平原の戦い
正門の兵士と会話をしていた少女に名前を尋ねると、マヤという名を教えてくれた。
「それで、マヤさんはどうしてここへ?」
「ちょうど外のことを知ってしまいまして。避難が必要かどうか聞きに来ました。」
「え?避難指示出していないんですか?」
「クラウディア様、我々の仕事は外の獣を撃退して街に入れさせないことです。それにあなたがた遊撃部隊も居る。住民たちに無駄な心配をさせないほうがよろしいでしょう?」
「あなたは前線へ?」
「いえ、この正門の関門を仰せつかっております」
「あなたは私達前線の兵士がやられたとして、ここを獣の群れから守れるんですか?」
ここまで言って兵士が言葉に詰まった。
上からの命令でやっているのであろうが、あまりにも正論に食い下がってくるのでムキになってしまった。
それを理解しているから相手も困っているのだろう。
嫌な顔をされているのは承知だが、人命がかかっているのだ。引き下がろうとは思わない。
「私達がやられたら街には獣の群れが来ます。どう考えるかなどは個人の自由ですが少しでも生存確率を上げるべきではないでしょうか」
「そう思います...」
私の問に答えた兵士の顔は酷く引きつったものだった。
上からの命令で考えずに仕事をしていて、当事者意識を全く感じない態度に思うことはあるが、今ここで彼女を責めても何も変わらない。
隊長からは街を守れと言われているし。ここは好きに動くとしよう。
「マヤさん、報告ありがとうございました。それぞれの区域で避難に移れるように上に掛け合ってみます。本当はあなたが安全な場所に行けるまで同行してあげたかったのですが、外の獣を倒しに行かなければなりません。」
「はい、大丈夫です。取り合っていただいてありがとうございました。それと、」
ここまで言って少女はかがむようジェスチャーをすると耳打ちをしてきた。
「後ろの人すごい顔してましたけど、後で大丈夫ですか?」
「ん?ええ、大丈夫ですよ。別部隊の外野が何を言っても私の仕事には関係ないので。それに私は最近この部隊に飛ばされて来たので嫌われ者になるのは慣れっこなのですよ。」
そう言った私に少女は少しだけ疑問を顔に浮かべたが、何も言わなかった。
きっと私が生きづらい生き方をしていると思ったのだろう、それでも私自身最近は誰かの影響で自分に正直に生きるのも悪くないと思えてきた。
「あなたに似ている友達のことを思い出しました。」
「そうですか、私もある一人の友人によってこう考えるようになったんですよ。レナという兵士なんですが、彼女はどこで何をしているのか」
「え?レナお姉ちゃん?」
ともかく話が終わって解散の流れになるかと思ったら、少女が思ってもみない人物の名を呟いた。
「ちょっと待って!彼女のことを知っているのですか!?」
「はい。あれ?言っちゃだめなんだっけ?」
少女がここに来て口ごもり始めた。レナによって口外無用と言われているのだろうか、でも年相応の口の軽さで良かった。
「じゃあ今どこにいるかはわかります?」
「今はパパと一緒にニグル山で採掘をしています。」
ニグル山?採掘?話が全く見えないが、とりあえず場所はわかった。これ以上無駄話をするわけにも行かないし今度こそ解散しよう。
「ありがとうございました。後日また話を聞かせてくださいね。それではお気をつけて」
「はい。あっ、お名前を聞いても」
そうか、兵士が私のことを呼んでいたけど、自分から名乗ってなかった。
「不躾ですみません。聞いておいてまだこちらが名乗っていませんでしたね。私はクラウディアと申します。」
「クラウディアさん。ありがとうございました。ご武運を。」
