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六番目の王女は試験から逃げ出したい

作者: 宮永レン

王女らしさってなんだろう――?

 私の名前はアストリーヌ・シエル・ラヴァリエ。リュシエール王国の王女……だけど、全然王女らしくないことは自分でもわかっている。


 刺繍もダンスも苦手だし、好きなことは剣を振り回すことくらい。おかげで「おてんば姫」なんて呼ばれているけど、気にしない。


 だって、私は六番目の王女だから。淑女の模範解答みたいなお姉さまたちには何をしたって敵わないし、あなたは何もしなくていいからとも言われている。


 柔らかい夜明けの光を思わせる深い銀灰色の髪は、動くたびにかすかに青みを帯びて揺れた。瞳はラベンダーのように優しい紫色で、月明かりのように淡い。


 でも、お姉さまたちの方が、侍女の手でもっと美しく飾り立てられる。おてんば姫にはおしゃれはするなということなのだろう。剣の稽古をするのに邪魔だから髪を短くしようとも思ったけれどそれは止められてしまった。


 そんなある日――。


「アストリーヌ、お前を隣国の第三王子と婚約させる。ただし先方の条件である『試験』を受けてもらうとのことだ」


「試験?」

 私は首をかしげた。


 どうやらそれは、花嫁候補にふさわしいかを測るものらしい。淑やかに舞う技術や王女としての気品を示すとかなんとか……正直、聞いただけで嫌になった。


 いかにも優雅な王女を求めていそうな話に、私は頭を抱える。


「父上、私なんてお嫁に出したらリュシエール国の恥になります!」


「自分で言うな!」

 父は呆れながら言葉を返してきた。


「どうせ不合格になって笑い者にされるのに……」

 私は唇を尖らせる。


「そんなことはない。大事なのは心だ。おまえもとうとう家のために――」

 その後の話は聞き流し、私は早々に自室に戻ったのだった。


 ――いったいどうしたらいいの!?

 室内をあっちに行ったりこっちに行ったりしながら悩んだ結果、一つの結論に至る。


 ――逃げよう!

 私は翌朝、こっそりと王城を抜け出した。


     * * *


 自由って素晴らしい……とはしゃいでいたのは最初の方だけ。


 外の世界は思った以上に厳しかった。財布を盗まれ、馬車にも乗せてもらえず、初めての冒険は早々に詰んでしまう。


 日が沈み、途方に暮れていた私を助けてくれたのは、ボロボロの鎧を着た若い騎士だった。


 肩より長い金の髪を後ろで無造作にくくっている。瞳は琥珀色で、まるで金色に輝く大河のように底知れない深みと力強さを感じさせた。高く通った鼻梁と彫刻のように整った顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。


「何か困っているのか?」

 長身の彼は私を優に見下ろしてきた。


「え、えっと、旅の途中なのだけど、財布を盗まれてしまって……でも、できるだけ遠くへ行きたいの」

 咄嗟に嘘が口をついて出る。遠くへ行きたいのは本当だけど、ここで王女などと言ってしまったら大騒ぎになるかもしれない。


「ふうん。ずいぶんと世間知らずなんだな」

 ルカと名乗った彼は、口はまあまあ悪いけど親切だった。とりあえずルカを『用心棒』として雇うことにし、一緒に旅をすることになった。


「私が無事に逃げきれたら、望む分だけ報酬を差し上げるわ」

 立ち寄った宿場で食事を摂りながら、提案する。


 暖炉の薪がパチパチと音を立て、賑やかな部屋をさらに暖めていた。


「追われているのか? 面倒事はごめんだぞ」

 ルカは冷たいエールを喉に流し込んでから眉をひそめた。


「あ、えっと、悪いことはしていないから大丈夫!」

 私は慌てて首を横に振った。


 王城から逃げ出したことは、きっともう発覚していることだろう。探しに来ることも想定内。だけど、逃げ出すくらい嫌なことだと父がわかってくれれば、今回のおかしな試験つきの縁談も破談にできるかもしれない。


「まあ、いいや。で、どこに行きたいんだ?」


「そうね……あなたが行きたいところでいいわ」


「初対面の相手をそんなに信用していいのか?」

 ルカは苦笑して、ローストした鹿肉を口にする。


 私もさきほどそれを食べたのだけど、香ばしく焼き上げられた肉は甘辛いたれがよく絡んでおいしかった。肉の旨みが口の中で広がり、ハーブがいいアクセントになっているのだ。


