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「――ルナ」
包み込むような優しい声音に我に返る。
振り向けば、セイフィオスが自分の傍らに佇んでいた。
「セイ・・・おかえりなさい」
「ただいま、――もしかして話を聞きすぎて抱えきれなくなったのかい?」
椅子をルナセイラの隣に持ってきて腰かけ心配そうに問う。
「どうでしょうか、皆さんの話を聞いて考えるべきことが増えたことは事実ですが――」
「――ルナ、君は独りじゃないんだよ」
「――え?」
優しくルナセイラの頭を撫でながら告げられた言葉に瞳が揺れる。
「私はルナセイラが好きだから、ずっと傍らに居たい。聖女であるルナを王太子として命を賭しても守りたい。――だから、ルナが聖女として彼等と向き合っても、私はそんな君の気持ちも受け止めたいんだよ」
「――セイ・・」
慈愛の籠った眼差しは、多くを語らずともルナセイラの心を打つ。
耐えられずセイフィオスのの胸に顔を埋め、ルナセイラは声を殺して涙を流した。
真剣に相手の話を聞き、受け止めることが自分の心を守り切れない程重いものだとは思いもしなかった。
ただどうにもできないこの心の重さを、まるでセイフィオスが共に抱えてくれているような感じがした。
『抱えきれなくなった』というのは、今のルナセイラにピッタリ合う言葉だったのだ。
微かに身体を震わせ自身を保とうと必死なルナセイラを、セイフィオスは何も言わずそっと優しく抱き留めた。
「声、我慢しないで――この部屋は防音魔法が欠けてあるから」
さりげない気づかいにより一層涙が溢れ、気づけば幼い子供のようにルナセイラは泣きじゃくっていた。
「落ち着いた?」
気遣う落ち着いた低音の声にこくんと頷く。
「――セイ、ありがとう」
幼子のように泣きじゃくってしまった事が恥ずかしくて、頬を両手で覆いながらセイフィオスを上目遣いで見上げた。
「・・・・・」
何か思う所があったのだろうか。
セイフィオスは何も言わずにそっと薄く微笑みながらルナセイラの顔の前に手を翳す。
ふわっとほんのりと冷たい感覚が目の周りを覆い、思わず目を閉じた。
すぅーっと冷気が引いた頃にそぉっと目を開けると、自分の瞼が随分軽くなったことに気付く。
――まさか・・腫れた瞼を治してくれたの?!
驚くルナセイラは、慈愛の籠った眼差しを向けられドキリと胸が跳ね上がる様に高鳴る。
「もう、――大丈夫?」
「ありがとう、落ち着いたよ」
気持ちが緩んだからか、言葉まで砕けた話し方になってしまう。――しかし、顔を綻ばせるルナセイラをセイフィオスは再びぎゅうッと抱きしめた。
今度は先程とは様子が違う事にすぐに気づく。
先ほどまでの優しい抱きしめ方とは全く違う。何かを堪えきれない想いを込めるようにジワリと彼の身体からルナセイラの胸に染み込んでくる。
「ごめん――君が誰かの想いに応えてしまうのではないかと・・不安で堪らなかった・・」
彼の声音は学園で共に過ごしていた頃、ルナセイラに想いを告げたセイフィオスが自分の想いを殺し悩んでいた姿を思い起こさせた。
――また不安にさせてしまったのね・・・
「不安にさせてごめんなさい。――それでも受け止めてくれてありがとう」
セイフィオスはいつも自分の事よりルナセイラの事を大事にしてくれる。
態度でも示してくれるからこそ疑う必要など全くない。彼の深い愛情は、こうなるとわかった上でもルナセイラに愛を捧げてくれているのだ。
「――ルナ、愛してる」
切なげな瞳と目が合い自分の顔が瞳に移り込むのが見える。
――セイには私だけ・・・
なんでも完璧にこなしてしまうセイフィオスの心まで自分が与えられている喜びに、重さに押しつぶされそうだった心は幸せに満ち満ちていた。
「私も・・愛しています」
二人は見つめ合い、くすりと微笑み合うとそっと唇を重ね合わせた。
幾度となく唇を重ね合い、胸の鼓動が早鐘を打ち続け呼吸もままならなくなった頃、堪えるように苦笑しながらセイフィオスはルナセイラから少しだけ身体を離した。
「――私に話したいこともあるんじゃないかい?」
互いに高ぶっているのはわかるのに、やはり何よりも彼はルナセイラを優先する。
――我慢している姿がかわいい・・なんて言ったら怒られてしまうかな・・
折角逢瀬を中断してまでルナセイラを気遣っているというのに、つい荒ぶる淫らな心にルナセイラは自分を律するように顔を横にブンブンと振り聖女としての振る舞いに戻した。
「――はい、今後の事を少しお話したいです」
「それは、彼等と話したことと関連している――ということかな?」
「そうです」
ルナセイラの真剣な表情に、心を荒げていたセイフィオスも振る舞いを改め、了承した。
「何か気になることが?」
「私たちは少しずつですが、成長しているのは感じています。ですが、アイナさんの魔女化はそれでも安心できない事のように感じるのです」
「彼女の魔女化の力が癒しの力を上回ると?」
「そこまでかはわかりません。――ですが、サーシェンがこちらに来る前の時点でも魔法スキルSSであったにも関わらず、逃げたいと思う程の穢れた魔力を持っていたのです。
――もし今も日々私たちと同じように成長し続けているとしたら・・・」