そう言って少女はペコリと頭を下げて町の中央に向かって走っていった。
急いで走る少女と、普段通り流れる街の喧騒に少しだけギャップを感じつつ、これからやるべきことをもう一度思案し直す。
避難どころか状況すら伝えられていないとは、女王様が居ないとはいえ隊長たちが何を考えているのかいよいよわからなくなってきてしまった。
とりあえずチカゲ隊長に連絡だけ入れて私も戦いに参加しないと。
今さっきここまで来たばかりでめんどくさいのだが、もう一度戻らなければ行けないのかとため息をついていたら、伝令が駆け込んできた。
話を聞く分には、状況は把握しているが、判断はまだ下りていないらしい。
チカゲ隊長曰く他の隊長が女王の件が解決するまで情報の漏洩を極力避けたいようで避難指示を出すかどうかで揉めているらしい。
現場の状況がまったく伝わっていない現状に悪態をつきたくなるが、避難指示を出すように指示してくれと伝令に伝えた。
早くても情報が返ってくるのに2時間近くはかかってしまうだろう。その前に獣たちが来てしまう。
さっきの少女に着いていけばよかったと改めて思ってしまうが、探している時間もないし、あとは私達が食い止めるしか助ける方法は無いと自分で発破をかける。
先程ざわついていた正門の関所も人がほとんどいなくなっている。
きっと外で迎撃の準備を始めたんだろうと思うが、嵐の前の静けさとも言うべきか、なんとも言えない不気味さを感じる。
私も関所で避難指示をするように自己判断で念を押してから、軽く挨拶をすると正門をそのまま通過して外に出た。
――――――
私自身女王様の護衛という職務上あまり外での戦闘はしてこなかったが、久しぶりに見た外界での戦場は、なんというか、お粗末なものだった。
ここから歩いて20分ほどの距離だろうか。
既に戦いは始まっているようで、数多くのワーカーや獣たちの戦塵によって見渡しとしてはあまり良くない。
トルマの正門からもこの景色は見えたが、実際に目の当たりにするとこうして戦いの場に来てしまったと実感してしまう。
門外の兵士によれば、戦況は悪くないらしい。
分断も機能していて、消耗戦に持ち込めば勝てる。
――少なくとも、表向きは。
同時にふと疑問に思う。
なぜこの数で種類の違う獣が統率を持って攻めてきているのかが未だにわからない。
一方こちらは、遊撃部隊が出ていて戦況が悪くないとなれば隊長たちのような戦力も出てこないだろう。
つまりはこの群れの統率者が圧倒的な力を持っていた時点で戦況は一変してしまう。
後ろに何が控えているかわからないから兵士たちも勝負を焦りすぎているかもしれない。
ここで女王様がいればもっと統率を持てたはずなのだが、どうしても統率者を欠いた脆弱さが露呈してしまっている。
さて、とりあえず現地に到着した。戦いが始まってしまった以上戦略を練るとか情報を伝える前に敵を切ったほうが早いのではと思ってしまう。
幸い草原での白兵戦。思ったよりも遥かに見晴らしが良い。
遠巻きに敵の観察を行ったところ、幸い私にとって脅威と言える獣は居なかった。
剣を抜くと、敵陣を前線から縫うように後方へ向かって進んでいく。
致命打にならなくてもいい。獣達に自分の居場所を知らせて散らすように削っていく。
「中央に弱い獣ばかり集まってる?」
最前線の兵士達が進軍しやすいように進路に居る厄介そうな獣を削ぐように行動することにしたところで気づいたことがある。
獣たちの中で先行してくる獣たちは一般兵たちでも苦戦しないような種類が集まっていて、このまま進めば容易に突破できてしまうだろう。
私たちが陽動に乗せられていたのか?