 王城で出てくる料理も最上級の食材と料理人を雇っているので、まちがいない味なのだけど、今夜の料理は今まで食べたものよりも格段においしかった。


「あなたの目はまっすぐでとても澄んでいるから。悪い人じゃないと思う」

 私がにっこりと笑うと彼は肩をすくめる。


 ちぎったパンは少し硬くて、チーズと一緒に合わせると甘みが増す。まだ成人していないので、ルカのようにエールは頼めなかったけど、林檎のジュースも甘酸っぱくておいしかった。


 うん、「おいしかった」しか言っていないね、私。


「そういうのを世間知らずっていうんだよ」

 そう言って笑った彼の目はどこか冷静で、私が隠している正体を見透かしているようだったけど、それ以上追及されることはなかった。


     * * *


 旅の中で、私はルカの強さと優しさを目の当たりにする。


 村で盗賊が暴れていれば助けに入り、道端で泣いている子どもがいれば優しく声をかけ手助けしてあげる、そんな頼もしい彼の姿に思わず胸が高鳴った。


 正直、私が受けてきた剣の稽古はままごとレベルだったと思わされて落ち込む。


「こんなに強いんだから、騎士団に入ればいいのに」

 私は少し意地悪っぽく言ってみた。


「……他にやらなきゃいけないことがあるから」


「なにそれ?」


「内緒」

 そんなふうにかわされるけど、彼の態度にはどこか品の良さが漂っていた。


 ある日、私がふざけて「試験」の話を教えた時、ルカは真剣な顔になる。


「そういう国に嫁ぐお姫様ってかわいそうだと思わない?」


「逃げているだけじゃ、答えは出ないんじゃないか?」

 同意してくれるかと思ったけど、思わぬ反論に私はムッとした。


「でも、六番目のお姫様よ。何もしなくていいなんて言われてきたのに、いきなり完璧な王女になれだなんて、勝手だわ」


「王女としての試験なら、王女として《《何をしたいか》》を考えればいいんじゃないか」


「え……っ」


「大事なのは、心だろ?」


 うっ……それ、父にも同じことを言われた。


 私は、六番目という地位に甘んじて、王族の責任を果たすことなくただ自由気ままに暮らしたいだけの《《子ども》》……だ。


 ルカの言葉で、初めて自分が「王女であること」から逃げていたのだと気づかされた。


「私……頑張ってみるわ」

 旅を続ける中で、私は王女としての在り方を少しずつ考えるようになる。


 答えが出たら王城へ戻ろう、そう決めてルカと二人、歩む足を止めなかった。


 途中、私はある村で王家の重税に苦しむ人々を目の当たりにする。父がどれだけ国民に無関心だったかを知り、同時に自分の無力さも痛感した。


「私……」

 ぽつりと呟くと、ルカは優しい目でこちらの答えを待つ。


「王城へ戻るわ。ここにいても何も変わらない。でも、戻っても何も変わらないかもしれない」

 だいたい私が行方不明なのに、なぜ捜索隊は迎えにこないのだろう。もしかしたら、やっぱり六番目なんてなんの価値もない王女なのかもしれない。


「大事なのは心だって」

 ルカはそっと私の頭を撫でてくれた。あんまりいつまでも撫でるから自分が猫にでもなった気分だ。その手はとても温かくて安心する。


     * * *


 何日もかけて王城に戻った私を、父は厳しい目で見たけど、逃げた理由と、旅先で見聞きしたことをすべて黙って聞いてくれた。


「父上。私はアストリーヌという一人の人間として、自分の未来を選びます!」

 きっぱりと告げると、父は小さくため息をついた。


「それが、おまえの出した答え、か」


「はい!」


「わかった。先方には断りの手紙を出そう」


「ありがとうございます! では早速ですが、父上が承認した課税の件について少々気になる点がありまして――」


 自分なりの意見を語りだすと、父はたじろぎ、また今度にしてくれと玉座から立ち上がる。


「逃げてばかりではなんの解決にもなりませんよ? それと私、専属の騎士を雇いたいのですが、かまわないでしょうか?」

 それは伺いというよりも、確認だった。


「ああ……旅の護衛を務めてくれた青年だったな。それは……たぶん難しいだろうなあ」

