黒の国の女王
そのまま子どもたちと別れてマヤちゃんとまた探索、、、という気分でもなかったので、ラルグ君に一言伝えると朝の市場まで戻ると軽く昼食を済ませてマヤちゃんとショッピングなどを楽しんだ。
ここらへんは露天以外あまりちゃんとした店がない様子だったが、マヤちゃんが喜んでくれたので良しとしよう。
今は夕方とまではいかない時間だが、今日少しだけ仕事をしようと決めていたのでそろそろ帰ろうかなと思い始めた。
「マヤちゃん、今日はありがとね」
「こちらこそ、次はどこへ行く?」
「いやぁそろそろ帰ろうかなって」
「え?お姉ちゃんもう帰っちゃうの?」
もう少し遊んでいっても良いのだが、明日からまた忙しそうなのでやることやって早く寝たい。
私が相槌を打つとマヤちゃんが悲しそうな顔をした。
「私結局お姉ちゃんに色々してもらってばっかりで何もお返しできなかった」
「子供なんだからそんなこと気にしないでいいんだよ。今日は楽しかった?」
目に見えてもう少し一緒にいたいと感情が現れている。それだけ私のことを気に入ってくれたなら良かった。
マヤちゃんは私の回答に対して少し遠慮がちな態度で首を縦に振った。
よくできた子だな。甘えると私が帰りにくいと理解しているようだ。
そんなマヤちゃんがとても可愛いと思ったから、頭を撫でてみる。
「たまには大人に甘えてもいいんだよ。」
「もっとお姉ちゃんと遊びたかったし、おしゃべりしたかった。かっこいい兵隊さんもいいけど、普通のお姉ちゃんとももっと遊びたかった」
今日は休日だったし普通のお姉ちゃんだと思ったんだけどな...武器背負ってたし一日問題が起きなかったのも私が抑止力になっていたからだろうか。
マヤちゃんに気を使わせてしまったかな。それでも兵士ではなく私個人を求めてくれるのはなんか嬉しいものがあるな。
「じゃあ、またトルマにも行くからそのときにいっぱい遊ぼう?」
「うん!」
良い返事が聞けたので立ち去ることにする。
手を振るマヤちゃんに手を振り返すと帰路についた。
結局今日は何をしたかった日なのかよくわからなかったがなかなか楽しかった。
それに友だちもできたし。また機会があったらこっちの方にも来よう。
城に着いた。
出たときと同じように中に入って一旦部屋へ向かおうと歩いているところ、普段あまり見かけない制服の兵士がこちらへやってきた。
遠目でも上品に歩く彼女の姿はとても様になっている。身長は私より少し小さく痩せ型で青髪のロングヘア。あまり印象に残るような見た目をしていないようにも見えるが、彼女の所作には嫌というほど視線を持っていかれる。
かなり若く見えるが、彼女が私より遥かに戦闘経験を積んだ兵士だとわかる。
今日に限ってこういった人に絡まれるということは、なにか面倒事があるのか?
「はじめまして、レナ殿。私は女王護衛部隊のクラウディアと申します。」
ほらね、女王護衛部隊なんて滅多に城内に現れない。あまり女王は活発に動く人ではないので城を隅々まで歩き回っている人くらいしかこの部隊と遭遇することはないのだ。
そんな部隊の人間が私になんの用事だろうか。
「どうも、遊撃部隊のレナです。ご要件は何でしょうか」
「女王陛下から言伝を預かってきました」
「女王様から!?」
「本日いつでも良いのでわたしの部屋に顔を出してくださいとのことです」
「っ!?」
周りに人はいない。しかし空気が一気に張り詰めたのがわかる。
面食らってしまった。女王が私に面会?
