全ての始まり
「はぁ…はぁ…はぁ…」
少女は走っていた。なぜか?
――家へと、辿り着くことが出来ないからだ。
帰路を辿り始めておよそ1時間。気がついたらそこには見たことのない植物が生えていて。
森の中というのには変わりがないのに、植物の生態が変化するだけで途轍もない不気味さを感じる。
では何故、引き返さないのか。
植物の生態が変化したということは、小屋とは相当離れているはず。長年過ごしてきた森の中でも、見たことのない植物なのだから。
少女は、見てしまったのだ。
――全てが燃える、光景を。
今でも、ゆっくりとだが確実に、迫ってきている。
少女は振り向かない。振り向いてしまったら恐怖で足が竦み、動けなくなってしまう。
そして、気がつかなかった。
いや、気がつくことができなかった。
本来ならあり得ない速度で火の手が回っていることには。
恐怖に囚われた少女は前だけを見て走る。
ただひたすらに。
「っ、熱いっ!え、なんで!?」
皮膚に弾けるような痛みを感じ、つい後ろを見てしまった。
そこに在るは地獄。
まるで、全てを呑み込むかのような深い赫。
普段見ているカプリスの優しい朱ではない、生命を殺す色。
「なんで、もうこんなにっ!!」
と、焦りを蓄積したのが悪かったのだろう。
アシェンは大木の根に足を引っ掛け、転んでしまった。
手に持っていた籠が宙を舞い、激しい音を立て地に落ちる。
「っっっ!」
だが、不運というのは重なるものである。
ミシミシミシ
嫌な音を響かせながら、隣の大木が倒れてくる。
潰されたらひとたまりもない。
「いやぁぁぁぁ!!」
そう声を上げたその時。
「アシェンっ!!!」
――おじいちゃん…!?
ドンッ
その老人は少女を突き飛ばし、そして――
ドシャァァァァン
胸から下を全て、潰されてしまった。
「く、ぅぅ…」
「おじいちゃん!!」
視界が少しずつ赫に染まりながらもアシェンはカプリスを揺する。
信じたくない、これは夢だ。
そんなことを思いながらもアシェンは手を止めない。
「あ、しぇん…」
「おじいちゃんっ!!」
炎が大木へと燃え移る。
「こ、れ…を持って…森の奥へ、逃げる…ん…だ」
小さな声で少女を呼ぶ老人は、震える手であるものを取り出した。
「これって…」
それは、カプリスが常に身につけていた首飾り。
逆三角の宝石はカプリスの瞳と同じ色で。
「何言ってるの!?おじいちゃんを置いてけないよ!!おじいちゃんっっ!!」
少女は悲痛な叫びを上げ、老人に縋りつく。いつも触れているその身体は、既に冷たさを感じさせた。
「い…き……ろ」
「っうぅ、おじいちゃんっ!!」
目に涙をため、必死に声をかけるも、もう返事が返ってくることはなかった。
だが、無情にも炎はその範囲を拡大させている。
いつまでもこの場に居座る訳にはいかない。
「………」
少女は首飾りを手に、そしてカプリスの言葉を胸に、再び走り出した。痛む膝を気にも止めず。
背後を振り向くことはなく。涙を流し、様々な苦しみを抱えながらも、その足が止まることはなく。
少女の背後では、ニつの紫が儚く消えていった。
多くの謎を遺したまま。