 父が煮え切らない返事をしたので、私はキッと眉を吊り上げる。


「ルカはとても素晴らしい騎士よ! これからも力になってくれるわ」

 私はそう言い切って、王城の前で待っていたルカの下へ急いだ。


「ルカ! 私の専属騎士になって!」

 息を切らしながら笑顔で声を弾ませると、ルカは少し困ったような表情を浮かべる。


「まさか、おまえがリュシエール国の王女だったなんてな」

 なんだか、ちょっと感情のこもっていないわざとらしい言い方だ。


「……ごめんなさい、黙っていて」

 私はずきりと胸が痛んだ。嘘をついていたのだ、彼はきっとよく思っていないだろう。


「用心棒をしてくれた報酬は必ず……」


「実は、俺もいま『試験』を受けている最中でね」


「へ?」

 私は重ねられた彼の言葉にぽかんとする。


「市中の暮らしを学び、民衆の声を聞き、不平等さ、困難、民の望み、喜び、それらを体感し、政に生かすことができるか――」


「なに、それ……そんな言い方、まるで……」

 私は声を震わせた。まるで自分と同じ立場の人間が話すことではないのか。


「俺は……ルカ・アルトヴィン。ヴァルデリア帝国の皇太子」

 ルカが口元を上げると、日差しを差し込んだみたいに眩しい。


「ヴァルデリア帝国って……ここからずいぶん遠いけど? その皇太子様がたった一人で旅に出るなんて聞いたことがないわ」

 私は少々いぶかしげに目を細める。


「それも込みで『試験』なんだよ、命懸けの。我が国の王位継承者は必ず通らなければならない道。ただ、俺の場合は旅自体が楽しくなってしまって、ついここまで来てしまった」

 ルカは腰に下げた一本の剣の柄に触れながら、快活に笑った。


「そういうわけで、おまえの専属騎士にはなれない」


「もしかして……父上もあなたのことを存じているの?」

 彼の言葉にハッとして私は問う。


「王都に立ち寄ったついでに、挨拶くらいと思って。そうしたら娘が行方不明だと情けないほどうろたえていたので捜索をかってでた」


 私を見つけた後は、時々父に近況報告の手紙を書いていたのだという。


 だから他の捜索隊がやってこなかったのだ。それにしても、そんなことにまったく気がつかなかったなんて、私はなんて間抜けなのかしら。


「アストリーヌに、少し考える時間を与えた方がいいのではと助言したんだ」


「ずっと、そばにいてほしかったのに……」

 ヴァルデリア帝国なんて遠すぎる。距離もだけれど、こんな小国の六番目の王女なんて相手にされるわけがない。


 切なくて、苦しくて、どういう顔をしていいのかわからない。ずっとそばにいてくれるような気がしていた。でも、それは私の勘違い。


 ぽろりと涙が零れた。


 ――ああ、私、ルカのことが好きなんだ。


 せっかく自分の心に気づいたのに、それが叶わないと知ってからなんて。


 するとルカが、私の頬を濡らす涙を指で掬った。


「用心棒は今日で終わり。その代わり――」

 少し身をかがめて、彼は私の耳元で囁いた。


「俺と結婚してほしい」

 その言葉に耳が熱くなり、顔が真っ赤になる。


「ふぁっ!?」

 びっくりして逃げようとする私は、ルカにぎゅっと抱きしめられて硬直した。


「俺もおまえのそばにいたい。先に言われてしまったけどな」

 低くて優しい声色に、たまらず涙が堰を切って溢れだす。


「ルカ、大好き!」

 私は彼の背中に手を回してぎゅうっとくっついた。



 こうして私は自分の道を選び、新たな未来へと進む。

いつも笑顔で「おてんば姫」をからかいながら、愛してくれる大切な人がいる未来へ――。


 ちなみに私に「何もしなくていい」と言っていたお姉さまたち。末っ子王女の私がかわいくて仕方なくて、いるだけで良い!って意味だったみたい。どこにも行ってほしくないんだって。


 帝国に嫁ぐ日にはきっと大泣きされるんだろうな。



ー了ー


最期までお読みいただき、ありがとうございます!

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