感情の行き先
「なぜだ!? 私は難しい選択を強いていないはずだ」
「正直私はこの国のことなんてどうでもいいと思っています」
「なっ!?」
真実と嘘を混ぜる。
核心だけは伏せたまま、本当のことを言えばいい。
「私は母の情報を探すために今までここで働いてきました。そして女王様と母が関係していると知り彼女と合うために日々努めていました」
「だから女王はリーゼルを探せと」
隊長の言葉を遮って私は続けた。
「母が生きていると知れた。まず私はそれだけで十分です。それに、立て続けに色々なことを聞いて頭の中がぐちゃぐちゃなんです。今は整理したいと思っています。」
生まれて物心付く前に失踪した母。逢いたいという気持ちもあるのだが、正直に言うとどういう感情をして会えば良いのかわからない。
「だからといって個人の意見で国の未来を棒に振るわけには」
「私一人抜けて傾くような政治をしてないですよね?女王様は言いました。各々自由に生きてくれと。」
スルスルと文句が出てくる。これが私の性根なのかも知れない。
よくよく考えるとボロも出てるけどね。女王の遺言を盾にしたが、各々がそのように生きたら政治などすぐになくなるだろう。
私自身、昨日一日休んだだけでも「しわ寄せが」とか考えてしまうのだ。長期で休みなんかしたら沢山の人に迷惑をかけてしまうことだろう。
隊長は私のことをしっかり見ている。だからこそ、私は決して折れないぞと視線を送る。
ここで折れたら意義の見えない仕事を無休でこなす未来が来るかも知れないからだ。
「「......」」
両者睨み合う。
長い沈黙の後、隊長が大きなため息を吐いた。
よく見ると顔にはどっと疲れが現れている
「わがままは今回だけだ。他の隊に何を言われるかわかったもんじゃない」
どうやら隊長は私の意図を汲み取ってくれたようだ。
「レナにはよく働いてもらっているしな、母親のように失踪されてはかなわん」
軽く皮肉を言われた気がするが、それ以上に文句を言われることはなかった。
案外母もこんな適当な理由で消えてたりして。
「どのぐらい休むつもりだ」
「決めていません。答えが決まり次第ということで」
「一応期限を切らせてくれ。そんなに悠長なことを言ってはいられない。」
「半年を目処に帰ってきます」
「わかった、それ以上は無しだ。それと、本当にお前が必要になったら引っ張ってでも戻ってきてもらうからな?」
「承知しました」
トントン拍子で話が進んでいき、明日から私の休みが決まった。
隊長はその後すぐに「横になりたい」といって私達は追い出されるように部屋を追い出された。
部屋を出るともう私達の見張りの兵士はいなくなっていた。
私が突飛なことを言ったばかりにふたりとも黙ってしまっている。
「あなたのことがわかりません」
ふとクラウディアが呟いた。
「新たな女王は先代の女王によって選出されます。したがってこの街に新たな女王は生まれない」
新しい王が生まれないなら現在一番上に立っている者たちが民を導く必要があると。言っていることはわかる。
「あなたには新たな役目ができた。国を任される重要な役目が」
「私はその役目に誇りも何も持てなかった。端的に言うと、はたらくのが疲れました」
こんな言い方で済ませたが、その役目を押し付けられたのが自分自身だとも思ってほしい。
その役目を放り出して、クラウディアたちに押し付けようともしているのだが。
私の態度を見てか、クラウディアがわなわなと肩を震わせた。
怒りの矛先がこちらに向いてるのを理解したが、怒られて何が変わるでもない。
態度とは裏腹にクラウディアは静かな声で続けた。
「私はレナ殿、あなたの真意を知っています。あなたがやる気を失ってやめようとしていても私には止める理由がありません。」
