11:二日目-浸透-
東江美奈が持つDCLは綴代栞異。その異能の本質は、運動エネルギーの貯蔵と任意出力。日々の鍛錬の筋トレや走りこみで得たエネルギーが消滅することはなく、DCLよって脳に黒いインク状のエネルギーとして固定される。先ほど彼女が老婆以上の速度を見せたのは、足の筋肉に数ヶ月分蓄積された歩行や跳躍のエネルギーを一気に解放したからに他ならない。
「来い!」
五六の左目からツーと一筋の血が流れる。だがその左目は美奈の力の流れを完全に視覚化していた。黒いインクが脳からどこに移動するのか、次の一撃にどれだけのエネルギーが注ぎ込まれるのか。
「……お兄さん。何かわかったつもりでいるのかもしれないけど……私の速度についてこれるの?」
美奈の瞳からハイライトが消えた。
「いかにも残酷そうな目だなっ!」
彼女は腰を深く落とした。そしてその両足の筋肉へ黒いインクが移動する。
「100日分の踏み込み、全部今ここで使ってあげる。――避けてみてよ、お兄さん」
美奈の足元が爆発した。音が置き去りにされる。
「綴代・瞬刻連脚!」
放たれたのは、今までにない威力の連続飛び蹴り。だが五六は攻撃に当たる瞬間、笑みを浮かべた。それは……。
感じる! 今なら使える! 俺のDCLが!
異能解除が解かれ左目に激痛が走った。五六はその痛みを見逃さなかった。
「両目発動――強制接続! テレポート1/2ッ!」
五六は音もなく背後にいる。
(後ろ! それがDCL!?)
「だけどまだ50日分、残ってる!」
美奈は背後へ体制を戻す。
よし今なら全部見える気がする! 黒いインクが溜まっているのは右腕、次は右腕からだ!
「これで、終わり!」
だが美奈の拳の軌道上でブレた。いや、ブレたというより反射だった。
「はっ!? ぅ!!」
美奈の拳は顔面を直撃した。
「な、何をしたの……」
美奈は攻撃を止め、後ろの木へよりかかった。
「新倉のテレポートは自由に具現化できる。だからテレポート出来る門をお前の拳が俺に当たりそうになった直前に展開した……」
草木が揺れる音だけ響く国頭村。先ほどまでの戦いが嘘かのように、砂浜には静寂が戻っていた。森の中に仰向けに倒れ、荒い息を吐く五六の隣に美奈がドカッと座り込む。
「……はぁ。お兄さんやるね」
美奈はツインテールを解き土を払う。その顔にはどこにでもいる女子のあどけなさが戻っていた。
「……こっちは、死ぬかと思った。……あんな速い攻撃、まともに食らってたら今頃は肉片になってた」
五六は痛覚が戻ってしまった左目をかばいながら、星空を見上げた。
「これ、飲みなよ。この村特性のお茶。苦いけど脳の腫れには効くから」
美奈が差し出してきたのは、古びた水筒だった。五六は警戒しながらも一口啜る。泥を煮詰めたような味がしたが喉を通った瞬間、目の痛みがスッと引いていくのを感じた。
「お前、名前はたしか美奈だったか? ……強かった。こんな俺みたいな大の大人を圧倒してしまうんだ。すごいな」
だが美奈は膝を抱えて遠くを見つめた。
「私ね、もう二十歳超えてるの」
「は、まじで?」
「うん、まじ。私のDCLは運動エネルギーをためて解放するっていうもの。だから体の成長とか全部エネルギーに変えられてしまう。ずっとこの体のままなの……」
「ちなみに何歳だ」
「22」
「……」
美奈の横顔は少しだけ寂しそうに見えた。
新倉が言ってた『凶器』って……。俺もこいつも、異能振り回されて自分自身の体を削ってるんだ。
「……贅沢な悩みだな。俺なんて他人の異能をコピーしなきゃ行けないんだ。いやじゃない? 他人の異能の劣化版で生きていくなんて」
「あっ、コピーだったんだ! だから新倉さんのテレポートがどうのこうのって言ってたの」
「うん……なあ戦闘中にも思ったんだが、お前案外おしゃべりだな」
「え……ああ、うん。戦いを交えた人とはなんか喋るのに慣れるんだよね。初対面は怖いし」
美奈は恥ずかしそうに俯いた。
「なんか少しだけわかる気がするよ。怖いって気持ちが。じゃあごめんなんけど俺、そろそろ行かなきゃだめなんだ。あと一日。……DPIを500まで上げて、ゼルのコピーを完成させなきゃいけない。もしかしたら明日になったらもう見えなくなるかもしれないから」
五六は左目を抑えた。前よりDPIが上がったせいか、負担も小さくなっていく……。
「冥王の異能をコピー? 死ぬよ? 仮にコピーできてもゼルの演算は完全無欠ってわけじゃない。だから治る保証もない」
「違う……ずっと夢だったんだ。エンレフに入って自由な生活を送るってことに……」
五六は水筒を美奈に預けた。
「自由な生活?」
美奈は五六から水筒を受け取ると、立ち上がった。
「世界で活躍して有名になって、ちやほやされる生活」
「でも、今は自由じゃない。縛られすぎてる! いくら頑張っても報われない可能性があるなら……今夜だけは異能も戦いも忘れて、ちゃんと人間として眠ったほうがいい」
五六は重い体を引きずって立ち上がった。明日になれば、また血を吐き脳を焼く地獄が始まる。だが、この国頭村の温かい風と美奈の淹れた苦い茶の味だけは、俺が生を持つ最期の自由に感じられた。




