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心配事

「谷の向こう側か」


ビョルンさんが確かめるようにつぶやく。

ニグル山から逃げて一時間弱。ちょうど泉があったので馬を休ませながらみんなで話していた。


現在、さっきまであれ程のことがあったのが嘘のように燦々と空は晴れているし、ニグル山の方も薄っすらと霞がかかっているようにしか見えない。まぁその霞が緑なのだが。


「死ぬかと思いました」

「本当はもう死んどるかもしれんぞ?」

「や、やめてくださいよ」

「ガハハ。生きててよかったなマルクス」


大声で笑いながらマルクスくんの背中をバンバンと叩くボックさんの大物感が相変わらずすごいが、状況に進展はない。

別に今は追い詰められているわけでもないので、正直何をすべきかわからないのだが、とりあえずはボックさんの言ったとおりみんな無事で良かった。


あそこまで危険が迫ったのだ。私自身気疲れのほうがすごい。みんなもしっかり休むべきだろう。


「ニグル山の渓谷から奥に行くと黒の国の領土から出るな」


ビョルンさんがまた口を開いた。これは私も一番気にしていることだ。

あちら側で何かあってこのようなことになったんだろうか?確かあっち側は、、、なんだっけ。自分の国しか分からないや。


「あっちの国は...何でしたっけ」

「赤の国だ」


おお、さすがクルスさん。あまり関係のない国でもしっかりと理解しているようだ。


「赤の国にはあんな天気があるんですか?」

「いや、聞いたことがないな。赤の国は黒の国と同じような気候をしているらしい。あんな天気は見たことがないだろう?」

「確かに、じゃああっち側で何かあったっていうことなんでしょうね」


こちら側の住人が憶測で何を言ってもしょうがない。わからないものはわからないのだ。

天気なんて天変地異に対して誰が悪いなんて決められるもんじゃないし。


...ただし、人為的なものであれば人を危険に晒したと、分からせる必要があるな。


「さて、これからの動きなんだが」


ビョルンさんがみんなの点呼の意味を込めて話に区切りをつける。ボックさんにうざ絡みされていたマルクスくんが向き直ったあたりでビョルンさんが話を進める。


「まだ日が暮れるまでには時間がある。今日は馬には悪いが、さっきの霧が赤の国のものならば早く街に戻って報告をしなければまずいと思うんだ。帰路はなるべく急ぐようにするが、基本は来た時と同じ動きをさせてもらう」

「今日のことを報告したら僕らどうなるんでしょうか」

「それは...わからん」


マルクスくんの疑問。確かに未知の事象に遭遇した一般人は間違いなく重要参考人になるだろうね。


「私が報告しにいきますよ。うまく話しておくのでご心配なさらずに」

「ありがとう」

「本当に大丈夫かぁ?」

「ぷっ。この酔っぱらいがぁ」

「うぎゃぁ」


ボックさんなりにこのピリ付いた空気を和やかにしてくれようとしているのだろう。軽口を叩くボックさんにヘッドロックをかましてじゃれあう。伸びたあごひげがチクチクする。


彼らと数日間居てなんとなく適切な距離感がわかった。なんだか久しぶりだなこの感じ。

こうやって人にヘッドロックを噛ますのもフレア以来。あのめちゃくちゃさが懐かしいよ。どこにでも現れたから今もすぐそこに居るような気がするんだよな。


「ん?」

「どうした嬢ちゃん」


揶揄とかじゃなくて今視界の隅にピンク色の髪が映った気がした。

ボックさんを開放すると、キョロキョロとあたりを見渡し、視界に人影が映らないことを確認する。気配は全くと言って良いほど感じず、あたりは依然静寂に包まれている。

いや、そもそもこんなところに用なんてないよな。変人を想像するあまり幻覚を見るなんてとんだ不覚。


「あ、いや、気のせいでした」

「おう、そうか」

「さて、じゃあ動きましょうか」


私が先に言ってしまったが、今日もまだ移動をするのであれば早いに越したことはないだろう。

クルスさんが馬の状態を確認をすると荷馬車に連れて行って馬具を取り付けている。

他も同様に準備を進めると、さっさと馬を歩かせていく。


赤の国のこともあるが、今回の遠征では違和感を多々感じた。

この違和感が悪いものでないように私は祈ることしかできない。


「早くアルマさんのごはんが食べたいな」


単独で急ぐことができない現状、私は街に対しての心配と若干のホームシックを感じながら硬い荷物が積まれている荷馬車の上で目を閉じた。


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