自分で言った言葉に悪寒を感じてぶるりと身震いした。
「――それは確かに警戒するに越したことはないね。すでに魔信仰と繋がっているのなら、より効率の良い力の使い方を学んでいてもおかしくないかな」
「そうなんです。だからこそ、今夜のような加護を付与する時間を出来る限り多く持ちたいと思ったのですが、―――その・・・相談です」
「加護について私に相談?」
「はい・・その・・・ずっと考えていたのですが、癒しの聖女は自身のマジカルナイツに加護を与えて自分の能力を分け、その者の能力を引き出します。
ですが、全てに最高の加護を与えるのは以前にもお伝えしたと思うのですが・・その・・違うと思っています」
「全員と最後まではしない。――ということでしょう?」
「その通りです。私は、加護の授け方に種類があるのはそれらにも意味があるのではないかと思っていまして・・」
「――意味?」
「はい、女神様は、誰に対しても平等に愛せとは思っていないと思うのです。
もしそのようなことを許しているのであれば、今回アイナさんは魔女化まで至らなかったと思うので」
「――愛し方が聖女の力に関係すると?」
「私の見解ではそうです。
アイナさんは、私が癒しの聖女であるということを入学当初から知っていました。
私の能力があれば、自分のサポート役であるエディやサーシェンたち四人を取られてしまうと考えたのでしょう。
最初の頃は無視されていただけでしたが、容姿を元に戻してから『取らないで』と言われて気づきました」
「なるほど・・・彼女はルナの真似事で彼等全員と性交したというんだね?――でも彼女は聖魔法を使う聖女だ・・能力が違うよ?」
「そうです。アイナさんもそれはわかっていたようで、私ばかりずるいと言っていました。――恐らく私がサポート役の方々を自分の能力で奪うとでも思ったのでしょう」
「そうか・・・彼女は自分の大切な物を奪われる前に手を付けた・・ということだね?」
「はい。――ですが、いくら性交し全員を愛そうとしても無理だったのでしょう。
むしろ、より一層奪われたくない。その感情に振り回されることになったのでしょう。」
「彼女が願ってしたことなのか・・それとも思い込みで流れに身を任せてしまったのか・・」
「私はアイナさんの感情を深く受け止めるつもりはありませんが、愛が乱れたことで彼女の心は荒んでしまったように思うのです。――この事を自分に当てはめた時、アイナさんだけがそうなるとは思えませんでした」
「ルナも全員に愛を与えることで彼女と同じようになると?」
「私はそもそも何にもの方を愛することはできません。ですが、もし全員と身体を重ねて心が平静を保てるか?と聞かれたら、私は『いいえ』と答えるでしょう」
「――それはそうだよ・・」
ルナセイラの言葉にセイフィオスは安堵しても、その表情には不安が込み上げているようにも感じる。
「ですから、癒しの聖女がたとえ他者に自分の体液で加護を与えられるとしても、私は全員と身体を繋げることはありません。」
「あぁ、――是非そうしてほしい」
安堵の表情を浮かべた彼ににこりと微笑み話を続ける。
「私は全員を愛せませんが、親愛は感じています。これは友愛よりも強いと思っています。
友愛であれば、頬への口づけや手の甲への口づけでもよいかもしれません。――ですが私は彼等の能力をより引き出して差し上げたい」
「効率の良い加護の与え方があると言いたいのかい?」
「――はい。額に口づけが有効だと思います」
「それじゃ・・今と変わらないという事?」
「そうです。額は神聖な場所とも呼ばれると聞いたことがあります。第三の目と呼ばれるほどに、直感や能力の開花に直結すると私は捉えています」
「第三の目――か。私は聞いたことはないけれど、確かに額を神聖視するという話なら聞いたことがあるような気はするね」
ルナセイラはこくりと力強く頷いた
「ですから、額への口づけの加護は、聖女の親愛の証としての加護を付与する場所として最適だと思ったんです
このお話はサーシェンにだけお話ししました
私は今後より一層彼等へ多く加護をあたえていくでしょう。ですが、少しでもセイに安心してほしいのです。
私の愛情は貴方だけのものだから」
「私を・・安心させるためにこの話を――してくれたんだね・・ありがとう・・」
ルナセイラの意図に気付き、セイフィオスの瞳は揺れた。
全てには意味があると知らしめたのだ。
強い意思の籠った眼差しを見つめ、優しいくルナセイラの頬を包み込む。
「私の不安にも向き合ってくれてありがとう」
「言葉だけじゃなく、態度でもセイへの愛情を示しますから、――私を離さないで下さいね」
ルナセイラのはにかむ笑みに堪えきれずかき抱く。
「私は幸せだ・・でもこの幸せを誰にも譲ってやるつもりはないから安心してね」
「はい。――それで・・セイへの加護の事なのですが・・」
「――!!」
ルナセイラの言葉にぴたりとセイフィオスの身体は固まり、ゆっくりと離れてから瞳を見下ろした。
「――いつにしましょうか」
全てを語らずとも、その言葉の意味にセイフィオスは震えた。
顔はほんのりと朱に染まり大きく見開かれた瞳には、期待と動揺が入り混じっていた。




