが、もっと詳しく言おう。

 コイツはワイの言葉を都合よく捉える。それがどれだけ理不尽であっても、全部を前向きに捉え始める。具体例はのちのち勝手に出てくるだろう。

 ともかくそれが恐ろしく気色悪い。勘弁して欲しい。嫌がらず死んでいかれても、後味が悪すぎて嘔吐しかねない。だから極力、絶望して死んで欲しい女でもある。

「…なら全て捨てて、アメジストって名前にすればエエがな。お前の個人の都合なんか最初から知らんわ」

「……ありがとうございます」

 悪寒。

 こんな台詞さえ間違いらしい。今この女は絶対にこう捉えた。

『お前が何者だろうがワイには関係ない』

 みたいな、なんというべきか、告白のような感じに。

 堪忍してください。止めてください。お許し下さい。

「……やめろや、なんか気色悪い」

「ありがとうございます」

 罵倒、拒絶さえお礼で返す謙虚さ。

 いやもう謙虚なんて綺麗な物ではない。ありえないというか、普通ではないと言うか。強いていうならとんだドMという事になる。

 コイツに死角はないのだろうか。何を言っても無駄なのだろうか。

 いや、いずれは見つけ出さねばなるまい。でなくては安心してここを旅立てないのだ。

 しかし、エルフ族絶滅させてこいと命令した場合であってさえ、笑顔でそれを実行し、成し遂げ、頭を撫でてもらおうとしてくるに違いない。

 それはアレ過ぎる。超ヤバイ。どうしたものか

 ワイは鳥肌をさすりながら言う。

「どういう事?どんな意味?いやマジお前もうここにおれ!邪魔で仕方ないわ!」

「ありがとうございます」

 間違いなく、『危険やからお前はここにいろ』という言葉、つまりはツンデレと化しただけみたいな意味合いで捉えている。絶対にそうだ。このようになっているのだ。

 ワイからすればとんだ拷問だ。怖気が奔る。嫌気が差すどころの騒ぎではない。死活問題だ。

「どんな解釈してんや殺すぞこのアマ!!」

「ありがとうございます」

 なにそれ。もうどうすればいい。誰か教えてくれ。

「…もういい、もういい……」

 教えてくれ。いや教えてください。お願いします。本気で。




 10万もの軍勢。

 それらは正確にはウォーウルフ、漢字で書いて戦狼と呼ばれる存在だとか。戦闘特化種族らしい。一応、人狼が通称のようだ。

 奴らは傭兵のような立場で、国を持たず、ただただ土地と領地、奴隷や色々をかき集めながら、とある国につかえているのだとか。住まいも転々としていて、そもそも分布も点々。

 ただべらぼうに強く数も多く、頭のキレる奴も時々居るとかで、厄介極まる種族なのだとか。

 個人的にはそうは見えなかった。野蛮扱いされるクロガネ族だか人間族だかよりは野蛮に見えた。異種姦を目論むような輩なのだ。もはや異常種族に違いはあるまい。

「はいはーい、白旗振ってー。笑顔を忘れるんやないでー?

 武器防具を手放し白旗振るってても、敵意もまた凶器と同じ扱いになるからなー」

 たった2000のエルフ族。だがよくもまあ二千という数が命を賭けてくれた。

 アメジストが居ればもっと数が集まったに違いないが、そうでなくてもこれだけの数だ。

 十分過ぎる。この二千は強者だ。

 そういえば漫画でこういう世界があったような気がするが、はて、何だったか。結構好きな漫画だった。だからこの世界、ワイ好み過ぎて最高でもあるのだが。

 ともかく、白旗に気がついたらしい人狼族は、一時ちょっと遠めに停止する。少しすると、代表者らしい数名が馬ではない謎の生物に乗ってやってくる。モアみたいな生物だ。

 ワイと部隊長はそれを見てから馬にまたがり、その代表者とご対面するため駈け出した。

 ほぼ先ほどまで戦場であったここには、沢山のエルフと沢山の人狼が横たわり、馬や馬モドキは死に絶え、まさに死屍累々。いずれは病が流行るだろう。そうなる前にここを焼け野原にしなくてはなるまい。あるいはカラスに啄んで貰うか。

 ある程度進むと、巨漢3名がゆっくりと足を下ろす。それに合わせてワイも足を下ろした。

 部隊長はその後ろで待機してもらう。エルフ族は飾りでいい。全部ワイの仕事だ。

「降伏宣言をしても遅い。すでに火蓋は落とされたのだ」

 恐らくこの大隊の隊長らしい人狼、平均より断然大きな、身長250㎝。ワイが170少しと考えると、とんでもない身長差だ。ワイが細剣を掲げて少し追い抜ける程度。デカイデカイ。

 きっと部隊長も、後ろに控えた二千の軍勢も、この体格差には震えただろう。

 まるで話になる気がしない差が、目に見えて存在しているのだから。

 だがこうも考えられるのではないか。

 身長で全てが決まるというのであれば大昔、人はマンモス相手に戦いは挑まなかったし、絶対に勝てなかった。何より、身長が全てというならば、戦争を始める前に身長測定してしまえばいいのだ。その方がいい。そうであれば戦争という膨大な消費は発生しない。実にエコだ。その方がいい。

