6:一日目 -彼の死体-
「俺の声を使うな……っ!」
石渡が激怒し、DCL -ディメンション移動-を使用し、体を動かそうと思ったが……。
「痛ッ!?」
「ああそうだ! 俺のDCLは使用している間だけ全身の筋肉が硬直する」
だが石渡恭義の得意。異能のデメリットはそれで抑える。DPI 500を超える者のみが到達できる境地、白壊の発動だ。自身のDCLの出力を強制的に10倍へと膨れ上がらせる、エンレフの技の一つ。
「次元歪曲・十重曼荼羅!」
石渡が手を横に一閃させた瞬間、倉敷の街並みが10層に切れてその空間ごとにエンプティーを切った。10倍の規模で展開される切断。並のエンプティーならその余波だけで塵に還る。
だが、仮面のエンプティーは石渡と全く同じ挙動で指を鳴らした。
「次元断層・十重曼荼羅」
空間が10層になり、折りたたまれそうになる。地面には幾何学模様。
「……バカな。俺の究極技だぞ? なぜコピーができる」
石渡の顔に戦慄が走る。
上空のジェット機内。新倉快斗は、モニター越しにその光景を冷静に見つめていた。
(あいつはゼルの演算によって最適な『10倍』を導き出しているんだ。白壊によるミスがなければ、石渡の技を出すだけになる……だが)
新倉の視線は、もう一人の少年、五六冬眞に向けられる。
(五六。だがゼルにとってお前は計算外。その左目で何を見る? 何をする!)
「石渡、そいつは任せたぞ!」
五六は石渡の背後から飛び出し、巨大な『グレイブ・マザー』へと突き進んだ。
「待て! 350のお前が行ってどうなる!」
「なんか見えんだよ! 変な何か! 今なら行ける気がする」
少しだけ、ほんの少しだけ。視界がゆっくり進んでいくんだ。
***
「白壊が……押し負ける? 俺が、エンプティー相手に!?」
石渡が絶望の淵に立たされていた。偽物のエンプティーは超近距離へ攻め込み、石渡のあらゆる動きを先読みし、完全に封じ込めていた。
「守り攻め! 守り攻め!」
だがどうしてもその先の一手が……読み取れない! そこは横からだろ……! はッ下からのアッパーか!
腹部へ直撃した。
「ぅぅ゙……やっぱり重いな」
気づけば石渡は一番街。横の道まで飛ばされていた。あたりの家は瓦礫だらけで奴の殴りの強さがわかる。
「所拠人間。ミス勝負なら、お前の不確定な10倍が邪魔をする」
偽物が石渡の首を掴み上げる。しかしその瞬間、石渡の広角は上がった。
「近けーよバカが」
(!!)
一瞬の暗闇。そして、そこにいたはずの石渡がいない。
(避けられた!?)
「テレポート? いや違う。俺が移動したのか。……お前、面白いDCL持ってるな。自分のDCLのことをすべて把握しているみたいだ」
「これをコピーできると? 自分の命削ってまで、この技を使うのか?」
この技。瞬転は俺が思う数秒前に時空を戻すことができる。ただ、相手の状態や自分の状況は変わらない。ただ、場所が戻るという技。そして、下川みたいにデメリットほぼなしでは使えない。要するに……緊急避難だ。
「……ぁぁ゙!」
石渡は吐血した。肺に溜まった鉄の味を吐き出し、口元をスーツで拭う。
「黒いスーツで良かったぜ。おかげで血が目立たなくて済むからな」
偽物は石渡が先ほど放った瞬転による時空の歪みを、無機質な瞳で観察していた。その学習能力はもはや生物の域を超えている。
「諸刃か。使う価値は無さそうだ」
「価値があるかどうかは、俺が決めるッ……!」
石渡は地面を蹴る。一歩で数百メートルの距離を消滅させる技。
「次元歪曲・十重曼荼羅!!」
白壊による10倍の規模。中央通りのアスファルトがめくれ上がり、地面には幾何学模様が映し出された。建物の外壁が重力無視の方向に吸い込まれていく。
「……最適解。空間展開を逆相で相殺」
偽物は動かない。ただ自身の周囲に次元を発生させ、石渡の折りたたみの圧縮を内側から食い止めた。ギチギチと、空間と空間が軋み合う不快な音が倉敷の街に響き渡る。
「食い止めた!? バカ言え、こっちは10倍の出力だぞ!」
こいつ、下手したら等倍でコピーしている!
「なら、こいつはどうだ!」
石渡はさらにギアを上げる。目の血管が浮き出し、DPIメーターが限界突破を告げる。
「次元歪曲・蝕切!!」
今度は範囲攻撃ではない。必中。回避不能。石渡は偽物の懐に潜り込み、その腹部へ拳を叩き込んだ。
ドォォォォン!!
偽物の腹部から黒い液体——データの濁流——が溢れ出した。だが、偽物はその痛みを感知していないかのように、石渡の腕を掴み返した。
「……空間を固定し、存在を奪う理屈。——効率的な攻撃だ」
「なっ……離せ!」
石渡は咄嗟に瞬転を使い、数秒前の位置へ自身を再定義して脱出する。強引な時空転移に、心臓が悲鳴を上げた。
偽物は、石渡が今見せた構えを完全に真似した。横に一閃。次元の断面が、白く発光する。
「真似してみるよ」
「コピー野郎が……! 先に出すのはこっちだ!」
石渡は最後の一滴を絞り出す。新倉さんが見ている! ここで負けて、何がDPI 1000か。
「瞬転・乾坤一擲!!」
数秒前の自分、今の自分、数秒後の自分。三つの時間軸の次元エネルギーを一線に束ね、未来を先取りした斬撃を放つ。だが……視界が真っ白に染まった。
「時空を作るのに、先を越されたのか!!」
……どこだ、どこをやられた! 石渡は肩で息をしながら、目の前の視界の霧が晴れるのを待った。
……いや、やられていない? 石渡は偽物を見た。白い仮面に、大きく深いひび割れが生じている。そこから覗いたのは……。
「は?」
石渡の脳裏に、数年前のあの事件の記憶がフラッシュバックする。死んだはずの仲間。ゼルの実験台にされた、かつての英雄。
「お前、■■■■■か?」
その名は、声にならなかった。男は割れた仮面をその場に捨てた。素顔を晒す直前、彼はそのまま後ろへ振り返り、路地裏へと消えてしまった。
「……待て! クソッ……!」
追いかけようとするが、脚が動かない。異能の代償で全身の神経が麻痺している。
「……そうだ、五六! あいつ、グレイブ・マザーに一人で……!」
石渡は血を吐きながら、主戦場へと視線を向けた。そこには、巨大な泥の怪物に翻弄されながらも、白く光る左目をギラつかせ、今まさに石渡の技を使おうとしている五六冬眞の姿があった。
「あのバカ、あんな使いどころじゃ死ぬぞ……!!」