―――パシンッ
ここでクラウディアは急に私に掴みかかるとかなりの力でひっぱたいた。
「っつ...」
今まで溜まっていたものを吐き出されたような気がする。
価値観が違うからと押し留めていた「お前だけ好き勝手言いやがって」といった感情が溢れ出してきたのだろう。
これから一緒に仕事をするのではと考えた相手が仕事を押し付けて逃げようと言うのだから、まぁ腹が立つのは当然だ。
それでも、とても複雑な表情で...何なら常人なら殺せてしまうほどの力で殴られたのだ、こちらも少し悲しい気持ちになる。
「これはけじめです。レナ殿、私と戦ってください。」
「...」
―――――
兵舎横の広場。
城の状況は荒れに荒れているのに、この場所はいつも通り、いやいつも以上に静かだ。
先程まで黙っていたフレアがようやく口を開く。
双方の言い分に耳を傾けて傍観していた彼女がどちらかを肯定することはない。
「二人の決闘は私が見届けます。能力の仕様は自由。殺さないこと、戦闘続行不可だと私が判断したら止めます」
寵愛を受けた兵士の中には何らかの能力を使えるようになるものがいる。
その種類は多岐にわたるのだが、一般的な兵士も使えるものは魔法と呼ばれており、それを扱う力を魔力と呼んでいる。
その能力の分類は大きく二分されている。汎用の能力と特殊な能力だ。
汎用の能力は適正のある殆どのものが使える力である。一般の回復魔法や攻撃魔法はこちらの力。
逆に特殊能力とは有無もあるのだが使用する個人によって様々な効果がある。
双方欠点もたくさんあるのだが、使い方によってとても便利なものであり、戦場では戦況を大きく変えることもある。
兵士でも身体能力がそこまで常人と変わらないが、能力に特化したというものもいるくらいには無視できない主流の戦闘方法の一つだ。
戦闘でこれを組み込まれると戦略に幅が生まれて複雑になる。
私はバルディッシュを力を抜いて右手に持ち、足親指の付け根に少しだけ体重をかけクラウディアさんを見る。
流石に戦う気などなかったのだが、クラウディアの勢いに押し切られてしまった。
思いを通したければ私を屈服させろと、わかりやすくてよろしい。
開始は勝手にやれということだろう。フレアは離れた場所に移動し、私たちを見ている。
すでにクラウディアも臨戦態勢に入っているのが分かる。
クラウディアは髪の色と同じ意匠の凝った青色の直剣を抜刀すると正面に構えた。
そのまま、視界の中心へ剣を持っていくとドンッ!と音を立て、地面を蹴り上げそのまま突っ込んできた。
「っとと」
後ろに反るようにして躱すと、切先が目の前を通過する。
牽制に振り下ろされた剣を流れで切り上げてくる。
これを避けると更に勢いをそのままにした突きが飛んでくる。
それを躱すと、そこから踏み込んだ右足を軸に逆袈裟斬り。
...クラウディアの殺意がやばいんだけど。
たしかにこの強さなら兵士間でも有名になるか。
初段を見切り、二段目、三段目と躱し、最終段をバルディッシュの柄でいなした。
「っ!? 初撃で決めるつもりだったんですが、まさかこうもあっさり躱されるとは。」
「今のをまともにもらったら普通に死んじゃいますって」
牽制にしてはかなり張り切った攻撃だったから警戒しておいてよかった。
攻撃をかわされたクラウディアは深追いして来ずに一旦距離を取ってこちらの様子をうかがっている。
これは英断だな。今の攻撃の流れでもう一歩踏みこんできたら、迷わずボディブローを入れていたところだ。
「武器も構えずに、戦う気あるんですか?」
私の様子を見てクラウディアが言う。
確かに私は戦闘については誰かに教わったわけでもなく完全我流で構えという構えも取ることがない。
今まで身体能力でなんとかしてきたけど、これからも通用するとは限らないよね。
