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「――・・これから向かうのは本当にレイスン領なのでしょうか?」
次の魔力溜まり遺跡の石碑を目指した二人は再び馬車に揺られていた。
「そうだよ、次の魔力溜まりの遺跡があるのはレイスン伯爵の領地内にあるメイゼル山の麓の石碑なんだ。」
心配事を理解しているかのように慈愛の籠った眼差しでセイフィオスは答える。
「まさか遺跡がマリーエルの領地にあるなんて思いもしませんでした・・」
「確かに私も驚いたけれど、まずは行って確認してみるしかないよね。守れるのはルナだけなんだ。何かあっても必ず私が守るから安心して良いよ。
マリーエル嬢の事が気になるのであれば、手紙を書いたらどうだい?まだ聖女であることも知らせていないでしょ?」
「はい・・そうですね!悩んでいてもどうにもなりませんし、私が出来る事を頑張ります!今夜にでも手紙で状況を伝えたいと思います!」
「うん、そうしたら良いと思うよ」
気合を入れ直したルナセイラに、セイフィオスはにこりと微笑み彼女の頭を優しく撫でた。
セイフィオスは聖女であるとわかってから、更にルナセイラへの振る舞いが甘く優しい。
走る馬車の中は再び甘い空気に包まれていた。
――こんな甘い空気耐えられないよ・・
いつまで経っても恋人同士のような甘い雰囲気に、ルナセイラは慣れることができずにいた。
「――そういえば、昨日私がこの聖女の装束に着替えている間、父と何の話をしていたのですか?」
ドキドキと胸が高鳴り動揺する心を必死で宥める様に、ルナセイラは話を変える。
「あぁ、昨日伯爵殿からは有益な情報を得たら、また連絡したいと言っていたんだよ。ずいぶんルナを心配していたからね!」
「・・父は今まで私が聖女になる可能性があることも、聖女の文献を守る家門であるということも、何一つ教えてくれなかったのです・・それでも、私のことを心配してくれていたのですね・・」
「ルナを心配していたからこそだよ。生まれた時から定められた運命だなんて、信じたくなかったそうだよ。聖女としての重荷を、ルナに背負わせたくなかったみたいだからね。・・伯爵殿のルナへの愛はとても大きいと思う」
「・・そうなのでしょうか・・」
「二人の聖女が誕生してしまった事で、あの子の敵意に晒されたのは想定外だったけれど、私が守れてよかったよ。きっと伯爵殿はもう一人の聖女に命を狙われるなど思いもしなかっただろうからね・・」
「それはそうだと思います。私も聖女は清い心の持ち主だとばかり思っていたので・・」
「・・あの子が清い心ねぇ・・ないなぁ」
「私も・・セイに同感です・・」
苦笑するセイフィオスにつられるようにルナセイラも苦笑した。
***
レイスン領のメイゼル山はそこまで高い山ではなく、麓から八百メートル程の高さの小さな山である。
その麓で魔力溜まりが発生したのだが、その周囲三キロ圏内には町や村はなく、一番近い村がマッシェル村だ。馬を利用すれば十分前後で石碑まで辿り着けるであろう近場に位置している。
ひとまず二人はマッシェル村へと向かうことにしたのだった。
「・・メイゼル山はとっても小さな山なのですね!」
マッシェル村へ到着して山を眺めると、ぽこっとメイゼル山だけが平地に盛り上がった土山のように存在を示していた。
「この辺りは平地が広がっているから、尚更目立つね」
「とても分かりやすくいて良いですが、何の障害もない分魔力溜まりが発生してしまったら、すぐに魔獣はここまで辿り着いてしまいそうですね・・」
「そうだね、だから他の町や村は十キロ以上離れているのだと思う。この村がここに存在することが不思議なくらいだよ」
「・・確かに・・村の人たちもこの場所に住むということは、何かしら理由がありそうですね・・」
「まずは聞き周ってみようか!石碑にはその後行こう。」
二人は早速予定を立てると村の小さな店を廻ったり、村人に声をかけて歩いた。
「――あの、そこの旅のお方・・」
なかなか良い情報も得られず、そろそろ石碑に向かおうかと話している最中、一人の青年が二人を呼び止めた。
「貴方は?」
にこりと微笑むセイフィオスへ「あなた方と話したい方がいるのですが、案内しても良いですか?」と問う。
声をかけてきた青年は、明らかに村人の一人だとわかったが、『話したい人がいる』という言葉に引っかかりを覚えた。
――私たちが何者か知っているの?
