本日も問題なし
「今日採掘したら明日街に戻る」
3日目の朝食をとっていたら、ビョルンさんが口を開いた。
作業の進捗はなんとなく聞いていたが、予定通り3日で帰れるようで良かった。
昨日の夕方にはできれば採集したいと言っていたものも採集できたようだ。なにか見たことのないような木?を採集していた。
――彼らに初日の探索のことは言わなかった。
私含め蚊帳の外にあるみんなの不安を余計に煽っても仕方ないと思ったからだ。
きっと彼らは私が今回の件を言ったら作業を切り上げて帰ることを選んだだろう。
私自身この場所には危険を感じていないのは事実なので、不確定な感想で仕事の邪魔になることを報告するのは申し訳ないと思ってしまった。
その代わりにいつもより数段気を張り詰めていたので、結構疲れた。
ただ気になる点がひとつ、
秋真っ盛りで紅葉もし始めたこの山で、獣が多数と聞いていたが、結局手応えのある獣は出てこなかった。これは少し気になる。
「早かったですね」
寂しいものがある。気のいい人たちとの遠征はなんだかんだ楽しかった。
獲物を持ち帰ってみんなで騒ぎながら食べたり、彼らの馬鹿らしいやり取りを見ていると少なからず安心感を感じた。
彼らもそれは同様のようで、疲労が浮かぶ顔にはチラホラと他の表情も入っている。
私も護衛した甲斐があったと思ってよいだろう。
彼らは先に荷物をまとめると、いつものように採掘場へ向かっていった。
採掘に向かう彼らの背を見届けると、私も小屋の方へと足を向ける。
1日目とは違い不穏さを感じなかった2日目、早々に掃除をしてそれからは殆この場所で時間を過ごした。
小屋の中にいても何もないから、適当にあった岩に座りながら森を見渡すように監視をする。
こうして何事もなく時間が経過した。
そんなことを考えつつ小屋に到着した。
今日は作業を終わらせるって言ってたっけな。その時は手伝いに降りていこう。
とりあえず周囲の警戒をする。
うん。生物の気配は感じられない。問題はなし、と。
「またしばらく人が来なくなるから、整理だけはしようかな」
――ギィィ
なにもないとわかってはいるが、一応小屋の様子を確認しようとドアを開ける。
相変わらずボロっちいな。小屋の中にドアが軋む音がいっとう強くこだました気がする。
「?」
なにか違和感を感じる。
違和感と言っても些細ななにかだろう。
でも、昨日までとは確かになにか違う。
―――ギィィ
閉まり切っていなかったのだろうか。渓谷からの風を受けドアがもう一度大きな音を立てて開いた。
外から吹き込む風は冬間近の秋にしては生暖かく、淀んで、ベタつくような風だった。
「気持ち悪い」
なにかの違和感と吹き込んでくる絶妙な温度の風になんとも言えない不気味さを覚える。
外ではさほど強くもないが吹き付ける風によってドアがバンバンと壁に打ち付けられている。ただでさえこの違和感に困っているのにこの騒音で気がおかしくなってしまいそうだ。
私はドアを閉めようと外に向かうが、違和感の正体に早くもたどり着いた。
――ギィィ
――――ギィィ
ドアの軋みが異様に大きいということに気がついた。
いくら劣化していたと言っても、中に入り始めて一日二日でここまで軋みが大きくなるということはまず考えられない。
ドアを開けたままにしてその様子をまじまじと確認する。本当にただの劣化という線を押したかったのだが、そうもいかなかったようだ。
「錆?」
ヒンジが酷く腐食している。普段確認することもない箇所だが、明らかにおかしなことになっているのがわかる。
鉄製だと思うが、錆びているのか、何かが付着しているのか、見て触っただけではよくわからないが、とにかくぼろぼろになっている。
様子を確認しているさなか、風に煽られるドアの重みに耐えきれず上部ヒンジが一つ変形してドアの役割を果たさなくなった。それにつられて下のヒンジも重みに耐えられずばらばらになってしまいドアはただの板になった。
