私の答え
「へ?」
時刻は昼前。
私達三人の周りには人だかりができていた。
訓練場は城からも兵舎からもよく見える。
女王が死んでまもない現在、ほとんどの兵士はまだ部屋にいた。
そんな中普段関わりのないような精鋭たちが戦い出したので注目も集まるだろう。
三人で談話していたらあっという間に囲まれてしまった。
「これ怒られるやつ?」
フレアに聞いてみた。
「いやー、多分大丈夫じゃないかな。」
周囲に居る兵士たちの声に耳を傾けると、
「こんな戦闘初めてみたー」とか「かっこよかった」とかみたいなポジティブなものが目立つ。
「ク、クラウディア様」
人混みの中からクラウディアを呼ぶ声が聞こえた。
クラウディアが反応すると人混みをかき分けて一人の兵士が出てきた。
「え、と。先程の戦闘とても感動しました。お怪我は大丈夫でしょうか」
さすが有名な兵士。ファンなのだろうか、一人だけえらく傷だらけなクラウを気遣っている。
「大丈夫とは言い難いですが、あとで直しておきますからお気遣いなく」
「いえ、そうはいきません」
兵士はヒール、と唱えるとクラウディアの細かい傷がだいたい治った。
でも汚れた服がきれいになることはない。
「クラウ、お風呂に行きなよ」
「レナ、でも壁とか直さないと」
「壁?あっ!」
そういえばクラウをふっとばして兵舎の壁に穴を開けていた。
「...まぁ...い、いいよ。お風呂、行ってきなよ」
「レナ...ありがとう。お言葉に甘えさせていただきます」
もっと大人しく戦えばよかった。でも一人でやるからいいや。
「レナ様、壁の修復くらいなら私達でやりますよ。」
誰かが言った。更に同調する声が聞こえた。
いや、そこまでやってもらうのは普通に申し訳ないんだけど。
私がどうすればいいか困っていたらフレアが横から話してくる。
「きっとみんなレナちゃんたちに元気をもらったんだよ。これは見物料として受け取っておけば?」
「そういうもんなの?」
「うん!」
「皆さん、いいんですか?」
団体から「大丈夫!」とか「いい試合をありがとう!」とか聞こえてくる。
じゃあこれ以上は何も言わない。
じゃあお言葉に甘えてさっさと立ち去ることにした。
隊長たちにこの騒ぎで怒られるのも嫌だし。雨降ってきそうだし。
昼が近かったので、食堂へ向かった。
兵士たちもだんだん普段通りに仕事をし始めたみたいで、食堂は通常通りの営業をしていた。
というよりも、情報を隠すとするなら通常営業をしないとまずいのだ。
フレアと一緒に軽食を取りながら会話をする。
「休みって、どう過ごすの?」
「急に決めたから無計画だけど城からは出ていこうと思う」
元々決まった場所にいなかったから部屋にもそんなに荷物がない。
それに休んだ人が職場にいるのもおかしいし。
「結構心配なんだけど、大丈夫?それ」
「まあ、なんとか?」
どこまでも楽天的な私とそれを心配するダメ人間。いよいよ不思議な状況。
「本当にきつそうなら城に帰ってきてね?」
「わかった。心配かけてごめん」
二人の間に流れる空気感。そろそろ別れが来るということがひしひしと感じられる。
実はいつも遠征前などは感じているのかも知れないが、改めてこう離れるとなると兵士の皆の優しさを感じてしまいとても申し訳ない気持ちになってくる。
本日の遊撃部隊に指令が下りてくることはない。
もうそろそろ出ようと思ったが、一つだけやりたいことが生まれた。
「フレア、やりたいことができたから少しだけ一人になっていい?」
「...? はい。」
疑問に思ったようだが了承してくれたので、一人で食堂をあとにした。
私が向かったのは隊長室、一日何度も訪れる場所でも無いだろうに。
コンコンコン
中から「開いているから入ってきてくれ」と聞こえてきたからさっさと入る。
「お前か。クラウディア君との件は聞いた。今度は何だ?」
やはり情報は伝わっていた。今日は隊長に心労をかけすぎているな。
「その件についてはすみません。」
「素直に謝るんだな。」
「友とのけじめを付けただけです」
「友か。まあいい、兵士たちの士気も上がったようだしな。それで何の用だ?」
私が友という言葉を使ったことに少し驚いた様子だが、微笑んで本題に入ってくれる。
「女王様の遺体はどこにありますか?」
