誰かの望まない物語の隙間
物語が始まらないのアゼリアちゃんの平和なひと時。
一番古い記憶は真っ白い髪の人物で始まる。
「君。僕と一緒に来る?」
私にとって、それ以前の記憶はぐちゃぐちゃに塗り潰されていて、ぼろぼろで思い出そうとするのが怖くて、そんな覚えていないものが夢で襲い掛かってくるたびに白い髪の人……リュカスさまが抱きしめて必死に呼び掛けてくれる。
呼びかけてくれるまで魔力が暴走し続けているほど心が耐えられないものなので、無理に思い出さなくていいのだと理解した。
「アゼリア」
呼びかけてくれる人が居ればいい。それ以前の記憶は意味ないものだ。
「メロウさん。手は空いてますか……」
メイド服を着ていないと落ち着かない。涙目になりながらメロウさんに会いに行く。
裁縫が趣味のメロウさんは休憩時間があると裁縫をしているほど裁縫好きで、私のメイド服もメロウさんが作ってくれた。
「アゼリアちゃん。もうメイド服着なくていいんだよ」
私が持っているメイド服が枝に引っ掛かって破れてしまっているのに気付いて受け取ってくれると共にそう言われたが、それに関しては譲れない。
「だって、私が最初にもらった服なので……」
「うん。そうだね。最初にあたしが着せたものね。もう少し時間があったら既製品の服を探したんだけどね」
覚えている。あの方……リュカスさまが手を差し伸ばしてくれた時。
私を安心させるためにずっと手を繋いでくれて、浴室に案内された時に手を離されて半狂乱だったのでリュカスさまは目隠しをしてまで浴室でいてくれた。
知識を得ることでかなりひどいことをさせていたのだと猛省したが、あのぬくもりが無かったらきっと怖くて何も出来ないでいろんな人の心配りを無碍にしていただろう。
このメイド服もそうだ。ぼろぼろでサイズが合わないのに着ていた服と呼べない形状になっていたのをリュカスさま……旦那さまと奥様と共に同行していたメロウさんが見かねて、自分の予備として持って来ていた新品のメイド服をリメイクしてサイズを合わせて下さった。
その時から私にとってメイド服は落ち着く服になり、他にもいろんな服を着ているがメイド服でいる時間が一番落ち着くものになっていた。
慣れた手つきでミシンを使い、直っていくメイド服。
「それにしても、若さまも苦労するね」
「苦労。ですか……? リュカスさまが?」
「そっ、アゼリアちゃんという婚約者がいるのにアゼリアちゃんがメイド服を好んで着ているから婚約者ではなく愛人だと思い込んで猛アタックして来るんだよね。侯爵家の跡取り。全属性持ちというステータス目当てだけどね」
「………メイド服止めた方がいいでしょうか」
リュカスさまを困らせるのなら。
「そこまでしなくてもいいでしょう。アゼリアちゃんの望みを叶えて欲しいというのが若さまの一番の願いだし、若さまが水属性の魔法で変身しても気づかない令嬢など若さまに相応しくないしね」
はい。直ったよとすぐに渡される。
「まあ、でも。公式の場所では相応の格好をしないと悪い男に狙われるからね」
「ああ。その場合撃退していますので」
闇属性の魔法で眠らせますし、暗闇に封じ込めれますから便利ですよと告げるとメロウさんは声をあげて笑っていた。
さて、メイド服に着替えて、リュカスさまを探しましょう。この時間は魔力の訓練と称して、屋敷のどこかで隠れていますからね。
屋敷のあちらこちらを見て回っていると、厨房でジャガイモの皮むきをしている人物に気付く。
「リュカスさま。かくれんぼはおしまいですよ」
呼びかけると全身を包んでいた水の膜が消えて、リュカスさまが姿を現す。
料理長とかは動じていなかったが、見習の料理人が驚いたようにリュカスさまを見る。
「バレたか」
「分かりますよ」
くすくすと笑いながら告げると、リュカスも笑っている。
ああ。幸せだ。
これもすべてリュカスさまがくださった。
「メイド服直してもらったんだね」
厨房から追い出されて二人で部屋に戻るとそんな風に気づいて言ってくれる。
「はい。メロウさんに直してもらいました」
「そっか。アゼリアはどんな格好でも似合うけど、メイド服を着ているとより自信に溢れているように見えるよ。内側から綺麗に見えるってこういうことだろうね」
そう言って私を肯定してくれるリュカスさま。
あなたが私を育ててくれたんですよとそっと自身を持って自慢の格好を見せつけるのだった。




