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ガサガサ

早朝。というよりはまだ夜。

街が寝静まり静寂に包まれた街をガタゴトと音を立てて進む荷馬車が2台。


早い時間の出発に辟易とした私は後方の車上でウトウトと船を漕いでいる。

街の正門までは微妙に遠いからそこまではこのままでもいいだろう。


しかし、こんな早朝だとは思っても見なかったな。

よくよく考えればわかることだが、私もなんだか抜けていたよう。

わざわざ眠い目をこすりながら出てきてくれたマヤちゃんやアルマさんに見送ってもらいながらゆっくりと家を出発した。


先頭の馬車にはビョルンさんにマルクスくん、ボックさんが乗っている。

馬の手綱を握っているボックさんだが、朝からガハハととても元気な様子。静かな街路に高らかな彼の声が木霊すものだから近所迷惑も甚だしい事になっている。

ビョルンさんやマルクスくんも流石に黙らせようとしているが、この男は止まらない。下手に馬を刺激しないようにしないと悲惨なことになるだろう。


「きっとあれお酒入ってるね」


流石にあのテンションにはついていけないなと後方の荷馬車に乗り込んだ私だが、もちろん馬の操作などできないから無口なスキンヘッド。クルスさんと二人きりという異様な状況が完成してしまった。

この前に一言ビョルンさんにピシャリと言ったときから声を一言も聞いていない。ずっと声を発しないこの人と二人きりだと正直気まずさが大いにある。

馬車に乗る時にアルマさんに会釈をしていたので、感情がないって言うってことはないと思うんだけどなぁ。


気まずさをどうすることもできないので、荷馬車の上で寝ようと思っていたのだが、正直乗り心地があまり良くないので目が冷めてきてしまった。


どうしよ...これ


まぁひとまず街の外に出るまではこのままでもいいか。



そんなこんなで15分ほど馬を歩かせて正門に到着した。

正門には夜勤の兵士が二人。兵士以外人の出入りはほとんどないと思うのだが、彼女らも真面目に働いているのだ。

そのうち一人にビョルンさんが話しかけた。


「どうも、この前話をさせてもらったが、資材調達に数日ほど街を離れる事になっている」

「おはようございます。はい、伺っていますが本当に行かれるんですね。護衛に兵士を何人かつけられればよかったんですが、補給部隊が出払ってまして...え?」


そこまで話していた兵士の言葉が止まった。


「レナ様ですか?」


おや?目があった兵士にはたしかに見覚えがあった。ブラドの守衛で何回か見たことがあったと思う。いつの間にトルマに?まぁ、隣街だから人のやり取りはあるか。


途端に反応を変えた兵士を前にビョルンさんが目を丸くしている。


「嬢ちゃんって有名なのか?」

「え?そりゃあもう。個人の力だけで特殊部隊に入って、ただ成績だけを上げ続けてる底が知れない人なんです。今お休みとのことですが、なぜあの方がいらっしゃるんですか?」

「あぁ、よくわかんないんだが娘の友達みたいでな。うちで面倒を見てたんだ」


お互いよくわからない状況になってしまったから流石にフォローを入れる。


「あんまり買いかぶらないでね?ちょっと出かけてくるからあんまり他の人に私が居ることを言わないでくれると嬉しい」

「いえいえ、滅相もございません。この前のクラウディア様との模擬戦とても感動しました。...参考にはならなかったですが。でも彼らもレナ様と一緒なら問題ないですね。むしろあなたが居ないなら、この街の方が心配なくらいです。」

「うお、そんなになのか!?」


あちゃー、見られてたか。あの日は仕事をしていた兵士のほうが少なかったし仕方ないのかな。



守衛は門の通過を許可して、皆が進む準備をする。


「今どういう状況?」


荷馬車から降りて守衛に耳打ちをした。


「私も先日この街に来たので詳しいことはわかりませんが、やはり女王様がいないとこういった細かい不備が出てくるようです。今のところ重要な欠陥はないのですがいつまでこの状況が続くか...」


この前考えた通り様々な場所で仕事がうまく回っていないのは女王不在によるとのこと。本当に終わりは近いような気がする。


「ゆっくりもしていられないか。ありがとうね。お疲れ様。」

「はい。良い一日を」


そう長話もしていられない。

再び後ろの荷馬車に乗り込むとゆっくりと馬が進み始めた。


―――――


門を出て遮蔽物のない環境が目に飛び込んでくる。

私のような兵士は外に行くことが多いのでそこまで何も思わないのだが、ここにいる人達はそうでもない。ブラド等主要な街への定期便は出ているが、それ以外への外出なんて滅多なことじゃ出来ないのだ。見てみると三者三様な反応。


ビョルンさんはなにか紙に目を通している。あんな乗り方をしていてよく酔わないなと少し関心。


ボックさんは周りの景色を見て子供のようにはしゃいでいる。馬の操作をしていて顔は見えないが、相変わらず大きな声がこだましている。あんまり騒いでいると敵が寄ってきそうだから警戒が必要そうだと思ったけど周りに大した気配を感じないから一旦は何も言わないでおこう。


