筋肉兎
――アイオライト
放った結晶が直線で兎に向かう。
今回の牽制攻撃は足元の地面を狙った。
衝撃によって巻き上げられた砂塵は敵の視界を潰すように働き、兎はともかく他の敵には少なからず有効に効いている模様。
多対一の状況でまともに殴り合うことは避けて確実に始末しようとするが、そこは兎が許してくれない。
まず、目眩ましに対して特に反応を示さなかったことから、この兎に対して攻撃を仕掛けるように目標を変更。
砂塵から勢いよく飛び上がり空中から勢いよく蹴りを入れてくるうさぎに対して迎撃をする構えを取った。
片腕だけでも取る構えは変わらない。
しっかり引き付けてから剣の刃で受け止めて、衝撃を横に逃がす。
それは兎も理解していた様子で蹴りの初段で無理に体重を乗せずに最小の動きで器用に空中で一回転をすると踵落としを放ってくる。
そこにすかさず私もすくい上げるように切り上げを放つ。両者の攻撃が接触した瞬間金属同士のぶつかるような甲高い音がした。
すかさず水平に切り込もうとしたところで、兎の動きの方が早かったのか、回し蹴りのモーションが見えたためバックステップをして有効範囲から抜け出す。
この兎は本当に芸が多い。
人間のような身のこなしもさることながら、攻撃のたびに固く研がれた爪を出して攻撃をしてきている。
初撃の受けを刃で行っても兎の足が切れなかったのは当たる瞬間に爪を出していたのだとわかる。
流石にあの爪を貰ったら怪我はより重症だったと思うので、最初の不意打ちで今の攻撃を貰わなくて本当に良かったと痛感した。
大体の獣がそうだとは思うが、その中でもこの兎は超がつくほどのインファイターだ。
基本的には直剣の間合いの方が有効範囲が広く有利なのだが、潜り込まれたら小回りがきかず逆にこちらが不利になってしまう。
それに今の攻撃のように短く小柄な体格を生かしてより素早い攻撃をより短距離で放ってこられたらジリ貧になってしまう。
腕の怪我から強い攻めに転じられるタイミングが限られてしまうのは分かっているので、敵からの攻撃を中距離からカウンターでやり過ごし、機を伺うことにした。
「ふーっ。ふっふっ。」
「人間みたいな呼吸をしますね」
特有の呼吸で徒手空拳を使う姿はやはり武術の達人のよう。
実際これが先程まで居た前線に出現したなら被害は甚大だったことだろう。
次に兎が放ってきたのは純粋な引っ掻き。
先程の攻撃内容から、受け流しても攻撃に転じられることは分かっているので後ろにそれるように躱す。
――ただ躱すのではなく移動を伴って躱していく。
引っ掻きに混じって手刀や蹴りなども混じってくるが、避ける分にはそこまで苦ではない。
リーチを詰めさせないように避けたら牽制で剣を振る。大雑把な牽制攻撃では見切られるため慎重に、兎が避けざるを得ないというタイミングや箇所を狙って剣を振る。
兎にプレッシャーを掛けながら戦っていると、しびれを切らせたのかとうとう大振りの抜き手を行ってきた。
「ガァ!グルルァ」
初撃で外野に対してはなった目潰し。
しかし目潰しと言っても一瞬。
動きを止めていた獣を背にするよう戦っていたため、不意打ちのタイミングを測っていた獣たちが一斉に飛び込んでくるのがなんとなくわかった。
私の意図を理解したのか兎が僅かな抵抗を見せようとするがついてしまった大振りの勢いを消すことは敵わない。
いきおいの付いた兎の後ろへ回りこむように移動をすると、背を思い切り押すように蹴飛ばす。
この状態でとる空中での受け身には限界があるようで、体を固めることでなんとか耐えている兎の抜き手は解かれることなく私に襲いかかってきた獣の頭部に突き刺さるとそのまま断末魔を上げて絶命した。
先頭に3頭いた獣たちのうち1頭が沈んだところで残り2頭の目の前までわざわざ移動してから、再び目くらましの砂埃を上げる。
