ニグル山採掘
出発してから二日目の夜に差し掛かろうかという頃。
ついにニグル山の麓にたどり着いた。
適宜休憩は取っていたが、座りっぱなしだった体を伸ばすとやはり気持ちいい。
ボックさんもあっちの方で大声を上げて、到着を喜んでいるし。
さて、時間が時間なのだが、そのまま明日には採集で使えるよう拠点を探そうという話になった。
今日中に設営まで行うならば、そう悠長にはしていられない...とも思われたのだが、すぐ近くでいい感じに開けていて各方向へ通行しやすそうな場所を見つけた。
おそらく普段、遠征に来た補給部隊が野営を張る位置なんだろうなと思いながらそこにテントを張ると、今日はさっさと床につく。
今日は出発してから二日目。
彼らはやけに元気だった。特にマルクスくん。昨日ほど敵が出なかったことも踏まえて一日目以上のペースで足が進んだし、油断からかやけにみんなテンションが高かった。
私はというと、この山に近づいてからやたらと生物の気配が多く、少し警戒のレベルを上げている。クルスさんも同じようで、彼の負担を軽減するためにも環境になれるよう早めの休憩を提案したのもある。
――元々徒歩で2日以上の場所だが、馬を使ったおかげで予定より早く着いたのだ。明日に備えてよく休むことは必要だろう。
早朝、仮眠から覚めた私が周囲の探索を進めている頃に、みんなが目覚め始めた。
彼らの生活習慣には文句の付け所がまったくない。夜中に飲んでいようがいつも規則正しい時間で仕事をするものだから、逆にフレアのようなメチャクチャな人が居なくて寂しいとまで思うくらいだ。
そんなこんなで準備を整え採集の予定を再確認する。
「俺たちはこの近くにあると思われる採掘場で採掘を行う」
「あっちにありましたよ」
私は朝軽く周囲の探索を行い、目的の洞窟を見つけておいたので、そちらを指差す。
「ありがとう。じゃあ済まないが見張りをお願いする」
私の仕事は彼らとは違う。採掘の時間に護衛をするのが目的なので、ここら一体の安全確保は最優先事項である。
手短に朝礼が終わり、皆が道具一式を手に洞窟を目指す。普段陽気なボックさんや、出発前に怯えていたマルクスくんでさえ仕事が始まるとなったらちゃんと仕事人の顔になった。
本当は洞窟に荷馬車を連れて行ってその中で野営を貼りたいのだが、ここは見たところあまり立地がよろしくない。
切り開けてはいるが斜面になっており馬車が行けるようなところではないし横穴という構造上怪物たちに囲まれたら逃げ場を確保できずに、なすすべなく殺されてしまう。
そんなわけでこの場所にはテントを張らず、昨日の野営場所にテントと馬を置いて、そちらも私の護衛対象とした。
――そしてもう一つ心配事がある。
と、考えて歩いていたら、洞窟にたどり着いた。
もう一つの心配事とは、私が外を固めるとしても洞窟の中の状況がわからないということだ。
普段は兵士の出入りで洞窟の中の安全は保証されているのだが、前回の補給日が2ヶ月ほど前だったという話を聞いて、少なくともそれ以上の期間は手つかずになっていたということがわかる。
あまり強い生物はいないとわかっていても、先に内部の探索はしておくべきだろうと思った。
そんなことをさっきみんなに話したので、最初に洞窟に入るときは私が同行することになっている。
外で異変があったらすぐに教えてもらえるように、クルスさんとボックさんに見張りをしてもらってそそくさと中に入った。
おお、思ったより中はきれいなんだな。
見渡した洞窟内部は整備されており、かけられているカンテラに火を灯せばすぐに採掘を始められそうだ。
もっと深いところに行かないと掘れないものかと思ったのだが、作業場自体が洞窟から入ってすぐのところにあるし、深くまで続いていないことがわかった。
なんの鉱石を掘るのかは知らないが、そこまで広くないならば洞窟の中はそこまで危険ではないとわかった。
正直もっと深いとこまで探索するつもりだったので、とんだ肩透かしを食らった気分だ。まぁ、取り越し苦労であってほしいな。
カンテラに火が灯ったことを確認したら二人にそのまま残るよう言って外に向かう。この洞窟に気配を感じないなら中に居てもらったほうがずっと安全だ。
外で見張りをしている二人に報告をして、全員で道具を運び込んだことを確認すると中へ入っていく彼らを見送った。
「――さて。」
外は私一人きりになった。
一応周囲の警戒をするが、幸い近辺に危険な気配は感じない。
兵士が近辺に縄張りを誇示するために使うマーキング剤(ちょっと臭い)を入口付近の木に塗布しておく。
普段単独で動いている私はあまり使わないマーキング剤だが、生物が近づかない臭いというより、兵士が近くにいることを知らせる臭いとのこと。
この効果については、まぁ、私達より強い自信しかない生物が来ないことを祈るしか無いかな。
そんなわけで警戒はしても正直暇とわかっている護衛をずっとやっているつもりはない。かといって中の鉱石採集に興味があるわけでもないのでこの森を探索してみようと思う。
それでも一応、洞窟の中に再度足を踏み入れてると、みんなもう作業を始めていた。私は壁を掘ることなんてわからないので口出ししないが、どのようにして掘る場所を決めているんだろうと少しだけ疑問になった。
奥にいるビョルンさんのところに行って聞いてみた。
「ほら、ここを掘るようにアタリがつけてあるだろう?」
「確かに」
採掘場所には確かにひと目見て違うように色が塗ってあった。
鉱石があるということもあるのだが、無闇に採掘を行うと崩落の危険も伴うとのことで、計算されて印をつけているのだろう。
ビョルンさんが大きな動きでそこを掘り出すと、黒っぽいけど少し緑色の鉱石が露出している。きっとこれが今回の目的。
あとは幸運を祈ろう。
「周辺の安全の確保ができましたので、少し探索をしてきます。何かあればわかると思いますが、大声を出してもらえればすぐに来ますので、よろしくお願いします。」
「わかった。嬢ちゃんを信じてるぜ」
仕事の邪魔をするのも良くないので、返答を聞いたら会釈してさっさと洞窟から出る。
さて、森自体は多分半日も走れば一巡できそうだが、問題があった時にすぐに駆けつけられるようにそこまで遠くには行かないようにしよう。
といってもこの森自体はニグル山に対してあまり広くない。
ニグル山の半分以上は視界を遮るものがない岩山になっており、高所に行けば容易に探索は終わる。
草原の方からは確認しにくいが、岩場から奥の方に渓谷が続いている。
今回はそこまで見に行くことはないのだが、天気が悪くなりそうだから上まで行ったらそちらの様子も確認しようと思う。
「...?」
なんだろう、山の上に行こうとしたところ、視界に人影が映った気がした。
こんなところまで誰が来るんだろうか、みんなは洞窟で採掘しているし、それ以外の誰かが居たんだろうか?