これまで私はずっど女王のことを考えてきた。
そんな彼女に最後のあいさつをしたい。そう考えたのだ。
「女王様のご遺体は今、城の地下に安置されている。無論そのことを兵士たちに話すと兵士たちが殺到してしまうからそこは公開していない」
「会いに行っても?」
「...いいだろう。その代わりに私も行く」
隊長は立ち上がると扉に向かいさっさとしろと言ってくる。
彼女はスタスタと歩いていき、そこを無言でついていった。
「女王とリーゼルの関係、聞いたか?」
「親友だと」
「そうだな。私はその頃を知らないのだが、昔からふたりとも強いメジャーワーカーとして有名だったらしい。」
「女王がメジャーワーカー?」
「そう今の女王は先代の女王によって任命された女王だ。私は今の女王の代しか知らんがな」
「そうなんですか。なぜその話を?」
「私はリーゼルと入れ替わりで隊長になったから彼女の詳しいことは話せない。それでも何度も彼女に命を救ってもらった事があるんだ。だからもしも彼女に合うことがあったら伝えておいてほしいんだ。ありがとうございましたと。」
それ以上隊長は口を開かなかった。
それでもこの会話は胸にとどめておこうと思った。
「さあ、ついたぞ」
地下を歩いていると昨日の女王の部屋の入口にそっくりな扉があった。
何のために地下にも同じ部屋があるのだろうか。
「私は外にいる。早く用事を済ませてこい」
「ありがとうございます」
隊長は外で待っているようなので、一人で中に入る。
ドアノブに手をかけたら昨晩のことを結構鮮明に思い出してしまったが、気にせずに部屋に入るようにした。
ガチャ
中に入った私は目を疑った。
間取り、内装、そのどれもが昨日観たものと同じなのだ。
昨日は気が動転していて細かくは見ていないのだが、それでも昨日と同じという感想を持つくらい内装がほとんど一緒である。
大体こういった部屋と寝室は別な気もするのだが、女王が内向的な正確だったこともあってかこの部屋にはベッドが置いてある。
「うわっ」
驚いて変な声が出てしまった。
部屋に入って右手にある装飾のとても凝ったベッド。女王はその上で眠っていた。
昨日死んだ女王か?
本当に寝ているようにしか見えない。近づいてまじまじと見てもとても死んでいるようには見えない。
昨日の傷は残っているのだろうか、思い出したくはないのだが嫌でも腹部に空いた大きな傷のことを思い出す。
昨日とは違うが黒のドレスを厳重に着込んでいて確認のしようがない。
私は女王の横に立つとその姿をしっかりと目に入れる。
死んでいないよう、とも感じたのだが、これは確実に死体だ。
その血色のない肌から感じられる無機質な感覚は生命には決して表すことができない。
昨晩手にとってそれを感じたのだから現実感がより一層強く私に来る。
昨日元気に生きていたであろう人間が死んでいる。なんとも不思議な感覚だ。
兵士になって死体は何度も見ているんだが、この感覚になれることはたぶんないだろう。
...つい最近まで殺そうと思っていた相手が今目の前で死んでいる。
無理矢理に憎んで、憎んで、それを糧に強くなって。
けれど結果として謎が増えても得るものは唯一つもなかった。
「なんで?」
自然と私の口から言葉がこぼれ落ちた。
また寵愛に感情を持っていかれている?違う。
なのに私の心から彼女のことが一向に離れていかない。
彼女を前に考えていたことなど決まっているのに、それでも私の真意がわからなくなってくる。
小さい頃から彼女のことを考えてきた。
母の仇という名目で女王を殺すのが私の使命だと信じて一直線に今までを生きてきた。
辛いこと、苦しいこと。今まで数え切れないほどの苦労をしてきた。
それも糧に、女王を殺すためだけに力を磨いてきた。
そして私の望んだ結末が意図せずに目の前に実現されている。
「違う。」
なんとは無しに呟いた一言に合点がいく。
私はきっとこんな結末を望んではいなかったのだ。
女王の死に納得していない。
私は彼女に、彼女を見つめる私自身に何を求めていたのだろうか。
私が答えを見つけて自ら手を下したかった?違う。
勝手に死んだ女王への怒りか?これも違う。
私以外の人間に勝手に女王が殺されて悔しい。少しあるけどきっと違う。
私は女王を殺すつもりだったのに、女王には死んでほしくなかった?