怪訝な眼差しを向けても青年は特に怯える様子もなく、こちらの返事を待っている。
「ルナ、話を聞いてみるかい?」
「――・・セイが良ければ私は大丈夫です」
互いに頷き合うと青年に案内を求めた。
「――ルカス様、彼等を連れてきました」
連れてこられたのは村の奥にある一番大きな平屋の邸の一室だった。
部屋は十部屋あるかないか程。村人たちの為の医者や、村の守り人たちの為の部屋も兼ねているのか、人の出入りは多いようだ。
村自体は大きくなく、村人も二百人弱程しかいない。
民家は十数件小さな小屋が存在し、一番大きな邸の周りに数件の武器屋や宿屋、食材を売る屋台や料理も振舞う小さな酒場が立ち並んでいる。
「お入りなさい」
許可を得て部屋に入ると、そこには壮年の男が執務机に腰かけていた。
「よく来てくださいました。どうぞおかけください」
壮年の男はにこりと微笑むと、ルナセイラたちをソファへと誘う。
「私たちに話があると聞いてきた。一体何の話だろうか?」
ルナセイラの騎士のような振る舞いで、表情を変えずにセイフィオスは淡々と話す。
「これはこれは、警戒されてしまっているようですね。・・まぁ当然でしょう。こんな小さな村の人間が、突然旅人を邸に招いたのですからね」
「――それで用件は?」
「まずはご挨拶させていただきます。
私は治癒の聖女の伝道師の一人、ルカスと申します。聖女様方に拝謁賜り誠に光栄でございます」
――私たちの正体を知っている!?
突然のルカスの挨拶にルナセイラだけでなく、セイフィオスもピクリと肩を震わせる。
「貴方は・・私が聖女だとご存じなのですか?」
「存じております。私たちは聖女ローナ様のマジカルナイトの子孫です。ルナセイラ様が生まれた時からずっと見守り続けておりました。」
「・・・・私が平凡な没落寸前のただの貴族だった時からですか?」
「左様でございます。私は伝道師の一人として聖魔団を率いてルナセイラ様のご成長を見守ってまいりました」
「聖魔団?」
「はい、この王国の至る所に伝道師の率いる聖魔団の村があります。その一つがここ、マッシェル村です。」
「ここだけではないのですか?!」
「はい、本拠地はリッセンハウル村です。王国の数か所に拠点となる村も存在しております。」
「リッセンハウル村・・アレ?・・遺跡のある村では?!」
「そうだね・・ここから離れてはいるけれど、今から向かう遺跡の一つだよ」
ルナセイラの問いにセイフィオスも淡々と答える。
「聖魔団は穢れた魔力から人々を救うべく、女神様が眷属として遣わされた治癒の力の聖女様を、お守りする為に生まれた魔法士集団なのです。魔力溜まりの予兆を見逃さぬよう、敢えて遺跡付近へ村を作っています」
「そうなのですね・・女神様の眷属とは?」
「世に多く存在してきた聖女様は、女神様の加護を受けて生を受けた聖魔法を扱う聖女様です。治癒の力の聖女様は、聖女様が悪しき魔女にならないように、特別に遣わされた女神様の代行者であり、眷属なのです」
――悪しき魔女?・・特別に遣わされた?女神の代行者ってどういう事?
