無謀
「ヘザーとティエラはここから見てマグナスヴィネアの右側の足。フランとミーアはその反対側に移動して攻撃を開始してくれ。規格外相手に定石が通じるかわからないが、まとめて潰されるよりはマシだ。」
「「「「了解」」」」
まとめてやられないように分散しつつ敵を切り崩していく。
人数が少ないため分担が限られてしまうのだが、ここまで倒す手順に困らない相手もいない。
大きな足を2本落として怯んだところで本体を叩く。実に簡単なプロセスである。
ただし、この大きさの敵でそれが通じるかどうかということだが。
巨大すぎて遠近感がつかめなかったのだが、1歩1歩近づく度に視界の中で大きさを増していくマグナスヴィネア。
黒と見紛うほど深い緑色をした体は近くで見ると薄っすらと青く発光していた。
鈍く脈打つ動脈のように全身くまなく流れるように青く光るその姿は、他の怪物とは一線を画しており、どこかで奉られていそうなほどの畏怖を感じた。
体長は約90m、伸びているから実際は分からないが、直径約150m。
太さ10mを超える巨木のような触手は約200mの驚異的な全長をしており、動かないながらも光り続けてその存在感を誇示している。
さて、私は何からしようか。
「クラウディア、私についてきてくれるよな」
「今更何も言いませんよ」
地上に出ている2本の触手は思ったよりも近く、配置につき次第一気に攻撃することにした。
武器を構えた兵士が近づいたところで、全く反応しないことから、我々は全く歯牙にかけられていないのだとわかる。
敵の油断こそ最大の武器、このまま動き出す前に攻撃できれば重畳、攻撃が通じれば文句なし。
私と隊長は頷き合うと駆けるようにしてマグナスヴィネアを登る
――規模が大きすぎて登山をするような感覚だ。
目指すのは眉間。どのような攻撃が飛んでくるかわからない地上で弱点を探すよりも、見晴らしの良い場所で弱点を狙うのが得策だと考え移動している。
「普通にタコを締めるみたいに倒せればよいのですが...」
「そればっかりは攻撃してみないとわからん」
たどり着くとマグナスヴィネアが微妙に動き始めた。
ここからだと下の様子は分からないが、どうやら足への攻撃が始まった様子。
ここからでも見える足の先端部分が動き始めたため、こちらの認識であっているだろう。
「我々も攻撃を仕掛ける。想像よりも表面がずっと硬いから、普通に攻撃をしても無駄だろう。表面に傷をつけるよう攻撃してくれ、間髪入れずに私が大技を叩き込む」
私は相槌を打つと空へ飛び上がった。
ここまで大きく動いてもマグナスヴィネアの我関せずなふてぶてしい態度に若干苛立ちを覚えるが、こんな大振りの攻撃を受けてくれるのだ。叩き込まない手はない。
剣に手をかざす。
「――エンチャント」
私は魔力を変質させる特殊能力を持っている。
魔力を練り上げ攻撃や回復に転ずる汎用の魔法とは違って魔力を直接変質させることで、純粋で高効率に攻撃を放つことができる。といった能力だ。
牽制や妨害用に単純な魔力の結晶をぶつけるのも私の能力の応用。他にも様々な応用が効く。
その中で攻撃力を底上げしたいときに使うのがエンチャント。
純粋な魔力を武器に付与する。纏わせるのではなく、流し込むことで私の一部とする。
鋭さ、重さと言った単純な破壊力を底上げすることに加え、魔力を流し込んだ関係上、並大抵の攻撃ではこの剣に防がれてしまう。そうして私の防御力も跳ね上がると言った汎用技。
私の直剣プランシアもこういった使い方をしばらくしていたせいか私の魔力が浸透して青色の剣となった。
この技もレナに通用しなかったことが懸念点だが、長年の研鑽が目に見えている技なのだ。我ながら強力な攻撃だと自負している。
隊長が刀を上段で構えて攻撃準備に入ったことを確認すると、私も重力に身を任せて剣を振り下ろしに行く。
自由落下からの縦斬りが、吸い込まれるようにマグナスヴィネアの皮膚を切り裂きに行く。
――バゴッ。
おおよそ剣で切ったとは思えない音と手触り。
弾力があるが非常に硬い皮膚は私の剣を受けても数メートル浅めに傷が入っただけだった。
この攻撃、単純な素振りでは数十メートル先の地面を抉るほどの力はあるのだ。いかにマグナスヴィネアの防御が堅牢かを痛感させられる結果だった。