 つまり、こういう事。

 そうでないから戦うのだ。結果など誰にも分からないから戦うしか無いのだ。

 小さき者が大きな者に勝てない道理など無い。

 よく見ていろエルフ族。お前らのその情けない価値観は、全て間違いだということを証明してやろう。目を剥いて、瞬きさえ忘れて、焼き付けてしまえ。

 ワイはせめて、光線によって目を焼かれぬような考慮だけしてやろう。

「いやいやー、そりゃ残念や……。人狼様に戦い挑んで勝てるとは思てないのですけど……。

 せやですね、死ぬ前にせめて、お名前だけでも教えていただけませんやろか……」

 この後ろ10万の軍団を従えているであろう人狼の長、腰に下げた剣に手を掛け、静止。

 自らが名乗り終えたと同時にそれは掲げられ、振り下ろされるのだろうとまで察した。

 後ろ2名の護衛は恐らく笑ってそのさまを眺めるだけに終わるだろう。部隊長あたりが次のターゲットになるかもしれない。が、そんなどうでもいい事は考える必要はない。


 どうせ訪れもしない未来だ。


「俺はゲルマニクス大帝国、戦闘人狼第13大部隊隊長、階級少尉、ベナギナー・ウォル・バ…」

「なーんや」

 鼻で笑ってやる。そんなワイの声が聞こえたかはともかく。

「たかだた尉官かいな。大隊どころか小隊の指揮官程度。なんとも取るに足らん、無名の首。手柄にしては随分と味気ない代物やな。軍曹、要る?」

 コイツ等とのこの絶望的に見える身長差など、まるで無意味。全然届かぬ位置ではない。この細剣が届く範囲でしかない。例え100mもの身長差があったとしても、届くのだ。

 もはや距離という概念は関係ない。デストロンスという能力は、それほどまでに狂った定義で成り立っている。

 それこそただ振るうだけでいい。一振りでいい。その動きはまるで蛇のように、名前さえ言い切れぬ尉官の身体を這う。その一瞬で首が吹き飛び、ゆっくりと巨体がコチラに倒れこんでくる。

 簡単に蹴り飛ばしてやる。そうして遅れて3つくらいに分裂する。

 余裕ぶって剣さえ抜き取れず、そのまま死に絶えたのだ。尉官とはいえ、なんとも屈辱的な死であることだろう。ああ、とてもとても悲しい話だ。同情さえしてしまう。

「貴様ァ!」

 熱り立つ側近は、自らの罪を認める前に怒り狂った。

 だがもう遅い。お前らもさっきの間に終わっているのだ。自覚無ければ死ねないよう出来ている脳は、実に不便で、実に便利でもあり、それはそれは滑稽に出来ていると言える。

 人は死を自覚出来なかった場合、ショック死しない。死んだ事実にさえ気が付けない。

 ショック死とは、身体にある感覚が反射的に全ての機能を麻痺させるために起こるし、防衛反応により起こる事もある。挙句は夢で死んだと認識しただけで死んでしまうことさえあるという話だ。

 そのメカニズムが虚を突かれる事で、本人は自覚ないまま動き出す事になる。漸くして違和感を思い、見て、そして全てを解放して死んでいく。やっと自分が死んだのだと気がついて、ショック死するのだ。

 このように、先走って死んだ哀れな尉官と同じ死に様を晒しながら。

 ああー、悲しい悲しい。はいはい悲しい悲しい。

 でしゃばるからこうなる。

「サージェント、後ろに下がれ。ちいと荒っぽくなるからな。巻き添え喰らうで?」

「ひ、ヤヴォール!」

 勢い良く、ワイの馬も一緒に撤退していく部隊長。アレは長生きしそうだ。

 何故ならば、判断が早いし、とことん臆病者だから。自然と生きる為に全力を尽くすタイプ。

 あの手の男は本格的に良い。イジメ甲斐があるというものだ。

 ともあれ、目の前の軍勢がそろそろ異変に気がついてやってくるだろう。

 雄叫びと共に、物量で全てを殺そうとしてくるだろう。補佐官らしい存在はここでゴミクズとなったとはいえ、軍とは、首がもげたくらいでは致命傷にはならない。とって代わる事が可能だからだ。変幻自在の生物が軍だからだ。

 とは言うも、この程度の尉官が軍団長だったのを察すると、頭が何度入れ替わっても同じ事。

 まるで変化は無いだろう。あって些細な事。どんな姿になろうが、どんな武器になろうが、防具になろうが、まるで届かない。


 ワイには、お前達の雄叫びさえ届かないのだ。


 蹂躙が始まる。

 まるで竜が踊るように沢山を喰い殺す。

 ワイの一撃は異常の範囲。竜を相手の戦闘技法なのだ。範囲が狭くてはまるでお話にならない。威力無くして竜は倒せない。それが現実であったし、そしてこれが相手にとっても現実でしかない。更に言うなれば、人狼族にとってワイは絶望的存在となる。