現にこの戦闘においても今の攻撃は避けられたが、次の攻撃は躱せないかも知れない。
それは分かるんだけど、正直これ以外の戦い方を知らないんだ。
「真面目に戦っているつもりですよ!」
私がそう答えると、クラウディアがフレアに視線を送った。
フレアが首を縦に振ると微妙な顔をしているが納得してくれたようだ。
さてと、そろそろ私も仕掛けようか。
先程の先制攻撃でわかったことがある。
見くびっていたならとても失礼なのだが、先程の彼女の攻撃が牽制でないのなら、彼女が私に勝てることはないだろう。
彼女がどれだけ技術の研鑽に努めてきたかはわからないけど、現状では私の身体能力に届いてすらいないと、半ばそう確信している。
私は万に一つも彼女に武器を突き立てることが無いようにバルディッシュを後ろに構えたら、ただまっすぐに突進する。
距離を詰めた私に対してかろうじて反応できた彼女が取れた行動は防御。
がら空きのところを狙うなんてことはしない。直剣で取られた防御の上から正面蹴りをかます。
手応えあり。蹴りを受けた彼女から ゴッ と鈍い音が聞こえた。
勢いを受け流しきれなかった彼女は自身もろとも兵舎の壁に突っ込んでいく。
「それでは、これが私の牽制攻撃です」
とはいったが流石に牽制攻撃っていう規模ではなくなってしまった。
兵舎の壁には穴ができてしまったし、砂埃で彼女もどうなったか様子がわからない。
思いっきり蹴りすぎてしまったか?
ガシャン。
クラウディアがおぼつかない足でこちらに戻ってくる。
左腕を抑えながらふらふらしていて今すぐに救護に向かったほうが良いかも知れない、というような有様になっている。
今の一撃でかなり満身創痍という雰囲気だが、未だに戦闘開始時の気迫が衰えていなかった。
正直実力差を感じていたのだけど、その目に迷いがなかった。
向けられているのは殺意ではなく覚悟だ。
背中に冷たいものが伝う。
クラウディアを見たフレアもまだ戦闘を止めていない。
「クラウちゃん、大丈夫?」
息も絶え絶えにクラウディアさんは答える。
「まだ、戦えます。フッ、流石に堪えました。ヒール」
彼女は一般的な回復魔法を使うと、傷の具合を確かめ武器を構えた。
やったのが私でもその姿がやけに痛々しく見えてしまったからつい聞いた。
「なぜそうまでして戦いを?」
私の言葉にまたクラウディアが怒気を高めた。
価値観が違うのは分かってるのに、私の発言でまた怒らせてしまった。
言葉選びが下手すぎる自分がにくくて仕方ない。
「あなたが言いますか!? わかってくれていたと思ったんですが...これはけじめです。勝ち負けなんてどうでも良くて気持ちの整理をしたいだけなんです!」
そうだ、私の事情を唯一知っているのに、クラウディアは何一つとして私のわがままに口出しをしなかった。
こちらをこんなに尊重してくれてるのに私が好き勝手言うもんだから何も思わないはずがないだろう。失礼なことを聞いてしまった。
「あなたの力は桁違いですね。今はまるで勝てる気がしません。ですが、」
彼女が技を繰り出そうとしている。
私は全身全霊を持って正面から立ち向かおうと距離を取りバルディッシュを脇に抱えるようにして構える。
「これが今の私が出せる全力です。アイオライト」
彼女から青い光が放出されると周囲に青い結晶が広がった。
彼女から展開された結晶はあらゆる方向から私に向かって飛んできた。
これが彼女の特殊能力だろうか、温度は感じない。能力もよくわからないが、規模的には彼女が身にまとっている青い光が彼女の能力なんだろう。
私はバルディッシュを正面に持ってくると先程のようにクラウディアさんめがけてそのまま突進していく。
先程より速く、鋭く駆ける。
――私は突き進む。
