9:二日目-若い婆婆-
「……ぁ、がッ、ぁあああああ!!」
大事な動脈が焼かれて弾けた。
……思い出せ! ……ガキの頃……一回だけ……沖縄に来た時の、あの海を……!
――パキン。電球が割れるような乾いた音が脳内で響く。気がつくと五六は逆さまだった。視界が上下に反転しているのではない。空が地面で、海が天井だった。
「……ゲホッ、オエェッ……!!」
五六の周りの海水は少しだけ赤く染まっていた。目に海水が入り、ヒリヒリと激痛が走る。
「……はぁはぁ……!」
五六は時間を惜しむように走り出す。もう陽が登りそうであった。午前二時から午前五時まで……。五六は結局三時間分のロスをしてしまった。
「寝ちゃってたんだ。三時間も意識を失ってた! このままじゃ本当にただ死ぬだけに」
ズキンズキン痛む左目を、目に入ってしまった砂や海水を落とすように撫でた。だが五六のやつれた足は止まらない。
「どこにいるのか、見つけるんだ。なんの成果も得られないでここに来るなんてことは、決してあっちゃいけない!」
五六の鼻から血がたれ始める。ポタポタと垂れる血を右手で拭き、ただひたすらに歩き続ける。しかしその瞬間だった。
「どうしたんだい坊や」
白髪の年のいった女性が五六の腕を取った。
「……す、すみません。東江 巫女ってどこにいますか」
息切れしている五六は呼吸を整え、冷静におばあさんへ質問した。
「そんなことより、早く治療しないとよ。こっちに村があるから来なさい」
「時間が……時間がないんです! 東江の場所だけ教えてください。その先は自分でどうにか…………」
視界は歪み、五六はクラクラと膝から倒れた。
「ああ、いわんこっちゃない!」
口に砂が入ってくるような違和感と不快感。全身が少しだけ解放されるような快感を覚えた。
***
「しんだ? しんだの? でも冷たくないよ、おばあちゃん」
視界の下のほうでザワついている子供が見えた。五六はその瞬間、目を大きく見開いた。
「何時間! 何時間たった」
「やっと起きた。30分よ。死ななくてよかったわね」
さっきの老婆か……。
「そうだ! 東江はどこにいるんだ」
「まあそう焦らずにね。はいこれ」
老婆はガラスコップに入ったお茶を五六に渡した。
「熱いから気をつけてねぇ」
五六はゆっくりとガラスコップに口を近づける。フーフーと息を拭きかせてから、お茶を飲み干した。
「なんでその女性をさがしているんだい。坊や」
「新倉に紹介されたんだ」
五六はガラスコップをベッドの横に置いてある机に置いた。
「そんなことより、ここはどこだ?」
五六は辺りを見渡す。そこは室内のようで、布と木の枝を使って建てられていた。
「ここは、沖縄。国頭村よ」
「そうか……。でここはお前らの拠点でもあるのか」
「そうよ。ここに人が来るなんて珍しいからね、つい驚いちゃったのよ。ほら、この子は私の孫。東江 美奈よ」
「そうか、ふーん。それで、東江はどこに……え……は? 孫? お前は東江なのか」
老婆は首を縦に振った。「焦ること無いっていったでしょう? 私が東江 巫女」
「まじか。こんな年いった人だとは……」
「……」
東江の婆さんは五六に顔を近づけ、左目を大きく開けた。
「痛いからあんまり触らないでくれ」
「あんたこれ……。不運ね。呪い? なんでこうなったの」
「下川ってやつが俺がDCLを使用している時に時間を巻き戻してしまったらしい」
「下川の嬢ちゃん……。こりゃひどいわ。もっと他の対処法があったはずなのにあの子は……ちょっとまってて、眼帯持ってくるから」
東江の婆さんは椅子から立とうとしたが五六が止めた。
「いやいい、つけたくないから」
「そうなの、まあ自由だけど……それで、新倉坊ちゃんになんて紹介されたの? 可愛い子がいるから教えるって? ごめんね生憎今はそういうの間に合ってて--」
「DCLに関与する異能。新倉に聞いた。あなたのDCLは異能解体」
「ほーん……そういうこと。あなたもそれなのね……」
「異能解体で俺の左目を解除できないか?」
「……一瞬なら出来るわ。でも長くても一時間」
「一時間分短縮できるのか! ぜひお願いしたい」
「……話する間だけね」
そして五六は東江に全てを語った。あと二日でDPIを500にしないといけないこと、最終日にゼルのDCLを摸倣しなきゃいけないこと。東江は真剣な表情で全てを聞いていた。
「うーん……。言っておくけど、ゼルのDCLをコピーしても治る保証はない」
「でもそれが一番近道なんだ」
五六は俯いていた。目には少しの涙が溜まっていた。
「今のDPIは405。正直行って数年かかるDPI 50上げを、一日で達成するのはおかしいの……。やっぱりあんたのDCLには何かがある。DPIをすぐに上げれる何かがね……」
DPIを50 上げるために必要な年月は平均で三年。一日でそこまで上げるのは不可能に等しいと言われている。
「でも代償がでかいんだ。左目だけじゃなく、右目もそんな症状が少しずつ出てきた」
「……だからこそ摸倣のDCLについて詳しく知る必要があるわね」
「そういうことだ。東江の婆さんはそういうことなかったのか?」
「ないわ。そんなDPIを一気に上げるなんて前代未聞。だってDPIは視覚情報よ? そんな簡単に上がるわけ無いじゃない。……ねえ、試しがてらちょっと外へ行きましょう」
東江の老婆は椅子から立ち上がり、五六のボロボロの右手を引っ張った。ゆっくりと体を起こしてヨロヨロの足で前に進む。東江はその体を支え、一歩ずつ歩んでいく。部屋を出るとそこはおおきな木が何本も生えている森だった。木にはロープで吊られている部屋や橋がたくさんあった。そしてさっきの部屋は空中にぶら下がっていたのだ。
「すごい……ぶら下がっていたのに、揺れもしなかった……」
「この村全てに重力のDCLを使ってるのよ」
老婆は向かい側につながる橋へ五六を誘導し始める。そこは上空15mくらいはありそうな橋だった。橋を歩き終わり、大きな木に建てられたくいで下っていく。そして地面に到着するや否や、老婆は五六を突き飛ばした。
「痛っ、なにするんだ」
「ここで思い切ってDCLを発動させてみてほしいの! 私のDCLをコピーするのでもいいから全力で!」
そこは大きな広場だった。




