5:一日目 -俺の死体-
「来た」
上空から降りてくるジェット機の重い扉が開き、風と共に新倉快斗と石渡恭義が姿を現した。
石渡の視線が、五六の剥き出しの左目に突き刺さる。血管が浮き出し不気味な白い光を放つその眼球。
「はじめましてだが……、眼帯は着けないのか。趣味が悪いな、五六」
石渡の挑発に五六は立ち止まり、静かに視線を返した。
「ハッタリが必要な時期は終わったんだ。石渡、お前もそのうち慣れるよ。俺のこの目に、盗まれる感覚に」
「……抜かしおるわ。350の雑魚が」
石渡が踏み出そうとした瞬間、新倉が二人の間に割って入った。
「喧嘩は現場でやれ。――ジェットが出るぞ。目的地は岡山県倉敷市、倉敷中央通りだ。DPI 900級、大型エンプティー『グレイブ・マザー』の反応を確認した。これより殲滅任務を開始する」
新倉の言葉と同時に漆黒のジェット機が開いた。
ジェット機の中へ入り、大きな音を立てて飛行し始めた。だが、空気は重く沈黙。俺は新倉と同じ空間にいるだけでもつらいというのに、石渡の強烈な視線に耐えられず、そっぽ向いて窓ガラスの外を見ていた。
***
ジェット機が戦域である倉敷中央通りの上空に到達した瞬間、機体は激しい衝撃に見舞われた。窓の外は、数日前とは比較にならないほど濃密な黒に覆われている。DPI 1200級、個体名『グレイブ・マザー』。
だがもっと違うのは、形を持っているということ。明確な形を持っており、全身があるという状態。模擬エンプティーのような武器だけが明確な形を持っている状態とは違う。
左目を剥き出しにした視界。世界は、色のついた幾何学模様に見えていた。グレイブ・マザーから放たれる瘴気の流れ、空間の薄いところ、そして隣に座る石渡から溢れ出る暴力的なまでの歪み。
「チッ、震えてんのか350? 足手まといになる前に海にでも飛び込め」
石渡が嘲笑いながら、ハッチへ向かう。
「新倉さん。ここは俺が殺ります。——白壊を使って」
「許可する。五六、お前は石渡の背後を死守しろ。死なせるなよ、……石渡を」
新倉の不可解な言葉に石渡が顔をしかめたが、ハッチが開き猛烈な風が吹き込む。
「行くぞ!」
石渡がダイブした。空中でその体が、陽炎のように揺らめく。五六もまた、吹き荒れる風の中へと身を投げた。
着地と同時に、石渡の蹂躙が始まった。 「次元歪曲・蝕切」
石渡がフィンガースナップをした瞬間、空中の空間そのものがガラスのように割れ、押し寄せる数百体の小さなエンプティーがその亀裂で切り刻まれて消滅した。DCL -ディメンション移動- 自分の思うような時空を作り出せる。DPI 1000。新しいディメンションを作り出し、強制的に異聞の区域に入れさせるた。
「時空を壊して殺した?」
「いや違う。そんな器用なことはできない。時間が流れない空間を作り出し、そこに斬撃を加えて必中攻撃にした」
「そんなことしたら、脳が焼き切れるんじゃ」
「だ、か、ら、DPI 1000あるんだよ」
しかしその瞬間五六の脳が、沸騰したように熱を持つ。鼻から赤い筋が垂れた。
「え?」
左目の視界の中で、石渡の異能の構造式がバラバラに解体され、五六の内側へと強制的に流れ込んでくる。
「っ……が、あああぁぁ!!」
あまりの情報の濁流に、五六は膝をつきそうになる。その隙を突き、一体のDPI 450級エンプティーが、石渡の死角からその首筋を狙って跳躍した。
「石渡、後ろだ!」
「っ、しまっ——」 攻撃に集中しすぎていた石渡の反応が遅れる。そのエンプティーは器用に刃物を持っていた。
助からないと思った瞬間、左目の異能コピーが完了した。
「片目発動——強制接続! 1/4・ディメンション移動!」
五六の右腕が、空間を無理やり掴み取った。 石渡のような流麗なものではない。まるで空間を力任せに引き千切るようだった。
ドォォォォン!
エンプティーが石渡に届く直前、五六の腕がその空間ごと切り抜き、空間は紙のように三次元的存在から二次元的存在へと変わり、折れ曲がった。そしてエンプティーの頭部を握り潰した。
あたり一面は黒い泥が四散している。
「……は、はぁ……はぁ……」
右腕の皮膚は傷だらけで骨が軋む。だが、五六の口角は吊り上がっていた。
「……おい。今、何をした」
着石渡が驚いた表情で五六を振り返る。
「お前……俺のDCLを……使ったのか?」
「言ったろ。半分コピーさせてもらうって。……1000の半分は500。新倉のノルマ達成への慣れには、ちょうどいい数値だな。はははっ」
五六の左目は、さらに白く、より禍々しく発光を強めていく。その時だった。洋服店に根を張っていた『グレイブ・マザー』が咆哮を上げた。その中心部から人間の形を模した何かが這い出してくる。
「……あれは、まさか」
通信機から、新倉の緊張した声が聞こえた。新倉はジェット機の中で待機している。
「気をつけろ。DPI 1200級の……DCL持ちのエンプティーだ」
現れたのは、真っ白な仮面を被った黒い人型。その手には、五六たちが今まさに使ったとディメンション移動が、データとして複製されていた。
「……五六冬眞」
仮面のエンプティーが、五六と全く同じ声で喋った。
「誰だお前は!」
まったく同じ声のそいつに五六は近づいていく。
「やめろ! 何をしてくるかわからない。不用心に近づくな」
石渡の声で五六の足は止まった。
「俺たちが、お前らを先に殺す」
その仮面の生物は、空間を掴んだ。




