Ep8
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「それで、“こういうモノ”が集まりやすい場所はどこだ?」
長い長いフェリシア先生の技術講義──社会インフラの説明タイムが終わったところで、ようやく俺のターンだ。
デジタルドラッグのような、“手が出やすい”モノは、売人を通して手に入れる普通のドラッグとは違って、特定の“コミュニティ”内で浸透することがある。
この街のどこかに、恐らくそういった“コミュニティスポット”があるはずだ。
「関連があるかわからないけど」
「最近、“ダイブポイント”って呼ばれる種類のお店が増えてるのよ」
フェリシアがおとがいに指を当て、思い出すように呟いた言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「ダイブポイント…集まってシンクロを見る店?」
名前から連想しようとしたが、乏しい知識から出てきたのは、すぐに潰れそうな店のイメージだけだった。
「集まって、みんなで一つのダイブをするのよ。言葉にするなら、“共感共有の空間”かな」
なるほど。
配信される五感を複数人で共感することで、同じ体験を楽しめる空間を提供しているのが、ダイブポイントか。
「この辺で一番デカいポイントは?」
俺の質問に、フェリシアが答えてくれた。
⸻
――ダイブポイント・ブルーホール。
夜の雨がすり抜ける、空中に浮かぶ青いネオンビジョンの看板を、濡れた車のフロントガラス越しに見ながら煙草を吸っていた。
シャツではなく、ゆったりめの白の長袖といつものパンツとブーツ。
銃も右太腿の外側に納めてある。
店構えは、青味の濃淡で揃えられており、まるで海が青かった時代の海中を連想させる。
ホログラムで作られた、実際よりも恐らく数倍は大きく誇張された海中生物たちが、店の前の空間を悠然と泳いでいた。
本来の外装は白色で、半円形に弧を描くデザインは、まるで丸い頭の半分が地面から現れたよう。
中央に左右開きのドアがあり、さながら門番のように、屈強な男二人が前に立っていた。
間もなく日を跨ぐ時刻。
俺は吸殻を車内へと指で弾いてから、ドアを開けて車を降り、濡れた路面に足をつけた。
傘を持つほどではない雨量の中を、カーゴパンツのポケットに手を突っ込み、流れる人混みを縫いながら門番の前へと向かう。
暇そうに立ち、通り過ぎる人々を無駄に威圧したり、露出の高いファッションには下卑た視線と笑いを送ったりしている門番たちの前に立つ。
「シンクロのデジドラに詳しい奴と話がしたい」
礼儀正しく、丁寧に言葉を使う。
それが、知性ある人間の交渉というものだ。
「アニキー? なんかいったかー?」
「あ? クソに集る小蝿の羽音だろ」
髪を編み込んだコーンローの男と、伸ばした髪を一つに結ぶ男。
どちらも、テラテラとした素材の動きやすそうな白のセットアップに身を包んでいる。
俺とほぼ同じくらいの目線の高さ。
見えていないはずがないが、まるで存在していないかのように、二人でクソみたいな三文芝居を続けていた。
「…デジドラに詳しい奴と話がしたい」
急速に上がる怒りのボルテージをぐっと抑え、もう一度、言葉を使った。
「アニキー、なんか臭くねぇかぁ?」
「あ? クソ犬のクセェ息の臭いだろ」
ふぅ、と溜息を吐いてから、ここ一番の笑顔を作る。
俺の背後を通る雑踏の音が遠くなり、全身の毛が逆立つ。
ーーこいつらに言葉は早かったか。
表情筋がギチギチと音を上げる顔のまま、右拳を硬く握りしめて、無言でコーンローの顔面をぶち抜く。
後頭部からドアへと吹き飛び、ぶつかった衝撃音で通りを歩く人々の足が止まり、視線が集まる。
一拍遅れて、顔を赤くし始めたロン毛の胸倉を左手で掴み、引き寄せる。
寄せられている顔を迎撃するように、右のストレートで顔面を一発で陥没させた。
一発で済ませてやる優しさはない。
逃げられないようにしっかり左手で掴んだまま、顔面への殴打を続ける。
原形を留めないほどに潰れた頃には、ロン毛の身体から力が抜け、股間がびっしょりと濡れていた。
そして、俺の白い服には点々と血が飛んでいた。
「て、でめぇっ!」
ロン毛を相手にしている間に、ドアと後頭部でキスをしていたコーンローが起き上がり、怒鳴って走り寄ってくる。
一丁前に両腕を広げて、捕まえようとしてくる男に対し、あえて少し下がって助走をつけて、俺からも近づく。
「ぅるせぇ!」
スピードと体重をしっかり乗せ、ブーツの爪先を前蹴りの要領で、男の鳩尾にめり込ませる。
一回目よりも派手な吹き飛びで、衝突音と共に、背中からドアと一緒に店内へと突っ込んでいった。
ぽっかりと空いた歯のない口のような入口を、俺は煙草を咥え、火を点けながらゆっくりと潜った。
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