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聖女の祝福を終えたルナセイラ一行は、気配を消しながら慎重に石碑へと近づいた。
石碑は湖の畔から少しだけ森林の中に入った場所に設置してあり、周辺は開けた場所になっているらしい。
ルナセイラたちが森林の中を進みながら近づくと、すぐにサーシェンが手をあげて石碑辺りに野営が張ってあり、人が数名いることを知らせてきた。
『――この先に野営地があるようだよ!石碑のすぐそばだね』
サーシェンは風魔法の応用で、風に言葉を乗せて無線のように一方的に話しかけてくる。
ルナセイラは魔法スキルが低くて返事が出来そうにないが、他の者たちはどうやら魔法で返事が出来ているようだ。
元々馬車の中でやり取りは魔法で行うという話だった。その為、魔法スキルの低いルナセイラは、セイフィオスに常に傍で守られ代わりに返事をしてもらうしかない。
自分が足を引っ張っているのが申し訳なかったが、皆にその分聖女の祝福を与えることができたのが幸いだった。心苦しさが幾分かマシになったのだから。
『――気を付けて!!魔信仰の信者らしき奴等が七人はいるよ!』
サーシェンは情報を次々に知らせていく。
ある程度は目配せで意思疎通はできたものの、信者たちの姿を確認する前にサーシェンに伝えたくて、るルナセイラはセイフィオスに代わりに伝言を頼んむ。
『ルナが信者たちの中で、リーダーらしき人物を確認出来たら情報が欲しいらしい!』
『――了解!!任せて!』
十メートル程先を進むサーシェンがジェスチャーでルナセイラに合図を送った。
彼は気配を消すのも上手く、風魔法を駆使して地面に足をつかずに移動している。音をたてることなく浮遊しながら進むとは流石妖精の血を引くだけある。常に魔法を行使しているにも拘らず、全く魔力切れを起こす様子もない。
『いた!!リーダーらしい奴は一番大きいテントの中にいる奴だと思う!!野営テントは三つで中に四人!湖の畔側に二人、野営テント近くの木の上に見張りが一人、計七人だね!どうする?』
『ルナの作戦通りで行く!サーシェンと私とルナはそのまま野営地にでる!ヘラとエディは湖の畔側で潜伏。レインは木の上の見張りを森林の中から見張ってルナの指示が出たらそれぞれ全員拘束を頼む!』
各々がセイフィオスの指示に了解の合図をしたのを確認し、ルナセイラは身を潜めるのを辞め、野営地へとセイフィオスとサーシェンを連れて向かうのだった。
「―――誰だ!!」
即座にルナセイラたち三人に気付いたのは、木の上にいた見張りだった。
「話があってきました。貴方方は魔信仰の信者の方々でしょうか?」
ルナセイラは敢えて声が響き渡る様に大きい声で、野営テントの中にいるリーダーらしき人物に向かって声をかけた。
すぐに外に飛び出して来た四人の魔力の感知を、セイフィオスも素早く行う。
「――一番大きなテントから出てきたのがやはりリーダーだよ。他の六人は皆魔法スキルは大したことはないからね」
セイフィオスが小声ですぐにルナセイラに告げると、コクリと返事の代わりに頷いた。そしてそのままリーダーらしき信者へ向かって歩みを進める。
先ほどまでぴったりと寄り添っていたセイフィオスとサーシェンは、二メートルほど後方からルナセイラと信者の動向を伺っている。
「こんにちは!私は治癒の力の聖女ルナセイラと申します。魔信仰の信者も皆さまのお話を聞かせていただけないでしょうか」
「おやおや、こんな所へ可憐なお嬢さんがやってきて聖女と名乗るとは。聖女は誰でも名乗ってよいものではないのですよ?」
対峙する男は余裕綽々とした振る舞いで佇んでいるが、明らかに周りの信者たちからは殺気が入り混じった空気を感じる。リーダーらしき壮年の男は、身なりからしてもそれらしいとわかる気配を感じさせていた。恐らく壮年の男が高ランクの魔法スキルを有しているのなら、魔力感知でルナセイラを聖女と気づいていておかしくない。
知らないふりをしているのはわざとなのだろうか。
ルナセイラも何も知らぬ少女を演じて更に男に近づくと、目の前まで歩みを進めて立ち止まった。
「ふふ・・すでにお分かりだと思っていたのですが違ったのでしょうか。湖が浄化されている事にもきづきませんでしたか?」
「お嬢さんは浄化を見たことがあるのかい?私たちにはなんのことだか――」
「――そうなのですか?町長様が魔信仰の信者様がくれた『穢れを祓う石』のお話をして下さったのですが、その石自体穢れていたようなのです。
ですから是非信者の皆さまからどうしてそのような石をお持ちだったのか、直接お話を聞きたかったのですけれど―――」
「――それは見過ごせないなぁ!」
話している途中ですっと男は前に出ると、ルナセイラの手をグイっと引き寄せ小さなナイフを細い首筋へと食い込ませた。
「―――ルナっ!!」
セイフィオスとサーシェンが悲痛な面持ちで叫ぶ。
「おっと?お嬢さんのお友達たちはそこで動かず立っててもらおうか。私はこのお嬢さんに聞きたいことがあるんだよ」
「あ・・あの・・なぜこのようなことを・・あの穢れた石は、本当にあなた方が町長さんへお渡しになったのですか?」
「―――そうだよ。私たちは穢れた魔力と一般的に呼ばれている魔力を、聖なるものとして考えているんだ。だからあの石を穢れている言われるのはいい気はしないんだよ」
「で・・でもあの黒い靄の魔力に晒され続けてしまったら町の人たちが・・」
「お嬢さんは本当に黒い靄がわかっているのだね。―――まぁ、そんな白い光を身体から放っているなら当然か・・可愛らしいお嬢さんを手に掛けたくはなかったんだけどなぁ」
「あ・・貴方は私の白い光が見えているんですか?皆さん視えて・・いるんでしょうか・・」
「なんだ?私とお話でもしたいのかい?―――今から死ぬというのに?」
「そんな・・・殺されるようなことなどしていません!――お話だけ聞きたいのです!お願いします・・まだ聖女になったばかりで友人と旅をして、石碑を回ってお話を聞いて歩いていたんですっ!」
「――いいかいお嬢さん、世の中には知らない方が良いこともあるんだよ。いくら聖女の力があるからって大して力もなさそうなご友人と三人で旅だなんて、命を捨てるような行為だ。私たちは聖女の助けを求めてはいない。むしろ邪魔なんだよ」
「邪魔?!そ・・そんな・・・でも穢れた魔力に汚染されたら人は生きていけないでしょう!?私は皆さんを助けたいんです!」
「はは・・世間知らずなお嬢さん。穢れた魔力と呼ばれているこの魔力は、私たちにとっては恩恵と変わらないんだ。まぁ聖女を名乗るお嬢さんにはわからない事さ。私たちは魔女様を信仰しているのだから」
「魔女?それは・・悪しき者では・・」
「―――違う!!魔女様はこの世界を自由へと導いてくれる神も同然!女神リリベラなどを信仰する者たちが魔女様を悪く言っているだけだ!
