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ノマロンの町長に魔信仰の持ち込んでいた備品などを託したあと、ムートンヒルへ向かうか向かわないかで意見が最初は分かれた。
「―――私はムートンヒルは出来れば後回しにした方が良いと思うよ」
「え~?でも道順なら次はムートンヒルでしょ?僕たちだったら問題ないと思うけど〜?」
セイフィオスの言葉にサーシェンは口をとがらせて面倒くさそうに言う。
確かに地図に沿って遺跡を巡るなら、順番で行けば次はムートンヒルだ。しかし、ムートンヒルは魔信仰の本拠地。聖魔団も中に潜入できたものはまだいない。
ルナセイラ一行が聖女として訪問は許可されるかもしれないが、町の中の状況は全く分からない。
セイフィオスの懸念は、聖女の安全が確保できるかわからない部分にちがいない。
「私もできれば道順で進めたいです。―――ですが、魔信仰は恐らくアイナさんを魔女にすることが狙いなはずです。その邪魔をしようとしている私たちには、きっと全力で立ち向かってくるでしょう。
今は少しでもパーティーの団結と情報収集を優先したいのです。オッドローグ森林遺跡に向かわせてもらえないでしょうか」
「私は構わないわ。―――ルナはどんな情報が知りたいのですか?聖魔団とも情報共有するのはどうでしょう?」
「確かに聖魔団の方々のお力もかりることができたら良いですね。ヘラ、口添えお願いできますか?」
「勿論です!どんな情報を共有しますか?」
にっこり微笑むヘラに、周りのパーティーメンバーの男たちも同意を見せた。
「やはり今は魔信仰の持っている『穢れを祓う石』の情報が知りたいですね。あとは、ムートンヒルの状況も・・・。何故魔信仰の信者が魔獣のスタンピードが起きても自分たちが安全だと思っているのかも気になります。」
「わかりました!ではフレキセン様へ連絡しておきます!」
「ヘラありがとうございます!」
「私の騎士団も力になれるよ。各地に散らばっている魔信仰の信者を捕まえるのはどう?」
「でも・・・浄化できないのにつかまえるのは危険ではないですか?」
「とりあえず捕縛ならできるよ。その後『穢れを祓う石』とやらを奪ってまとめてルナが浄化してくれたらいいんじゃないかな?」
明らかな強行手段だが、ルナセイラがわざわざ魔信仰の信者を捕まえに行くよりも、捕まえて連れてきてもらった方が早い気はした。
「ただ、人数が多くなりそうだから、王宮の地下牢がいっぱいになる可能性もある。フレキセン殿に捕虜の収監も頼めるなら助かるんだけど、ヘラ頼めるかい?」
「わかりました。その件も確認致しましょう!」
「頼むよ、私の騎士団が信者たちを捕まえて、『穢れを祓う石』を多く手に入れることが出来れば、色々わかることも増えるだろうしね」
各地にいる魔信仰の信者たちは『穢れを祓う石』を持っている。
ひとつでも多く集めれば、出来ることも増えるだろう。―――ルナセイラはそう感じていた。
「巡る遺跡は残り五か所です。順調ですが、魔信仰が私たちの事を知れば、自分たちの作戦を早めようと魔信仰も動くはずです!一つでも多くの遺跡を浄化するためにも、私たちは今から次の遺跡付近の町へ向かいたいと思います!」
ルナセイラの心の中には一つの希望が生まれていた。
それは魔信仰の信者たちが持っていた『穢れを祓う石』だ。
石に癒しの力を込めたが、魔力を吸収しやすい石のようにルナセイラは感じた。
魔信仰には二百年以上前から癒しの聖女は誕生していない。ということは、魔女も誕生していない事になる。
ノマロンの町長の机の上に置いてあった『穢れを祓う石』も、マロンを去る前に譲ってもらっている。
ネックレスタイプより大きいので、癒しの力を付与し、どのような効果が表れるかによってはリュキスエント石の代わりになるかもしれない。