 災害を殺すため災害となってしまったワイが、脅威以外に成り代わる筈など無い。

 竜が腕を振るったかのように、沢山が肉塊に変わる。呆気無く食われ、造作なく踏み潰されていく。大きな尻尾の振動に沢山が空中に投げ出され、血の涙を流しながら、それらは無力さを思い知りながら絶命していく。

 本当ならばこんな軍勢、たかだか10秒あれば終わる。全てを一瞬で終わらせる事が出来る。

 しかしそれでは後ろの奴らが何をしたかを理解出来まい。だから仕方なくこうしてゆっくり、だが確かに潰して回っているのだ。

 ある程度抜けてしまった者達は、ピアノ線のように山ほど設置したレーザーによって勝手にスルリと終わる。コチラへ向かってくる者はプチリと鮮血を撒き散らし、破裂する。爪に引き裂かれたかのように、それはそれは綺麗に終わっていく。

 呆気無い。何のことはない。

 人狼族、まるで恐るるに足らず。実力差を物量において覆す事さえ出来ない。だがそれも当然の事。何も変ではない。道理こそ適っている。

 見てくれはクロガネ族かもしれないか、ともかく人間族でしかないが、その本質は竜なのだ。

 人より少し大きい程度の人狼程度が、巨大な竜に勝てるワケもなく。

 そう、目の前に居るのは化け物だ。エルフでも人狼でも人間でもない。大地を踏み潰し、空を陵辱する災害。挙句、ここは舟と一緒。大河の中に浮かぶ小さな舟。

 逃げられはしない。抗えはしない。全てが吹き飛んでしまおうが関係なく、災害は前に進むだけなのだから。

 半数を潰し終えた頃合いになって、漸く事態が強烈なまでにピンチなのだと悟ったらしい。

 全軍撤退。まさに負け犬。尻尾を巻いて逃げていく。間抜けな様だ。

 だが逃がすと思うか屑共。今更逃げるなど許すと思うか小僧共。

 殺しに来ておいて死にたくないなど、言語道断。道理が通るまい。

 お前らはエルフ族にとってすれば、竜と等しい存在だ。災害と同じ存在だ。圧倒的な力で全てをねじ伏せ、好き勝手やるつもりだったのだろう?そうなのだろう?だからこうしてやってきて、その膂力を奮って、殺戮の限りを尽くすつもりだったのだろう?

 ならばやられる覚悟くらい決めて死にに来い。度胸無し共。負け犬共。野良犬共。

 糞だ。まるで糞のようだ。だが糞にも利用価値はある。

 地球の肥料になれ。そうすれば大地は一時をしのいで後に潤い、花開き、木々が生い茂り、平和となるだろう。それがお前達のあるべき形だ。ワイが判決を下す。

 凡ての生よ、大地へ還らん事を祈願せよ。さもなくば竜現れ、凡て蹂躙されて然るべき。

 どのように道を選ぼうが、もう全ては確定事項だ。諦めろ。

「ゆっくりゆっくり数えてやるで。ほらほら、いくら残った?いくら逃げとるんや?

 数え終わったで。40,203。たった4万。最初の時よりちょっと多いだけという始末。ほぼ同じという始末。何やそりゃ、くだらんな。

 4万を殺し切るのに30秒くれてやろう。

レーザーレインや。レイザー雹より質の悪い絶望の光や。こんな綺麗な絶望、他にはないで?

 ほれ、粉々になれ。一瞬で溶け消えろ。ほれほれ、早う逃げて飼い主に伝えにゃならんやろ?

 ドラグーンが現れたと。止めようのない災害がやってきたと。

 暴君は暴君によって滅ぼされる。これは絶対や。

 故に貴様らの飼い主を殺すは、エルフを飼い殺すワイや。

 貴様らの暴君を殺すは、エルフを奴隷とした暴君のワイや。

 そして、それさえ伝えられぬまま、必死こいて逃げ惑い、死ね。

 この世に避けきれる雨なんて存在せんわ、馬鹿共が」

 順番に沢山が死んでいく。1秒に一千以上が死んでいく。

 上空からこの様、眺めたい気分だ。空高くならば、本当に綺麗な雨が順番に、綺麗に、ドバドバと狙い撃ちする様が見えるだろう。まるでそれは、神が織りなすそれのように違いない。

「はっは!まるで天罰!人狼様がワイに逆らった天罰や!

 ははは!無様過ぎて笑えてくるわ!

 楽しく踊っているかワンコロ!間抜け面引っさげて、絶望の最中死んでいるか犬ッコロ!

 無力な己を呪え!非力な己を悔いろ!ワレ等の罪をワイが赦そう!

 死ぬことで貴様らを赦そう!

 その様を眺めるワイが、それに興じてあざ笑うに値する光景や!

 とても光栄に思って死んでゆけ!!笑われて死んでゆけ!!