・・残念だが、聖女と名乗った以上お嬢さんを見逃すことはできない。悪く思わないでおくれ」
「そうなのですか?・・・ですが、私そんなに弱くないんですよ?」
ニコリと満面の微笑みを浮かべたルナセイラは、侮られて両手を拘束されていなかった両手を胸の前で握りしめ祈った。
「―――なっ・・・・なんだ?!」
突然自分の身体が光りだした事に動揺した男が怯んだ隙に、ルナセイラは男の右手首を両手でつかみ引き下げるとグルンと背後へ回り込み男の右腕を後ろで拘束しナイフを奪う。
「―――確保っ!!」
ルナセイラの合図の言葉に森林に潜んでいたレインたちも一斉に飛び出し、魔信仰の信者たちを押さえこむ。
セイフィオスはルナセイラたちの側にいた信者の男を一人魔法で拘束後、すぐにルナセイラに駆け寄り魔法でルナセイラの代わりに男を拘束した。
サーシェンは残り二人を魔法で簡単に拘束し、レインやヘラ、エディフォールも難なく拘束を完了させた。
セイフィオスの言っていた通り、ルナセイラの対峙した男以外は魔法スキルは大したことのない者たちばかりだったようだ。
「~~~~ルナ・・やはりわざわざ捕まって話を聞く必要はなかったのでは・・・・」
セイフィオスは、ルナセラの首元に残る一筋のナイフによって切れた傷を悲痛な面持ちで見つめた。
「大丈夫です。私自身が触れるだけでも自分の傷も癒せることがわかっていましたから!」
「治せる治せないの問題じゃないんだよ・・終始生きた心地がしなかったのだから・・」
「ごめんなさい・・でも相手が気が緩んだ状態なら聞けることもあるんじゃないかなって思って――」
「いいや!次からはたとえ有益な情報が得られるとしても駄目だよ!もう囮なんてさせないからね!」
厳しい表情のままのセイフィオスはしょんぼりと頷くルナセイラを優しく抱きしめた。
「―――もしも~~し。まだ尋問も終わってないんだからせめて後にしてくんないかなぁ~?」
普段飄々としているサーシェンも、二人の抱擁は見ていて気分が良くなかったらしい。先程キスを目の前で見せつけられたのだから尚更かもしれない。他の三人もどうやらサーシェンと考えは同じらしい。
「ごめんなさい!―――では、浄化を始めましょうか!」
全く離れようとしないセイフィオスの代わりに、胸を両手で押して離れたルナセイラは気を取り直して信者へと向き合った。
「念の為お聞きしますが、信者の方々はお話を聞かせて下さる気持ちはございませんか?」
「・・・・・・」
問うルナセイラの言葉に信者たちは口を閉ざしたまま視線を逸らす。
――はぁぁ・・
浅い溜息を零すと、ルナセイラは信者たちをサーシェンたちに任せて、セイフィオスと共に石碑の傍まで進んでいく。
セイフィオスが見守る中、ルナセイラは短剣を引き抜き胸の前で両手で握りしめると目を閉じて祈りを捧げた。
―――どうか穢れた魔力を癒したまえ!!
強い光がルナセイラから発したかと思うと周りの空気が徐々に変わっていく。ルナセイラは感覚で感じる事しかできなかったが、セイフィオスたちは黒い靄が徐々に薄れていくのがわかった。しかし、流石に魔力溜まりの源泉なだけあって、ノマロンの町のように数秒で浄化という訳にはいかないらしい。
数分かけてルナセイラが祈る間、セイフィオスたちは警戒を怠ることはなかった。
徐々に空気が澄み渡り目を開けても、辺りはまだうっすらと光に包まれたままであった。余韻のような光がところどころで光っていたが、どうやら石碑の予兆の浄化も無事終わったらしい。
サーシェンやセイフィオスたちも、魔力感知で浄化が滞りなく完了したことを確認できたらしい。
すぐそばに控えていたセイフィオスは、振り返り微笑むルナセイラを慈愛の籠った眼差しで見つめながら優しく頭を撫でたのだった。




