2:強者だけの領域
明石海峡大橋の一件から三日後。 エンレフの極東本部は、異様な空気に包まれていた。
人類最強のヒーロー、新倉快斗。彼の直属部隊である新倉特攻隊の増員選抜試験。 掲示板に並ぶ志願者のリストは、DPI 500を超える精鋭たちの名前で埋め尽くされている。その末尾に、場違いな数字が刻まれていた。
『五六冬眞 DPI350』
「……マジで行くの? 五六」
隣で、鈴木憂花があきれたような声を出す。 彼女はすでに特攻隊の制服に身を包んでいた。持ち前のDPI-時間遅延-と、あの日見せた新倉への執着が評価され、特例で一次審査をパスしたらしい。
「行くさ。……お前、俺が嘘つきだって笑いに来たのか?」
「……えーと、何の話だっけ」
憂花が首をかしげる。DCLの副作用――必要のない記憶の切り捨て。
お前にとってDPI 350の無力な男との思い出は、もうすでに必要のないものとして処理された。
「……そうかよ。好都合だ」
五六は左目のレンズを指でなぞった。 ハッタリで塗り固めていた自分はもういない。あの後、蒲谷に失望されてから、ここにあるのは脳を焼くような渇望だけなんだ。
試験会場である訓練用ドームには、全国から集まった強者たちが並んでいた。 その中央。高い演壇の上に、新倉快斗が立っていた。彼の圧は空気を歪ませ、どの受験者も敵わないような覇気をまとっているようだ。
「今回の試験は単純だ。模擬のエンプティーを、三分以内に沈めてもらう。ただし――」
新倉が冷徹な視線を会場に走らせる。
「僕が求めているのは、量ではない。『純度』だ。僕の速度についてこられる解像度を持たない者は、戦場ではただのデブリでしかない。正々堂々いどめ。お前たちが思う自身の最強の武器を持って」
試験が始まった。 一人ひとりが前へ出て、次々と受験者たちが派手なDCL能力で模擬体を粉砕していく。 DPI 600の『斬撃』、DPI 700の『質量増加』。
いいぞ。高い。DPIが高ければ高いほど俺の異能は強くなる!
レーンは五つあって、それぞれが闘技場につながっている。五六は各レーンの異能をコピーし、強さ別で順位をつけていた。
炎、刃物。こっちは触手か。だけど威力はあんまりだ。
その時だった。
「次。DPI 350、五六 冬眞」
会場に失笑が漏れる。
「350? 冗談だろ」
「餌の間違いじゃないか?」
五六は無言でフィールドの中央へ進み出た。目の前には、三体の模擬体。模擬体はDPI500相当らしい。触手のエンプティー、角を生やしたエンプティー、巨大なエンプティー。三体すべてが三日前に対峙したエンプティーとは格が違った。
「……始め」
新倉の隣のスーツ男の合図と同時に、模擬体が跳ねた。
五六は両目を見開く。
右目で、さっきのDCL -質量増加-。左目で、鈴木のDPI-時間遅延-を。……脳が割れる。だが、やれ!
「片目発動――強制接続」
五六の視界が白く濁る。 右側の模擬体に、1/4の『質量増加』を叩き込む。通常、二種類の異能を出すために片目発動を使用すると、五六のDCL-模倣-は1/4となる。これは五六のみが出来る力技。模倣の弱点1/2を更に分けて片目だけでコピーさせる。これにより異能の二種類に使用可能としたのだ。
エンプティーの体を重くし、動きを遅くした瞬間、エンプティーに触れてDCL-時間遅延-でその時間座標を固定する。 だが、所詮は1/4。模擬体は触手を適当に振っている。その攻撃一つひとつが闘技場の床や天井を削っていく。
「重さの増加。あれは俺のDPI……?」
「コピーか? なんて小細工な」
観客席の声。新倉もまた下を俯いていた。
「……まだだ。あいつを倒す何かがあるはず! さがすんだ俺!」
!?
……ああぁぁあッ!!
五六の左眼から、血が滴り落ちた。 DPI 350の限界を超えた、1/4 + 1/4 以上の出力。
「……残り時間は、一分。どうすれば」
ピタ!
触手の動きが止まった。そして黒いそいつは、俺をじっと見つめる。
「は、時間遅延が解けた! 出力の限界で」
頭が痛い。これ以上は無理だ。あの硬いエンプティーどもに与えられる攻撃なんて……!?
五六は観客席にいた蒲谷と目が合う。
いたのか蒲谷……!
