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「浄化・・できたでしょうか」
「あぁ、成功したよ。黒い靄はもう見えないからね」
すぐ横に並び立つセイフィオスを見上げると、ルナセイラの頭を撫でながら優しく彼は答えた。
「―――良かった・・それなら、ワッシュレイ湖の石碑の魔力溜まりの危機はしばらく大丈夫そうですね」
「そうだね―――恐らく今から魔信仰が足掻いても、少なくとも数か月は今の状況にするまで時間はかかるんじゃないかな」
あたりを見回しながら言うセイフィオスは、晴れやかな微笑みを浮かべていた。
これまで魔力溜まりを防ぐことはできないと思っていたけれど、想像以上にスムーズに浄化できたことに、ルナセイラも安堵の息を漏らす。
「―――な・・なんという事を・・~~~折角あと少しだったというのに!!」
後方では魔法拘束で囚われた魔信仰の信者たちのリーダーらしき男は、顔を歪ませこちらを睨みつけながら悔しい想いを吐き出した。
「セイ、魔信仰の者たちは穢れた魔力をまだ纏っていますか?」
「いいや、もう誰からも黒い靄は見えないよ」
ルナセイラとセイフィオスの会話に、リーダーらしき男は二人を睨み続け叫ぶ。
「お前たちのせいで準備が台無しだ!!―――あと少しで・・あと少しで完成するはずだったのだぞ!!」
先ほどまでの余裕綽々としていた態度が嘘のように取り乱し、地団駄を踏むように暴れようとする。
「このまま魔力溜まりが出来てしまったら、魔獣のスタンピードも起こったでしょう。そうなればノマロンの人々も無事ではいられませんでした」
「~~~世界の平和の為には、多少なりとも犠牲はつきものだ!」
「あなた方の仰る平和と私の思う平和は異なるようですね。貴方はその多少の犠牲に自分が含まれてもそのように平然としていられるのですか?」
「我々は違う!選ばれたのだから!犠牲になるのは女神リリベラの信者だけだ!」
「スタンピードが起これば選定など関係なく被害を受けるでしょう。数か所で魔物のスタンピードが起こってどうやって自分は無事でいられると思えるのですか?」
「魔女様がそう仰ったからだ!聖なる魔力に身を委ねた魔女様は我々の先祖であるマジカルナイツを『魔信仰』で導いてくださった。再び魔女様が蘇る為に、我々子孫は準備を進めてきたのだ!」
ルナセイラとリーダーらしき男との問答は交わることはない。
穢れた魔力を浄化しても尚、リーダーらしき男は血走った眼でこちらを睨みつけながら暴言を吐き続ける。
「これは聖戦だ!神である魔女様がすでに降臨されようとしている!魔女様が魔物を操り女神リリベラの民を滅ぼし新しい世界を築き上げるのだ!」
恐らく魔女は『魅了』の力を穢れた魔力で行使することで魔獣すらも操るのだろう。もし数か所で魔力溜まりが発生し、魔獣となった生物が魔女の魅了で王国へ攻め込んだら―――
考えただけでもとんでもないことが起こるだろうと思い至り、ルナセイラはぞくりと身震いする。
――まるで洗脳されたかのように魔女を神として崇めているのね・・アイナさんが魔女になる事を魔信仰はすでにわかっているというの?
リーダーらしき男の言い分ならば、初代の魔女が『魔信仰』を起こし、いずれ魔女が再び現れることを予言しているようだ。それが今代の聖女らしい。
すでにサーシェンとエディフォールの報告で、学園の生徒たちが聖女の魔法で魅了され穢れた魔力で操られていることがわかっている。
――もしかしたらすでに学園だけでなく・・・
不吉な予感を感じセイフィオスを仰ぎ見れば、同じように表情に陰りが見える。他の者たちも同じであった。
しかし、リーダーらしき男以外の信者たちは、明らかに戸惑いを感じているように見えた。
「――サーシェン、この者が一旦話せないようにすることはできますか?」
「勿論出来るよ~」
傍にいたサーシェンはすぐに呟くように詠唱すると、リーダーらしき男の口がぴったりと塞がり開かなくなった。話したくても話せないようで、男は「ん~~!!」と唸り声をあげながらじたばたと暴れる。しかし、言葉を発することは叶わない。
ルナセイラは嬉しそうにサーシェンに微笑みかけると、他の信者たちへ話しかけた。
「他の信者の話も聞きましょう。貴方は自分が何をしようとしていたのか分かっていますか?」
「―――・・その・・私は・・~~~~・・」
問われても、信者の一人は上手く言葉を紡げずに戸惑うばかり。他の信者たちも同じくだ。
「では質問を変えましょう。貴方はなぜここにいて、囚われているのか分かっていますか?」
「・・・・いいえ・・」
嘘はないだろう。男たちの瞳からは困惑し、不安と怯えが見てとれた。
――なるほどね・・
ルナセイラは状況を理解し、質問を続けていく。
