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6 推し談義

「……寝れない」


 私はベッドの中でかれこれ1時間ほどゴロゴロしている。……私は寝つきが悪いのだ、困ったことに。しかも気になることがあるとさらに考え始めて頭が冴える。

 すぐに寝れるのは疲れている時だけなのも嫌な話だ。

 寮の同室、つまりエイミー、ミノエ、マリーナはもう寝ているようで、気持ちよさそうな寝息が聞こえる。


 私はそっと布団から抜け出し、寮のロビーに向かった。

 常夜灯だけついている寮は暗くて、いつもの景色とは違う。

 階段で踏み外さないように気をつけながらロビーに行くと私は飲み物を出し、ソファに座るとチビチビと飲み始める。


「……はぁ」


 使い捨てのコップに入った水面がわずかに揺れる。

 どうしようかなぁ、この後。しばらく寝れそうもないけど。

 ぼーっとしているのも時間がもったいない気がして、徐に魔術を発動させようとする。


「あ……」


 とある可能性に思い至り、私は組み立てかけた魔術を消す。

 ……こんなところで使ったらやばい。危ない危ない、ヘマをするところだった。

 その可能性に気づいた私を偉いと内心褒める。……単に意識から抜けていたと言うことは認めないでおこう。


「……ひまだぁ……」


 なんで夜って長いんだろ。

 寝る時間?いや寝れないんだよ。

 誰もいないロビーのソファーでゴロゴロしてみる。

 だけど、不特定多数の人が触っているし、汚いかもって思ってそっとやめておいた。


「ひ〜ま〜だ〜」


 大声にならないよう、一応気をつけてはいるけどやっぱり暇だって言うたびに暇だと思ってしまう感じがする。

 その時、遠くからパタリ、パタリ、という足音が聞こえてきた。


 ……いやいや、気のせいだよね。うん。お化けなんているわけないし。


 パタリ。パタリパタリ。

 ……もしかして、マジでお化け?

 ありえなくて、でもちょっとだけあり得そうなそんな想像に、体を固くする。


 私、ずっと不思議だったんだよね。お化けに魔術が効くのかなーって。

 だから、本当にお化けならこれは実験の絶好のチャンスでは?


 リンパル先生魔術を結界張られているところ以外では使わないでね、という誰かの忠告を私はガン無視して魔術を展開し始めた。何か壊れちゃったらごめんね。だけど、実践だよっ!背に腹は代えられん!


 再び響き出した足音。その音が近づいてきたのを感じ、私はいつでも魔術を展開できるようにしている。目視したらすぐさま魔力を放つ。うん、段取りオッケー。

 ぐっすり寝てる生徒のみんな、寮母さん、そして先生方。ごめんなさい。私は実験を選ぶ!!

 ゆらりと現れた黒い影に私の魔術はバチバチと爆せる。


「あれ、リーナじゃん」


 聞き慣れた声。


「ソフィア……」


 姿を現したのはよく見知った人。


 ソフィア・バレッタ。

 普通科でありながら、騎士科にも文官科にも行ける運動神経・頭脳を持っているまさにパーフェクトヒューマンの名に相応しい人だ。

 そして行事とかにも積極的に取り組んでいるみたいで、色んなところの代表だったりをしている。最近は入学式の在校生代表の言葉か何かをやっていたかな。


「って、わ!リーナ、何してんの!?」


 私の手に浮かぶ魔術を見た瞬間、真っ青な顔色で近づいてくる。


「結界結界!ほら、早くリーナは魔術をやめて!」

「……はぁい」

「何!?その不満そうな声は!リーナは絶対絶対ぜ〜ったい、リンちゃんの結界のないところで魔術を使っちゃダメでしょ!」


 ……むぅ。


「不満そうな顔しない!というか、何で魔術を展開してたわけ!?」

「お化けだと思って。私、ずっと疑問だったんだよね。お化けに魔術は効くのかなって」

「……一応理由を聞いていい?」

「お化けに魔術が効いたらもう怖くないじゃん」


 ソフィアは聞いただけ無駄だったと言う顔をする。


「……正直言って私も化け物かなんかいるんじゃないかって思ったんだよね」


 え?