もう一度目を凝らしたが、何も見えない。
見間違いだと言い切るには、妙に輪郭がはっきりしていた気もするのだけれど...
そちらの探索を始めて護衛に身が入らないのも良くないから上まで行って問題がなかったら見間違いということにしておこう。
まぁ、今回は兵士が居ないからここまで物資を仕入れに来たんだし、人が居たら気配で気づきそうなものだ。きっと気の所為だよね。
数分で山の頂上に着いた。
低い岩山だからか登りきったところで特に思うことはないね。
何ならさっきまでいた森の中のほうが空気が澄んでいた気がする。
頂上にはなにもないと思ったが、普段補給に来る兵士が拠点用に小屋を残して居るのが分かったので途中からそちらを目指して登ってきた。
「こんにちは~、、、」
誰もいないことはわかっているが、一応確認を入れながらゆっくりと小屋に立ち入る。
開けた瞬間に俟ってきたホコリに少しむせながら中に行く。立ち上がったホコリやカビの臭いに長らく使われていないことを理解すると、窓を開けてまずは換気。
中も完全にただの小屋だった。中には道具一つとしてないし、生活感も何もあるもんじゃなかった。
本当は人がいなかった時点で手入れしようかどうしようか悩んだのだが、換気した時点で多少は掃除をしようとも考えていたため、そのまま軽く掃除をすることに決めた。
...おっと、先に本来の目標をなんとかしておかないと。
部屋の空気を入れ替えて多少埃っぽさが消えたのを確認すると、部屋から出てそのまま屋根に飛び乗った。
さっき登ってきたときから思っていたけど、この山は思っていたよりも気候変動が激しいようだ。
渓谷を超えた先に何があるのかは分からないが、渓谷から吹き込むように風が吹いている。
天気が怪しくなりそうとはわかっていたが、渓谷の方からの湿った風を感じるからやはり近いうちに雨にはなるだろうと予想を立てる。
雨がふっても洞窟にいる彼らには問題はないだろう。外にいたら濡れるし汚れるから、地面がぬかるんでくる前に私も今日は戻るようにしようかな。
濡れにくいようにはしてあるがマーキングが流れてしまったら問題なので、一通り周囲を確認しつつ帰るようにしよう。
「...?」
なにか背筋に感じるものがあり、再度渓谷の方を確認するが、やはり霧が濃くてわからない。
森の方には危険を感じない。
街道沿いに奥を眺めると、こちらにも何もない、遠くに山々が見える程度だ。
たいして気にすることはなにもない...はず。
「天気が悪くなる前に戻ろう」
妙な事に時間を使いすぎるわけにもいかない。
小屋に入って一応戸締まりを確認すると外に出た。
ここにはまた来よう。森で気を張るよりは見晴らしの良いここで全体を見ていたほうが楽そうだし。本心は1人でくつろぎたかったっていうのもある。
仕事上、普段男性の集団と行動することなんて無いから、気にしないようにしてても多少は気疲れしていることに気づいた。
そんな事を考えていると渓谷の方からもう一度風が吹いてきた。
今度の風はなんだかやけに生ぬるく感じる。
「火薬?」
周囲に人の気配とか感じることはないのだが、渓谷から吹いてくる風になにか自然とは程遠い匂いを感じた。すえた火薬や泥の匂いに混じって感じる確かな人の体液、血の匂いだ。
匂いはすぐにしなくなったが、なんとも言えない不安感が胸に残る。
渓谷の向こう側は今回の採掘には直接関係しない。護衛依頼中に傍を離れることは出来ず、風上で何が起きたか今すぐに向かって確認できないのが歯がゆい。
やがて雲に覆われた空からぽつりと雨が降り始める。
「...濡れてたらまたマヤちゃんに怒られちゃうな」
そんな軽口で気を紛らわせつつ、
後ろ髪を引かれる思いで採掘場に戻った。