反対にマルクスくんはずっと警戒の糸が張り詰めている。


「あんな様子じゃ数日と持たないな。」


そんなふうに思っていたらボックさんがマルクスくんにじゃれ付いている。手綱を握りながらよそ見をしないでほしいんだが、結構器用名乗り方をするもんだ。

はしゃぐおじさんははたから見ると強烈なのだが、マルクスくんの緊張が少しは和らいだような気もするから、ボックさんの気遣いも多少は感じた。



――そしてこちらの荷馬車。


「...」

「...」


無言にもほどがある。

この人、つかめない。

二人だけの環境でこれは気まずいなんてもんじゃない。

無言なのは知っていたが、流石にこの空気感で沈黙を放ち続ける彼の存在は異様そのもの。


どうしよこれ。

乗る馬車間違えたかな。でもこんなに早く、それもくだらない理由で馬車を止めるのも申し訳ないし。


そんなこんなでかれこれ一時間、私のコミュ力がないことも相まって本当に地獄のような一時間。

あれ、沈黙が気まずいのってコミュ症の特徴だっけか?

一時間も馬を歩かせたら流石に街もかなり遠くになった。


「?」


ふと今まで無反応だったクルスさんがなにかに反応をした。


「お嬢さん」


おっと。ここまでずっと無言だったのに急に話されるとそれはそれでビビります。


「レナでいいです。そんなに歳変わらないですよね」

「あ、ああ。じゃあそちらも敬語はやめてくれ。レナ、なにか近づいてくる感じがするんだ」


む?ああ確かに。馬車の右手の方からなにかの気配がする。

気配の感じから危険はなさそうだがクルスさんにはいまいち危険かどうかの判断がつかないんだろう。

...普通に話せるんなら少しは話してほしいんだけどなぁ。


「よく気が付きましたね。なにか能力があるんですか?」


特殊能力。身体的に人間から逸脱した兵士のみが扱うこの力だが、その子孫たちが数十世代に渡って交配したことでこの国には少なからず力を持って生まれる人間が存在する。

まぁ、兵士の子供でも殆どは些細な力程度なのだが。


「ああ、少しだけ他人より五感が優れている」


ほう。目がいいとか耳がいいとか一つだけ優れているものかと思ったら全体的に良いとは。全体の感覚でなんとなく外敵を察知したんだろう。

さて、荷馬車から降りてよくよくなにか近づいてくる方向に感覚を向ける。物体は避けることなく近づいてくるけど、やはり大した影響はないだろう。

進路的にはちょうど前方の馬車に向かっている感じだ。不思議なことに目の前に障害物があっても進行中の生物たちが進路を変える雰囲気を全く感じない。

前方の三人は気づいていなさそうだし急になにか出てきても困るだろうから今回は対処しよう。クルスさんに目配せをすると馬車を飛び降りて前方の馬車の横に走る。


「うおお、何だ嬢ちゃん」


酒が抜けてきたのか微妙に眠そうな顔をしていたボックさんが急に横に来た私に驚いている。


「右方向から何か来てますけど対処してきますので気にしないでください」

「そうなのか?何が来てるんだ?」

「確かめてきます。危険はなさそうなので」


とりあえず現状報告のみしたら、全員が頷く。

状況が伝わったと思うので、後ろに座っている二人に会釈をしたら馬車から右方向にダッシュ。

草むらだろうが200m少し程度なら数秒でたどり着ける。

思ったほか高い茂み相手に藪こぎをするのは億劫だと考えたので、高跳びをするように移動した。



ガサ、ガサガサ


「わっ、大きい!」


茂みをかき分けて出てきた思ったほか珍しい生物に少し怯んだ。


「大紙魚だね」


虫型の獣の中でもかなり無害そうなヤツがいた。数は大体同じサイズで3匹。

紙魚。と言っても小型ではなく大型で湿地帯で草とか食べてるイメージの生物。流線型の体に三対の足、触覚や尾角を見ているとなんとも言えない感覚に襲われる。


体長がこう2mとか超えてくると、ものすごくすばしっこい。動きは異様に機敏で、乗り物にしようと考えた者がいるのも頷ける。

私も長い間兵士をしてきたが、この大紙魚に出くわしたことは稀と言っても過言ではないだろう。


ガサガサッ


進路を妨害する形で立ちふさがったのだが、わざわざ迂回して同じ方向を目指してまた走り出してしまう。

目的がなさそうであるのだろうか?無機質な彼らから感情はつかめない。

彼らが人を襲うことはないのだが、あの巨体がこの速度で馬車に激突さしたら、即街へ帰る羽目になってしまう。

流石に避けなければ。


私は彼らに並走するように横につくとまず一匹蹴飛ばしてみた。


ゴッと鈍い音を立てて一匹が吹っ飛んで動かなくなった。

残り二匹。


各個体対処しても馬車にたどり着いてしまいそうだから同時撃破を目指す。

一匹を転がすように持ち上げて、そのまま勢いでもう一匹に向かって放り投げた。


「おお、思ったほかうまくいくもんだね」


空中で放物線を描いたそれは、そのサイズなりの質量を伴ってもう一匹に激突していった。


三匹目の沈黙を確認したら、最初に蹴り上げたか個体を持ち上げて、もう二匹を見に行く。

蹴り上げた個体はすでに息絶えていたが、残りの二匹は失神程度だった。このまま馬が進めば彼らの進路には引っかからないだろう。体勢だけ戻してやるとそのまま放置した。


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