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アイナは杖を使うことで魔力調整が可能となり、わずかな魔力で魔法を行使できるようになった。
元々の魔力量も非常に多かった為、今までよりも格段に使える魔法の種類も増え威力も上がっていた。
医療院のすべての患者を1回の魔法で完全に治癒したアイナの姿は、民にをとってまさに聖女のよう。
急激な魔法スキルの向上と民の羨望の眼差しは、アイナに自信と余裕を与えた。
――やっぱり私はヒロインだったんだわ!!もうルナセイラなんて怖くない!!
自信溢れるアイナの傍らには、いつの間にかディランの姿があった。
杖を手に入れて以降、浴びせる様に賛辞を贈るディランはアイナを崇拝するかのよう。
アイナが何を言っても肯定し、アイナの不安は何故かルナセイラのせいにしておだてている。
様子を常に傍で見つめていたエディフォールは、その光景を訝し気に見つめていた。
アイナの医療院の治療は順調に進み、なんと五日ほどで王国で1番大きい中央医療院にたどり着く。
医療院の治療を全て終わらせると、もう聖魔法の特訓は不要であるとエディフォールを説得した。
数日前からは今まで通りの学園生活を再開したアイナ。
「もう私が聖女である事は間違いないでしょ?ねぇ!・・中庭でいちゃいちゃ・・しよ?」
昼の休憩に入り、教室でぴったりとエディフォールの腕に自分の胸を押し付け、誘うように見つめてくるアイナの眼差しは蠱惑的だった。
今までのエディフォールであれば愛おしさが込み上げ二つ返事で頷いていただろう。しかし、これまでのアイナの振る舞いが頭から離れず、無意識に身構えてしまう。
「アイナの聖魔法の上達は本当に素晴らしいものだ!・・だが、もう少し聖女について情報を集めたり、魔力溜まりについて調べた方が良いと国王陛下もおっしゃっていた。だから――」
「――エディ?!・・聖魔法スキルはSランクを超えたのよ?もう十分でしょう?!・・ずっと頑張っていたのに・・まだ頑張れっていうの?・・酷いよ!!」
アイナは顔を歪めた。
エディフォールに対して怒りを露にし、ディランとアレクシスたちと共に教室を出ていってしまう。
それからアイナは明らかにエディフォールではなく、アレクシスやラディスたちと教室でも逢瀬をするようになった。
クラスメイトの見ている前で、アレクシスがアイナの頬へキスしていても誰も異を唱えない。むしろ羨望の眼差しでアイナを見つめている。
――何が起こっているんだ?なぜこのようなふしだらな逢瀬をクラスメイトの前でも堂々と出来る?・・なぜ周りも批判しないのだ?!
これまでのラディスやアレクシスは、エディフォールの前ではアイナに対して一歩引いた距離感で熱い眼差しを送っていた。ところが、ここ最近は全く隠そうともせず堂々と熱の籠った眼差しでアイナを見つめている。
その光景は違和感しか感じられない。
ブレド王国の未婚の男女は、手を触れることですらふしだらとされている。アイナと性交したエディフォールは他人に口出しできる権利はなかっただろうが、それにしてもひどすぎる。
しかし、誰一人として異を唱えない。
さらに学園内でルナセイラの話題が出ると、アイナは堂々と彼女を貶めるような言葉を紡ぐようになっていた。
ルナセイラは数日前から学園に来ていない。
いくら休んでいて学園にいないからといって悪口を言ってよいわけではない。しかし、アイナの言葉を助長するように周りの生徒たちはさも当たり前にルナセイラを悪く言う。
エディフォールはセイフィオスからルナセイラも聖女と聞いていた手前、その悪意ある言葉を見過ごすことはできなかった。
「――アイナ、最近の君はルナセイラ嬢に対して少々苦言を言い過ぎではないか?」
「・・なぜそんなことを言うの?ルナセイラさんは全然学園に来ていないでしょう?やる気がないのはどうかと私は思う!・・批判されても仕方ないと思うわ!」
ランチの後、大勢の生徒の前でルナセイラ批判をするアイナに苦言を呈すると、隠すこともなく批判の意思をアイナは示した。
「・・・俺はそうは思わない。アイナはなぜそこまでルナセイラ嬢に厳しい物言いをするんだ・・」
「ルナセイラさんがいけないのよ、私のモノを奪おうとするんだもの!あの子がいたら私は幸せになれないの!」
「何を言っているんだ・・アイナの幸せにルナセイラ嬢は関係ないだろう!そんなことを思っていたのか?」
エディフォールはアイナの気持ちがわからない。しかし、以前アイナの部屋でルナセイラ嬢への恨み節を聞いた言葉、が本心だったのかもしれないという確信に繋がる。
「私は聖女よ!間違っていないわ!・・不真面目なルナセイラさんは学園を辞めるべきなのよ!」
「――そうですよ、最近のルナセイラ嬢はアイナさんを不幸にする原因にしかなっていません!聖女様を害する者は学園を去るべきです」
「ふふっ!・・やっぱりディランもそう思うよね?・・彼女がいけないのよ!」
アイナの心を煽る様にディランはしらっと同調して言う。
入学当初からディランがアイナのそばにいるところを何度か見かけたことはあった。何があってもアイナのことを褒めたたえ、何があっても彼女が正しいと伝えていたことをエディフォールは思い出す。
――アイナは最初から他人を非難するような娘ではなかった。・・もしや・・ディランがこれまでアイナを影で唆していたのか?
