26
エディフォールがセイフィオスからアイナの治癒魔法の訓練を言い渡されてからニ週間が経過していた頃、アイナの様子は更におかしくなっていた。
「~~~~・・・なんで・・なんで頑張っているのに・・上手くいかないのよぉぉ~~っ!」
授業の休憩の合間、はぁぁ・・と深い溜息を吐き泣き言を言うことが増えたアイナは、攻略対象たちの見ていない階段の下でバレないように愚痴を吐いた。
聖女らしいところを見せたいのにうまくいかない。
本来であれば聖魔法Sランク以上になっていなければならなかった。しかし、今のアイナのランクはB。
医療院で毎日十人治癒するのは研鑽を積む上では良いペースだっただろう。
だがそれでは魔力溜まりに間に合わない。
あと二カ月ほどで乙女ゲーム『リリマジ』のエンディングであるアカデミー卒業が待っているためだ。
卒業前には必ず魔力溜まりが発生してしまう。
ヒロインなのだから、少し頑張ればあっという間に聖魔法スキルのランクもあがるはずだ!と、アイナは勘違いしていた。
これまで放課後は無理せず逢瀬に時間を費やしていたが、王命で治癒の特訓を放課後義務付けられた為、余計なことを考えずに聖女の訓練に専念するようになった。
しかし、魔力は膨大にあっても今まで訓練をしてこなかった。
魔力量の調整がうまくいかず、どうしても一回の治癒が通常の魔力量の五倍以上の魔力を消費してしまう。
十人前後治癒すれば魔力は空になり体力も精神力もごりごりと削られるのだ。
から回る日々に、一人になると絶え間ない『聖女として』『ヒロインとして』のプレッシャーと、『ルナセイラにヒロイン役を奪われる』妄想に取り付かれて頭がおかしくなりそう。
逃れられない負の感情の連鎖に「私ばかりがこんなに苦しいの・・」と、現実逃避することだけが自分の心をぎりぎり保たせる。
最初は笑顔で応援していたエディフォールも、最近では不安を隠せないようになってきて、ぎこちない空気を互いに感じるようになっていた。
エディフォールとの関係が悪化してしまったのは、ルナセイラが一か所の医療院を一日で終わらせていたからだろう。
魔力量ならば圧倒的に多いアイナが三日以上も治癒に時間がかかるなど誰も予想しなかったのだ。
エディフォールが「やる気がないのだろうか?」と疑問に思ったとしても仕方ないかもしれない。
本当であれば、今頃中央医療院にたどり着いているはずであったのだが、担当している約二十か所の内今日でやっと五か所目に到達したばかり。
それでもアイナは聖女になるべく必死だった。
――魔力調整さえ上手くできればあっという間に治癒も上手にできるはずなのよ!!
アイナは幾度となく心の中で地団駄を踏んだ。
毎日毎日医療院へ向かい必死で聖魔法を使う。
こんなはずではなかったという思いばかりが頭の中を巡っている。しかし、ついてきている恋人たちの前で愚かな姿だけは絶対見せたくない。
『攻略した四人に呆れられるかもしれない』という不安が更に情緒を煽る。
苛立ちを隠しながらの膨大な魔力消費は、余計にアイナの精神を大幅ににゴリゴリと削っていた。
――だからだろうか、悪魔の囁きが天の導きのように聞こえてしまったのは
「アイナさん?!・・・こんなところでどうしたんですか?」
階段下で隠れてしゃがみ込むアイナに少年は気遣うように声をかけた。
「――ディラン君・・ちょっと・・少し一人になりたかったの・・」
「・・一人になりたくなることだってありますよね・・毎日毎日放課後医療院に通って医療院の患者の為に聖魔法で治癒をしてあげていると聞きました。
どんな時も頑張っている貴女は本当に天使のように素晴らしい方です」
「――・・ディラン君・・ありがとう・・でも・・ディラン君がいう程私上手くいってないんだよね・・」
「まさか・・お一人で悩まれているのですか?サポートしてくれる殿下たちは助けてくれないのですか?」