蒲谷は今にも泣きそうな顔をしていた。そうだ、俺は裏切ったんだ。六ヶ月間も訓練や戦い、DPIから逃げ続けた。逃避したんだ。なのに都合のいいように俺は立ち上がろうとしている……。
(五六先輩は嘘をついてた。でも僕は知ってたんだ。先輩が嘘をついていることなんで……。でも信じたかった。先輩がどれほど努力してエンレフに入ったのか。それが、たくさんの新人や後輩に媚を売っている嘘の仮面だとは思いたくなかった。でもある日、鈴木先輩から聞いたんだ。
五六のことが好き? はぁ、もっとマシな人にしなさいよ……。
五六先輩は顔が良くて後輩女子からも人気があった。だから毎回、五六先輩の嫌味を言う鈴木先輩は距離を取られていたのかもしれない。それでも鈴木先輩と五六先輩の仲がいいのに僕は不思議に思った。だから明石海峡の一件の後聞いた。
「五六先輩はその……嘘をついてるんですよね? DPI1000とか、異能が二種類使えるとか……」
「はぁ。名前なんだっけ。蒲谷くんだっけ。あいつはね一言でいうと大嘘つき」
「そうなんですか……」
「もしかして君もあいつの口車に載せられたの? はあ、だめでしょ。あんなやつのいうこと信じちゃ」
「でも僕は見てない。あの人の本当の姿を」
「自分の目で確かめたいと? 君は思うんだ。そっか、なら私がいくら言ってもしかたない。確かめに行ってきなさい。今日が新倉特攻隊の選別第一次試験よ」
幼少期、俺は自分のDCLに自身がなかった。DCLが得られたと思って胸が高なっていたのに、そのDPIは模倣。猿真似に過ぎなかった。どんなに強いDCLをコピーしても1/2になること。それが自分の心をえぐっていった。だがどうしても諦めきれないところがあった。それは……
五六はボソっとつぶやき立ち上がる。
「だが、ここには新倉がいる」
俺がもし最強の異能をコピーしたら、どうなるか……。俯いている新倉に指を差し、目に集中した。
「残り時間30秒」
制限時間が刻々と迫る一方、エンプティーは動き続ける。角の生えたエンプティーが俺めがけて突進する。
「……あと少しだ。あと少しで」
五六の目が白く変色していく。だが……。
ドオン。爆音と同時に土埃が立ち、闘技場の壁が抉れた。誰もが、見るも無惨な姿で彼が死んだと思い込んだ。
「五六先輩!」
「嘘。五六……!」
事故だと、そう思い込んだ……。
「残り10秒。9,8,7」
間に合うか!? なあ! 新倉、お前の異能は五秒でエンプティーを倒せるか!
「生きてる! 先輩!」
勢いのあまり、蒲谷が席を立った。
「……模倣ね。でも耐えきれるの? 最強の模倣に」
鈴木は腕を組み真剣な顔をしていた。
「で、でも生きてることだってすごいんですよ!」
「まあ、そうだけど……残りの制限時間が」
右腕が紫色の変色する。見ている者全員に驚愕を覚えさせるテレポート。それは……。
「新倉さんあれ!」
「!?」新倉は目を見開いた。そして自身の右腕にもDCLを発動させる。
「あれは俺の異能だ」
「5,4,3」
構える。エンプティーの頭上へとテレポートし、放った。その右腕とエンプティーの体が触れた瞬間、三体のエンプティーが中心点に吸い込まれるようにして、ひと塊へと圧縮された。
会場が、凍りついた。
「あと0.3秒か……三分、かかってないよな」
五六は血の涙と血だらけの右腕を拭い、演壇の上の男を睨みつけた。新倉快斗の眉が、わずかに動く。
「……面白いな。君の能力は、計算が合わない」
新倉が壇上から五六の目の前へテレポートした。
「君は、自分自身の『痛み』を削ってまで強引に能力を詰め込んだ。……狂ってるね」
新倉の瞳が、至近距離で五六を射抜く。
「いいだろう。合格だ。ただし、五六君。君の解像度では、僕の隣を走れば、君の脳は三日も持たずに焼き切れる」
「……三日あれば十分だ」
五六は吐き捨てるように言った。
「その三日で、あんたの強さを盗んでやるよ」
新倉は小さく笑い、背を向けた。
「期待してるよ」
五六の戦いは、ここから始まる。 最強の男の隣という、世界で最も危険な特等席で。




