Ep7
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俺の「シンクロとは?」という、迂闊な一言から始まってしまった、翡翠の目をキラキラさせて楽しそうに語るフェリシア先生の技術講義ーー主に感覚共有プラットフォーム・シンクロについてーーの始業ベルが、頭の中で鳴ったばかりだった。
「つまり、シンクロで五感を“感じる”の」
「それに関係するのが、トライペア、スピンドル、ネモ──社会インフラのお三方ってわけ」
「…はい」
指を立てて振りながら話す、講義の熱量が上がってくるフェリシアに対して、すっと手を上げ、中断させる。
目だけで反応を見てきた彼女に、俺は意見を述べた。
「先生。流石にそこは知ってます」
「誰が先生よ」
それはそうよね、と言ってシンクロの話を続けようとしたフェリシアが、ニヤリと笑う。
「どうせだから続けていい?」
興がのった彼女を止める手立てを持たない俺は、すごすごと手を下げて講義の続きを聞く。
彼女は浮かべる空間ディスプレイに、デフォルメされた3本の円柱が描かれた画像を出してから、始めた。
「先ずは“人工知性の三柱・トライペア”ね」
「約150年前に宇宙に上げられた、三基の人工知性」
「社会に起こるあらゆる事象を観測・記録するために運用されていて、個人のスピンドルから送られる記録も、全てここに蓄積されているの」
ゆっくりとわかりやすく説明してくれる姿は、揶揄ではなく先生ぽいものを感じつつ、冷めてしまったコーヒーを一口飲んで、新しい煙草に火をつけた。
窓越しに聞こえる雨音が静かに染みる室内で、対面で楽しそうに話す彼女を優しい気持ちで眺めながら、話を聞き続ける。
トライペアの話が終わったのか、ディスプレイも変わって脳の横から見た断面図のイラストとなった。
「次は、スピンドルね」
「80年前から義務付けられてる、生まれると同時に脳内の海馬付近に埋め込まれる、送信マイクロマシン」
「スピンドルは、装着者の“全て”をデータとして記録して、トライペアに送り続けるわ」
今の世で常識になっているインフラの話だけを聞いてても面白くないので、悪戯心が湧き、手を挙げる。
「先生。“スピンドル”って正式名称ですか?」
にやりも笑って質問してやる。因みに、俺はその答えは知らないが、きっとフィも知らないだろう、きっと。
じっと俺の目を見てから、彼女は静かに口を開いた。
「…略称よ。“S.P.I.N.D.L.E”」
「Systemic Protocol for Individual Neuro-Data Linkage & Emission」
「…そうなのか」
どうだと言わん顔で、澱みない回答をしたフィに、正解を知らない俺は、バカみたいな反応しかできなかった。
その姿に気をよくしたのか、遂にソファの上に立ち上がり、更に講義の熱を一段上げて彼女は続ける。
「そして、ネモとネモログね。これは少し難しいわよ?」
ついてこれるかしら、とでも言ってるような挑発的な彼女の目線に、俺は煙草を挟んだ指で手招きして、その挑戦状を受け取った。
「ネモは、1つのネットワークシステムの総称なの」
「スピンドルが送った情報の中から、個人特定情報だけを抽出、管理するネットワークシステムがネモ」
「抽出された情報から主に社会的な個人特定に使われる物理デバイスがネモログ」
説明しながら、薬指に嵌る指輪を指差す。
「ネモログ自体はマイクロチップだから、身近な物や、体内に埋め込むなんて人もいるわね」
説明しながら、ソファを降りて俺の隣へと回る。
そして、俺の額を指で優しく押しながら、意地悪そうな笑い顔で質問した。
「ここで、先生から質問です」
「今の説明の中で、君には“無いモノ”と“その理由”を全て述べなさい」
フェリシアの問いに対し、最後の一口を吸って灰皿に煙草を押し付けてから答えた。
「スピンドルとネモがないです」
「理由は10年前の戦場で、頭が半分以上吹っ飛ばされたからです」
「ふむふむ。では、なぜ生きているのですか?」
「当時の軍医に助けてもらったから…その時に偽装ネモも作ってもらった」
9割の本当に、1割の嘘を混ぜて話す。それが、本当に誤魔化す秘訣だ。
「…そうね。あなたは“実在するけど”、“存在していない”状態で、帰ってきたのよね」
彼女は笑っていた顔を徐々に曇らせ、額を押していた指を頬へと滑らせ、温かな掌で包む。
「…辛くない?」
優しく、慈しむ声で囁くフェリシアの問い。
俺は、肩をすくめて、火のついた煙草を咥えるだけにした。
二人だけの室内に、微かに聞こえる雨音が満ちる中で、そっと頬に唇の柔らかな感触があった。
「わたしは、帰ってきてくれて嬉しかったよ」
ーーそれだけは、覚えておいて。
言葉が肺に入れた煙と共に、心に沁みた。
「…さぁ先生。質問には答えぜ」
「そろそろ、本題のシンクロについて講義してくれよ」
しんみりしてしまった空気を壊すためにも、あえて明るく話して、フェリシアの目を見て笑う。
彼女の目は、まるで痛々しいものを見るような翳りがあったが、一度目を閉じれば、同じく明るい口調で話してくれた。
「…そうね! ここまで話したインフラの上に成り立つのが、共感共有プラットフォームのシンクロね」
努めて明るく振る舞ってくれるフェリシアの姿にありがたさと、痛々しさを感じるが、表情には出さずに説明を引き継ぐ。
「つまり、ネモログに送られている五感情報をプラットフォーム上で、配信や受信できるのがシンクロ、ってことだな」
「…そういうこと。今回のデジタルドラッグは、映像や音声だけでは効果はない」
「だけど、五感共有──用語では“ダイブ”だと、効果を発揮するタイプのスマートドラッグの一種ね」
長い長い講義が終わった。
冷めたコーヒーで喉を湿らすフェリシアを見ながら、次の手を考える。
この手のモノは、必ず“集まる”場所がある。
次は、そこの目星をつけることだ。
そう考えて、俺は煙草の一口を大きく吸った。
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