 軽い軽い音を立てながらな!ウォーウルフ!!ウォードッグ!!はははは!!」

 呆気無い幕開け。

 気がつけばお天道様、傾いてから久しいらしい。空は赤色に染まり始めている。

 見たか軍曹、部隊長。これが勝利だ。これが勝利の余韻だ。

 あと何度この凄惨たる光景を拝まなくてはならないだろうか。そう考えると嫌になってくるだろう?

 ならばこの光景を、海に映る夕焼けだとでも思って笑えばいい。

 いずれ空は、大地と全く同じ色になるだろう。そうすれば、海に映る夕焼けと変わらぬ光景となるだろう。望ましい境遇だ。とてもとても素敵な様だ。海もないのに、海があるかのように見えるというのだ。とんだ酔狂。とんだ戦果。

 時には言い訳も必要だ。そうでなくてはなるまい。

 平常心を失う事が、一番あってはならない。そうであっては人間、エルフを辞めるも同じ。狂ってしまってはおしまいだ。

 それでもいいと思うなら、ワイと同じになりたいと願うならば、崖に身を投げ出すつもりで狂うといい。その時は軍曹、ワイはお前を見限ってやる。

 この手でその身体、心もろとも貫いて殺してやろう。なに、尊い犠牲だ。どうせ全て死ぬのだから、遅いか早いかの差だ。何も気にする事はない。安心して眠ればいい。

「正直言わせてもらうが、

 今の戦闘は本気でやっていたなら、かれこれ一分…いいや、それ以下。一分も必要としない。

 あえてゆっくりなぶり殺した。穀物を丹念に育てるかのようにな。

 人狼?笑わせるな。ワイからすればただの豚や。

 そしてお前らもまた、ワイからすればただの豚でしかない。

 ただし勘違いするなよ、勇敢な豚共。

 今回はたかだか10万。それだけの数だからどうにでもなった。

 しかし、これが50万だったならば、本気でやっても厳しい。数とは、それほどに厄介や。

 30万をぶっ殺しても、20万の進軍を許してしまうようでは世話ないわな。お前らエルフ族は全滅するやろう。

 国を護ろうと思うなら…、家族を、仲間を護ろうと思うならば、ワイに協力せい。

 ワイ一人ならば何ら問題無いが、国を護ると有らば制約はつきまとう。お前らの命も身体も魂も、ワイに全部よこせ。勝利が欲しいんやろ?」

 そんな風に言ってみたが、誰も返事しない。

 名演説とは程遠かったか。即席は緩くなりやすい。構築が甘い。今度から前もって準備をする必要性があるだろうか。面倒な話でしかないが。

 しかし、ちょっと前まではガタガタ震えて白旗を振っていたというのに、今では身動き一つ取れもしない、岩と成り果てている。もしくは草か。もしくは土か。最悪、空気か。

 ……まあいい。後々に話は広がるだろう。ここにいる二千の勇敢なエルフ族が、皆にワイの武勇伝を聞かせて回るだろう。嘘かペテンのようにさえ聞こえる真実をありのままに。

 士気が間違いなく上昇するだろう。そして次から次へと、戦場に参戦する者が増加するだろう。そしてそこのサージェントはカーネル(大佐)に成り上がるだろう。立派な大隊長様だ。

 かくして最弱たるエルフの軍勢は、強靭たる人狼傭兵部隊を捻り潰す為だけに動くようになる、と見て間違いはない。勝利を信じ、神風になろうとさえし始めると思われる。命も誇りも丸めて捨てて燃やす、ワイの手足。

 代替えは効かないからして、大事に消費していかなくては。

「サージェント、ここ一帯は焼き払え。死体の全てを焼いてしまえ。早急にな。

 そんで城壁の兵士増やして、夜間警備させろ。

 おおよそ20万近い兵の損失の事実をそのうち知る相手国は、何をやらかすか不明や。

 死ぬ気で警備させい。死ぬ気でこの場を燃やしきれ。

 過去と決別する盛大なキャンプファイヤーや。派手にやりや?」

「は、はあ……」



 わざわざエルフの元性奴隷共に玉座の間の掃除をさせ、とりあえず食えそうな物を適当に作らせ、性的な意味ではない奉仕関係の職務を提示し、それに志願した者だけをこの場に残して食事を開始した。

 食事をするのはワイただ一人。実に孤独な王様になってしまった。

 華やかさは大事だなと痛感する。

 勿論食事の供給はある程度を例の軍曹…、本当に軍曹なのかどうかは知らないが、その男に全てを任せた。あの臆病者はワイが怖いと思っているから、下手な職権乱用をしたりしないだろう。したらしたで断罪するだけ。

 しかし随分美形の多いエルフ族だ。そこは伝承通りといった所か。男も女も実に綺麗。軍曹は別だが、殆どはそういう成りをしている。挙げ句の果て、皆若い。

 今ではこの国、女の方が圧倒的に多い。アメジストが言うには、男8万、女20万。大方の男は戦場で骨になったからこそこういう配分なのだろう。男としては嬉しい配分だろうが。

