作戦会議
なんやかんやあってマヤちゃんの家に居候になって早1ヶ月。
だらけきった生活がようやっと終わるんではないかと思われた昼下がり。
カーン
カーン
カーン
釘を打つ音が部屋にこだましている。
「嬢ちゃんや...流石に部屋で武器は...」
「ごめんなさい」
正座をして深々と頭を下げる私。
対するはなんとなく呆れた様子のビョルンさん。
...突然仕事が増えたんだからそりゃなんか思うよね。
ちょうど木の端材があったらしいので、私が開けた穴にとりあえずの材木をカンカンと小気味よく打ち付けている。
補修と言っても穴に木を当てているだけなので、後でちゃんとした補修をするだろう。
「すぐ終わるから気にしないでくれ。他の奴らはもうじき来ると思う」
なんとなく不服そうだが、それ以上は何も言われなかった。
横でずっと見られるのも窮屈だろうから横で苦笑いしているマヤちゃんを連れて部屋を出た。
「今日も午後は出かけてくるね」
「うん、えーと、人探しだっけ。気をつけていってらっしゃい」
「お姉ちゃんこそパパをよろしくね。」
マヤちゃんはここ数日友だちを探しているらしい。
連絡がつかなくなったとのことだが、マヤちゃん以外の友達はあまり事件性を感じていないのかこの件については触れていないようだ。
リーチェちゃん?だったと思うけど私が皆と遊んだ日から数日して、子どもたちのところに顔を出して仕事が決まったことを告げて帰ったのを最後に姿を見せなくなったらしい。
子供たちにとっては、急に仕事が決まって世代交代が起こるなんてことは日常茶飯事であり、さみしいとは思ってもそれ以上のことは無いそうだが。
就職し周囲の人間関係も少しずつ変わっていく。
そんなことはマヤちゃんもわかっていると思うので、きっと直接お祝いとお別れを言いたいだけなんだろうな。
「元々人付き合いがほとんど無かった私にはあまりわからないな。」
兵士になる前の人間関係がほとんど無い私からしたら今の子供達の関係がやけに眩しく映ってしまうのだ。
まぁ、どちらにせよ私みたいな大人の兵士が介入してもややこしくするだけだと思うので、マヤちゃんから緊急で助けを求められなければ手伝わないようにしている。
マヤちゃんが出かけていくのを確認してから、食事を食べたリビングのテーブルの席に座っている。
アルマさんも午後は仕事に出ているようだ。午後からだいたい夕食前くらいに帰ってくるので、夕食の準備はビョルンさんかマヤちゃんがしていることが多い。
しばらくして家のドアが叩かれた。
「はい」
さっきマヤちゃんに注意されたからな。
さっき部屋に戻った時に多少は身だしなみを整えたつもり。
「入って座ってていいぞ」
私が扉を開けようと立ち上がったタイミングで階段の方からビョルンさんの声が聞こえた。
ノックをして了承、このやり取りだけでふざけていたピンク髪を思い出して少しにやけてしまった。
ガチャ。
「こんにちはー」
扉を開けて入ってきた3人はビョルンさん同様とても健康的な体をしていた。
全員大柄というわけでもないが、日々の仕事で鍛えられているのがよく分かる見た目をしている。
最初に入ってきたのは一番ガタイが良くて無精髭を生やした赤髪の男。ビョルンさんと同い年か少し上くらいに見える。
次は若い青年。比較的整った顔立ちで目があった私に軽く会釈をしてくれた。
最後は長身のハ...スキンヘッドの男。整った顔をしているのにすごく悪人面、けっこう怖い。
仕事終わりの男たちの入ってきた部屋の体感温度が気持ち上がったような気がした。
むさ苦しいなこれは。女性しかいない職場に居たから余計そう感じるのかも知れない。
客人を立たせたままにするのも良くないので「こっちに座ってください」と声をかけた。
「おう、話は聞いてるぜ。兵士の嬢ちゃん」
「えっと」
「ちょっと、失礼ですよ。はじめましてレナさん。私達はビョルンさんの部下で、私はマルクスって言います」
青年、マルクスくんが律儀に挨拶をしてくれた。
良かった、話が通じそうな人が居て。
近くにあった椅子をテーブルのところまで持ってくる。
「俺はボック、こっちのハゲはクルスって名前だ。無口な野郎だが根は優しい、いいやつだ。よろしくな!」
「よろしくお願いします。ボックさん、マルクスくん、クルスさん。改めましてレナです。」
赤髪の元気なおじさん、ボックさんはこちらに来て名前を名乗ると私の正面の椅子にドカっと座った。
何故かマルクスくんだけ呼称が変わってしまったが何も言われなかったから良いでしょう。
続いてふたりとも椅子に座ったところで階段からビョルンさんが降りてきた。
「待たせてすまなかったな。嬢ちゃん、ありがとう」
ビョルンさんは工具を部屋の隅に置くと速やかに私の隣の椅子に座った。
「よぉビョルン。俺たちは午後の仕事を切り上げてきたんだ。面白い話があるんだろうな?」
ボックさんが早速切り出した。さっきマルクスくんがビョルンさんの部下とか言ってなかった?上下の関係があるとは思えないけど、仲良いのかな?
