生きろ
どれくらい走っただろうか。
少女は震える足を止め、肩で息をする。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…」
気がつけば炎はその存在を消し、森には少女の呼吸音だけが鳴り響く。先程、落としそうになった首飾りは今は小さな首に掛けられている。
辺りは既に薄暗くなっており、沢山の木と相まって周りがよく見えない状態。そんな中、少女は未だに止まることのない涙を拳で拭い、深まる疑問、そしてなにより自分を助けて炎の中へと消えていったカプリスについて考えていた。
「………生きろ」
自分に向けられた最期の言葉。
それを口にし、少女は再び嗚咽を漏らす。
たった一人。唯一の家族として、親として。これまで育ててくれたのだ。
今の状況は幼い少女にとって、とても受け入れられるものでは無かった。当たり前だが、このような経験をしたことも無い。
にも関わらず、カプリスは自分を庇って死んでいったのだ。これまで助けられてばかりで、いつかおじいちゃんの助けになるように頑張ろう。恩を返そう。そう思っていたのに。
結局、何もしてあげられなかった。
だが、最期にカプリスが遺した言葉。
『生きろ』
もしこれが、お願いであるとするならば、だ。
――これを果たさない理由などあるのだろうか?
大好きな親からの、最期のお願い。
誰しもが、絶対に叶えようとするだろう。
それはまた、この少女にも言えることで。
アシェンは、誓った。絶対に生きると。
※ ※ ※
少女はまず、炎が何処へ消えていったのかを考えていた。
普通、大炎がいきなり鎮火するなどあり得ない。だが現に、炎は自分に迫って来ていない。
全力で走った少女に追いついて来ていたのだ。
いや、そもそもそれがおかしい。
などと、長く思考していたが、考え込んでも仕方ないと諦めたようだ。少女は再度、炎が来ていないかを確認する。
辺りには炎の影すら見当たらなかった。
※ ※ ※
おじいちゃんが死んじゃった…私のせいで。
私が、もっとしっかりしていたら。
私が、もっと強かったら。
私が、もっと大きかったら。
こんなことにはならなかったかも知れないのに。
………。
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤイヤイヤイヤ…イヤだ!!
もうおじいちゃんと会えないの…?
もうおじいちゃんの声を聞けないの…?
もうおじいちゃんに笑いかけて貰えないの…?
そんなの嫌!!
なんで!?なんで森が燃えてたの!?
なんでお家に帰れなかったの!?
なんで!?なんでなんでなんでなんでナンデナンデナンデ!!
……。
「おじいちゃん…」
…だめ。今は冷静に、大人にならないと。悲しいけど、苦しいけど。おじいちゃんが言ってたから。生きてって。
……でも、良く考えたら私、この森やおじいちゃんについて何も知らない。この森はどこまで続いているの…?そもそも、この草は何…?今まで見たことない…。森にこんな場所があるなんて聞いたことない。
怖い…けど、生きなきゃ……!
おじいちゃんが言ってた。生き物が生きる為には飲み物と、ごはんが必要だって。だからまず、水を見つけよう!!……………………川や湖って、あるのかな…?
いつもはおじいちゃんが作ったらしい井戸から水を汲んでたんだけど……。
あと、食べ物はとりあえず、食べられそうな草とか木の実を見つけて頑張ろう!!
絶対に生きるから…おじいちゃん……!!
※ ※ ※
少女は早速、水と食料を探すため、更に前へと進んでいった。だが、既に日が暮れそうな状態。
流石にこのまま探索を続けるのは危険だと判断したようで。休もうかと思い立ったところで1つ忘れていた事を思い出す。
「………どこで休もう…」
そう。まだこの森に危険な獣がいないとは限らない。たまたま遭遇していない可能性だってあるのだ。だからこそ、安全な場所で休みたい。
常に気を張っていて尚且つ、精神的にも肉体的にも消耗した少女の体力は既に尽きかけていた。