撤退
「クラウディア、体は動くか?」
「今の私を見て、どう思います?」
「まだまだ元気そうで何よりだ」
「酷いことおっしゃいます」
前方にそびえ立つ大山。未だに動き出さないそれを見て私と隊長は冗談交じりに状況を整理し始めた。
軽口を叩かないとこの状況を素直に直視できない。そう思うには十分な景色だった。
この山の正体は超巨大なタコのような形をした獣だった。
どこを見据えているのかわからない目、前方に乗り出しているため少しだけ見えている巨大なくちばし、何よりも目を引かれるのはその足の長さである。
数を減らしつつもじわじわと進軍し続けた敵によって現在地はトルマからそう遠くないところまで迫っている。
見えている2本の足が伸ばして200メートル程度あったとしたら、あと少しで攻撃圏内に入ってしまう。
「さっきの兎は分からなかったが、あのタコのことはよく知っている。」
隊長が嘲笑気味に口を開いた。
私の想像が正しければ...いや、間違っていて欲しいことを心のなかで祈りながら聞き返した。
「なんとなく答えはわかりますが、聞かせてください。」
「マグナスヴィネア。20年ほど昔にブラドの街を半壊させた獣だ。タコのように見えるが、実際は地中に根を張るように大小数多の触手を生やし様々な使い方をしてくる。そして、」
「異常な再生能力を有していて、まともな討伐方法は確立していない。でしょうか。」
「ああ。そして唯一この化け物を単騎で討伐した兵士がいた。それが最強のメジャーワーカーこと、リーゼル。」
そう、前回は王都ブラドをこの獣が襲った。
そして、ブラドが沈みかけた際にこの化け物を倒せるものはリーゼルを除いてただ一人も存在しなかった。
それが何を意味するか。考えるだけでも気分が落ちてしまう。
「なぜマグナスヴィネアは動かないんだと思います?」
「前回の記録では、触手を地中から伸ばし、街の外壁の下を通ってトンネルを開通。それを利用して獣たちが侵攻してきたと記録が残っている」
「そうですか、もう時間はないですね」
先程地割れに飲み込まれて400程度の獣たちが消えていた。
流石に生き埋めになったり潰れたりで全数は生き残っていないとは思うが、ここから街まで直通の道を作られたとしたら非常にまずい。
今も足元の地面が、呼吸するように微かに上下しているような気がする。
「私は前線に居る一般兵たちに撤退指示を出してここに残る。クラウディア、君はどうする?」
隊長は長い髪を後ろで一本に束ねると私にそう聞いてきた。
流石に無理強いはされないか。それでも腹積もりはもう決まっている。
今の会話中で回復魔法を何度も腕にかけて左腕をなんとか動かせるまでに回復させることができた。
「私は女王様の愛したこの国を守りたいです。」
隊長はうなずくと先程後退させた兵士たちの方向に直った。
距離は結構あると思うが、ここから伝えるということだろう。
「愛しい妹諸君。マグナスヴィネアが確認された。これより、この戦場は我々の手を離れる。各員、残存する獣を押さえつつ撤退し、街の防衛に移れ。ここで踏みとどまる意味はない。――生きて帰れ。私からの命令だ。――帰ったら、旨い酒でも飲もうじゃないか。以上。」
よく通る声で隊長が号令をかけると、したがって兵士たちも遠ざかっていくのがわかった。
「フレア、居るんだろう」
「はいはーい、お呼びですかー。」
この人も戦場にいたのか、全く気が付かなかった。いや、全く汚れていないこの感じから、私よりあとに来たんだろう。
「君がここにいる事は非常に心強い...だが、街に戻って防衛の手伝いをしてくれないだろうか?この隊でも指折りの実力を持つ君ならば、街の被害を最小に抑えられると信じている」
「...さすがに街全域の対処は難しいですよ。」
「承知だ。どうか頼んだ」
「わかりました。どうかご武運を」
フレア先輩は改まって挨拶をすると足早に立ち去っていった。
「お前たちも、さっさと街に戻ってくれ」
「隊長、冷たいですよ。こんな楽しそうな相手独り占めしようだなんて」
フレア先輩以外にもこの場に残って居る兵士が何人か。顔ぶれを見ると、朝礼に参加していたフレア先輩除く述べ4人の兵士たちが全員いた。
口々に隊長に思いの丈をぶつけている。
「このまま戦ったら、おそらく死ぬぞ?」
「この仕事についたときからそのつもりですよ。それにここであのデカブツを止められなかったら、どこにいても死んじゃいますからね」
違いないと全員が笑っている。
朝と何らのりは変わらないが、自分の命を燃やして輝かんとする彼女たちの姿はとても美しく私の目に映った。
制止を聞かないので、隊長も仕方がないとばかりにため息をして姿勢を正した。
「馬鹿な部下を持って私は幸せだ。それじゃあ、いこうか。」
隊長を追う形で全員が移動を始めた。
――見届けるものはいない。負ければ当然死。勝ったとしても甘い祝福など無い。
―――只、今日の国が平和であればと願う。それが我々メジャーワーカーの本望。
――――先程まで我々が圧倒していた戦いから一転、一矢報いるだけの無謀な戦いが始まった。
私も最後尾から彼女達の背を追うように歩き始めた。