どういった風の吹き回しだろうか。
女王は先程行ったようにあまり活発な人ではない。一人を好むというのもあるのだが、会おうと思っても会える人ではない。
かくいう私も女王と直接会って話をするために今まで兵士をやってきたのだが、直接見たこともほとんど無い。
そんな人から直々に面会を申し出られたのだ、一体何事だろう。
要件を伝えたクラウディアは動揺を隠しきれない私とは相反して、いけしゃあしゃあとしている。
「クラウディアさん、、、ちなみに、詳しい話とかって聞いてます?」
「いえ私は伝言を頼まれただけですので、しかし今日の女王陛下、やけに機嫌が良さそうでしたよ。あと休日に申し訳ないとおっしゃっていました」
女王が上機嫌だからだろうか、クラウディアも微笑みながら返答してくる。
「そうですか、内容がわからないので急な用事でなければ後回しになってしまい恐縮ですが明日からの仕事の準備をしますので夜更け前には伺うとお伝え下さい。」
「承知いたしました。ふふっ、レナ殿、おそらく身構えなくとも大丈夫ですよ。先程申したように女王陛下も上機嫌でしたし、あなたが何もしていなければ問題なんてありません」
「そう、ですか。」
歯切れの悪い私にクラウディアは微笑みかけると、仕事に戻るのでと去っていった。
女王。
急なことに驚いてはいるが、これはチャンスでもある。
女王自ら私を招集したということは、女王も私に用があるということだ。
女王と直接話しがしたい私と、私と直接話しがしたい女王。実にわかりやすい構図だ。
たとえ追い出されようと、死ぬことになろうと、私は私の目標を達成させる。
大丈夫。たとえ寵愛を受けていたとしても私はまだ狂ってなんかいない。
できれば楽しい気分のまま一日を終わりたかったのだが、そうも思っていられない。
部屋に戻ろうかと思ったが、荷物も持ちに戻りたいものも特にない事に気づいた。
今日は武器の手入れと、昨日までの素材の選別などをする予定だ。
武器の手入れはいつも部屋にある道具で行っているのだが、方々歩き周るのが億劫になったのでそのまま兵舎横の工房を目指す。
一般の兵士はだいたいこの兵舎の方にいる。私も以前はここで寝泊まりをしていたのだが、現在の隊に配属されてから城の中に一室をもらうことができたのだ。
私のように城に部屋をもらえる隊もあるし、個別の兵舎を持っている隊もあるにはあるのだが、これらは一般のワーカーとは少し違う。
鍛冶場で装備の手入れをして、今度は解体場の方へ向かう。
流石に部屋では戦利品の解体はできない。仕分けついでに工房で武器を整備したというのもある。
鍛冶場ではちょうど人がそこまでいなかったが、こちらには結構人がいた。
おそらく遠征の戦利品を大人数で解体しているのだろう。
私は幸いにも昨日のうちに大物の納品と解体の依頼を済ませてあるので、今日は細かい解体と精算だ。
解体で人がごった返しているが、受付にはそんなに人がいない。
受付に知った顔がいたので、そちらへ向かった。
「あ、レナさん。昨日の精算ですね」
「おつかれルネル。よろしく」
受付はこの工房全体の受付をしていて、私みたいに自由な仕事をしている兵士に仕事を斡旋してくれたりもする。
受付のルネルは私より1年あとに入ってきたメジャーワーカーだ。
おっとりしている印象を受けるがかなり手際よく仕事をこなしている。実際に私もかなり世話になっていて頭が上がらない。
「えーと、収穫物は全部買い取りということで本当によろしいですか?」
遠征では大したものを取ったり狩ったりできなかったが、やたらと数だけは取ったと思った。
私は生活できていれば問題ないので、めったに戦利品は受け取らない。
「なにか珍しいのあった?」
「今回は特にありませんでしたね、でも量が桁違いでして。収穫量だけなら今回一番かもしれません。」
ほう、大物はあまりいなかったのだが、今回は結構頑張ったのかもしれない。
「じゃあ全部買い取りでいいや、精算して?」
「わかりました。合計は、、、約120万ですね。内訳は聞きます?」
「結構行ったね、内訳は別にいらないです」
思ったよりも結構な額の報酬を貰えた。
使うようがあるわけでもないので、貯金は貯まる一方。
「ご飯連れてって」
「!?」
耳元でなにかが囁いた。と数瞬置いてものすごく背筋に悪寒を感じる。
気配は感じなかったのだが、金の匂いに釣られてきたのだろうか。ばけもんめ。
振り返ると想像した通り、桃色の変人ーフレアがいた。
「またいっぱい稼いだねー、レナちゃん」
「うわー、すっごいチンピラ臭い」
私達のやり取りを見てルネルも苦笑いをしている。そりゃそうだ。
「フレアも精算したでしょ?」
「うん。使ったよ」
「何に!?」
おいおい、首を傾げないでくれ。私は何も変なこと言ってないよ?