接近した私に警戒して居るところに視界を奪われてパニックになった獣たちは暴れ始める。そして、暴れる獣たちの攻撃は起き上がった兎に当たった。
もう何が起こっているのか分かっていない様子の彼らは闇雲に攻撃をすることしかできない。それを横目に私は残りの獣の処理に当たる。
状況に尻込みしていた小さめの個体の首を刎ね、右側から攻撃を仕掛けてきた個体の腹部を膝で蹴り上げる。
かろうじて立ち上がったようだが口からは泡を噴いており、動くのもままならないだろう。脇の方から刺して命を奪う。
残り5体。
そう思い次の行動に移そうとしたところで背後から叫び声が聞こえる。
「...」
振り向くと、先程兎に向かわせていた獣たちの肉片が転がっていた。
1頭は滅多刺しにされており、もう1頭は八つ裂きにされ双方原型をとどめていない風貌になっている。
思ったよりも早く対処されたが、かなりダメージを与えることができたようだ。
全身に引っかき傷や血痕が残っており、毛皮の上でも先程の攻撃がどれほど凄惨なものだったのかがありありと伝わってくる。
片目が潰れているものの、肩で息をする兎の眼は闘志を決して失っておらず、逆に闘志を超えた明らかな殺意がにじみ出ている。
「キュィィイ!!」
耳をつんざく金切り声のような威嚇に気を引き締める。
ここから繰り出される攻撃は先程とは別物と思ったほうが良いだろう。
追い詰められた兎から、警戒せざるを得ない程の圧がにじみ出ているからだ。
そのまま兎は倒れ込むように姿勢を低くすると、地面を勢いよく蹴った。
速攻に思わずひるみそうになるが、目を離さずに剣を強く握る。
地を這うように壮絶な速度で移動する生物は脅威そのものであるのだが、兎はそのまま一瞥もくれずに私の横を通り過ぎていってしまう。
疑問に思い振り返って様子を見ると、兎はその勢いのまま残り3体の獣たちを始末してしまった。
三者三様に蹴り飛ばされ、引き裂かれ、叩き潰されていく。
目にも止まらぬ速度で出来上がった肉塊はそれでもなお攻撃され続けている。
私に数的有利を逆手に取られたことがよほど頭にきているらしい。
いかにも獣らしい単純明快な行動に正直感心してしまった。本当は今の動きで不意打ちをかけられたり、連携を取って複数で攻められる方がよほど厄介だと思ったのだが、こうやってお誂え向けな状態を作ってくれたのだ。僥倖と思い戦いに挑むことにする。
「そろそろ終わりにしましょうか」
「キィイ!」
先程は顔色1つ変えなかった兎は牙をむき出して今にも飛びかかってきそうな鬼のような形相。
対して私も先程一撃貰ったときからやられることはないと思っていたが、今の動きを見て考えを改めた。確実に仕留めにいく。
だいぶ遠方に来てしまったが、進軍していた敵の勢いは衰えを見せており、私がここまで強敵を引き付けた成果があったことに多少の達成感を覚える。
国を守り抜く。女王様が安心して眠れるように。私が安心して女王様を送り出せるように。この獣は今ここで必ず仕留める。
決心を今一度胸にいだいて、剣の先を正面に構えるいつもの体制を取る。
先程打ち合った感じから、初撃を止めるとどうしても双方決めあぐねて泥仕合になってしまう。
私にはこの兎ほどの初速を出すことはできないため、全力で迎撃することにした。
対する兎も地面に手を付き、先程よりさらに姿勢を低くして攻撃の予備動作に入っている。
姑息な手段を弄して戦いはしても最後には単純な速さ比べになってしまった。
にらみ合って数秒。心のなかでのカウントダウンが始まった。
それは自然と口から出ており、双方の合図となる。
「3...2...1...!」
地面を抉るように飛び出した兎に対して剣をそのまま振り下ろした。