 それにしても、今や過去の暴君は、随分良い趣味をしている。

 奴隷の女はどれもこれも美人過ぎる程。年齢バラバラ。全員阿婆擦れであり、全部使い古し。

訊けば何人とそのような行為に至ったかさえ分からぬ程だと言ったし、羞恥的、屈辱的な命令も山ほど受けてきたとかどうとか。

 確かにこの奴隷等の目には力がない。生死の自由さえも与奪されて生きてきたのだろう。命令に従うしか知らないのだろう。自由が何かさえ知らぬのだろう。

 だからこうして綺麗な格好をさせてみたところで、お通夜のような雰囲気である。

 …嫌な命令を聞かなくてよくなったのだと最初は喜んでいたのだが、もう命令無しには生きられぬと来たか。酷い話だ。まさに本物の家畜。こんな奴らを外にほっぽり出したならば、数日中には死ぬのではないだろうか。まるでペットの猫だ。

 仕方ないので適当に命令を与え、普通に働く喜びでも覚えてもらおう。そう思った。

 というか今思ったが、いや流石にそんなことはないと信じたいが、今や過去の暴君はまさか娘にまで手を出してはいまいな。アメジストは元奴隷共と同等かそれ以上の上玉。親たる王が何もしてなかったとしても、他の貴族や色々がすでに手出ししているかもしれない。何せ腐った内政だったらしいのだ。もう何もかもが疑わしい。何かそう思うと腹が立ってくる。

 こう、善悪を仮に抜きにしても、やはりワイはそういう暴君が嫌いなのだ。

 さて、食事は終えた。

 どうにも美味くないし、異国どころか異世界の料理。変なアレルギーになったりしたら大変だとは思う。とはいえデストロンス使い、覚醒者は、毒さえ排する。ワイは毒杯にて死ぬことはない。実に便利な身体をしている。

 ともあれ気晴らしに、誰かをイジメたい気分だった。

 丁度アメジストも奴隷達も居る。遊び道具は選び放題、取り放題。そーら、余興の時間だ。

「死神様」

 かと思えば、向こうから声を掛けてくる。アメジストは随分とお姫様らしからぬ格好でそこにいる。

 恐らく一般人の服装なのだろう。そこに高級感は無いこともないが、見る限り地味。

 その影響あって、奴隷達の方が綺麗なドレスなり色々着ているという、明らかなまでの違和感がそこにあった。

 ワイは適当に、この世界の地図と思わしき物を広げ、耳を傾ける。アメジストに対し、いちいち返事はしないでもいいだろう。勝手に語ると思われる。

 それとは関係なく、特に合図したつもりも、そういう意思を表したつもりは無かったのだが、もう要らぬと分かったのだろう。食器類はテキパキかたつけられていく。入れ替わるように紅茶のような何かが用意された。

 なかなか気のいいメイド達だ。使い様はいくらでもありそうだ。少なくとも穀潰しにはなるまい。そう思って、新米メイドの淹れた紅茶を堪能する。

「どうして女共を侍らせないのです?」

 地図、見るも無残。思い切り紅茶を吹きかけてしまった。なんて事を。

「ぶぁアッホかお前!?

 嫌々侍らされてた女共はそれでも嫌々命令聞きかねんが、アメジストが居る前でそれはどうなんや!?てかお前から催促するべき話じゃないやろ!どんな趣味趣向を押し付けようとしてんねんこの阿婆擦れ○ァッキンビッチ!」

「父上はよく侍らせておりましたが」

 頭痛がしてきた。頭を抱える。

 一体何が悲しくて、歪んだ知識を正しく教え直ししなくてはならないのか。そんな酷い手順、どんな国にも教本にも載っているワケがない。一番良い方法を研究された試しなどない。

 つまりはワイ自身の価値観や色々を引用し、まとめ上げなくてはならないのだ。

 超々面倒くさい。とてつもなく面倒くさい。どんな天罰だよという皮肉さえ、どこに吐きかければいいか分からない。

 壁に吐きかけても仕方ないし、空に叫んでも神には届かないだろう。

 というより……。

 ワイは顎を撫で、言ってやった。

「変態娘の変態親父と一緒にすんな。つかお前、可怪しいやろそれ。

 ワイに一目惚れしたとか抜かしとったな。ならばどうして嬲られる様を見られて嬉しがる?

 どうして女共侍らせ愉悦に浸るであろうワイを疎ましく感じない?