「暗闇の中声がしたり無駄にでかい魔力が2回も出現して、魔術の兆候が出たり」


 ……それはとてもすみませんでした。


「隣、いい?」

「ん。どうぞ」


 少しだけ端によってスペースを広げた。


「ありがと」


 ソフィアは寒いのか、身を縮めるように座った。


「……久しぶりだね、こうやってゆっくり話すのは」

「……そうだね」


 若干の気まずさのなか、いう。

 ソフィアとは1年生の時に同じクラスだった。でも、それだけだ。1年生の時、特に仲が良かったわけでもない。

 多分、住む世界が違うって言うか、価値観が違うって言うか、そんな感じだったから。


「どう?最近」


 いつもはポニテになっているけど、今は下ろされた髪がふわり、と揺れる。デザートのような甘い匂いがした。


「……特に、変わりないかな」


 よく思うんだけど、改めて振り返ってみると毎日って楽しいけど、時間が経つとなんだか平坦な日々だったり。そんなことがあったりする。


「ソフィアは?」


 きっと、自分のことから話題を逸らしたくていう。


「私も」


 意外だった。ソフィアって、本当に毎日が充実していそうだから。


「リーナはさ」

「ん?」


 何かを聞くかのような口調。


「……寝れないの?」


 だけど、思いとどまったような。そんな感じで、問いかけてくる。


「……うん。寝れない」

「そっか」

「……ソフィアは?」


 なんとなく、沈黙が気まずくなり尋ねる。


「私?私は……気分、かなぁ。なんか、誰かと話した気分だった」

「そう、なんだ……」

「そ。だからさ、何について話す?」


 気のせいか、ソフィアの目はキラキラしている。いや、気のせいじゃないかもしれない。若干前のめりになっている。


「恋バナなんてどう?」

「ネタないよ?」

「そんなことないでしょ。だってリーナ、頭良いし魔力も強くて魔術も上手くて可愛いし、モテるよね!?」

「え?何言っているの?」


 むしろ頭良くて万能で可愛いのはソフィアの方でしょ。

 それに、私、魔術は上手くないし……。


「ソフィアの方があるでしょ?」


 少し、いやそれなりに気になる。


「私はね……」


 うんうん。


「ヒミツ」


 ……そーですか。

 いや、ネタがない時点で私にとやかく言う資格はないんだろうけど。


「それにしてもリーナは無自覚。ん〜、恋バナは無理そうか」


 ??


「あ、そうだ」


 少しだけソフィアの瞳が面白げに弧を描いた。


「リーナもリンちゃん、好きでしょ」

「ふえっ!?」


 耳元で囁かれたその言葉に驚き、危うく飲みかけていた水を吹き出しそうになる。……そして中途半端に気管に入った水でむせる。


「いつも、リンちゃんのこと視線で追ってる」


 ……まさか、他学科のソフィアが知っていたとは……。


「もしかしてそれ、多くの人が勘付いているとかは……」

「ないよ」


 即答。

 その答えに、少しホッとする。


「私、得意なのは情報収集と分析だから」


 確かにソフィアの元にはたくさん情報が集まってきそうな気がする。うん。

 ……ん?さっき、リーナ()、って言ったよね……?


「もしかしてソフィアも、せんせ……リンパル先生のこと……」


 好きなの?という言葉は声に出ない。

 私の場合、好き、とは違うだろう。

 だけど、憧れ、でもない。

 よくわからない、言葉にできない感情。だけど、ソフィアは。


「好きだよ」


 だけど、ソフィアは驚くほどはっきりという。これが私だ、と言わんばかりに。


「あ、恋愛的な意味じゃないよ?人間として」


 その答えに、一瞬だけ、良かった、と思った自分がいて、なんで良かったの?という私がいた。


「その……いつからファン化?したの?」

「ん〜、去年の末かなぁ……」


 肩の力が抜ける。そしてくる、少しの優越感のようなもの。

 だって、私はずっと、一年生の末から推しているから。


「それにしても、良かった。私のカン、当たってて」

「カンっていうより根拠に基づく予想な気がする……」

「あはは。そうかも。……じゃあ、しよっか」


 え?何を?


