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でっかい虫

大紙魚を抱えて馬車に追いついた私を見た彼らはみんな揃って酷い顔をしていた。


「ヒィッ、何だそのでかいの!?」

「ビョルンさん虫苦手?」

「苦手とかそういう話じゃないだろう??」


ビョルンさんがあまりにも青い顔をしたものだからついからかった。マルクスくんに至っては目を手で覆って伏せている。


...あと帰ってきたんだから少しは馬車の速度緩めてくれてもいいんじゃない?

心で悪態を付きながら後方の馬車に向かいこの巨躯をクルスさんが乗っている方にそのまま載せた。馬には申し訳ないが、一人分の増量を許してもらおう。


獲物を見たクルスさんはまたまた苦虫をすりつぶしたような顔をしていたのだが、声には出さなかった。


「ふぅ」


どっかりと馬車に腰を下ろした。

同時にクルスさんの視線を感じたので話をふってみる。


「思ったのと違うって顔ですね?」

「いや、ああ。そうだ。もっと獣臭いものを持ってくると思ったし、仕留めてもそのまま抱えてくるなんて思わなかった」


仏頂面のクルスさんの表情筋を動かすことができたので私としてはしてやったりと思っているところだ。ニヤニヤしてしまう。


「大紙魚。珍しいですよね」

「こんなもの、実物を見たことなんてない」

「確かに。街の中ではどんな獣が出るかなんて殆ど知らないですよね」


街では嗜好品程度に獣の素材が出回る程度だ。私ですら殆ど狩らないようなものを見るなんて事はまずなかっただろう。


「多分これから遭遇する獣は虫型のほうが多いですけどね」

「っ...」


あ、あからさまに嫌な顔をした。


「普段市場に出回るのは食肉や素材が主ですもんね。虫系の素材は生活で使うことがあまりないですから」


虫系素材も買い取ってもらえるが、それらが何に使われてるか、私は知らない。

まぁ、深いことは考えない。私が今思っていることは一つだけだ。


「これ、どうします?」

「どうするとは?」


顔をポリポリと掻きながら直球に質問。

そのまま私が持ち帰ればいつものようにただの納品で終わってしまう。


こんな自由な身柄の虫を手に入れることなんて珍しいのだ。

解体して消費しきれない分は納品するように取っておくとして、後は...


「食べま...」

「却下だ」


食い気味に却下された。


「でも一生に一度食べられるかどうかですよ?」

「でかい虫だろ?」


私もはしゃいで抱えてきたときはどうしようかと思ったが、よくよく考えてみれば持って帰るかその場でなにかするかの2択だ。

この子の甲殻とか道具がないとどうしようもないし、なら食べるしかなくない?と思っているわけで、つまり私は今ものすごく紙魚の舌になっているということだ。


ハイテンションな私を前についにクルスさんが首を縦に振ることはなかった。

否定を続ける彼はいつもより口数の多いものだった。


―――


馬と人の休憩を兼ねて休憩を何回か、移動中何度か怪物と遭遇したが、問題なく対処できた。

幸いにも小型の虫と大型の獣が来たくらいで兵士一人いれば片付くような敵ばかりだったが、ついてきていて正解だった。弱い敵でも常人なら命に関わるようなこともあるから。


そして、馬を止めるとそのまま夕暮れ前に野営の準備をすることになった。

ビョルンさんの合図で、テントの準備、保存食を出してとバタバタやっていたら夜になった。


街道から少しそれた草むらを少し整地して、その真ん中で火を起こし、囲む形で座っている。

流石に一日移動していたものだから、みんなの顔に疲労が見える。


なれるまでは大変だろうなぁ。


...


そんな中一人違う空気をまとって鎮座する私。そう、昼間に取った紙魚をひとり食べる気でいる私である。

一人だけソワソワしている私を見てため息をつくクルスさん。ビョルンさんが私に聞いてくる。


「嬢ちゃん、なにか面白いことあったか?」

「え?あ、はい。これ食べようかと思って」


そう言うと荷馬車から先程の死体を取り出した。

ひょいっと、場に放り投げられた異物がドサッと音を立てて転がる。

紙魚を見て全員がのけぞった。


「わっ、何だそれ!」


そうか、結局一日クルスさんの荷馬車に居たし、彼以外には獲物を仕留めてからどうしたか見せてなかったな。

他に出てきたのでここまでインパクトがあるのはいなかったしね。


クルスさんが不快感を顔に表して文句を言うように口を開く。


「で、食べるって言ったか?」

「言いました。」


流石にビョルンさんが引いている。でも考えてみてほしい。彼らだって一生食べられるかどうかわからない物を目の前にしているんだ。多少興味だって...