エディフォールは彼らの会話を聞いていると疑念が膨らんでいく。
――もしディランが入学したころからアイナのすることを全て肯定し、助長させていたなら・・
エディフォールには、この疑念を自分の力では解き明かすことはできないと直感で感じた。
――兄上に手紙で確認してみよう・・自分の疑念が思い過ごしであれば・・それで良い・・ただ、兄上の考えを聞くだけだ!
まるで何かの災いの前触れかのように、重苦しく気味の悪い空気が学園を漂っているようにエディフォールは感じる。
妙に薄気味悪く、気分が悪い。
「殿下、ちょっといいですか?」
翌日、登校してすぐにサーシェンがエディフォールを呼び出した。
空き教室へ案内されて入室すると、即座にサーシェンは防音魔法を行使した。
「殿下、もうお気づきですよね?」
「――何のことだ?」
「アイナのことですよ、彼女が学園中の生徒を魅了してしまっているんです」
「――魅了だと?!」
「しかもただの魅了じゃない・・アイナの魔力がくっさいんですよ!」
「サーシェン?何が言いたいんだ?!」
「あ~~・・殿下は魔力をかんじられないんでしたっけ?・・・・僕は相手の魔力を匂いで感じられるんですよね。SSランクの能力の一つです」
「魔力を匂いで感知できるのか・・すごいな・・だが、アイナの魔力が臭いのか?」
「そうです、一週間くらい前から突然臭くなったんですよ・・前は花の甘い匂いだったのにおかしくないですか?・・・・丁度杖を持ち始めたあたりからなんですよ・・」
「まさか・・魔力調整がうまくいくようになったのと、魔力の匂いの変化が何か関係しているのか?」
「――多分ね、恐らく今魅了されていないのは僕と殿下だけだと思います。・・先生たちですら魅了されています」
サーシェンはぎらりとエメラルドの瞳を光らせて断言する。
「無事なのは俺たちだけなのか!?ラディスもアレクシスも魅了にかかっているのか!?」
「彼等も魅了されてますね、アイナのくさい匂いで近寄りたくもないんで」
鼻をつまんで顔を歪めてみせながら言う。
「サーシェンは魅了を解くことはできるか?」
「無理です。淀んだ魔力に対抗できるのは多分聖女のような浄化でないと無理ですよ」
「そんな・・それではまるでアイナは・・」
「――聖女とは思えませんよね~でもなんでか聖魔法使えちゃってるんですけどね・・僕にもよくわかりません・・どうします?」
「――俺にどうしろと・・だがこのまま放置するわけにはいかないだろ・・放課後にでも兄上に会いに行くか・・」
「王太子殿下に会うんですか?」
「この状況で正しい判断が出来るのは・・兄上しか考えられない」
「・・・・まぁ・・学園の状況やアイナの事もわかってて、聖女の事も熟知してるのは・・確かに王太子殿下か・・」
「兄上がどこにいるのかはわからないから一度放課後王宮で確認してみるしかないな」
「あ~・・それなら多分行先はわかりますよ?」
「――?!・・・なぜ知っている!」
エディフォールは飄々と告げるサーシェンを訝しむ。
「僕ルナセイラ嬢が聖女だと思ってるんですよね、だから探知できるように最近までちょいちょい近づいてマーキングしてたんですよ。おおよその場所がわかれば瞬間移動でちょちょいと匂いを辿って会いに行けます!・・どうせ彼女と殿下も一緒でしょ?」
「・・・・お前・・何やってるんだよ・・」
「僕は聖女のマジカルナイトになりたいんであって、アイナのマジカルナイトじゃないですからね!」
「――!!・・・・まさか・・前からアイナが聖女じゃないと思っていたってことか?」
「ノーコメントで!」
にかっと歯を見せて笑うサーシェンを、エディフォールは憎々し気に一瞬だけ睨んだあと、はぁぁ・・と大きなため息を吐いた。
――無言は肯定とおなじだろ!
「ただこんな物騒な状況で放課後まで殿下は耐えれますか?」
「・・・・それはお前も同じだろう」
「どうでしょうねぇ~?・・ただ恐らくアイナは殿下の事もルナセイラ嬢に渡す気ないようなんで、放課後まで無事にいられるかわかりませんよ?」
「俺だってあと数時間程度なら、淀んだ魔力であろうと耐えきってみせる!馬鹿にするな!」
「なんかフラグ立っちゃってますけど?・・・・ま、そう言い張るなら頑張って下さいよ!僕はルナセイラ嬢の居場所を確認しておくので!」
サーシェンは防音魔法を解くと再び教室に戻っていく。
「――殿下は馬鹿だな・・・・放課後までもつわけないじゃん」
去りながら、エディフォールに聞こえないくらいの小さな声音でサーシェンは呟いた。
エディフォールはルナセイラを批判していたアイナの姿が再び頭に浮かび、がっくりと項垂れた。
結局放課後までもたず、サーシェンの予見した通り知らぬ間に重苦しい空気に身体を覆われ、暗い闇の中に意識を吞まれるのだった。