どれもこれも聖女の文献に載っていなかったことばかりで二人は驚愕する。
「あの・・とりあえず聖魔団の方々は、私たちの味方だと思ってよいのでしょうか?」
「はい、左様でございます!私どもは治癒の聖女様の守り人として専念しております」
「仲間が多いことは助かる。・・だが、いきなり仲間と言われても些か信じがたい」
「証明しろ・・という事でしょうか?王太子殿下」
「へぇ?・・私が王太子であることもわかっているのだね?」
「勿論でございます。我らは聖女様を守る為至る所で情報を得ております。信じていただく為であれば、魔法誓約でも何でも致しましょう。ルナセイラ様はどのようにご所望でしょうか?」
「・・・・私は・・」
一時苦笑を浮かべたが、すぐに真剣な表情を浮かべて、ルカスはルナセイラの言葉を待つ。
突然魔法誓約と言われても返事などできるわけもない。
守ると言ってくれているのだから信じたいが、裏切られないとも言い切れない。かといって、魔法で縛るのはどうなのだろうかと思えた。
――人の心を魔法で縛りたくなない・・でも・・
「――ルナ、君が彼等を信じるなら、私も信じるよ。もし信じて裏切られたら、その時は私がどうとでもしてあげるから安心してくれて良い。ルナの気持ちはどうしたい?」
まるでルナセイラの悩みをわかっているかのように、隣に腰かけていたセイフィオスは慈愛の籠った笑みを浮かべて言う。
――・・・私の気持ち・・
向かい合うルカスの表情をじっと見つめた。
人の良さそうな壮年の男に見えるが、それだけではないようにも見える。
今、目に映る人となりだけでは、ルカスがどんな人物なのかは断言できない。しかし、村一つが聖魔団であり、彼が聖女様の為に動く魔法士集団の一つを率いるトップならば、きっとそれなりの人物であるに違いない。
味方となれば心強いし、敵となれば非常にやりにくくなるだろう。
ルナセイラの目に映ったこの村の人々は、とても気さくで見知らぬ自分たちでも明るく出迎えてくれた。
二百人もいないような村であっても、全員が気の良い人々だというのは珍しい。
息が揃っているということなのだろうか。敵であっても味方であっても侮れない人々であるように思えた。
「私は、魔法で相手の気持ちを縛りたいとは思いません。・・ですが、今の時点で確実にあなた方が私の味方かもわかりません。
――・・・それでも、敵か味方と選ぶなら、私はあなた方を味方として信じたいと思います!」
「聖女様・・」
自分の思うありのままの気持ちを伝えると、くしゃりと眉を歪めて瞳を揺らし「ありがとうございます」と、ルカスは告げた。
「ならば私もあなた方を信じよう。それ相応に報いてくれることを願うよ」
「承知いたしました。心します!」
先ほどまで淡々と顔色を変えずに冷淡な声音で話していたセイフィオスは、ルナセイラの言葉に同調すると声音をいつもの通りに戻していた。
若干ぴりついていた空気はすっかり和やかになり、ルカスたちも肩を撫で下ろしているように思える。
「それじゃ、君たちの情報を私たちにも共有してくれるかい?」
改めて話を続けるセイフィオスに、コクリとルカスは頷くと報告を始めた。
「私たちは本拠地リッセンハウル村の伝道師、フレキセン様の指示でそれぞれ動いております。私は彼の弟子の一人です。
ルナセイラ様が生まれるよりも前から、聖戦が起こることを聖女ローナ様は危惧されていたとフレキセン様より聞いております。」
「――聖戦!?」
話がまったく予想していなかった方向へと流れていく。
この世界は乙女ゲーム『リリマジ』の世界だったはず。
聖女アイナによって発生した魔力溜まりを『浄化』するストーリーなはずだ。しかし、ルカスは『聖戦』なのだという。
――そんなストーリー知らないわ・・聖戦なんて初耳よ・・
愕然として微かに震えるルナセイラの手をセイオスはきゅっと優しく握った。
「左様でございます、今からお話することはほんの一部ですが、文献には記されていない伝道師だけが伝え受け継いできた話です。」
ルカスはそう告げると知り得る情報を二人に共有した。
なぜ聖女が二人同時に存在したのか。
なぜ聖女ローナは再び聖戦が起こると思ったのか。
なぜ聖魔団が必要だったのか。
「――それでは、魔力溜まりの原因は穢れた魔力蓄積であり、人の邪な欲望の魔力から生まれたものである。それを浄化する為に聖女は生まれてくる。しかし、時として邪な魔力に負けてしまう可能性のある弱い心の聖女が生まれてしまう。
穢れてしまう可能性のある聖女を女神様が救う為に遣わせた代行者が治癒の力の聖女であり、使命は魔力溜まりの穢れで魔人化して魔女となってしまう聖女と、魔力溜まりを浄化することである。
聖女を救う戦いを『聖戦』と、聖女ローナ様は名づけ、再び穢れに負けてしまう聖女が現れることを予見して危惧された。