それでも傷がついたことは確か、表面から体液が出てくるより前に傷口に向かって隊長が大振りを繰り出す。
隊長が戦うのを見るのがそもそも初めてなのだが、どんな攻撃を行うのだろうか。
ただ、普通に上段に構えて居るように見える。
シュッ
彼女が刀を振り下ろした瞬間、空間そのものが歪んだかと思うほど凄まじい衝撃が奔流となって周囲へ離散していった。
瞬間、置き去りにされた音が衝撃となって飛来する。
洗練された技術と研ぎ澄まされた集中力から繰り出されるその技に吹き飛ばされないようにしつつも感嘆の意を抱いた。
流石にこの攻撃マグナスヴィネアに通用しただろう。確信を持ってそう感じる一撃。
深々と空いた傷口からは数瞬置いて忘れていたかのように青紫色の体液が間欠泉のように吹き出してきた。
「グゴオオオオ」
吹き飛ばされそうなほど低音で獣が喚く。
この機を逃すものかと飛びかかろうとしたタイミングで、隊長が私の肩を掴んだ。
「退くぞ、なにか来る」
隊長に引っ張られて飛び上がった瞬間足元に何かが通過した。
「触手?」
足元になにか不自然な風を感じた。
何が通過したか、見るとそこには人間サイズの触手が伸びていた。
どこから来た?
急いで視線を走らせると、体液まみれになっている先程の傷に視線が行った。
傷口がブクブクと沸騰するように再生を始めており、見えた血管のような組織から大小多様な触手が伸びている。
グロテスクな光景に目が釘付けになった。
そうして、触手はそのまま私達めがけて距離を詰めてくる。
空中で身動きが取れない私達は、武器でなんとかその触手をかいくぐりながら着地したのだが、武器を振る隊長の手元に触手が絡みついた。
隊長もなんとか逃れようとするのだが、必死にもがくその様子からとんでもない力で締め付けて引っ張ってきているのがわかる。
引っ張られていくその先は傷口。隊長がそこに埋まったまま傷が再生したら、生き埋めになってしまう。
「これが狙いか」
危惧した私は武器に力を込めて隊長の腕に巻き付いている触手を切り飛ばすと、今度は私が隊長を引っ張る形で離脱した。
離脱と行っても近場に降り立ったら先程と同じ轍を踏んでしまう。
そのまま地面をめがけて数十メートルを落下した。
その間も触手は容赦なく私達の後を追ってきており、それを二人で精一杯かいくぐりながら地面に降り立った。
地面に降り立ってからようやくマグナスヴィネアを視界に収めると、その姿は先程までと全く違う姿となっており、思わず鳥肌が立ってしまった。
先程まで薄っすらとしていた全身を走るような光は、距離をとっても分かるくらい激しい橙色に光り輝いており、どこを見据えているかわからない目も今度は私達をしっかり捉えている。
そして何よりも視線を持っていかれるのは毛のように細い触手が全身を覆うように生えている光景だった。たった今まで触手に追われていた身としてはその気色の悪さよりも圧倒的戦力に感じる恐ろしさが勝ってしまう。
...私達のつけた傷はもうほとんど塞がってきている。
話に聞いていた回復力の高さも眉唾ものではなかったと分かった。
「すまない、助かった。と言いたいが...」
「ええ、言葉にならないですね」
こんな化け物、国を上げて戦っても勝てるんだろうか?
メジャーワーカーの隊長クラスは1人いるだけで戦局を大きく覆すほどの豪傑。そんな隊長の攻撃を耐えたうえで攻撃してしまうのだから、恐ろしいというもの。
崩すようにジワジワと削ぎ落としていければよかったのだが、そこに来てあの回復力。
どだい叶うわけのない相手だったのかと警鐘を鳴らすことをやめた思考が諦観を押し付けてくる。
...さっきまで活発に動いていた左右の足が活動をやめている。
こんな状況だ、他の隊員たちもどうなったかわからないが、今は彼女たちのことは諦めざるを得ないだろう。
「グゴオオオオ」
マグナスヴィネアがもう一度、先程と同じように咆哮を上げると、ここに来て地面の震えとともに大量の触手が地中から姿を表してきた。
準備完了と言わんばかりのマグナスヴィネア相手に戦意を保つことがやっとな状況で、戦況は更に悪化していく。




