逃げ場
「ママ、どうしてここに?」
「あなたが心配だったからよ?他になにかあるかしら」
ママが身重の体をもたげてここまで駆けつけてくれた。
その手には見たことのない金属製の鈍器が持たれている。
「ママって...」
「ええ、元警備部隊所属のワーカーです。レナちゃんみたいに強くは無いけれどもね」
そういったママは少しだけ残念そうな顔をしている。私に言わずにいようと思っていたことなんだろうか。
...それにしても、ママはパパより力が強いなんて思ってたけど兵士だったなんて。
「早く逃げましょ。ラルグくんの様子を見せて」
ママはラルグの傷を確認し始めた。
しばらくして持っている包帯で軽く固定すると、出発の準備を始める。
「思ったより酷いわね。早く医者に見せないと。マヤ、あなたは動ける?」
私に気を使いつつラルグを運ぶつもりらしい。けど赤ちゃんがいるママにそこまでの作業はさせられない。
「私がラルグを運ぶよ。私のせいで怪我したんだし。」
「本当?大丈夫?」
「やらせて」
「わかった。もう言わない」
多分ママが運んだほうが早く移動できるけど、赤ちゃんがいるってことと、獣と遭遇したときに太刀打ちできなくなってしまうので、私が頑張らないと、と活を入れる。
大丈夫、ママも居るんだ。今度は取り乱さない。
動かないラルグを落ちないように背負い込むと歩き始めた。
意識のない人を背負うのは思ったよりも力がいるけど気合で持つ。大丈夫。かばってくれなきゃ今頃私が死んでたんだから。私が背負うよラルグのこと。
一生懸命早足で歩く私を注視するようにママも着いてくる。
「街の外の様子がどうなっているか知っているかしら」
「なにか大きい山みたいなのが見えたよ」
「そう、見たのね...あの巨大な獣の名前はマグナスヴィネア。20年くらい前にブラドを半壊させた危険生物よ。ただでさえ大きいのに、加えてさっきみたいに街の中に獣を送り込んで来たりするの、私もあの獣が見えたから急いであなたを探しに来たのよ。」
「ええ!?そんなのどうするの?」
「わからないわ。昔は最強の兵士がいて、その人が仕留めてくれたけど今はどうなったか...とりあえず今はまだ戦えているみたいだし危険になる前に先を急ぎましょう?」
さっきも聞いたけどその兵士って人本当にすごいんだ。いや、今は安全かどうかはわからないけど避難しないと。
「ゴギャア」
「!」
早速出た。
大きなバッタ型の獣にはバッタらしからぬ牙が着いていてそれに噛みつかれればひとたまりもないだろう。
これをママに任せて無視して道を進む。
後ろから先程と同じ叩きつける音がしているが、まもなくしてママが後ろについてきたので問題なく戦闘が終わったのだとわかった。
「今くらいの敵だけなら良いんだけど...」
「そうなの?私ママがあんまりにも強いからびっくりしちゃった」
「フフフ、さあ、先を行って」
妊娠していても兵士はこんなに強いんだと感動した。それが私の大好きなママなんだから誇らしくてしょうがない。
そこからは、人を運んでいること、探索も兼ねてかなりゆっくりとした移動を強いられた。
そうして露天商が立ち並ぶ大通りにたどり着いたわけなんだけど、ここに来て目を疑うような光景が飛び込んできた。
さきほど逃げるのを渋っていた人たち含めて誰も居ない。
煩雑に荒らされたような商売道具などが散乱しており、ここでなにかがあったのだとすぐに理解できた。
「ここって」
「そうね、もしかしたら避難所ももう安全じゃないかもしれないわ」
私とママは顔を見合わせると、一本だけ道をそれるように移動した。
あの通りに残るのは危険だと感じたから、獣に遭遇しないような道を行こうと考えたのだ。
道をそれるように移動した際、倒れている人影を見つけることができた。
ラルグに負担をかけるわけにもいかないのでゆっくりと駆け寄って声をかける。
「あの、大丈夫ですか」
「ん、うう。あなたは、あのときの」
起き上がった人はさっき大通りで私達と話をしていた兵士だった。
ママもこちらへ来ると話を聞く体制になる。
「大丈夫?何があったか教えてもらえるかしら」
「大通りに獣が現れました。獣が出た時点であそこにいる人達をなんとか避難させて戦闘になりました。最初は1体、2体と対処できる数だったのですが、その数をどんどんと増やしていき、ここにいた数人の兵士たちだけでは太刀打ちできないようになってしまいました。私も致命傷は避けたもののこの有様です。」
そういう兵士は確かに満身創痍という感じで戦いはできなさそう。かろうじて動けそうだし、早く安全なところに身を隠してほしい。
「その群れは今どこに?」
「わかりません。我々を殺したと思うやいなや蜘蛛の子を散らすように四方八方へと逃げていきました」
「そう、ついてたわね。じゃあ安全な場所は無いのかしら」