「気分が悪くなったので横になります」


え、マルクスくんが逃げた。


「俺もさっき携帯食食ったからいいや」


ビョルンさんまで。


「クルスさんは?」


クルスさんは何故か真顔で焚き火の日を見つめている。

彼は今何を感じ何を考えているのだろう―――


「...食べるってことでいいですね!」

「...」

「...」

「ワシは食うぞ!!」


さすがボックさん。彼の好奇心を止めるものは居なかったらしい。良かった、一人だけ食べるってのもなんか虚しいし。

私は取り出したナイフを生物に突き刺すと勢いで両断、そのまま何箇所か輪切りにして、そこから更に細かくした。

やはりというべきか、内臓よりも体液が大半を占めていて切った箇所からドロっとした体液が零れそうになっている。

流石に一日置いておいた生物を生食するのもどうかと思ったので、適当なものを串にして刺すと塩を振り薪に焚べた。

何切れか同じように処置すると、様子をじっと見つめる。焚べた肉は脂分を含んでいるのか熱にさらされ、てらてらとテカっている。


「手際よくやるもんだな」

「慣れてますからね」


肉から垂れた油分が炎でパチパチと音を立てだした頃に、火から肉をあげると、少し冷ます。

表面がカリッと仕上がったため、思ったほか美味しそうな見た目になった。

証拠に、さっきまで目を向けようとしなかったビョルンさんが少し興味のある雰囲気を漂わせていた。物にもよるが、現地調達の新鮮な食材のほうが保存食よりも美味しいのは当然のことだ。

ソワソワする彼に、「いります?」って聞いてみたら、少し考えた後いらないって言われた。


薪に焚べた際に思ったのだが、この紙魚の肉、全く匂いがしない。

あそこまで油が出ているから焼いた時に多少は匂いがしてもいいと思ったのだが、全くと行っていいほど匂いがしないのだ。

何か少し、危険を感じる気もするが、ひとまずは口に入れてみないとわからない。


同じことをボックさんも考えたようで、


「嬢ちゃん、これは嬢ちゃんの獲物だ。先に食べていいぞ」


なんて言い出した。


...いいでしょう、毒見ぐらいはしてあげます。


紙魚は確か草食。虫は好む食べ物によって味の善し悪しがあるようだし、腐葉土とか食べていないなら多分味は悪くないはず。


「では、いただきます」


焼けた表面は熱気を帯びており、口にそのまま含むのは自殺行為だと思ったのでしっかりと時間を掛けて冷ますと、それを口に含んだ。


「うーん、これはこれで...うっ!」


口に含んだ肉からじゅわっと溢れ出す肉汁というか体液に口の中を蹂躙される。

ドロドロとクリーム状になったそれが舌の上に残り逃げることを許してくれない。

味?美味しい不味いとかそういう次元じゃない。今まで食べたことのない謎の味に体が拒絶反応を起こすような感覚に襲われた。


なんだこれは。


とりあえず頑張って飲み込んだ感じ危険とかはなさそうなので、無言でボックさんに食べて大丈夫と促す。

ボックさんが勢いよく肉を口にした。瞬間彼の顔に影が生まれた。


「う、」

「う?」


私もボックさんも微妙な反応をするものだから、ビョルンさんもどんな味か気になったんだろう。ボックさんの言葉に食いいるように反応している。


「う、、うう、うっ!」


ボックさんが近くの茂みに走って行った。

この場には無言の私。青ざめた顔をするビョルンさん。無反応なクルスさんが残っている。

程なくしてボックさんが帰還。マルクスくんを連れて。

その目には獲物を見つけた野犬のようなギラつきを感じる。


「ガハハ。酷い味だな。」


言ったか。


「流石にこれを食べないともったいないと思ってな!」

「なんで僕が...」


マルクスくん。ドンマイ。


「ビョルンさん。食べてください。」


一応人数分焼いておいたのだ。そのうち1つをビョルンさんに手渡した。


「い、いやだ。いやだ!!」


子供の駄々のようにビョルンさんが頑なに拒む。

そこを無理に押していると、クルスさんが立ち上がった。


「俺が頂こう」


お、なにか思うことがあったんだろうか、おもむろに串を手に取ると、ためらいもなく口に運んだ。


「フッ。」


笑った。あそこまで無反応だった男の口角が少し上がったのを見たぞ。

そしてあの無言だった人が焚き火の前でブツブツ何かをずっと言っている。なにか、彼の何かを呼び覚ましてしまったのだろうか。


あっけにとられたビョルンさんの口に肉を放り込んだ。


「......」


――そこから今晩彼が口を開くことはなかった。



ちなみにもう一人無理やり口に入れられたマルクスくんは。

しばし不思議な顔をしていたのだが、


「むしろ好きかもしれないです」


なんて言い出して、残りをすべて食べきってしまった。

人の味覚なんてわからないな。ただ私は心のなかでマルクスくんに拍手を送ったのだった。

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