聖魔団は、聖女ローナ様の危惧した『聖戦』が起こった際に、治癒の力の聖女を助けるためだけに存在しているのだということで間違いないですか?」
「仰る通りでございます」
「・・このような大事なことを、なぜ聖女ローナ様は文献に残されなかったのでしょうか?」
「それは聖女ローナ様にしかわかりません。しかし、穢れてしまった者たちに情報を与えない為と伝え聞いております」
「穢れてしまった者たちとは?」
「魔力溜まりになるとその近辺の動物は魔獣化してしまいます。しかし、魔力溜まりの予兆の段階で穢れた魔力の中で生活をする人間は、穢れた魔力に侵されたことで強い魔力を得る可能性があるそうです。穢れてしまった者たちとはその者たちの事です。」
「魔人化しないのですか?」
「今まで伝え聞いたことの中にそのような話はありませんでした。しかし、強い魔力を持つ集団がそんざいしているとフレキセン様に聞いたことがあります」
「・・それは、やはり聖女にとって敵となる者たちなのでしょうか?」
「・・敵・・ですね。しかし、危惧しているのはその者たちが聖女を唆す可能性があるということでしょう」
「聖女を唆す?!・・・それは、魔女化へ導こうとする・・ということですか?」
「左様でございます」
「・・なぜ世界を崩壊させるようなことを・・」
「申し訳ございません、詳しいことはフレキセン様の方がご存じです。ルナセイラ様がこちらへいらっしゃった際には、リッセンハウルにてお待ちしております。と、伝言をフレキセン様より承っております」
「そうですか、それならば出向かなければなりませんね」
「そう仰っていただけると非常に助かります。フレキセン様はご高齢な為村の外になかなか出ることができないようですので・・」
「――・・状況はわかったよ。ところでここの石碑の側にリュキスエント石は発現したか知っているかい?」
話が一通り終わったところでセイフィオスはルカスにリュキスエント石の話を持ち出した。
「こちらには発現しておりません・・というよりも、王家が発現後すでに持って行ってしまいました・・」
「・・・そうか・・それは残念だ」
「ルナセイラ様方は、リュキスエント石を探していらっしゃるのですね?」
「そうだね」
「それならば尚更リッセンハウルへ向かわれるべきでしょう」
ルカスはニコリと微笑む。
「まさか・・リッセンハウルにあるのか?」
「・・確約はできません、しかし、フレキセン様は聖女様の為の準備をしているとおっしゃっておりましたので、役立つ情報をお持ちなはずです」
「なるほど」
「それなら急いだほうが良さそうですね!まだ昼過ぎですから、今からローゲル平原の遺跡に寄ってからリッセンハウルへ向かえば、明日にはつけるのではないでしょうか?」
「いえ、それはお止めになった方がよいでしょう」
ルナセイラの言葉にルカスは顔を歪める。
「それはなぜだい?」
「すでにローゲル平原は魔力溜まりの予兆がでているからです。予兆が出始めた遺跡に、リュキスエント石が発現したことはございません。ですから行っても危険な目に合うだけです」
セイフィオスの訝しむ言葉に、ルカスは状況を説明した。
「予兆は出ているのですか?!住民の方々は避難はされているのでしょうか?」
「・・避難ですか?・・それはわかりかねますが・・」
「私たちがアッシュヘル領のローゲル平原を素通りするにしても、近隣の町や村の方が心配です。何とか避難を促せないものでしょうか?」
「承知いたしました。では我々が――」
「いや、それならば私が動いた方が良いだろうね。私の私兵を動かしてノイス湖のあるホルウェイ領の領主と、ローゲル平原のあるアッシュヘル領の領主へ王太子命令で非難させよう」
「・・・確かに我々が介入するより、王太子殿下のご命令の方が事は早く運びそうですね」
「セイ・・ありがとう!!」
喜び満面の笑みを浮かべると、セイフィオスは嬉しそうにルナセイラの頬を撫でた。
どきっ!!
突然の甘い振る舞いに身体が強張り頬が染まる。
そんなルナセイラの姿を満足そうに見つめると、再び冷徹な声音でセイフィオスはウィスを呼び寄せた。
「――・・ウィス」
「はっ、御用でしょうか」
突如ウィスがセイフィオスの背後に現れ跪く。
「聞いていたね?これからすぐに私の騎士団に命じて二か所で住民の誘導をさせてくれ。王太子名義で避難命令の書簡を明日には各領主へ送っておく。」
「承知いたしました」
静かに了承すると、ウィスはすぐに消えてしまった。
――いつ見てもウィスさんの登場の仕方には吃驚してしまうわ・・
何もない所からぱっと現れぱっと消えてしまうのだ。
恐らく複合魔法の一種なのだろうが、どんな瞬間移動の複合魔法なのかルナセイラには見当もつかない。
二度目のルナセイラですら目を瞠ったのだ。ルカスたちが驚愕し目を大きく見開いてしまうのは仕方ないことだろう。
セイフィオスだけはさも当然とばかりに、驚愕するルカスへ微笑を浮かべたのだった。