「最後の記憶は何年のいつ頃かわかりますか?」
「・・・ブレド歴・・千百五十三年の二月・・頃だと思います」
「――!!」
一人の男の返答に、その場にいる者たちは皆驚愕した。
今年はブレド歴千百五十八年十二月で、彼の記憶は五年前で記憶が止まっていることになるからだ。
「どうやら貴方の意識は止まってしまっていたようですね。その時のことを覚えていますか?」
「はい、・・昨日の事のように覚えています・・。私は黒装束の男に会い、『穢れを祓う石』というものを特別に貰ったんです!」
「――・・それは今も持っているのですか?」
「持っています!首にかかっている首飾りです」
セイフィオスが男の胸元を調べると、確かに石のついた首飾りをかけていた。他の信者たちの首元も確認すると、やはり同じような石の首飾りが首にかかっている。
すでに浄化が終わっており、石は透き通った赤みの石だった。ノマロンの町長の机上に飾られていた石と同じものだ。
「――この石・・もしかして元々は赤黒い石でしたか?」
「そうです!最初は黒に近い赤い石でした!」
「んん~~~~~っ!!」
ルナセイラが男と話をする間、リーダーらしき男は口を閉じたまま話すこともできず必死で口を挟もうと唸り声をあげていた。余程知られたくない物なのだろう。
「――セイ、どう思いますか?彼等はもしかしたらエディのような被害者なのかもしれません。しかし、一度操られていたということは、再び操られる可能性もあるかもしれません」
「そうだね―――それなら私が預からせてもらってもいいかい?」
「どうするのですか?」
「王城の地下牢で一旦身柄を預かって、私たちが王都に戻ったらどうするか考えれば良い気がするんだよね」
「確かに・・連れ歩くわけにもいかないですものね・・ですがどうやって連れていきましょう?」
「―――ウィス!」
「――はっ!」
ルナセイラの疑問ににこりと屈託のない笑みを浮かべると、セイフィオスはウィスを呼び寄せた。
突然目の前に現れたウィスに、仲間たちですらも目を見開く。
――やっぱり皆も驚くわよね・・・
魔法の得意なサーシェンすらも驚いたようで、瞳は輝いている。魔法の研究が大好きなサーシェンでもウィスがどんな魔法式を使っているのか気になって仕方ないのだろう。
「捕らえたこの者たちを魔力封じをした上で地下牢に入れておいてくれ。この者以外は被害者である可能性もある。考慮してやってくれ」
「御意!」
「―――ちょっと待って下さい!」
セイフィオスの指令に従い去ろうとする直前、ルナセイラは慌てて引き止めた。
黒の外套を纏い、フードを深く被ったウィスは驚いたようにルナセイラへ視線を向ける。
「アイナさんはもしかしたら学園の生徒だけの魅了とは限りませんよね?そんなところへ向かうのは危険ではないでしょうか?」
「・・・それはそうだけれど、今の時点では王城の地下牢が一番この者たちにとっても安全だよ?」
セイフィオスの言うことももっともだ。
今は色々な場所で予兆が発生している。安全な場所は殆どない。それに、厳重に罪人を収監出来る場所もない。
「思ったのですが、穢れた魔力をこの石に付与できるのなら、癒しの力も付与できないでしょうか」
ルナセイラは男の首から下げた首飾りを指さした。
「・・・なるほど・・使いまわし出来るなら・・良いかもしれないね!―――やってみるかい?」
「はい!」
男の首から首飾りを外すと、セイフィオスはルナセイラへ渡した。
キラキラと輝く透き通った赤い石を両手で包み込み、手の中に意識を集中させて祈ると、淡く白い光が溢れ出てすぐに光は消えた。ゆっくりと手を開くと、そこには淡いピンク色のキラキラ輝く石がルナセイラの手のひらに乗っていた。
「すご~~いっ!!魔力がちゃんと石の中に入ってるよ!」
一番に声を上げたのはサーシェンだった。セイフィオスやレインたちも、石から淡く白い光がオーラとなって見えたらしく、癒しの力の付与の成功を喜んだ。
「これならきっとアイナさんに魅了されそうになっても、この首飾りが守ってくれそうですね!」
結局ルナセイラは残り五人の首にかかっていた首飾りを全て外して、癒しの力を付与してからウィスに預けた。
「その首飾りは、万が一王城の者たちまで魅了されていた場合に魅了避けとして渡しなさい。優先順位はわかっているね?」
「――はっ!お任せください」
セイフィオスの命を受け、今度こそウィスは他の影も数名呼び出して捕らえた信者たちを転移魔法で連れて行った。
念の為黒の装束、外套も先程の信者たちから奪っておいた。
魔信仰の者たちが連れていかれた後、ヘラとレインが馬車を取りに戻っている間、四人は手分けして信者たちのテントの中を確認し、運べるものは全てノマロンの町まで運んだのだった。




