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大きくなったら

「マヤ、私はね?」

「うん」


いつだったろうか、とっても寒い冬だったのを覚えている。

いつもより少しだけ薪を多くした暖炉からはパチパチと小気味の良い音が部屋にこだましている。


パパは雪が降っているから夜だっていうのに雪かきとか雪下ろしとかでいつも忙しそうにしている。

そんなパパの帰りを待っているママは編み物をしていて、私はその心地よい空間で半分寝ながらママの話を聞いている。


うん、うん、と相槌を打つだけで殆ど聞いてなんかいないけど、ママもそれを分かっているようで一人でずっと話している。


私のこと、パパのこと、春になったら何をしたいだとか、他愛のない話をぽつりぽつりとずっとしている。私もそれを聞くのが心地よくて、頭の中を反響しては抜けていくママの声を子守唄にしている。


私も最近ママに編み物を教えてもらって少しずつ練習しているんだけど、ママの前ではやらないようにしている。


"どうせ自分の分なんて作らないんだから私がプレゼントするんだ。"


なんて考えながら少しずつ少しずつ進めている。

いつまでかかるかはわからないけれど、待てば何度でも冬は来る。

不格好でもちゃんとしたものをプレゼントできれば嬉しいな。


「春になるといつもマヤがいなくなったときのことを思い出すの」


私だって忘れたくても忘れられないこと。

本当に小さかった頃、ママの好きな花の話を聞いた私はママを喜ばせようと思って勝手に街を飛び出して、獣たちに襲われて死にかけた。

実際お腹に穴が空いた気もするけど、起きたらベッドの上で、パパやママを小さいながらも悲しませたんだなと理解した思い出がある。


よくよく思えば、あの日は散々だったな。

獣たちに襲われたのももちろんのこと、森に行ったからツタとかで体の至る所を怪我してたし、ようやく見つけた花畑に感動して、近くにあった白い色をした花を摘んで手がかぶれたのか痒くなってくるし。


目が覚めてから、ママに渡したその花は喜んでもらえたが、それ以上に心配をかけたため、もう取りにはいけなかった。

そもそも私がなぜあの日に門を通れたのかが不思議なくらいだ。


まぁどちらにせよ、あの花はもう取りに行く気にはならない。摘んで茎から出てくる白っぽい液のなんとも言えない青臭さが頭から離れないし、もうかぶれたくもないから。

小さい頃の無謀さには呆れてしまうね。


「あなたが危険なときに真っ先に駆けつけてあげられなかった自分の不甲斐なさを今でも痛感しているの。私に力がないばかりに子供の未来が奪われるなんて気がおかしくなりそうだった」

「そんな、ママは悪くないよ」

「ええ、ありがとう。でもマヤが助かったときに思ったの、この子は将来どんなふうに育つのかって」


自分自身の将来なんて考えたこともなかったな。

仕事なんて歳をとれば勝手に割り振られるものだと思ってるし、生活できればそれで良いなんて考えていたし。


「私ね、あなたが将来どんなことをしても頑張りすぎて欲しくないの。親は子供に頑張れって言うものだと思うのだけれど、あなたが苦しむくらいなら何もしなくて良いと思っているし、私が代わりになってもいいなんて思ってるの。親バカかしらね。」

「ママ!」


ママが私のためを本当に思ってくれていると分かって、たまらなく嬉しかったからママに飛びついた。


「私ね、あの森でのこと、もうほとんど覚えてないんだ。それでも、あの日メジャーワーカーに助けられたのは知っているの。その時思ったの。将来私は兵士にはなれないだろうけどあの人みたいに誰かを助けられることをしたいって。今はまだわからないけど、私が誰かを助けられる時が来るのかな?」

「...しっかりやりたいことがあるんじゃない。助けてくれた兵士には頭が上がらないわね。それじゃあ、あなたの仕事が決まったら良いものをあげる。さて、ビョルンが帰ってきたかしら」


良いものってなんだろう。私が大きくなるまでお預けかな。


ママは作業を止めて立ち上がると、玄関に向かう。私は全然気づかなかったけど本当にパパが帰ってきていたようで、水を吸って重くなった服を受け取っている。

身軽になったパパは体を拭いて着替えたら私の居る暖炉のところまで来た。


「おぉ寒い。マヤ、起きてたのか」

「うん。パパおかえり」

「ああ、ただいま」

「パパ寒そう」

「外はすごい寒いぞー。あしたはいっしょに行くか?」

「えー。寒いのやだー」

「そんな事言わずにパパと遊ぼうぜ!」


深夜作業ということもあって若干テンション高めのパパの顔には疲労が見て取れる。

そんなパパとじゃれ合っていたらママが声をかけてくる。


「スープとパンくらいしか無いけど食べる?」

「おう!疲れたが腹も減ったからな」

「ママ!私も!!」

「さっき食べてたじゃない。ちょっとだけよ?」

「うん!ママのスープ大好き」


しょうがないね。お腹すいたんだもん。

深夜の食事、大人が摂っているそれにはなにか特別な魅力を感じる。

今は冬真っ只中。贅沢な食事はできないけど、ママの作った料理はいつでも美味しいんだ。


「じゃあ、いただこうか。」


食卓についたパパはすぐさま口に温かいスープを流し込んで、おかわりをママに頼んだ。

寒いところから帰ってきたパパは本当に美味しそうに食事をしていて、ママも満足げにそれを見ている。

そんな家族を見て私もなんだか嬉しくなった。


よくある家のよくある冬の夜。

食事を取って幸せな気分になった私はベッドで眠りについた。



――――――



きっと今のが走馬灯だろうな...

先程同様獣のはなった攻撃がやけにゆっくりに見える。さながら断頭台前の死刑囚ってところかな。


死にたくなくて、生きたくてしょうがないのに、何もできなかった。

最後にママとパパ、生まれてくる赤ちゃんの幸せを祈ることしかできない。


「...何もできなくて、ごめんなさい」


長いような一瞬ももうじき終わる。

獣も今度は確実に急所を狙っているのがわかるし、避けることのできない私は確実に死んじゃうんだろうな。


「何もしてないなんてことはないわ」


聞き慣れた心地の良い声が、耳に入ってきた。

一瞬世界に静寂が訪れる。いや、時が止まった。そう感じる程にその声は私の頭の中に印象的に響いた。


獣が宙を舞った。

ラルグが瓦礫をぶつけたときの比じゃないほどに、耳をつんざくけたたましい音を立てながらそのまま付近の建物の壁にぶつかって活動を停止する。


「マヤ。あなた、今日何人もの人を助けたみたいじゃない。流石、自慢の娘ね。けど...ちょっと背伸びしすぎかしら。心配したのよ」

「ま、ま?......ママ!」


いつも私を優しく見守ってくれている人、抱きつくといい匂いがするとても安心する私の大好きな人。

そんなママが私を助けに来てくれた。

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