「避難所には我々兵士もたくさん揃っていると思うので、まだ安全だと思います。」
「ありがとう。あなたは1人で避難できるわね?」
「はい。一点伺いたいのですが...あなたは兵士なんですか?あなたのような人はご存じなくて」
「10年くらい前にこの子ができた時退職したの。このメイス持つのだって数年ぶりよ」
「ああ、それで。その武器、アルマさんですか?先輩が昔お世話になったって言っていました。」
「辞めた私に世話になったもなにもないでしょ。あなた達のほうがずっと強いし、長く続けている。私達一般人はあなた達のおかげで生活できているの。」
「そうですか。私はこんな有様ですが、我々があなた達市民を守ります。安心してお子さんを産んでください」
お姉さんはそう言って立ち上がると、ママにそういった。
自分だって苦労しているのにママのことを気にしてくれるなんて本当にいい人。
「それとお嬢さん、良いお姉ちゃんになってくださいね」
「はい、お気をつけて。今度お礼に行きます」
そうしてママと私は避難所を目指した。
速度は出てないけど、ママがなるべく安全な道を選んでくれているおかげでそろそろ到着しそう。となっているときに、突然ママの表情が曇った。
「この先、獣の数が異様に多いの。」
「戦闘を避けられ無いの?」
「ええ、それだけなら良かったのだけれど、敵がどれも固まって動いていて今まで通り各個撃破とはいかなさそうなの。」
迂回しようにも、この敵数で逃げ道のとれない細い通路での戦闘はどうしてもとれないという話だった。
ここまで来てまたも困ったことになってきた。こうしている間にもラルグの体力は尽きそうだっていうのに。
遠巻きに索敵をするママとは別に、私はなにか視線のようなものを感じてそちらに目を向けた。
大きな鳥がいた。
大きいと言っても羽を広げて成人男性ほどの大きさかどうか、その色鮮やかさに目を奪われた。
建物の死角に入っているのだが、屋根上からはよく見えてしまう事に気がついた。
そして、今その鳥と私の目は確かに合っている。
――きっとあれは、獣。
「オアアアアアアア!」
間髪入れずに行われたのは大声を上げながらの急降下。
距離がまだあるため、直進なら初撃はかわせるかもしれない。
ママにも状況は伝わったようで、私が攻撃を受けたり、躱したりする前に、叩き落とす形で迎撃をしてくれた。
「ありがとうママ」
「ええ、でも少し困ったかも」
そう言ったママの顔には大粒の汗が滲んでいる。
大声を上げた鳥の獣。
見渡してみれば状況はすぐにわかる。
私達は大量の獣たちに既に囲まれていた。
「やられた、空中の警戒もそうだけれど、まさかここまで統率が取れているとは」
バレてしまったら、視界が悪い通路は逆に危険。私とママは大通りへと飛び出した。
敵が多数いるということは、それだけの被害があるということ。隣接している建物はいくつか倒壊しており、中には火が出ているものもある。
逃げようにも先程兵士が言っていたように、四方八方から次々に獣たちが現れてくる。
ジリジリと後ずさるように牽制するママについて居ると、既に壁際まで押し込まれてしまった。
走り抜けようにも既に隙間はない。
そんな中でママは交戦を始めるけど、闇雲な攻撃では数の前に歯が立たない。
短い間でどんどんと傷が増えていき、動きはどんどんと鈍ってしまった。
そして抑えきれなくなった獣はついに私の方へと足を進めてくる。
――怖い。
あの時と同じ。いや、それ以上。
怖さに吐き出しそうになる。そんな中でもなんとか感情を押し殺す。
「お姉ちゃんなんだ。」
今も戦うママと、いっしょに戦っている赤ちゃん。
私を守って傷を追ったラルグ。
かろうじて繋いでいる気力で背にいるラルグを壁の横に寝かせて、そしてとうとう片膝を着いたママの前に手を大の字にして立ちふさがった。
私には戦うことはできない。ここまでやってもすぐに蹴散されちゃうだろうけど。
「誰か!助けて!」
大声で助けを呼ぶ。
きっと誰も来れないだろうけど、
――私が死んでも、家族を守りたいと思った。
お兄ちゃんみたいなラルグ、ママ、そして赤ちゃん。
精一杯私達の存在を知らせたい。
「...」
このやり取りは今日何度目かな。
一生に何度もあるようなことじゃない。けれど、毎度感謝してもしきれない。
今回も獣が私に振り下ろした攻撃は直撃することなく、力なく崩れ落ちていった。
目の前には獣のような存在感を放つ大柄な人間が立っていた。
「ごめんな。マヤ。遅くなっちまった。」
理解ができなかった。そりゃ、一番会いたかった人だったけど。
「パ...パ...?」
「お前たちを守るのが俺の役目なのに。アルマ、すまなかった」
「ほんと...でもまだ生きてるわ。ビョルン」
パパがその熊のような巨体を精一杯に震わせ、咆哮し、獣をなぎ倒した




