危機感
バタン!
「ハァ、ハァ、ハァ」
「マヤ?どうしたの血相変えて」
帰宅早々、肩で息をする私にママがタオルを持って近づいてくる。
状況が状況なだけに今すぐに避難を始めたいのだが、このことを知らないママになんて説明をしようか。
落ち着いたママの雰囲気に飲まれてさっき見たものが嘘のように思えてくるけど、こんな思い違いは絶対にないのでしっかりと息を整えてママに向き合う。
「ママ、逃げないと」
「どういうこと?」
「いいから早く逃げないと!!」
ママを囃すようにして手を引っ張るが、動こうとしない。
それでもこちらの意図は伝わったようで、真剣な表情になると、逆にこちらが引き寄せられ胸に抱かれた。
その暖かさに、いい意味で気が緩んで、私は落ち着くまで胸の中で黙っていた。
ママの胸に抱かれて、私に押し当てられたお腹を見て、冷静になった。
そうだ、ちゃんとしたお姉ちゃんになるんだ。
腕から抜け出してもう一度息を整えるとママの方を見た。今度は落ち着いて話ができる。
「トルマに向かってたくさん獣が来てる」
一瞬驚いた表情を見せたママだけど、すぐに冷静な表情に戻った。
「本当に?」
「うん。ちょうど見たんだ」
どこでとか、どのようにとは言わない。うまく伝えられる気がしなかったから。
ただ私は冷静にあったことを伝える。
「この街に攻めて来るなら、逃げ場はないわね。兵士たちは動いてるのかしら」
「確かに...私がここに来るまで、街はいつも通りだったよ。もしかして、まだ兵士たちは知らないのかなって」
「最近街でも小さな問題が起きているみたいだし、見つけられていても兵士の情報伝達に不備が起きているのかもしれないわね。」
ママは納得したように頷くと外出の準備をし始めた。疑うことなく話を聞いてくれて本当に良かった。
それでも準備を進める彼女を一旦止めた。
「私が兵士に状況を聞いて報告してくるよ」
「...大丈夫?」
「うん。動くにしてもどう動くのか聞かないと。一人のほうが動き回れるからまた呼びに来るよ」
「そう、じゃあお願いするわね」
最後にママに軽めに抱きついてから後ろ髪を引かれるような思いで家をあとにした。
あの距離と速度ならあと何時間もせずに街に到達してしまうだろう。やれることからやらないと。
まずは兵士を探すところから。ママが言っていて気づいたけど確かに街を歩いている兵士が居ない。
居ない人たちをどう探すべきか、一瞬迷った。
けれど考えている時間はない。
確実にいる場所はどこだろう。
兵舎はここからじゃ遠いし、街の他の箇所もここと同様に居る可能性が低いように感じる。
それじゃあどこを目指そうかな。と考えたときに一番状況把握ができて確実に兵士がいる場所を思い付いた。
「正門へ行こう」
あそこなら確実に兵士が居るし城壁の外まで見渡すことができる。
目的地を決めたらさっきと同じように走り出す。
今日はこんな時間だからか、いつも通る時間より人通りが多い。
急いでるからそう感じているだけかも知れないが。
人をかき分けながら移動するのは大変だけど、小さい子供の体を使って最大限の動きで人を躱す。
通行人たちの中には知った顔もあるわけだし、この場で大声を出して避難してと言いたくなるが、おそらく誰も信じてくれないだろうし混乱を招くだけになってしまいそう。
そういった邪念を払い除けて城壁正門が見えるところまでやっと着いた。
城壁の前では普段通り兵士が居て、それでもなんだか慌ただしく動いているのがわかった。
まずは、おそらく状況が伝わっていることに胸をなでおろして、兵士に近づいていく。
「あの、すみません」
「お嬢ちゃん、今忙しいんだ。あとにしてくれないか?」
少し怖気づいて控えめに話しかけてしまったからか、急用だと思ってくれなかったのだろう、軽くあしらわれてしまう。
それでも尻込みしている訳にはいかない。もう一度はっきりと要件を言わないと。
「すみません!」
「今忙しいっていっ...」
「外の獣の群れの件ですよね!?」
一瞬本気で兵士の怒りを買いかけたが、こちらの話を聞いてくれる気になったようで、こちらに近づいてきた。
「どこでそのことを知ったんだい?」
「...ちょうど見かけました」
「だから、どこで?」
どう答えればいいんだろう。あそこのことを答えてしまっていいんだろうか。
話はわかっているようだし、要件だけ伝えてみよう。
「ごめんなさい。急いでて。私達はどこかに避難したら良いのでしょうか」
「...心配はいらない。外の状況は把握しているし、こちらで対処できる。市街に影響が出るようなことはないから、普段通りでいてくれ」
あからさまに話題をそらしたことに兵士は酷い表情を見せたが、そのまま答えてくれた。
また後で事情聴取をされるかもしれないけれど、とりあえず今は心配しなくても大丈夫ということだろうか。
それに城門を頻繁に出入りしている兵士たちの中も服装にレナお姉ちゃんが着ていた服と同じ服を着ている人も何人か居るので、本当に大丈夫なのだろう。
私が話に半ば強制的に満足して立ち去ろうとしたとき、後ろから話しかけられた。
「何かあったのですか?それにこのお嬢さんは?」
後ろから話しかけてきたのはレナお姉ちゃんと同じような体格をした青い髪の兵士だった。整った顔に、青色の瞳や長髪に目を奪われて...私にはきれいな人、という感想くらいしか残らなかった。
正門の兵士が一瞬あからさまに面倒そうな表情をしたのが目についたが、そのまま口を開いた。
「どうも、お疲れ様です。クラウディア様」