 お前、本当にワイが好きやと思ってんのか?」

 そう、根底から何か可怪しい。アメジストは何か可怪しい。

 どうにも勘違いしているというか、好きという概念を間違えているというか、道理が破綻している場合が多いような気がする。それこそ靴を舐めろからの即座に跪き、大衆の前で堂々靴を舐め始める行動さえも普通ではない。

 好き、大好き、愛してる、LOVE YOUという概念から明らかにかけ離れている。

 まさに奴隷みたいだ。まさか、まさか本気でつい数時間前までここに座ってた暴君は、実の娘さえ性奴隷としていたというのだろうか。だからこんなに従順で恥じらいさえ無いのか。調教済みか。すでに手遅れなのか。コイツも命令無しには生きられない心と身体なのか。

 考えるだけで気色悪い。どんな親だ。親の顔はさっき見たばかりだが、あえて言おう。

 親の顔が見てみたい。

 殺して正解だ。なんて最低の親だ。死んでしかるべき。

 …まあ、真偽はともかくとして。

「はい、愛しております。ですがどうしてなのか、貴方様は私を愛して下さらぬような気がしてなりませんでした。私を求めて下さらない、私を使って下さらない、女として見てくれない、そんな予感がありました。

 だからせめてこの胸の滾りと腹の火照り、何かに換算しなくては身が持ちませぬ。

 私は貴方に尽くします。どんな命令も受け入れます。その結果、貴方様に何か有益な物、有益な価値を見出していただきたいのです。愛玩用でも構いません。憂さ晴らし道具でも構いません。兵器としてでも、武器としててでも、ただの観賞用でも、人形でも、とにかく貴方様のお役に立ちたくてたまらないのです。

 私の心も身体も、一片残らず全て、貴方の物として遠慮なく使って下さい」

 どうやら、こう、真面目なお姫様だったらしい。

 それが突然にはつじょ……そういう、変な気を自覚してしまったが為に、制限なく真面目に考えた結果、こうなったのだろう。

 大体は変態親父が娘の前でも堂々変態行為していた所為なのだろうし、大真面目過ぎたお姫様は融通利かない価値観を持っているようだし、お姫様という役職の所為で、事態をロクに分かっていないのだろう。恐らくそれらの行為がどれだけの物か、まるで実感が無いのだ。

 ならば教えてやらねばなるまい。

 教えるというのは、つまり本来の愛が何たるかをだ。

 生憎と道具は山ほどあるし、心が折れる音を聞くのは大好きだ。

 きっとすぐにボロが出る。たった一つ、たった一度、それを怖いと思えば全てが終わる。ドミノが崩れるように終わる。連鎖して終わる。アレはやっぱり駄目、コレもやっぱり駄目。そう言い始める。間違いない。

 恐怖は連鎖するのだ。最悪、なにもかもに。

「そこまで言うなら早速命令してやろう」

「はい、貴方様がお喜びになるのであれば、何でも致します」

 ワイはナイフを放り投げた。割りとお高いナイフだ。

 地面をガリガリと滑っていくそれは、アメジストの足元付近でピタリと止まる。アメジストは未だ無表情。ずっとワイを見て、卑劣かつ冷酷な命令を待ち続けている。


「そのナイフで、親指以外の指、落とせ」


 そう言ってやった瞬間、ワイの心から沸き上がってくる感情。

 勝利を確信してしまった時に感じる、高揚感。優越感。背徳感。それに類する物。

 何せ指を落とせ、だ。普通の勘定が出来る者ならば、この命令は聞けまい。何せ、己がこの後すぐに捨てられるかのような、それを前提とした余興のようにしか見えないのだし、指がなくなった後を考えると、怖くて動けなくなっても可怪しくはない。

 一生指が無くなるのだ。怖いに決まっている。奉仕さえ出来なくなるという意味でも、重要な部分だ。失ってはならない部分だ。生活にさえ大きく影響を及ぼす事必定。

 さてどうする。まずどの指から落とす?それともナイフさえ拾えないくらい、ビビってしまって動けなくなるか。

 所詮はそういう話だ。

 愛なんて偽り。愛なんて無い。絶対の愛なんて存在しない。

 いつでも自分の身の安全が保証されている場合に限って、愛なんて言葉を平然と吐き出す。

 それが人間だ。これが天秤に掛けられた時には、何ら躊躇いなく愛を切り捨て、自分の身を取る。

 なぜかといえば、愛した相手がどうなろうが本来、自分には関係ないからだ。自分の身体は無事に終わるからだ。他人が死のうがどうなろうが、痛くなんてないからだ。

 アメジスト、お前は舐めきっている。

 多少の暴力であったり、多少の不遇であれば妥協はしただろう。だがしかし、一生のハンデを背負ってまで幸せを語る度胸はあるまい。目を抉られ見捨てられて尚、お前は幸せの最中だと歓喜出来るというのか?

 だとしたならば狂っている。だが紛うことなき愛に違いない。

 とはいえ、出来るとは思えない。とてもではないが。

 さあ、赦しを乞え。出来ませんと言ってしまえ。

 その時がお前の最後だ、ジューダス・アメジスト。


「分かりました」


「……お、おう」

 あれ、おう。おう、やる気らしい。おう。

 アメジストは、随分お高そうな机にナイフを突き立てた。躊躇いはその時点でない。流れるような動作だ。

 そして思い切り右腕を振るった。アンビリーバボー。ノーキッディング。

 血が卓上に広がり、随分と軽い音を立てながら、指はそこに四本転がっている。

 ドパドパと、血液が垂れ流れている。綺麗に指が無くなっている。

 なのに何も思っていないらしい表情。汗一つかかない。呼吸さえ乱れない。痛がる様子は皆無。微塵もそこにはない。おう。嘘でしょう?

