Ep6
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カップルが住まう平和な部屋が、腑散る惨状に変わっていた。
現場から脱出した俺たちは、暗くなりはじめた道を、昼間のように明るいライトに照らされながら、縦並びで足早に事務所へと帰った。
二十分程度で到着すると、向かい合わせにソファへ腰を下ろす。フェリシアは膝を抱え、俺は煙草を咥えて火を灯す。
「……あれは、なんだったんだろうな」
しばらくは無言だったが、それを破るために、あえて話を始める。
自分に起きたことを整理したい気持ちもあった。
「わからないわ……まさか、あんなことになってるなんて」
自分が見た光景が信じられないのか、少し震えながら、自身の膝をぎゅっと抱きしめて言葉をこぼすフェリシア。
心の中を掻きむしりたくなるような気持ちが湧き上がる。何も言わずに抱きしめたくなる。
だが、無責任に。今の俺にそれは許されていない気がして、煙を肺に送り込み、気持ちを落ち着かせる。
会話が途切れると、彼女は席を立ち、帰ろうとする。
送ろうかと提案するが、断られた。
代わりに、現場を録画したデータが欲しいと言われ、俺はネモログからフェリシアの指輪へとデータを送信する。
「……あなたの部屋は、前のままだからね」
扉から出る直前、顔だけを振り向いて、寂しさと期待がこもった声で呟く。
その言葉に、煙草を持つ手が宙で止まる。
そして、足早に去っていく彼女の背を、ただ黙って見送っていた。
そうして、俺の長い一日が終わった。
惨状を体験したからか、妙に寝つきの悪かった夜が過ぎた翌日。
昼前に目を覚まし、眠気を取るために冷たいシャワーを浴びる。
すっきりした頭で窓を見れば、外は曇天。
さっきまで浴びていたシャワーのような雨が、街の地面を静かに濡らしていた。
ぼんやりと雨音を聞きながら、窓際で煙草をくゆらせる。
昨日の出来事を思い返しながら、いくつかの疑問点が頭に浮かぶ。
まず、なぜローラはダンを襲い、猟奇的に殺害したのか。
そして、その動機や原因。
次に、殺害方法。
俺が覚えている限り、あの部屋には刃物などの凶器は見当たらなかった。
だとすれば、どうやってダンを“捌いた”のか。
そして、ローラの異常な身体の可動域。
首だけで真後ろを向き、顎を関節の限界以上に開く――まるで人間の動きではなかった。
大きく分けて、この三つの謎がある。
どこから考えるべきか。悩みながら、煙草を深く吸う。
ニコチンだけでは思考の燃料にならない。
咥え煙草のまま、備え付けのキッチンでインスタントコーヒーを淹れ、再び窓際に戻る。
新しい煙草を咥え、コーヒーの香りと苦味を楽しみながら、思考のエンジンを温めていく。
こういう小さな積み重ねが、脳を活性化させるのだろう。
そんなことを考えていると、クローズにしておいたはずのドアが突然開いた。
フェリシアが入ってきたかと思うと、ドアから手も離さず、その場で固まる。
そして、フルフルと震えたかと思えば、真っ赤な顔で怒鳴った。
「前くらい隠しなさいよっ! バカ犬!」
声量に負けないほどの勢いでドアを閉め、彼女はそのまま外へ出ていった。
服を着て、ソファに座る俺。
目の前にいるフェリシアは、少し顔を赤らめながらも、不機嫌そうな表情を浮かべていた。
ちなみにここに来るまでに、三回も外から「ちゃんと服を着たか」の確認をされた。
不機嫌な顔をしたいのは、むしろ俺のほうだ。
クローズにしていた自分の空間に、ズカズカと入ってきて文句を言うなんて、理不尽にも程がある。
別に“初めて”見たわけじゃあるまいし。
もっと近くで、触ったこともあったはずだろうが。
「……ちょっと暑くない? 冷房つけて」
心の中で悪態と文句をつけても、こういう時の女には逆らわない。
従順に動いてしまうのは、きっと男としての本能だ。
俺は立ち上がり、壁の冷房スイッチを入れる。
戻ろうとすると、コーヒーを所望されたので、ついでにキッチンへ。
理不尽への呪詛をたっぷり込めたコーヒーを差し出した。
「……ふん。まあ、いいわ」
このやろう、と胸の内でサンドバッグをボコボコにしながらも、表情には出さず煙草を準備する。
そして、先を促した。
「あなたの録画データから、気になるものが見つかったから知らせに来たんだけど……あなたって人はっ!」
静かに話し始めたかと思えば、急に顔を真っ赤にして、声も大きくなる。
これ以上話が進まなくなると判断し、俺は煙草を持つ手のひらを、彼女の前に突き出す。
「……落ち着こう。それで、何を見つけた?」
フェリシアはふん、と鼻から蒸気でも出したような雰囲気で息を吐き、まだ赤い顔のまま、少し冷静さを取り戻して話し始めた。
「床に転がってたシンクロの画面を、拡大してみたの」
そう言いながら、自身の指輪からディスプレイを投影する。
そこには、床で横向きになったディスプレイを映すネモログの映像が浮かんでいた。
画素が荒く、何が映っているのかまでは判然としない。
だが、色合いから、極彩色の画面であることはわかった。
「これ、デジタルドラッグだったわ」
その一言に、俺は煙草を深く吸い込み、ソファに沈み込んだ。
どうやら、“原因”という謎の突破口が見えてきたらしい。
「デジタルドラッグは、どう”ヤる”ものなんだ?」
俺は正直な疑問を彼女に投げた。
残念ながら経験がないが、見つけてきたフェリシアならそこまで知っているのだろう。
「そうね…普通は映像だけを観てトリップするけど、これは違うものだったわ」
「見てもらった方が早いわね」
そう言って、指を動かすと、画面が変わりシンクロの画面に切替わる。
極彩色の歪んだ円が、大きさを変えながら動いている様な見え方が永遠リピートし、視界が歪みそうな映像。
「おい!これ見て大丈夫なのか!」
慌てる俺を横目にフェリシアは平然としていた。
「大丈夫よ。これ、映像自体には何の意味もないの」
「シンクロの”五感共有”で、効果が出るタイプなのよ」
なるほど。
ほっと落ち着くと、徐ろにフェリシアに尋ねる。
「なぁ…俺あんまりシンクロについて知らないんだが、教えてもらってもいいか?」
その質問に、まるで古代人を見る様な目をするが、すぐに納得し始めた様に頷き応えた。
「あなたには”ネモ”もないから、縁がないものね」
そこから、フェリシア先生の技術講義が始まってしまった。
画面が切替わり、大きく”SinCro”と描かれたロゴが表示される。
「いい?シンクロは、”感覚共有プラットフォーム”なの」
「つまり、視覚、触覚、聴覚、嗅覚、触覚の五感を配信したり、”共感”出来たりするの」
これは長くなるぞ。
そう覚悟した俺は、悟られない様に煙草を深く吸った。
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