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狩られるもの

「おじいちゃん、おばあちゃん。あとはここを真っすぐ行けば避難所だよ

「おお、ありがとう。お嬢ちゃん。後は私達だけで行けるからここまでで良いよ」

「うん、じゃあ気をつけてね」


案の定避難し遅れた人や、したくてもできない人がかなりの数いた。説得しても聞かない人はできるだ安全にするよう注意だけして、なるべくたくさんの家に声をかけた。

ラルグと二人で分担しながらそんなことを続けていること数時間、とうとう日が暮れてきた。


もうすぐ冬になろうという時期なため、最近は日も短くなってきたし、夕方になればかなり冷え込んでくる。

今日は一段と冷えそうだと考えている中、白い息を吐きながらラルグが口を開いた。


「心苦しいが、俺たちもそろそろ避難しよう。後は兵士たちに任せるしか無い」

「そうだね、ご苦労さま」


この時間まで避難を勧めて、その中で街中を駆け回る兵士たちを何度か見かけたのだが、状況に変化は見られなさそうだった。

さっき一回だけあった地震も気がかりだし、戦闘は激化しているんじゃないだろうか。

避難指示が解かれていないため、これ以上ママを心配させないように私達も視界が悪くなる前に教会に逃げることにした。


私達が今いる位置から、走れば10分位でママと避難した教会へ行けると思う。

流石にさっきママと一緒に避難してから時間がたったし、協会の中は人で溢れてそうだから早めについてママをまず探したい。


粗方人が掃けて、時間も時間だから人が全くいなくなった大通りをラルグと走る。



夕暮れの日を背に走っていて、ふと横に見えた外壁に違和感を覚えた。

こちらから見て南方向、要は外壁の外側なのだが、さっき建物の隙間から覗き見た様子とはまったく違った。


高くそびえる壁の外側の様子がここからわかることなんて普通ではありえないのだが、ここからでもなにか山の様な物体が確認できる。

立ち止まって目を凝らした私に、ラルグが声をかけてきた。


「おいマヤ、何立ち止まっているんだ。」

「ごめん、あれなにかと思って」

「あれって...?」


そう言いながらラルグも目を凝らす。

微妙に日の加減で見づらかったのだが、よく目を凝らしてようやくその姿がなんだかわかった。


「嘘だろ?あんなでかいものが獣なのか?」


そう言い放ったラルグには冷や汗が滴っている。

無理もないよね。私もまたパニックを起こさないのがやっとだし、あの獣の姿は誰が見ても絶望せざるを得ないような姿をしていた。

何よりも恐ろしさを覚えるのが、その規格外のサイズ。なにかしているんだろうけど、発光しながら少し動く獣の姿に、逃げ場なんて無いんじゃないかとさえ思えてきた。


「マヤ、今は一旦避難しよう」

「わかった。止まってごめんね」


私のことをよく理解してくれているラルグは、私の心境を汲み取って首を縦に振るとまた移動を始めた。

彼も壁の外側の状況を知ってたぶん焦っているのだろう。足を進める速度がさっきよりも早くなっており、気を抜くと置いていかれそうだった。


ふと必死に走る私達が通り過ぎた横の路地になにか気配がした。

立ち止まっている時間はないので、走りながら後ろを振り返った。


「あ、、、」

「マヤっ!?」


途端に走る足に力が入らなくなってしまい、地面に転がる形で体制を崩した。


目があった。

この生き物に私達と同じような目があるとは到底思えないけど、それでもこちらに意識が向いたのはわかる。


そして、なんの因果か私に意識を向けたそれは、私の記憶にある一番恐ろしいものの姿をしていて、傷も負っていないのに腹部にフラッシュバックのような痛みがやってきて、怖くて、気持ち悪くて動けなくなってしまう。


私の眼の前には巨大なカマキリの姿をした獣がいた。

昔、森の中で私に致命傷を負わせた獣がそのままの姿でそこにいた。


恐れおののいて動けない私に向かって確実に足を進めてくる獣。

叫び声をあげようにも萎縮した喉の筋肉は役割を放棄して、かすれた空気のような音しか出ない。


「マヤ!」


ついてこない私に違和感を感じたラルグがこちらに戻ってくる。

一足先にたどり着いた彼に腕を引っ張られるが、依然として体は動かない。

このままじゃラルグも危険なのに、一向に下半身が返事をしてくれない。

「逃げて!」とそのひとこと言えれば彼だけでも助かるのに、私の視線は獣に釘付けになってしまい離すことができない。


ガツン!


大きな音を立てて獣がよろめく。


「おい!化け物!俺が相手になってやる!」


ラルグが足元にあった瓦礫を獣に向かって思い切り叩きつけた。

だめ、ラルグじゃ勝てないよ。殺されちゃう。

それでもラルグは攻撃をやめない。


体制を立て直した獣は様子一つ違えずに、私のところにやってくる。

その様子から、ラルグの攻撃には意味がなくて、獣の目に映ってすらいないのだとわかった。


そうしてやってきた獣が私に向かって腕を振り下ろした。


あの時と一緒...

無力に立ち上がれすらしない私に向かって振り下ろされる鋭利な武器。

そうして目の前に飛び込んでくる鎌はやけにゆっくりに見えた。


「......!?」


目を閉じることしか出来なかった。

攻撃が来ない...


恐る恐る目を開くと、攻撃を防いでくれていた存在が分かった。


「ラルグ!」


私に振り下ろされる攻撃を自らを盾にして防いでくれたのだ。

振り下ろした攻撃が途中で遮られたからだろう。完全な威力を発揮する前の攻撃は、ラルグに対して致命傷にならなかった。

それでも肩から胸にかけて撫でるよう切られたラルグは、出血しすぐに倒れた。


なんとか上体を起こした私は、ラルグに這うようにして寄っていく。

急に動けるようになった私に警戒したのか獣も一旦距離をとった。


「良かった...動けるようになったんだな」

「でも、そんな。ラルグが」

「俺が誘ったんだ。怖かっただろうに手伝ってくれてありがとうな。俺を置いて逃げてくれ」


抱きかかえると手にべっとりと血が付着した。早く治療をしないと命が危ない。


そんな状況でも肩で息をする彼は息も絶え絶えに私を逃してくれようとする。

獣もまたこちらへ向かってくる。


「大してお前と変わらないが、俺は皆の中で一番の年長者だからな。小さい頃に良くしてくれた兄ちゃんに憧れていたんだ。俺も可愛い妹を守れて本当に良かった」


そこまで言うと、ラルグは意識を飛ばしてしまった。

悲しみが押し寄せてきて涙が溢れ出してくる。


...きっと今逃げれば獣はラルグを貪って逃げ切れるだろう。

遠くから誰かの叫び声が聞こえてくる。きっと周囲には獣がいっぱいいてどこに行っても危険なんだろうな。

でも、ここを離れたらラルグは助からない。もう希望はないか。


「...」



結局ラルグが稼いでくれた時間を有効活用することができずに、獣が目の前に戻ってきた。

最後の悪あがきとして、さっきのラルグと逆でラルグを守るような体制を取った。

目には涙をためているが、やれるだけ全力で獣を睨みつけた。


そんなものを意に介さない獣の鎌が再び振り下ろされる。

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