「すみません、左手もですか?」

「え、お、お、おう」

 こんなに軽い音でいいのだろうか。こんな軽々しくていいのだろうか。

 本当に躊躇いなく、親指以外の指を全て削ぎ落としてしまった。この女、本当にやってしまった。

 普通ならばだ。普通ならば、指一本をまず落とすか落とすまいかで悩むだろう。そして一本落としてしまったとして、次を落とさなくてはならないと考えてしまったら、もう手は進まないに違いない。痛いし怖いのだから当然だ。未来を思って怖くなる。

 だがアメジストは今、四本丸ごとやってしまった。しかも一呼吸、というよりは単なる確認を行なってから、まもなくもう四本。

 恐れを知らないのか。それとも痛覚が無いのか。

 何を判断基準にしてしまえばこの行為、こんなにも流れ作業で行えると言うのか。

 ワイには理解できなくて、冷や汗が出てきた。手汗が酷い。


 アメジストは、ここで微笑んだ。


「次は何をなさいましょう。スカートをめくればよろしいですか?

 それともこのまま貴方に擦り寄り慰み者となればよろしいですか?

 それとも腕を落としましょうか。足を落としましょうか。首を落としましょうか。

 元奴隷達にこの腸引き裂かせ、何もかもをその机に並べさせましょうか。

 それとももっと、もっとはしたない方がお好きですか?

 指がないまま淫らに踊りましょうか。

 床に机に、ありとあらゆる物に股座を押し付けましょうか。

 馬を相手にやってみましょうか。

 裸になって豚のように街を徘徊しましょうか。

 沢山の兵に陵辱されて尽くされましょうか。

 何でもおっしゃって下さい。ぜひ、やらせてください。

 たった一言が私の幸せです。罵倒さえ幸せです。吐き捨てられた唾さえ、私は悦んで舐めとりましょう。

 死神様、どうかご自由にお使い下さいませ。どうか」

 ワイは恐らく、相当真面目な顔をしていた。

 殺気立っているワケではないし、何かを警戒しているワケでもなく。ただただ大真面目そうにアメジストを見ていたことだろう。

 きっと傍から見て、一体何を考えているか分からない様であったに違いない。そしてアメジストも何を考えているかまるで不明。

 ワイとアメジストだけが、この場で明らかなまでに価値観が違い、そして、空気の違う場所に居るかのよう。

 元奴隷の女共もさすがに引いている様子だったが、アメジストは一切気にしていないようだ。

 そして傍から見ればワイも、気にしていないような素振りを見せつけている筈。

 この空気は実際、異常だ。元奴隷の女共が一歩下がっても、いいや逃げ出しても仕方ないくらいには、狂気を感じる様であることだろう。

 そんな中ワイは机を指でカンカンカンと、数度叩く。乾いた音が異様に響く。

「……まあ少し待っとれ。考え中や」

「はい。いつまでも」

 ドバドバ、ポタポタと滴る血液。出血は見た目より酷くはない。とはいえそんな手を少し前に出して、ワイにわざわざよく見えるような位置にて停滞させている。

 ここでワイは微笑み、クククと、気味悪く笑ってしまう。それを見て元奴隷達は息を呑み、アメジストは微笑みを更に強くした。そんなワイの内心は、


 こえー、コイツこえー。なんで手を掲げて魅せつけてくれてんの?

 え?痛くないの?

 つーかお前マジこえーよ絶対やべーよ半端ねー嘘だろホント冗談だやめろよっべーコイツ。

 止血するとかしろよてかなんで笑いながらコッチ見てんの?

 自分の手よく見ろよまずそこから見ろよオカシーじゃんマジやべーから超えげつねーっていうかグロいっつーかどんな神経してんの狂ってる超キチいしマジやべえよホント。

 マジ超っべー。どう考えてもやべーよマジビビっちまった実は真剣にチビるかと思った。マジこええ。


 だ。

 なんだその、内蔵鑑賞会しましょうな流れ。誰がそんなの見て楽しめるというのか。吐くわ。

 なんなのそのAV鑑賞会みたいなノリ。女優がお前であることに一番びっくりだよ。引くわ。

 とにもかくにも普通じゃない。どう考えても普通ではない。

 もう泣きそうだ。涙出てきそうだ。実は流れてたりするかもしれない。情けなく泣いていて、でも自らそれを自覚できていないだけかもしれない。

 もう帰りたい。お家に帰りたい。完全に舐めてました、ごめんなさい。

 だが何が何でもこの女、やっぱりこの女、魂だけになっても追いかけてくるような存在だ。

 そのままワイをあの世に引きずるやばい幽霊になる感じだ。

 一生尽くすではなく、一生憑くの間違いだ。いやだ怖い許してください調子に乗ってすみませんでした。


 ワイは直ぐ様空気を割る。

 これは軸移動、即ち空間を捻じ曲げる力。

 このようにしてワイは世界の一部に穴を開け、平行世界や異世界を旅して回っている。

 だからワイが追いかけている奴も、同じ事が出来るということになる。

 本当はそのぶっ殺したい相手を追いかける事が先決なのだが、なんだかこの女をどうにか完全に引き剥がして置かない事には、気分が悪くて仕方ない。だからまずこの目先の問題を解決しようと思う。

