13:三日目-不審と-
高度一万メートル。ジェット機が空を断ち切るように拠点へと急ぐ。機内に響く低音のエンジン音と、五六の鼓動のリズムは一致していた。そして前傾の姿勢になり、身を深く沈め目を閉じる。 東江の老婆にもらった扇子のおかげで左目から入るDCLの負荷は驚くほど停止していた。だがそれで痛みは取れない。
「五六……、お前はこんな痛みをずっと体験しているのか」
「……言っただろ、痛みに慣れてるって。それより石渡、聞きたいことがある」
「なんだ」
「ゼルは……なんなんだ。あいつは異能は何で、何が目的なんだ」
石渡はしばし沈黙した。雲を突き抜ける機体が激しく揺れる。
「ゼルのDCLはデータによって作られている物体のうち、使われている数値を書き換えることができるといったところだ。まだ俺たちにもわからない点が多すぎる」
「数値の書き換え……。最強だな」
「そうだ。それで俺たちはゼルのDCLを『欠落庭園』と呼んでいる。あいつの周りでは意味が消えてなくなるんだ。熱い、痛い、悲しい、強い……。そういった物質そのものがあいつの演算によって消される。あいつが最強なのは技が強いからじゃない。相手を無意味にするからだ」
欠落庭園……ゼルを中心とした一定範囲内で発生する数値書き換え。攻撃という事象からダメージを0にする。
「無意味、か。……最っ高だな。俺の人生そのものじゃんか」
五六は自嘲気味に笑った。
「ふ、人間一人の人生はそんなもんさ。それよりお前、今のDPIはいくつだ」
「DPI 450……。あと50だ」
「改めて聞くとすごい数上がってるもんだな。前代未聞だ」
「いいや、努力の結晶と言ってくれてもいい」
「ははっ、そうか」
石渡はポケットの中に入っている透明のポーチを取り出した。
「食うか? クッキー」
「いや、遠慮しとく……」
石渡は大きな口でクッキーを噛みしめる。美味しそうに食べる姿は食欲をそそった。
「五六……ゼルが求めているもの。それはただの世界征服かもしれない。噂で聞いた程度だがな」
「世界征服……。でも冥王軍は人数的に多くないんじゃないのか?」
「そうだ。人数差はある。だがあいつらの一人はDPI 300のエンレフ1000人に匹敵すると言われている。それに加えて、エンプティーを作れる」
「恐ろしいな……1000人なんて」
「まあ、そんな無謀に俺らは一戦を交えた」
「知ってる。あの大敗の事件だろ?」
「ああ、まさに大敗……ゼルの城まではエンプティーだけから簡単に乗り込めた。だが城内で待っていたのは勝機などではない。圧倒的絶望だ。冥王ゼルには新倉さんの最強パンチすら通用しない。傷一つつけられなかった。そしてそれに加え、冥王ゼルの攻撃。指パッチンするだけでその風圧にその場の13人が気絶した」
「指を、鳴らすだけで……!?」
「多分、指圧の数値を変えたのだろう。幸い俺は新倉さんを対象としたディメンション移動で、時間の流れる誰もいない時空に連れて行ったから免れた。だが俺の時空から戻ってみると、もう自分たちには手札がないとわかった」
石渡は透明のポーチのチャックを閉め、ポケットの中に入れた。
「圧倒的……そんな力がゼルに」
「それで、もうどうしようもないと分かった時、新倉さんは行動に移した。全員強制撤退。できる限りこの場から逃げられる人を増やすため、自身のDCLでテレポートさせようと、新倉さんを中心とするテレポートの門を作成し始めた。それでもテレポートの門の範囲を広げるには時間がかかり、その間に全員が殺されたらと思ったのか近いうちの八人で切り上げた。無事、テレポートは成功し八人のうちあの状況で気絶していなかったのは四人とわかった。だが完全に気絶してしまっていたものは……もう死んでいた」
「……計15人の最強チームで生存者は六人」
「いや厳密には違う。チームの中に東江がいたんだが、テレポートに入れなくてもあいつは帰ってきた。大敗の次の日に」
「いやいや、……えぇ? まじか」
「あのババアは少し違うんだよな。ははっ」
石渡は大きな伸びをして深呼吸した。
「だがな五六。お前ならワンちゃんあるんだ。新倉さんが言うに、『僕がダメージすら与えれなかった奴に、唯一対抗できるすべになるかもしれない』」
「どうして?」
「お前の異能で奴の演算をコピーした後、奴の厄介な欠落庭園の数値の書き換えが出来るかも知れない。冥王が『100を0にする』力だとしたらお前の力は『0を50にする』力だ。1/2の摸倣がやっと役に立ちそうだな」
「なんだ嫌味か? 唯一勝算のめどが立つ俺への」
「いいや。普通にがんばれって事だ。……そろそろ着くぞ」
五六の瞳の奥では数値化できないノイズが火花を散らしている。ジェット機が雲を突き抜け、赤黒く染まった戦場の空が見えてきた。




