第6話 エレベーターの子
「聖一、ここ四人分空いてるわ。並んで座れるよ」
「おう。佐藤先輩、山本先輩、ここ空いてまーす」
「おう。人多かったから座れないと思ってたがラッキーだな」
「そうね」
俺が座る二列前方の席に横並びで座る四人。
俺の横も空いてるからバラバラになってこっちに来たらと少し焦った。
……あれ? エレベーターの子座らないのかな?
四人の間の通路に立ったままキョロキョロオロオロしてる。
見ると二席並びの片方は空いているけど、両方空いている席はない。エレベーターの子が担いでいるような大きなバックパックがあった場合、膝に乗せてとか無理なんだよなぁ。
経験者だからよく分かる。何回も席が空いてるのに座れなかった経験あるし、ここは協力するのが良いだろう。エレベーターではお世話になったしな。
窓側から通路側に座り直して通路に顔を出して、おいでおいでとエレベーターの子に手招きしてやる。
数秒気づかずにキョロキョロオロオロしていたが、やっと気づいてくれた。
ビクと一瞬固まったあと、自分の後ろを振り返るが誰もいない。
そしてそ~っと自分を指差すエレベーターの子。
俺はうんうんと縦に首を振ってやる。
またビクとしてからそろそろと近づいてきてくれた。
「ここ座ってもいいよ。荷物も俺の方にはみ出しても大丈夫だから」
「えっと、ですが……すごく、重い、ですよ?」
「知ってる。俺も荷物持ちしていたからね。ほらほらもうすぐ走り出すから急いで」
言い終わった後、窓側に移動しておく。
ショルダーストラップに手はかけたけど、戸惑うようにまたキョロキョロオロオロしてる。
そんな時、バスのドアがプシュと空気が抜けるような音をたてて閉まった。
意を決したかのように、ストラップから肩を抜いて、くるりと背中から前に持ってきた後抱え込み――
「し、失礼します」
「どうぞ」
後ろ向きに座席の間に入ってくる。お尻からだ。
首をぐいっとひねって座る位置を探しあて、トスンと座ることに成功した。
「膝の上に下ろしても大丈夫だよ。ずっと抱えているとしんどいでしょ? ほら」
通路にはみ出ていたバックパックを俺の方に引き寄せてあげたが、その重さに思わず声が出そうになった。
「――っ!」
え? 重っ!? 何コレ!? 俺が今までかついていた五人分のバックパックより重いだろ!
「あ、お、重いですよねやっぱり私立ってますです!」
そう言って軽く荷物を引き寄せ立とうとする。
ちょっと待て。このまま立たせたるのは違う。
立ちかけたエレベーターの子の肩に手を乗せ座席に戻し、バックパックもさっきより引き寄せてやる。
「ほら、発車するから危ないよ」
「で、ですが」
「大丈夫だから。君みたいな子がこんなに重いの持てるなんて驚いただけだから。もしかして、身体凶化?」
「は、はい」
「マジっ!? あ、ごめん、大きな声だして。でも納得だよ、凶化から普段の力も強くなるって聞いたことあるし」
「は、はい、その通りです」
「そうだ、俺、なが――イレ・イザーって言います」
まずいまずい、本名名乗るところだった。
「え? 外国の方だったのですか!? あ、わたし、大和 四音と言います」
ぺこりと頭を下げて自己紹介してくれた。
「いや、日系で永住権持ってるから日本人……だよね?」
「えっと、永住権だと違うかもです」
そうなのか! おいおいそこは日本人にしておいてくれよ!
「そ、そうなんだ、は、はは」
「で、ですがお顔は日本人ですから大丈夫です。それより、席に座らせていただきありがとうございます」
慌てたように手を胸の前でプルプルと振った後、またぺこりと頭を下げた。
それと同時に一瞬だけ体が座席に沈み、バスが動きだした。
三十分ほどの移動だ。特に話すこともない……よく考えたら、俺が話す相手って少ないな。
俺から一方的に話しかけている三久。
元親友で幼馴染みの聖一。
元彼女の二葉。
パーティーのことだけしか話さなかったけど、佐藤先輩と山本先輩。
学園の先生方。
最近は管理人のお婆さんと研究所の職員さんたち。
病院の先生方と看護師の方たち。
探索者ギルドの受け付けの方たち。
……あれ? 少なくない?
気にしたこと無かったけど、俺って話せる相手も少なかったんだな。
「あ、あの、どうかしましたか? やっぱり荷物が――」
そっと肩をつんつんとつつきながら心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「そ、それは大丈夫! あ、こっちの事情でちょっとへこんだだけだから。はは」
「そ、そうなのですね」
「うん。そうだ、大和さんって病院で会ったよね? エレベーターで」
「……? …………あっ。このワッペン、本当だ、あの時の」
首を傾げ、たぶん今じぃーっと俺の顔を見て、でもそれじゃ分からなかったのか視線が下がり、パーカの胸に張り付いているワンポイント。研究所のロゴが入ったエンブレムワッペンを見て気づいたようだ。
「そうそう。ドアの開け閉めしてくれたでしょ? だから、座る場所がなくて大和さんが困ってそうだったから思わず声をかけたんだ」
「そうだったのですね」
ほんの少し唇の端が持ち上がり、申し訳なさそうだったけど、笑ってくれたみたいだ。
「うん。そうだ、大和さんはソロなの?」
「いえ。仮ですけどパーティーですよ。ここ二週間ほどなんですけどね。この力のお陰で荷物持ちと雑用で雇ってもらってます」
なぜか少し上がっていた口の端がまた下がってしまった。
「そうなんだ。俺もそれくらいまでは同じ荷物持ちしていたけど、今日からソロなんだ」
そんな話をしながら三十分のバス移動が終わり、ダンジョン前のバス停に停車した。
「あっ、到着しましたね」
「本当だ。久しぶりにこんなに喋ったから楽しかったよ。ありがとうな」
「いえ。わたしも久しぶりで凄く楽しめましたからお互い様です。そうだ、イレさんはソロですからくれぐれも気を付けてくださいね」
「ああ。気を付けるよ。大和さんもね」
そう言い合い、先に立ち上がった大和さんに聞きなれた声が話しかけた。
「大和、行くぞ。忘れ物するなよ」
佐藤先輩?
「はい。大丈夫です」
返事をした視線の先に、佐藤先輩がいた。
嘘だろ……雇われた相手って元パーティーになのかよ。
手ぶらの四人の後をついてバスを降りる大和さん。
大丈夫、だよな。まさか俺と同じように身代わりとして……。
俺は少し離れて後をつけるようにバスを降り、まっすぐダンジョンに向かった。
もしそうなら正体がバレたとしても止めると決意して。




