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「あ~~~~・・おほんっ・・ちょっといいかね?」
びくうっ!!
突然部屋の入り口から聞こえた声に、自分たちだけの世界に入り込んでいた二人は、わかりやすい程にびくっと体を震わせて抱き合っていた身体を離した。
「お・・お父様?!・・いつからそこに!!」
ルナセイラは頬を真っ赤に染め上げて、大げさな程に大きな声で言う。
「・・・・さっきから何度もノックしたのだが・・全く反応がなかったものでね・・」
伯爵は視線を斜め上に逸らしながらわざとらしく告げた。
「何度も?!・・そ・・それはごめんなさい・・何かあったのですか?」
「そうなのだよ、実は見てほしいものがあってね!殿下も少々お時間いただいてもよろしいでしょうか?」
さっと態度を改めた伯爵は、恭しく頭を垂れてからセイフィオスへ伺いを立てた。
「私は構わないよ、何かあったのだろうか?」
「実は聖女ローナの魔力溜まりを浄化の際に纏っていた装束があったのですが、妻がどうしても娘に身に付けさせたいと申しておりまして、先ほどやっと仕立て直し終わったのです。ご覧いただけますか?」
――聖女ローナの装束ですって?!
「それは素晴らしい!ルナ!着てみてごらん」
「はいっ!是非!!」
喜ぶルナセイラを伯爵は夫人の下へと案内した。
「随分気を使ってくれていたようだね、感謝する」
セイフィオスは伯爵に軽く頭をさげて礼を言う。
「とんでもございません、私たちの娘が命がけの旅をするのです。こんなことくらいでもしてやりたいと思うのは親心です・・」
「きっとルナセイラも夫妻の気持ちを理解しているだろうね」
「・・そうであればよいですが・・私たちはただただ・・娘が聖女でないことを願い、何も娘に対策もさせませんでした。今更かもしれませんが、無事に役目を果たし戻ってきてほしいと願っております・・」
たんたんと告げる伯爵の瞳はゆれ、感情を押し殺しているのがわかる。
「ルナセイラは誰よりも優しく強いです。私も幾度となくそんな彼女の優しさに救われています。」
「――殿下・・」
「私も命がけでルナセイラを守ると彼女に誓った。だから、ルナセイラと私を信じてほしい」
「ありがとうございます・・明日以降は・・もうこちらには戻られないのですよね?」
「そうだね、明日からは西に向かって遺跡を巡る予定だ。少なくとも一週間以上は戻ってくることはできないだろう」
「・・そうですか・・もしかしたらもうご覧になったかもしれませんが、実は文献の中で少し気になる文言を見つけました・・」
何か意を決したかのようにもの言いたげな伯爵の表情にセイフィオスは訝しむ。
「気になる文言?・・それはなんだ?」
「聖女様の日記の中に『リリベラの涙が穢れた魔力を癒すのだろう』と、記述があったのです・・」
「穢れた魔力を癒す?」
「はい、・・・・こちらの記述です。ご覧ください・・」
伯爵は聖女の日記をぱらぱらとめくり、あるページをセイフィオスへ見せた。
そこには聖女が石を探す旅を通してリュキスエント石を採取した際に思った事、浄化をしている際に感じた事を含めて綴られていた。
「穢れた魔力というのが『魔力溜まり』の原因のように思えるのだが・・伯爵はどう思う?」
「私も同感です。・・普段の魔力が普通なのだとすると、何かしらによって穢れてしまった魔力が魔力溜まりに集まっていくということになるのでしょうか?」
「・・・・これだけでは何とも言えない。だが、魔力溜まりとは、ただの魔力の集約ではない・・と言う事なのかもしれない」
「・・そうですね・・もし・・もしその穢れをリュキスエント石が癒しているのだとするならば・・浄化後に石を採取してきた我々は・・穢れを癒す妨害をしてきたことになるのでしょうか・・・」
「わからない・・これまで魔力溜まりが発現するのは、仕方ないことなのだと思っていた・・しかし・・もし我々がその発現を早めていたのであれば・・これまでの認識を変えなければならないかもしれない・・」
「・・・・」
二人は口を噤んだ。
これまで浄化の武器として王家が率先して使ってきたリュキスエント石。
もしそれが『余計な事』であったのであれば・・王家の責任であることは言うまでもない。それに、これから自分たちがしようとしていることも間違いなのかもしれない。
――・・リュキスエント石を採取しない方が良いのだろうか・・・?
セイフィオスの心に明らかな迷いが生まれた。
「・・・・殿下、リュキスエント石の件は私からお伝えしたことではありますが・・できれば今回だけはリュキスエントを採取して頂きたいです・・」
「伯爵殿?」
「聖魔法の聖女と、治癒の力の聖女では力の扱い方が全く違います。・・もしノイス湖がすでに穢れた魔力が集まってきているのであれば、もう時間がありません・・」
「・・それはそうだろうね・・」
「しかし、娘は力の扱い方がいつ覚醒できるかはわかりません!・・石を使っても覚醒できるかわからないのです・・そんな状況で石を採取せず遺跡を巡るのは危険行為です!」
「伯爵殿、・・ではリュキスエントの力を隠せ・・と言いたいのか?」
問う言葉が震える。
「~~~~・・せめて・・今回の浄化が終わるまでは・・そうできないでしょうか・・」
「・・私もできればそうしたい。・・だが、安易に判断はできない。それに、リュキスエント石がまだ残っているかもわからないからね・・まずは遺跡を巡ってみて、そこで情報を集めて判断しようと思う」
ルナセイラの能力の覚醒にリュキスエント石が必要であることはもうわかりきっていること。それでも、もし石を採取しない方が良いのであればセイフィオスは採取しないという決断もせざるおえない。
伯爵の苦痛も痛いほど理解できたが、躊躇いなく彼に同意できない自分の王太子という立場が鉛のように重く感じた。
「・・・・・お願いいたします」
「すまない、石の件は約束はできないが、ルナセイラの事は命を懸けて守る。・・もしまた他に何かわかれば教えてほしい」
「勿論でございます!私たちに出来る事は聖女ローナの文献を守ること。もう一度読み直し、漏れがないか確認してみます!」
「頼むよ」
――コンコン・・
「皆さま!ルナセイラが着替え終わりましたので入室してもよろしいかしら?」
伯爵夫人がにこにこ微笑みながら伺う。
「――どうぞ」
セイフィオスの言葉に夫人はルナセイラの手を引いて共に部屋に入ってくる。
ルナセイラの纏う聖女の装束は、可愛らしい襟の半袖シャツに襟元にはリボン、ショートケープを羽織り、腰には巻き布をスカートのように巻いてコルセットベルトで締め、剣帯用ベルトも装着している。元々は巻き布の下にスカートを着用していたようだが、短剣を装備するルナセイラはぴったりとした下衣にショートブーツを履き、左手にはレースのリストバンドリングジェムブレスレットを装着している。
普段学生服しか着用しないルナセイラに取って、冒険者のような自分の出で立ちに心躍らせていた。
「~~~~っと・・とても素敵だ!良く似合っているよ!」
セイフィオスも破顔しながらうっとりするように見つめてくる。
「これから本当に旅が始まるのだと実感できました・・私・・頑張ります!!」
胸の前で気合を入れたポーズをとり、ルナセイラは両の拳にきゅっと力を込めた。
すでに始まった遺跡巡りの旅、セイフィオスとルナセイラは各々想いを秘めて眠りについたのだった。