「...」
結論にたどり着かない、矛盾が多すぎて結論にたどり着けない。
そもそももうまともに思考が働いてなどいないのだから。
気がつけば私の目からは涙がこぼれ落ちていた。
わからない、憎んできた相手が死んだのになぜこんなにも腹立たしいんだろう。
なぜこんなにも悲しいんだろう。
私は本当の感情にずっと蓋をしていた。だからなぜ自分が今こんなに苦しい感情になっているかわからない。
「あなたにも人の心があって安心しましたよ。レナ」
「クラウ?」
一人で入ったはずの部屋にはクラウが居て、私のすぐ後ろで語りかけていた。
なぜここに彼女がいるかなんてどうでもいい。私は私の気持ちが知りたい。
苦しそうに涙を流しながら困惑する私を見てクラウが話を続けた。
「難しく考えすぎましたね。その涙にはもっと表面的な感情でいいんですよ。」
「......」
きっと答えはもっと簡単で私自身が心で一番わかっているんだ。
小さな頃に居なくなった母親なんて殆ど覚えていなくて、家族なんて呼べるものも居なくて。
それでも母を探した。
なかば諦めていたということもあり、当時やさぐれていた私は深く考えずに真面目に復讐を企てていた。
母に会いたいという気持ちを抑えるためには他人を殺すことを考えないと居られなかったのかも知れない。
女王が母の存在を語るまで私は彼女がすでに故人であると勝手に断定していたからである。
それでも、直接会わなくても色々な所から伝わってくる女王の人格に私は心を奪われていた。
女王を殺す気でやってきた私は、その実女王を殺す気がなくなっていた。
兵士として働くことが、兵士たちと過ごすことが楽しかった。
「私は、家族が欲しかった。」
子供らしいが、これが私の結論。
城で過ごして、助け合って、力をつけていくたびにみんなに認められている気がしていた。
それが心地よくて、それでも母のことを忘れそうになっていくのが切なくて、女王の暗殺を私の枷とした。
座り込んで力なくうなだれる。
「身寄りのない私にここの皆は家族のように輝いて見えた。その家族の中央にいる女王に出会って、リーゼルのことなんか忘れていいよって言ってほしかった。」
それでも残酷なことに出会った女王の命はすでに消えかけていた。
遺言でそのリーゼルを探せと言われてしまった。
「実際に出会った女王は私が知っている誰よりも一番の母だった。私は母を、家族を守れなかった」
私の涙の理由、私の居場所そのものである家族の母の死に立ち会ってしまったことだ。人生で二度も母の死に立ち会うなど、ましてや手の中で消える命を見ることしかできなかった私は無力感でいっぱいだった。
家族を失った悲しみに感情が溢れ出した私は肩を震わせて涙を流すことしかできない。
クラウが静かに私を抱きしめた。
私がどれだけ情緒不安定に見えるだろうか。
彼女だって女王を同じくらい愛していて、つらく苦しい思いをしているはずだ。
その死に対してさっきまで達観していた私が今こんな様なのだから。
それでも強く、けれども優しく私を抱きしめる彼女には強い慈愛が溢れていた。
「素直になればよかった。こんなに時間があったのに。」
「女王様も言っていました。もっと早くあなたに声をかければと。ふふ、なんだかおかしいですね。ほとんど出会ったことののない二人がお互いのために一喜一憂していたなんて」
悲しみと後悔を口にしてそれ以上は口を開かなかった。
――――
しばらくしたら、クラウがゆっくりと離れた。
「落ち着きましたか」
「うん。なんかごめんねクラウ」
「さっきの蹴りのお返しです」
クラウがいたずらげにふふっと笑った。
こんな歳にもなって同い年くらいの女の子にあやされてしまった。
すごく気恥ずかしい。
クラウのおかげで気持ちを整理することができた。
女王の顔をもう一度よく見る。
私の心境はまだ複雑なのだが、今はこの街の女王に最大限の敬意を示す。
「女王様、きれいな顔をしていますね」
「そうだね」
死人に口無し。私がどれだけ女王の前で悲しもうともう私の声が届くことはない。
悔やみきれないことや思うことはたくさんあるけど口に出すことはしなかった。
「クラウ、やっぱり私は城を出るよ」
「はい」
クラウは多くを聞かない。私の決心がわかっているからなのだろう。
「女王の遺言が国を救うことだとわかっていても、正直母親のことはもうどう考えていいかわかんないんだ。だからやっぱり今は考える時間がほしい」
これが私がちゃんと出した答えだ。
クラウも私の出した答えに、
「そうですか。寂しいですが一緒に働ける日までお待ちしております」
と返してくれた。