だめだ、このダメ人間まるで話が通じない。
フレアを無視してルネルの方に向き直ると、精算をした。
「ごめんね、忙しいときに騒がしくして。またお茶でもしようよ」
「はい。お疲れ様です。フレアさん、あまり後輩をいじめちゃだめですよ?」
「ルネルちゃんは可愛いなあ。今度お茶でもしようぜ、レナちゃんが奢ってくれるからさ」
「おい」
こんな人相手にしなくてもいいのにわざわざ気を使ってくれるなんてルネルはいい人だなぁ。
すかさずたかりに来るこっちの女には恐れ入るぜまったく。
解体をしている人たちに軽く挨拶をしたら工房をあとにした。
ついでに他にちょっかいを掛けないようにフレアも引っ張り出してきたが。
「レナさん」
「なに?」
「珍しく気持ち表情が暗いけど、なにかあった?」
フレアが改まって聞いてきた。
女王に呼ばれてからなんとなく表情が暗かったのかもしれない。
なんやかんや言ってもこの人は後輩のことをよく見ている面倒見のいい先輩なんだと思った。
「うん、まぁ、なんというか、ね」
「歯切れ悪いなぁ、女王様にでも呼ばれた?」
「...うん」
「え、まじ?」
別に言っていけないようなことではないのだが、なんとなく口ごもってしまった。
「女王様が私に話したいことがあるって」
「そっかあ。いい話かもよ?それに女王様に会って話したいことがあったんじゃなかったけ?」
「目的があっても急に来られると精神が追いつかないっていうか」
「そういうもんかね、私は考える前に動いちゃうからそんなに悩まないね」
フレアは無い胸を張ると自信満々に言った。
「でもレナちゃんは面食らってるだけで滅入ってるわけじゃないってわかったから、このお話は終わりにしよう?でもなにか悩み事があれば相談には乗るよ。」
フレアは私ならこの程度なら勝手に立ち直れると自己解決したようだ。
別に励ましの言葉をもらったわけではないが、こうも楽天的な先輩を見ていたら悩んでいるのもバカバカしくなってきた。
ふと今の時間が気になり、窓から外を見る。
日が落ち、あたりが暗くなってきた。各部屋にも明かりが灯り始めて皆々が明日の準備を始める。
夕食を軽く取ってから行こうと思ったが、後回しになり続けるような気もするから今から女王の元へ行こうと思う。
「ありがとうフレア。今から行ってくるよ」
「そう、クビになったら部屋のものもらっていくね」
「冗談じゃねぇぜ」
軽口を叩き合いながら談笑を済ませたがフレアも用事があるようで、城門の方へ向かっていった。
こんな夜に外へ行って遊び歩くのだろうか。まあ仕事に支障がなければ別に詮索はしない。
「?」
そういえばフレアに女王に会うのが目的だなんてこと話したことあったっけか?
きっと酔っ払ったときにでも話したんだろう。
城の中に入るといつもは部屋や食堂の方向に向かうところなのだが、今日は上の方を目指す。
女王は城の最上階にいる。
要塞都市というだけあって相当な警備を敷かれているし、部屋からの見晴らしが良くても外からは直接女王が見えないよう仕組みが施されているらしい。
結論女王に会うためには厳重な警備がいる城内を通過していかなければならない。
警備体制をそんなに知っている訳では無いが、母体の機能を駆使した警備の強さは過去から現在までの間一度も女王に危害が及ばなかった事実から証明されていると言えよう。
今日は話が伝わっているようで、どこもすぐに通してくれた。
最上階、城は崖に沿って建てられている。崖際とでも言おうか、とにかく奥だ。
少し大きくて意匠のこった扉の前にはクラウディアともう一人兵士がいた。
「やあレナ殿。思ったより早かったですね」
「女王様のことを考えてたら食事も喉をを通らなくなりまして」
軽く皮肉ったら苦笑いが返ってくる。
「二人だけで話がしたいとのことですので兵士は席を外しております」
「そうですか。本格的に話が見えないですね」
長話をしていても良くないし、隣の兵士にもなんだか悪いので入ることにした。
ドアノブに手をかけ、ノックを3回。
返答はなかった。
「...?」
もう一度扉を叩いたが、やはり反応はない。
クラウディアも少し怪しい表情をしている。
護衛の直感だろうか、いつもいる、いつもある、そんな感覚とはかけ離れたものを感じたのかもしれない。
私はえもいわれぬ焦燥感を感じ、横にいた兵士に声をかけた。
「人を連れてきて。クラウディアさん、入りましょう」
「承知しました。」
ドアノブをひねり扉を開く。
女王がいた。
薄いブラウンのロングヘアの彼女はこちらへゆっくりと振り向いた。
薄い化粧に不思議な色をした大きな瞳、見た目としては地味なただの美人という印象を受ける。
しかし彼女には女王の風格というべきか、謎の包容力がある。
子が親に感じるような母性を感じる。
女王は黒の要塞都市の女王という名に不釣り合いなほどに真っ白なレースを基調としたドレスを身にまとっていた。
そして、その白が赤く染まっていることに気づくまで、少しだけ時間がかかった。
彼女はこちらの存在に気づくと微笑み、ゆっくりと崩れ落ちた。