「エディたちは応援してくれているけど・・弱い自分を見せたくないの・・情けない姿見せて、嫌われたくないじゃない?だから・・一人になりたくて・・」
「――!!・・なんて健気なのでしょう!・・僕はそんなアイナさんが大好きです!!・・でも・・アイナさんは殿下の恋人ですよね・・」
「気持ちは嬉しいよ。ありがとう・・ディラン君が私を見てくれているだけでもすごく嬉しいから・・入学した時からディランくんだけはいつも私を励ましてくれたよね・・」
「僕は・・僕はアイナさんのお役に立ちたいんです!貴女の幸せが僕の幸せだから。――・・っそういえば・・聖女様が使う杖はもう受け取られましたか?」
あいなの言葉に頰を染めるディランは気遣わしげに問う。
「杖?・・・・あー・・もしかして魔力を高めてくれる聖女の武器の事?」
「はい!きっとその杖のことです!・・実は、魔力溜まりの予兆が現れ始めていると父から聞いたのです。
一刻の猶予もないのではと思いまして・・」
「魔力溜まりですって!?・・・確かに・・そろそろ発生してもおかしくない時期だわ・・どうしよう・・」
「アイナさん・・自分のスキルアップが大切な事なのはわかります。ですが、今はそんなこと言っている場合じゃないですよね?これまでの積み重ねが成長を現しているのだとしても、だから仕方ないと諦める必要はないはずです!補ってくれる武器があるなら手にすべきではないでしょうか?」
「ディラン君・・確かに魔力調整さえ上手くできればきっともっと多くの人たちを救えるとは思うわ・・」
「ちょうどアイナさんが担当している医療院方面に、聖女の杖の保管場所があることを僕は偶然知ってしまったんです。今はのんびりしている場合でもないですよね?・・この際武器を受け取って実践に浸かってみても良いのではないですか?」
「・・でもまだ国王様の許可が下りていないんだよね・・」
しゅんと哀し気な表情でアイナは呟く。
「大丈夫ですよ!王国民を守るために武器を得ようとしているのですから!むしろ武器のない状況の方が良くないはずです!!僕はずっとアイナさんの味方ですよ!」
「・・ありがとう!そうだよね!武器を得て練習すればきっともっと成長が早くなるはずだわ!」
「そうですよ!!僕はずっとアイナさんを応援しています!!杖のある場所にも僕がご案内しますよ!!」
二人は意気揚々と杖の保管されている教会へと向かっていった。
「――・・杖・・ね・・」
二人が去った教室で透過魔法を解いたのは、エメラルドの宝石のような瞳をギラリと光らせた人影であった。
***
「エディ!今日も医療院の治癒頑張りましょう!」
いつものように明るく微笑むアイナの手には十七歳の少女が握るには丁度よさげな杖が握られていた。
「ん?・・今日は杖を持ってきたのか?」
見たことのない杖を目にしてエディフォールは訝し気に見つめた。
「そうなの!なかなか治療も進まなくて皆に申し訳ないと思っていたから、少しでも早く治療を進められるように用意してみたの!・・私頑張るわね!!」
キラキラと瞳を輝かせて言うアイナの表情は、エディフォールが好きだった彼女の笑顔そのものだった。
「あぁ!応援しているよ!」
アイナは宣言していた通り、聖魔法で治癒をたった数十秒で終わらせた。
「す・・すごいじゃないか!こんなに早く治療が終わったのは初めてじゃないか?!」
エディフォールはアイナの成長ぶりに歓喜した。
「私・・ずっと上手く聖魔法が使えなかったから・・すごく嬉しいわ!」
「・・・・私も嬉しいよ・・」
エディフォールはアイナを優しく抱きしめた。
これならば魔力溜まり発生に間に合うかもしれない。
嬉しい予測は予想しない方向へと向かうことをこの時のエディフォールは想像すらしていなかった。