初日に感じたものに拍車をかけたような、強烈な悪寒が背筋に走った。
...おかしい。
そう思ってまわりを見渡すと、恐ろしい光景が目に映った。いや、見てしまった。
――霧に煙る渓谷の向こう側、先に何があるかは見えない。それでも確かに視認できる。
渓谷の向こう側は雲と霧しか見えない。でも、その霧が不思議な色をしていたのだ。
「なんなのあれ?」
それはもうかなり目を疑った。
自然にはありえないほど緑の蛍光色はむかし何処かで見た宝石を思い出させるような色をしていた。
――風が吹いた。
ここ数日吹き込んでいた風の冷たさも忘れるような暖かくベタついた風が吹いている。そして、風上から煽られた、あのいかにもな緑の奔流が押し寄せているのが文字通り目に見えてよく分かった。
"ダンッ"
考えを巡らせる前に、足に力を込め一目散に下山する。
小屋はもうだめだろう。幸い何も置いたわけでもないし、早々に放棄して困ることはない。
ここまで目立つ移動をしているのに唯一つも森の生物たちは反応を示さない。
きっとここ一帯に生き物が少なかったのはあの霧が関係しているのだろう。とにかく悠長に考えている暇なんてない。
相手は風の力で迫ってくるのだ。とにかく逃げないと。
洞窟についた。血相を変えて飛び込んできた私にみんなは困惑の視線を向けてくる。
「今すぐに逃げましょう。説明は後でします」
「それってどうい...」
「早くっ!!」
私の声に状況を理解したのだろう。今日の作業分を放り出して彼らは外に出た。
今日出発できるように朝のうちに荷造りをしていたことは僥倖だったろう。馬に鞭を打つと早々に走り去った。
山に沿って作られたこの道は風下に向かっている。きっと後10分足らずでここらもあの霧に覆われるだろう。
あーもう!!
この速度で逃げていたら到底間に合わない。
馬は荷物を積んだ上で全力を出している。メジャーワーカー基準で考えたら遅くても、おそらく常人のスピードよりは遥かに速度が出ているはず。
荷車を外しても乗れる人数は限られるし、馬でも風の速度で迫るあれから逃げられる気はしない。
私は先回りすると先頭の馬を操作するボックさんにわかるよう指示を出す。
「大丈夫なのか??嬢ちゃん」
「気にする時間なんてないんです!」
ボックさんは進路を変更すると右側。木が生い茂る獣道一直線に馬を向かわせた。
私はグレイブを抜刀すると馬の進行方向に合わせ障害になる木を伐採する。
力任せに振るが、荷馬車が引っかからないように地面スレスレを確実に伐採していく。恐ろしく神経をすり減らす作業だ。
斬った木が障害にならないように外側に避けるようにしていき、切り開いた道を荷馬車がガタゴトと走る。
「うわっ!なんですかあれ!?」
後方の荷馬車、クルスさんの操作する荷馬車に乗っているマルクスくんが、大きな声を上げた。
もうそこまで霧が迫っているということだろう。後ろを向く余裕はないが、ビョルンさんの声も同様に聞こえたので、おそらく相当近くに見えたんだろう。
さっきの道では絶対に間に合わなかった。それでも―――
「抜けたか!」
ボックさんが声を張り上げた。
木を切り倒した先には来るときにも通った街道沿いの道が続いている。あの霧は私達が帰る反対側を霧散しながら通過していった。
振り返ると森全体が緑の霧に覆われているのがよく分かる。本当に間一髪だったということだ。
「ああ...疲れたぁ...!」
流石に木を切りながら山を駆け下りるのは疲れます。
武器でここまで大掛かり伐採をしたのも始めてだし。
「何だったんだ?あれは...いや、嬢ちゃんありがとう。本当に助かった。一応もう少し離れてから話を聞かせてもらえるかな?」
「はい。私もほとんどわかりませんが」
そこから1時間と少し歩いたところで馬に限界が来たようなので、休憩をとることになった。