「ああ、この前から言っている資材の件で、目処が立ったんでな」
「ほう」
ボックさんの纏う雰囲気が変わった。いや、場の空気が変わった。
外に出る話が伝わっていると思ったらそうじゃなさそうだ。
まぁ、そんな事は予想してきたんだろうけど。
私のことを聞いてるって、ここに居ることを知っているだけってことだったのか。
「ビョルン、あんたの無鉄砲さは嫌いじゃない。助けられたことも多々あった。だがこれまで何度も言ったが、考えなしがすぎるんじゃないか?」
ここまでずっと黙っていたクルスさんが口を開いた。
引き込まれそうな、とてもきれいな声をしている。
「きっとあんたのところの居候が手を貸してくれるということなんだろう?あんたのところにちょうど兵士がいたから」
棘のある言い方だ。けれどこれはビョルンさんが答えるべきことだと思うから、私はただ話を聞いている。
マルクスくんがクルスさんに反論しようとしてボックさんに止められていることからボックさんも同じ考えなんだろう。
当のビョルンさんは説教されるとは思っても見なかった様子。目を丸くしている。
口を閉じたクルスさんに次いでボックさんが話を続ける。
「ここに居る誰よりも物資の大切さをわかっているのはお前さんだ。お前は人がいいからは自分の無鉄砲さに人の命を巻き込まないだろう?きっと一人で危険なことをするつもりだ。」
短期間の居候でもビョルンさんが人のために平気で無茶をする人だってのはわかった。長年近くにいる人達ならなおのことだろう。
「本当は他人の命を軽く見過ぎだ、考えろなんて言われるんだろうがお前は逆だ。自分の命を省みろ。他人に心配をさせるのも命かけさせるくらい問題だと分かれ。クルスも言い方はあれだが、ちょうど兵士がいたから護衛を頼んだがいなかったら危険なことを一人でやったんじゃないかって事を言いたかったんじゃないか?」
たしかにそうやって聞くと行き当たりばったりだとは思うな。誰が行くにせよ私がそもそも居なかったら安全かどうかなんてわからない綱渡りしていたことになる。
「それに兵士のことを疑っているわけじゃないが俺たちが会ってすぐの嬢ちゃんに命を預けられると思うか?」
「そうだな...お前たちの言う通りだ...」
そんなこんなで話を聞いていたら、ビョルンさんが正論に打ち負かされてしまった。とても苦い顔をしている。
でもこの人たちが自分の仕事に対しても仲間に対しても熱心な人達だとわかった。きっとこれ以上は言われないだろう。
結果論だけど、ビョルンさんの護衛には私がいけるんだし。
それになんだかビョルンさんが不憫になってきた。良かれと思って話を振ってこんなに説教されるなんて。
結局必要な物資は誰かが取らなくてはいけないんだからそれをわかっていてみんなは諭しているんだろうけど。
「あの...」
「なんだ?嬢ちゃん?」
「私のことを信じてくださいなんて言うつもりは全く無いですが、ビョルンさんを信じてみませんか?」
適当なことを言ってみる。会話から的を射ていないかもとも思ったが、彼らの会話から出てくる信頼関係ならばビョルンさんを信じろって言ったほうが通じそうと思った。
「ふっ、がはははは!」
ボックさんが笑った。
もう盛大に。
「別にビョルンに言われれば俺らは何でもやるぞ?ただ危なっかしかったから文句を言った、俺たちのあり方を改めたかっただけだからな」
最初からビョルンに逆らう様子はなかった様子みたい。
マルクスくんが口を開いた。
「ビョルンさん、あなたに任せて大丈夫なんですよね?」
徹底的に論破されたビョルンさんは満身創痍で反応した。体が大きいのに小動物を見ているような感覚だった。
「俺にできることは少ないかもしれんが、お前ら、一緒に来てくれんか?」
皆が一斉にうなずいた。どこまでも真っ直ぐな人たちに思わず笑みがこぼれた。
「じゃあさっさと何するか教えてくれ。」
「わかった。まず俺たちは街の冬備えをするために素材を取りに行く」
ビョルンさんの説明の概要はこうだ。
・素材は私じゃよく分からなかったが、鉱石。通常の石材は足りているが、代替不可なものを採集に向かうとのこと。
・街から出て南側に街道があるが、そこを2日歩いてから西に見える山で採れるらしい。
・その山で取りたい木材もあるらしいが鉱石の量で取捨の判断をする。採取しなくても別に良い。
・秋真っ盛りで周辺には冬備えの獣が多数
以上が概要。
確かニグル山だっけか。私は行ったことがないが何となく分かる。
今回はワーカーの補給部隊が、おそらく機能しきっていないのだろう。
やはり指導者不在だと弊害が出てくるようだ。
「滞在は何日の予定ですか?」
「3日だ。一応2日分余裕をみて移動分含め12日分の食料を持っていく」
3日、野営準備と撤収に半日ずつ計1日かかるとして2日間の採集か。
まあ移動分の疲労も考えたらそのくらいだろう。
マルクスくんが続ける。
「移動はどんな感じでするんですか?」
「ああ、いちばん重要なところだったな。荷車と馬を2台手配してある。街道は馬を使えるからおそらく早く着けるぞ」
馬、馬か。兵士は自分で移動するからあまり使わないが移動手段としてはそこそこだろう。私からすると護衛対象が増えた気もするが。
正直荷運びとか私が手を貸しても良いが、私が手を貸すこと前提の計画になっても良くないと思ったので黙っておく。今回は護衛に徹しよう。
―――
――――――
そして、打ち合わせは淡々と続いて夕方になり全員が帰っていった。
「ふぅ、ありがとうな嬢ちゃん」
「いえ、面白い人達ですね」
「ああ、手がかかる」
「ぶふっ」
「...なんで笑うんだ?」
「いえ。それより明後日出発なら今日もしっかり休んでください」
「そうだな。それじゃあ本当によろしく頼むぞ」
ビョルンさんが再度挨拶をすると、夕食の準備に取り掛かる。
...いつもと変わった日が始まる。そんな実感が湧いてきた。
久しぶりの遠征に少しだけ胸が高鳴ってきた。