否、もっとよい効果を発揮してくれるかもしれないだろう。
リュキスエント石は使えば消耗品でいずれ壊れてしまう。しかし、もし『穢れを祓う石』が何年経っても癒しの力を付与し続ければ継続して効果を発揮してくれる可能性が高い。希少なリュキスエント石より使い勝手が良いかもしれない。
セイフィオスの私兵である騎士団が魔信仰の信者たちを捕縛することで、より多くの『穢れを祓う石』を手に入れることが出来れば検証も捗るはず。
ルナセイラの浄化、マジカルナイツたちの戦力、リュキスエント石や『穢れを祓う石』の効果で、どこまで魔信仰やアイナに対抗できるのか。
今はまだ想像することしかできないが、時は刻々と過ぎていく。
助けてもらえるならば遠慮している場合ではない。その代わり、自分も出来る事に心血を注ごう。―――そう思うのだった。
「―――ルナ?大丈夫?」
ハッと気づくと、目の前には互いの鼻が触れそうなほど近い位置にセイフィオスの顔が映った。
「―――――ふぁっ!!」
気が抜けていたルナセイラには、美しく精悍な顔立ちのセイフィオスの顔は目に毒過ぎる。
あまりにも驚きすぎて全身の毛が逆立つ裏返ったような声が漏れ出てしまう。
無意識に踵まで地面から浮いてしまった。
「考え事?それとも疲れた?―――町に行く前に今日はここの宿に行く?」
心配そうにのぞき込むセイフィオスは眉根を下げて問う。
「ご・ごめんなさいっ!――――ちょっと考えごとしていただけです。」
「それなら良かった。」
両手を胸の前でブンブン振りながら、慌てて笑顔を作ったルナセイラに、セイフィオスは苦笑しつつも納得して頭を優しく撫でてくれる。
しかし、突然の出来事になかなか早鐘を打つ胸の鼓動はおさまってくれない。
「無理しないでね。一番大きな街ユーゴレイまで転移できたけど、もう時間も時間だし今日はこの町で宿に泊まらないかい?」
「そ・そうですね!確かに今から遺跡付近のテイルカの町へ向かうには時間が遅すぎました」
必死で視線を彷徨わせながらも冷静を装い同調して見せた。
あわてふためくルナセイラの了承を得て、セイフィオスは他のメンバーにも伝えてから、宿へ空きがあるか話しを付けに向かった。
先程まではまだ明るかった空は、日が落ち始めてオレンジ色が染み始めていた。
今からオッドローグ森林遺跡付近のテイルカへ向かっても大した調査もできないだろう。
オッドローグ森林遺跡のあるラウセクス領の一番大きな街、ユーゴレイは王都から近く、馬車でも二時間弱でついてしまう。
山に囲まれた盆地のような場所に位置するラウセクス領はそこまで広くはなく、領堺付近の鉱山からとれる鉱石の流通で栄えてきた。その為ユーゴレイには鉱石を使った芸術品や日用品、武器防具などの職人の店が数多く並んでいるのが特徴。職人の街ともいえる。
特にガラス工芸が盛んで、街の外灯は淡い色とりどりの真球ガラスグローブで灯されていた。
優しい灯りに照らされながら歩く繁華街の通りは、商人だけでなく観光客も多い。
「――――素敵な街並みだわ・・」
「そうだな、―――俺も初めてきたが、こんな幻想的な街もあるとは知らなかったな・・」
ルナセイラの呟きに、隣を歩いていたエディフォールも頷いた。
「エディは色々は領地の視察に赴いたりはまだしていないのですか?」
「・・・・そうだな。俺は公務が始まる前からすでに重要な任務に就いていたからな」
重要な任務とはアイナのサポートの事だろう。
アイナが聖魔法に目覚めた十四歳から、ずっと彼女に寄り添うことが多く、公務が始まったとしても殆ど王都からは出ることはなかったのだから当然だ。
「それでは今回の旅は良い経験になりそうですね」
感傷に浸るようなエディフォールの横顔を励ますように優しく微笑み寄り添った。