このまま行けば敵は、突破した兵士を囲んで撃破することも容易だし、兵士を無視してトルマに直行することも可能になる。
誘い込まれいることに気づかずに猛進する兵士たちより、文字通り肉を切らせてじわじわとこちらを削りに来ようとしている彼らのほうがよっぽど優秀という事実に頭が痛くなった。
幸いまだ戦いは始まったばかりでこちらの隊列はほとんど横並びになっているため、すぐに戦況が変化することはなさそう。
遊撃部隊の朝礼で見た顔も居たので、前線は任せても問題はないだろう。
とりあえず私の予定は変更。
このまま私が後退を伝えたところでこの伝達速度じゃ話が伝わるかも微妙だし、混乱を招かないように別で行動をしつつ、囲まれたとしても抜け出せるように退路だけは確保することにした。
100m程度横並びになっている群れの外側に移動して、こちらの存在に気づかせるようひときわ大きな獣に向かって剣を向けると攻撃術を放った。
「アイオライト」
私の能力を使った攻撃。
攻撃を受けた大型の獅子のような獣は腹部から血を流して断末魔を上げながら絶命した。
「よし」
よかった。
これが効かない人がこの前居たものだから少し打つときに不安を感じたのだ。
これによって私の存在に気がついた獣たちがこちらへ向かってきた。
私は距離を取るようにして同様の攻撃を何度か行い、かなり多くの獣たちの陽動に成功した。
惹きつけても囲ませないように、少し遠くまで誘い出してから各個撃破をすることが理想。
近づいてきた獣に直剣を振り下ろす。この数の獣だから消耗戦には持ち込みたくないので確実に一発一発を本気で打ち込んで処理をしていく。
...
......
そして数十分後。陽動と攻撃を続けるうちに、兵士達も退路を確保して隊列を組み直す事ができた。
本来の目的を達成した私は外周に沿って敵を攻撃していき、ついにその終端に到達した。
苦戦もなくここまで来て、疲れもあまり感じていない。
何なら、もともと単独行動のほうが向いていたなんて思い始めるほどの油断をしていた。
――シュッ
風切り音がした。
獣たちの喧騒の中にあってもこの音は聞き逃さなかった。
途端、大型の獣の群れの中に人影のようなものが見えたと思ったら、左腕に強い衝撃を感じた。
そのまま衝撃を逃がすことができずに、十数メートル飛ばされたあと受け身を取った。
「っつ――...?」
受け身を取ったとはいえ、敵の攻撃を直で貰ってしまった。
フラフラと立ち上がる感じになってしまったが、そのタイミングでダメージを確認をしたところ、おそらく折れてはいないと思うがすぐには治らないという感じだった。
だらんと垂れ下がった左腕に力を入れようと思っても鈍器で殴られたような激痛が走りうまく上がらない。傷こそ無いとは思うが、左腕と同時に蹴り上げられた左腹部にも少し痛みが残っている。
――完全に油断していた。
チカチカする視界を無理やり正面に戻して攻撃をした主を確認すると、二足歩行でスラリと伸びた腕、異様に発達した脚部を持つ兎に似た人形の獣がいた。
そのなんとも言えない異形な体躯は大きめの子供。直立する姿が武人を思わせるような佇まい。
見た目とその所作のギャップに不思議と乾いた笑いが溢れた。
「...油断しました。あなたほどの強さを持つ者がいるとは。今まで獣を相手にする訓練なんてあまりやってこなかったものですから、なれない体格の相手に緊張して挑んでいたつもりだったのですが、慣れた人形に不覚を取るとはとんだ皮肉ですね。あなたがこの群れの長でしょうか?」
獣に言葉が通じるかわからないがなんとなく声をかけてみた。しかし当然のように兎は無反応。
ジリジリと距離を詰めてくるが、それに連なって他の獣も着いてくる。
さっきまで私が好き勝手蹴散らしていたから、警戒されて不用意に手を出されなくなっていたのだが、私が怪我をしたのを見て再び攻撃を仕掛けることにしたのだろう。
数はいないのだが、私が最初に仕留めた獅子の獣と同程度の敵が8体やってくる。
前方を進む兎に従うように着いてくる捕食者。相変わらずチグハグな構図に引きつった笑みが浮かんだ。
...とりあえずなんとかしなければ。
まだ体は全然元気。
唯一無事でないのは垂れ下がったこの左腕。今から回復する時間はくれないだろうから、さっき倒した虫型の獣の足をもぎ取って適当に固定する。
兎に気を向けつつ敵全体を見据えるようにして正面に直剣を構えると敵の出方を見ることにした。
まずは兎の攻撃を見極めること。不意打ちでも致命傷を負っていないことから、おそらく油断しなければやられることはない。
混戦を避けるためにどうにかして邪魔な敵を削りたい。
芸が無いが相変わらずの牽制攻撃から仕掛けていこう。
「アイオライト」