武器によって弾かれた結晶は粉砕し消える。
バルディッシュは母が残した、最強のメジャーワーカーが使っていた武器だ。
私がどんなに激しい動きをしようと必ず着いてきてくれる。
近づくに連れて攻撃もどんどん勢いを増してくる。
四方八方、直線だけでなく色々な弾道で結晶が飛んでくる。
この結晶おそらくひとつひとつが高濃度の魔力で構成されているのだろう。
人だけではない。並の獣では一瞬で命を落とす代物だと思う。
しかし攻撃はたちまちに粉砕され一発も私に当たることがない。
こちらの動きを察知しているクラウディアがより大きな結晶を飛ばした。
――関係ない。ただ私は突き進む。
目の前で弾けた特大サイズの結晶が粉となって視界を遮ったが、クラウディアが避けれない速度で距離を詰めたため、視界などもう意味をなさない。
すべてを突破した私を最後に待っていたのは青い光をまとわせた剣で立ち向かってくる彼女だ。
気迫の裏には、長年培ってきた技術に裏打ちされた技が光る。確実に私の急所めがけて飛び込んでくる。
私も対抗するように彼女に向かって武器を振り下ろす。
――――
吹き飛んだ結晶がキラキラと舞い上がり異様に幻想的な空間ができあがっている。
「ふぅ...」
私に遅れてやってきた突風が結晶を吹き飛ばし晴れ渡った。
刹那の幻想の果。残されたのは沈黙だけ。
私はクラウディアの首元に刃を突き立てていた。
「やめ!!」
フレアの声が誰もいない訓練場に響き渡った。
クラウディアの手から武器が落ちるとそのままへたりと座り込んだ。
ふぅ、ひとまず終わったみたいだ。
私の戦略もといゴリ押し勝ちだな。
「完全に殺す気でしたよね?」
私は彼女に手を伸ばす。
「あのくらいしないと届かないと。いや、能力まで使ったのに届きませんでした」
彼女が私の手を掴んだので引っ張って立ち上がらせた。
クラウディアはまだ足が震えているようでうまく立てていないが。
今武器を交わしたのはほんの少しだったのだが、彼女の真っ直ぐさ、強さがとてもわかった。
私が戦ってきた中でもかなり強かった。
何度も死線をくぐり抜け、それでもってここまで強い彼女の事を素直に尊敬する。
「いや、正直に言って驚きました。クラウディアさんの技は真っすぐで力強くて、とても綺麗だった」
素直に称賛がこぼれ落ちた。
そんな感想に軽く笑みで返すクラウディアの顔からは先程の怒気はもう感じない。
「あんな負け方をしてたら素直に喜べないですね。...私のことはフレアさんと同じでクラウと呼んでいただいて構いませんよ、敬語もなしです。レナ、あなたとは長い付き合いになりそうですし」
戦いでわかり合う。なんて単純な話はないと思うのだが、クラウディアもなんとか割り切ってくれるようだ。
いつ戻るかわからない私の帰りを待っていてくれるということだろうか。
「ありがとうクラウ。必ず帰ってくるから、迷惑かけてごめんなさい」
思い返すと勝手ばかり言って誰にも謝罪なんてしていなかった。
精一杯の感情を込め、謝罪した。
「仲直りできた?」
今まで蚊帳の外だったフレアが会話に参加してきた。
決して私達のやり取りを茶化すようなことはせずにすごく気遣ってくれていたのがわかる。
「フレア...先輩。今までお世話になりました。ご迷惑をおかけしますが、しばらく隊のことをよろしくお願いします。」
フレアにも世話になった。長期の休みなんで初めてなのでよくわからないけど私なりに精一杯謝罪と感謝を述べた。
私の言葉にフレアは感極まった様子で、嬉しそうで、それでも寂しそうで、つまらせながら言葉を言う。
「じゃあ、貸りたお金はちゃr」
「それはない」
ダメ人間は健在か。
私がなんとも言えない表情をしたら、クラウが今日一番の笑顔を見せた。