「さっき言ったじゃん。話そって」

「え、でも話題……」

「あるでしょ?」


 今更?というようにいうソフィアは言った。


「リンちゃん談義に決まってるよっ」


 夜だからか、少し控えめだったけど、本来ならきっとそれなりに大きな声だろうセリフ。


「リーナはやっぱ魔術科だし、私の知らないリンちゃんを知っていそうでワクワクするっ」

「そんなキラキラした目で言われても……」


 きっと、私よりソフィアの方が知っていることは多いんじゃないか、って思う。だって、よく先生と話してるし……。

 私は視線で追っている?だけだし……。


「大丈夫、どんな話でも。食後のデザート……いや、夜食を楽しも!」

「夜食って……」

「美味しい話は美味しいご飯!」


 どんな理論だ、それ……。


「……と言っても奥手で真面目なリーナちゃんはノリに乗ってくれるまで時間かかるから私からにしよっかな」

「是非ともお願いします」


 逆に何から話せばいい?って思ってたし。


「そういやさ、リーナってリンちゃんのこと頑なに先生って呼ぶよね。リンパル先生でもなく、先生って」

「そうだね」


 むしろ半分意識的に呼んでいるって言いますか。


「実際に口に出したらそれが定着しそうで怖いんだよね」

「なるほど」


 だから、じゃないけど。一種のけじめみたいなもの、かなぁ。

 先生は、先生だから。私がリンパル先生をどんなに好きでも、私がここにいる限り、教師と生徒という大前提は崩れない気がしていたから。


「やっぱリーナって真面目だね」

「真面目じゃないよ?」


 ほんとに真面目なら今頃寝ていて朝は早起きしてランニングか勉強でもしていると思う。

 ……私は起きてから活動開始までにそれなりに時間がかかるんだよね。


「……やっぱ無自覚?」


 ……何が?


「あ、話、戻すね」


 はい。


「リンちゃん、去年の春に髪バッサリ切ったじゃん?」


 あの時はマジで可愛かった。

 多分生徒で初めて見たのは私とエイミーだと思う。その前後は休みだったし。


 セミロングぐらいだった髪は肩より少し上あたりで切られ、巻いてて、ハーフアップにしてて。

 初めて見た時は見入ったし時間止まったマジで。天使、いや女神だって思ったもん。


「すっごく可愛くなかった!?」

「わかるマジわかる。あの髪の巻き具合は神レベル」

「髪だけに?」

「え、何それ。ソフィア、寒いんですけど」

「あはは。ゴメンね。それにしても羨ましいな。結構早い段階で見てんじゃん」

「でしょ?切って結構すぐって知った時、それなりの……いえ、ナンデモナイデス」

「なぜに敬語?」


 優越感がありましたなんて言えないからです。



「……で、調味料の話でオーロラソースって何ってなって」

「リンちゃんが?」

「そ。オーロラソースを知らなかったの」

「意外すぎない!?」

「勝手な偏見だけど、ある意味お嬢様系ならあるかもしれない」

「確かに……」



「でね!手を振ると振り返してくれるのっ」

「何それ可愛い天使じゃんいや女神だったわ」

「でしょ!? 放課後、近くを通ってたから思わず振っちゃったけどその時に……」

「羨ましすぎなんですけど。というかなんで先生に手振れるの!?」

「ん〜、ノリ?」


 ノリで振れたら苦労しないよっ!


「じゃあ、リーナも手振る練習してみる?そういえばリーナってあんまり手を振らないよね?」

「逆に今までどうすれば良いのかいまいちよく分かんなかった」

「リーナらしいわ」


 先生談義に一区切りついたのはソフィアと話し始めて1時間が過ぎた頃だった。

 結構白熱していたし、一息ついたら少し眠気がやってくる。


「結構話し込んじゃったね」

「うん。やっぱりソフィアは人のことよく見てるなーって思った」

「え〜?そんなことないよ」


 そんなことがあるからこんなに語り合えているんだと思う。


「私、そろそろ寝ようかなぁ」


 ソフィアはふわぁ、と口元を隠しながら小さく欠伸した。


「じゃ、おやすみ、リーナ」


 踵を返し、時々あくびをしながら部屋に向かうソフィア。

 その堂々とした姿勢が、羨ましいほどだった。


「ソフィアは……すごいね」


 ソフィアは、私に持っていないものをたくさん持っている。

推しについて語れるっていいですよね(^^)

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