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受難

普段部屋にこもっている女王に会える。

会ったら聞きたいことがたくさんあるんだ。

私はそんな日のために兵士になったんだ。そう、降って湧いた用事だろうけど、今日私の長年の疑念はなんらかの形で進歩する。


逆に女王は私にどんな話をしたかったんだろうか。

私の目的に女王が関係しなかったなら...

まぁ仕事が増えるとかじゃなきゃ歓迎かな...?


そんな単純な疑問と憶測は霧散した。



「!」


倒れてた女王からは絶えず血が出続けている。


なぜ?何が起きた?


そんな疑問を感じる前にすぐに体が動いた。


「女王様!?」


私は女王のもとに近づき仰向けにすると具合を確認した。


激しい呼吸をする彼女の腹部に大きな刺し傷がある。今すぐに止血をしないと。

手を熱を帯びる傷に押し当てると、手が塞がってしまい応援が必要になる。

クラウディアは何をやっている?


「え、女王様?なにが?」


膝から崩れ落ちたクラウディアは完全にパニック状態となっていて私の声は届いていない。

手が震え、目の前の現状を直視できないと言わんばかりに目を覆ってしまっている。


「クラウディアさん!クラウディア!!!!」


混乱しているクラウディアにこちらの声は一向に届く気配がない。

だめだ、彼女にかまっている暇はない。他の兵士が来る間に何ができるだろう。


私一人でできることは少ない。私の対応もあっているかどうかわからない。


傷口から命がこぼれ落ちていく、そんな感覚。それなのに手で押さえつけることしか出来ない。

クラウディアが混乱してるのを見たからか、不思議と私は冷静なのだが、それがかえって最悪な結果を想起させてしまう。

傷が大きすぎて、押さえるだけでは本当に無力感を叩きつけてくるのだ。

それでももう一度と押さえつける。


どんどん体温がなくなっていく彼女が手を握ってきた。


「もう、大丈夫です。ふふ...クラウディアには申し訳ないことをしてしまいました」

「女王様!?」


女王の声を聞いてやっと冷静さを取り戻したクラウディアがゆっくりと這うように近づいてきた。


「レナちゃん、リーゼルにそっくり」

「どこでその名前を!?」


リーゼルとは私の行方不明になった母親だ。


「私は、リーゼルと、親友でした。」

「え...?」


私の母親がメジャーワーカーだったのは知っているが、ここまで近い人物だったとは知らなかった。

ダメだ、聞きたいことがどんどん頭に溢れてくるのに時間が驚くほど残されてない。


「クラウディア、よく、聞いてください。」

「はい...なんでしょうか。女王様?」


息を整えたクラウディアが覗き込むように女王の話に耳を傾けた。

彼女も私に加勢して手を傷に当てているが、もう意味をなしていないだろう。

取り乱したことを引きずっているのだろうか、結果論だがクラウディアがこのタイミングでどう振る舞っていても大きく好転することは無かっただろう。


「おそらく指導者不在の都市は前代未聞でしょう。私でさえ私がいない国がどうなるかわかりません。ただ、国民一人ひとりが自分を持って生きてください。あなたたちはこの都市だけではなくより多くの市民を幸せにできるよう尽力なさい。...レナさん」


ゆっくりこちらに向き直った女王からはどんどんと生気が失われていく。

女王は何かを言いかけ、しかし喉を震わせただけで言葉にならなかった。

その口元から血が溢れる。


「もう、話さないでください...!」


反射的にそう叫んだ私を、女王はわずかに首を振って制した。


「きっと私に話したいことがたくさんあることでしょう。つらい思いをしたこともあったでしょう。至らない女王でごめんなさい。本当は食事でもしながらゆっくりとあなたと話したかった。でもごめんなさい、今あなたにすべては教えられない。自分で答えを見つけてください。」


彼女は息も絶え絶えにもう一度定まらなくなってきた視点をこちらに合わせる。


「あなたはお母さんを探しなさい。きっと国の、あなたの助けになるはずです。彼女は、リーゼルは生きています。そして、おそらく会える距離にいるはずです。」


兵士たちが部屋に入ってきた。

そのうちの医療部隊が女王を囲むが、結末がわかってしまったのだろう。苦そうな顔をした。


「形はどうあれ子どもたちに囲まれて死ぬことができるのです。私はきっと幸せなんでしょうね...200年近く生きてきました。ずっと...ずっと幸せでした......」


女王はもう視点も定まらない目で私達に視線を向けると微笑んだ。


「子どもたちよ、いつもお疲れ様です。無理せずしっかりとお休みなさい。大丈夫、あなた達は私の子供なのだから――――――」


――――――


女王の呼吸が波が引くように途切れていった。

握っていた手から生気が抜けたことを感じ、無意味だとわかりながらも呼吸の確認をしてしまったことでより現実を叩きつけられた。


私も冷静なつもりでは居たけど、そうでもなかったみたい。

鼻腔いっぱいに感じる鉄の匂い。真っ赤に染まった自分の手を見て無力感に項垂れた。

冷たくなっていく液体に、自分の体温まで奪われていくような感覚に陥った。


この場にいる誰もが、すぐには言葉を発せなかった。

何をすべきだったのか。

これから何をすべきなのか。

誰にも理解できなかった。


そして、永遠にも感じる静寂がどこからとも無く崩壊していく。

自分の死に直面してるのに最後まで私たちのことを気にかけた女王のあっけない幕引きに周りの兵士たちにも感情が遅れてやってくる。

各々、大小はあれどこの国を数百年支えた女王に何も思っていない兵士などいなかった。

そして、悲しみ、怒り、恐怖、困惑。色々な感情が順々に襲ってくる。


愛する女王が死んだ。

この状況にどうすることもできず兵士たちはただ涙することしかできない。

声ではない。城に慟哭がこだましている。

それでも私には、騒がしいはずの部屋がひどく遠く感じられた。


――――――


そうしてしばらくの時間がたった。啜り泣く声に紛れて誰かが口を開いた。


「私達はこれからどうなるの?――」

「...」

「......」



この言葉が空を切るようにそれでも、この場にいる全員の心に、やけにうるさく響いた。




――――

―――――――――。



私たち兵士はワーカーと呼ばれている。

この国は1人の女王と力を持った女性たちで構成され、統治されている。

この情勢を社会的昆虫である蟻になぞらえて、女王に仕える兵士はワーカーと呼ばれるようになった。

女王を失った蟻のコロニーがどうなるか、言うまでもない。

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