 ワイは、とあるアイテムを取り出した。

 随分古めかしい壺。頑丈に蓋された壺。大きさはビールジャッキの並程度。

「アメジスト、寄れや」

「はい」

「んで、手を出せ」

「はい」

 無理に蓋を剥ぎ取り、中にある黒い液体を遠慮無くかける。

 どう見ても毒にしか見えぬ色。アメジストも当然、それを毒だと思っただろう。これから迫ってくる、襲ってくる衝撃を心待ちにしている様子だった。

 反吐が出る笑みだ。死にたがりめ。

 だが認めざるをえない。お前の愛は本物だ。

 その証明が成されたからにはすなわち、お前は紛れもない狂人と言える。

 お前を救う価値はあるし、手伝う価値もある。だが人間としては認めない。エルフとしても認めない。お前をワイは認めない。お前は間違いなく、自然に謀反を起こした大罪人。突然変異。腫瘍。癌。

 いずれ適した処置で殺す必要がある。ただし、今すぐ取り除くには問題がありすぎる。そう感じる。亡霊であるワイがそう思うのだ。間違いないと見る。

 それともこの阿婆擦れは、ワイと同じ存在か。

 自然の代弁者として十二分な行動可能で、全てを切り捨て、切り離し、躊躇いなく全てを裁く事さえ出来る、同類なのか。

 見定める必要がある。

「どんな気分や」

「熱い、です」

 どす黒い液体を掛けられた部分は、湯気が立っている。恐らくあと三〇秒もすればその現象の意味が分かるだろう。

 本来ならば毒にしか見えないし、ワイが力を無駄にしてまでこうする理由はない。理解出来ないだろう。どうしてこんな真似をし始めたかを。

 壺の蓋をしっかり締めて、鏡面破壊した穴へと収める。

 時間さえかければ、あとあまりに常識外れな大きさでないのであれば、物の転移は出来る。

 だから実は、武器防具、食料に至るまで別の場所からかっぱらってくるのは造作も無い。それこそ敵陣の真ん中に大穴を開け、繋げる事さえ出来てしまう。

 覚醒者の中でも極上たるワイは、もはやそこらの覚醒者とはまるで規模が違う。それはきっと、この世界でも言える事になる。よほどでもなければワイは殺せまい。

 そんな事を考えている間に、トカゲ薬は効果を成して終えたらしい。

「死神様、指が生えてきました」

「そういう薬やからな。生えてもらわな困る」

「死神様……、ああ、死神様…。なんと慈悲深い……」

 違いますお前が怖いだけです勘違いしないでください本当に。

 いいから近寄らないで欲しい。頬を頬でスリスリしないで欲しい。キスするよりやばい密着度となっている。なんか怖い。気がついたら唇奪われてそうだ。

 いやだ。ワイからすればファーストキスじゃないにしても、お前にとってはファーストかもしれないと考えると、余計引き剥がす手間が掛かる気がする。厄介になる。鎖が更に強固になるのは堪忍だ。知恵の輪以上に複雑になってしまっては災難だ。やめろ。

 押しのける。と言うより小突いたというべきか。

 女の身にしては長身のアメジストとはいえ、簡単に数歩下る。驚く程に軽い身体だ。

 ……もういいから笑うな気色悪い。

「死神に慈悲も糞もあるかボケ。気まぐれに過ぎん。エエからとっとと地図の換え、持ってきてや」

「はい、死神様」

「あー、待て」

 これからピクニックの準備にでも行くかのように気分良さげなアメジストは、ワイの声に振り返る。

 白く長い髪に、白く淡い肌、アメジスト色の瞳、凛とした表情。

 どうしてこんな美人かつ完璧な感じの高位職のエルフ様が、チョビ髭の、結構な割合で黒ひげ危機一発の人とか呼ばれるこのワイ相手に、本当、なんで一目惚れしてしまったのやら。

 まあそれは置いといて、このままでは不便を感じる。色々な面において。

 だから教えてやらなくてはなるまい。

「ベルデ=ガドロサ=ドラグーン。ワイの名前や。死亡した時の年齢、36。

 出身はベノイダ・ソノノセフ自治州。異世界の住民。

 いわば亡霊のガドロサや。好きに呼びや。ただし様をつけてな」

「ベルデ様……」

「はよ行け」

「……はい!」

 いい笑顔だ。名前を知れて嬉しいのだろう。

 多分、部屋に篭って名前を沢山描いて練習したり、恋愛相性とかを占ったり、


 ……ああ、教えなければよかったかもしれない。



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