「―――そうだな、本当にルナのおかげだ。」
「・・私は別に何も・・・・」
「いいや、ルナのおかげなんだ。偏った見方をしていた俺は、沢山の過ちを犯してしまった。そんな俺にチャンスをくれたルナにはとても感謝している」
感情を押し込めたような笑みを浮かべながら切なげに話すエディフォールの瞳はなぜかほんのりと熱を持っているように感じた。
「私はキッカケを作っただけです。勝ち取ってチャンスを掴んだのはエディなのです。貴方の熱意と行動力がなければ今の私たちの関係はなかったでしょうから。
私は同情心でマジカルナイツの選定はしていません。完全な実力判定なのですよ」
メインキャラクターであるエディフォールに、どこまで自分の気持ちを話して良いのか躊躇われる。それでも、彼の言葉の節々には「想いを受け止めて欲しい」という願いが感じ取れた。
全てを掬い上げることは出来なくても、それでも評価できることは素直に口にしたい。
ルナセイラはそう思ったからこそ幾つもの浮かぶ言葉を呑み込んで、伝えられる最大限の賛辞を微笑み告げた。賛辞に男女間の熱は一切込めはしない。
――きっとわかってくれるよね?
マジカルナイツの旅が始まってまだ二日程しか経っていない。それでもエディの自分に向ける眼差しに熱が混じっていることは察していた。しかし、すでにルナセイラはセイフィオスを選んでいる。
たとえこれが初めての恋愛なのだとしても、出来る限りの誠意を見せたいと思ったし、仲間には誤解されたくない。
多くは口にしなくても、きっと思慮深い彼なら理解してくれるだろう。
ルナセイラは言葉を交わしながらずっと願い続けた。
「―――ルナ!今夜は早めに宿に入るんですよね?聞きたいことがあるんですが・・今・・いいですか?」
畏まった口調で後ろを歩いていたレインが会話が途切れたのを見計らってルナセイラを呼び止めた。
「勿論。構いませんよ!――――どうしましたか?」
愛想笑いをしながら割り込むレインをジト目で見つめたエディフォールだったが、空気を呼んでくれたのかすんなりと一歩下がる。
「その・・・・聖女様の加護は・・定期的に・・してもらえるんですか?」
「定期的・・・ですか?」
聖女の加護について全く考えていなかったわけではない。それでも、他に考えることは山積みであまり意識はしていなかった。
―――そっか・・確かに癒しの聖女のマジカルナイツからしてみたら加護を貰ったら自分のステータスが上がるのだもの・・定期的に欲しいに決まっているわよね・・・
与える側のルナセイラはそこまで考えていなかったが、今相手の戦力がいかほどなのかわからない以上、少しでも自分の能力を上げておきたい気持ちはわからなくはない。
「そうですね・・毎日できるかはお約束できませんが、夜時間がある時にはするようにしましょうか――」
「―――本当ですか?!ありがとうございます!!」
余程嬉しかったのだろうか。
満面の笑みを浮かべ、レインはルナセイラに抱き着きたいのを堪えるような仕草をしながらも、大きい声を上げて喜びを表現した。
「おい!街中で騒ぐんじゃない!迷惑だ!」
一歩後ろを歩いていたエディフォールが苛立ちをこめながらすかさず口を挟む。
「んあんだとぉ?―――っエディ!俺はお前より年上なんだぞ?偉そうに説教すんな!!」
先ほどまで愛想よく猫を被っていたレインだったが、エディフォールの説教で素のレインの口調が露になる。
「お二人とも喧嘩はお止めください!お行儀よくして頂けないのであれば、加護をする時間を作りませんよ!」
ルナセイラの言葉にギャーギャー喚き散らしていた二人の喧嘩はぴたりと止まる。
そのあまりの分かりやすい反応に、少し離れて様子を窺っていたサーシェンもヘラも「ぶふっ!!」と噴き出し堪えきれず笑い声を漏らすのだった。




