2 推しの字
黒板に綴られるふんわりとした綺麗な文字。だけど、それには癖があることを知っている。
少し、右上がり気味で、縦長。3つぐらいの文字で見た時、真ん中の文字が小さくて1番右の文字が大きい。
だけど、それがスパイスとなっているのか、すごく綺麗なのだ。
「はぁ、マジ尊敬……」
◇◇
「リーナ〜、今日の薬医学、なんの授業だっけ?」
「今日は『配合物質とその相性』だよ」
「あ、そういやそうだったね!ありがと!」
そう言ってクラスの子は去っていく。
「リーナ、顔がニヤけてるよ」
ずいっとエイミーが横から顔を出す。
「しょうがないじゃない」
だって、これから週に2回の薬医学の授業だよ!?
これは嬉しいじゃない。
「リーナの場合、ただ単に薬医学の授業を楽しみにしているだけじゃなくて先生の授業だからっていう理由もあるからねぇ」
「声がでかい」
「大きくないよ〜。どこかのリーナちゃんが敏感なだけ〜」
「つまり、私にとって大きいということでは?」
……実際は超小音、口元を隠したら何も喋ってないように見えるだろうけどね。
「細かいことは気にしなぁ〜い」
細かいウンヌンカンヌンの前にこだわるところだと思うんだけどなぁ。
……さて。話は改まり。
魔術とは。
改めて言われるとそれなりに難しい話になる。できるだけ簡単に言おうとすると、世界に存在するエネルギーを魔力によって増大させ、ちょっとだけすごいことをする術……だろうか。
占星術、錬金術、妖術、薬医学など分野に分かれていて、一口に魔術師と言っても実情は専攻によってかなり中身が違う。特定の術専門の魔術師もいれば、複数の術を扱える魔術師もいる。魔術師というのは魔力を使う技術を使う人たちの集合体だ。
ただ、その共通点は自然を介し、普通じゃ少しありえない力を使うこと。これだけは共通している。
学園の魔術科の授業は占星術、錬金術、妖術、薬医学、魔術実技、魔術探究……と、とにかくいろんなことをやる。理由は汎用性のある魔術師を育てるためらしい。しかもこのカリキュラムを立てた人は欲張りなのか、質の高い、が汎用性の前につくのだ。……全く、欲張りすぎる。魔術師を舐めているよね。
魔術師になれる魔力量を持っているのは全人口の約0.5%、一人前の魔術師は全人口の0.01%、一流に慣れるにはそのなかのほんの一握り。いかに過酷な世界か、わかるだろうか。
……つまり、先生はは超すごい!ってわけよ!
リンちゃん最高っ!
「リーナが内心荒ぶってるのがわかる」
「……コホン、失敬な。先生はすごいってことを再確認してただけだよ」
「それはわかるけどさ」
けどさ?
「リーナは常識の範疇を超えて心酔の域まで行っている」
「ありがとーございますっ」
「……これでお礼言う人、初めて見たわー」
「え、ひかないで?」
ひかれると私のハートは引っ掻き傷が残るんだけど?
「ほらほら、授業授業。集中集中」
「……なんかいい感じに誤魔化してない?」
「そんなことないよー」
カランカラン、という鐘の音。
授業開始の音だ。教卓の横で授業の準備をしていた先生は手を止め、私たちの方を向いた。
「挨拶お願いします」
ふんわりとした口調の声に言われ、号令がかかる。
「きりーつ、気をつけ、れー」
気の抜けた号令に私たちも、おそらく若干気の抜けた動作をする。
……これは決して授業を真面目に受けようとする気持ちがないわけじゃなくて間延びした……そう、ある意味リラックス!リラックスしているような感じのことを言っているわけで、むしろ良い状態というか、とにかくどう間違っても先生を馬鹿にして授業を受けようとしているわけじゃないからね!むしろ私は誠意100%、超絶真面目に授業を受けているから!
「……物質の相性については、どんものがありますか?挙手しなくていいのでどんどんあげていってください」
……いけないいけない。先生が話していたようだ。
思いっきり聞き逃していた私は傍観にまわっている。しかし、周りからはちゃんと先生の話を聞いていたのか、ちらほらと相性が上がっていった。
それを先生は超絶ビューティフォーな字で黒板に書き連ねていく。
……はぁ、何度見ても綺麗すぎる。黒板なのに先生の字らしさが失われてないって凄すぎない!?
というか、知ってる!?
先生ってめちゃめちゃ字が綺麗なんだよ!
癖字っぽいんだけど、綺麗なのって神すぎない?
しかもその癖が可愛すぎる。大体右上がりで縦長気味。3文字ぐらいずつ見ると真ん中の文字が小さくて、1番左の数が1番縦長になる。筆圧はあまり強くなくて、ふんわりした字。
マジで綺麗すぎる!
「……そうですね。では、相性が良い時、悪い時。どんな違いがあるのでしょうか。それらの組み合わせを実際に実験してみましょう」
は〜い。
「もちろん、大爆発するような組み合わせではやりませんが……」
極めて残念そうにいう先生。……いや、大爆発したらやばいですからね?
「それでは、実習を開始してください」
薬医学の基本は切る、混ぜる、煮る、だ。
たったこれだけだが、薬医学を扱うことができる人は限られる。
薬医学を専門的に扱う魔術師、つまり薬医学魔術師が公的に活動するには超難関と言われる国家薬医学魔術師試験に合格しないといけない。
これは名門・ランデーズ学園を卒業したからといえど、そう簡単にもらえるものではない。一応、ランデーズ学園で薬医学の授業を受けており、卒業すれば薬医学魔術師見習いにはなれるけど……。見習いは見習いなのであまり信用はされないし給金も安いし2年ほどで資格が切れてしまう。
そんなわけだから、国家が難しいのでランクは落ちるものの、非公式的に民間の薬医学魔術師になる人も少なくはない。……が、待遇は国と比べると、めちゃめちゃ悪い。しかも、やぶの薬医学魔術師もかなりいる。正直言って信用できない。
なので箔付けにもなっているのが国家薬医学魔術師ってわけなのだ。
そして先生はこの試験を主席で受かっている。……ねぇ、すごくない!?マジで先生神すぎる。
「リーナ、手を動かして」
「あ、ごめん」
実習は2人1組。私の相方はエイミーだ。そのエイミーの声に現実に戻され、私はグルグル棒を回す。
ここで大切なのはとにかく均一にすること。切る時も混ぜる時も、煮る時も。この均一さがダイレクトに品質へ影響する。
……ここでぼーっとしてたらいつのまにか中身が溢れちゃうことがあるんだよね。前、見事にぶちまけてエイミーに怒られたっけ。
もちろん、もうぼーっとなんてしないよ?ちゃんと実習中の様子を記録してあとでレポートとして提出しなきゃいけないから。
煮詰まってできた液体を瓶に入れたら完成だ。
瓶にテープを貼り、そこに名前を書いて提出する。
「早いですね。……綺麗な色をしていて品質が良さそうです」
「あ、ありがとうございます……」
ニコリ、と微笑みながら言われ私は動揺を押し殺しながら言った。言葉の最後が尻すぼみになってしまったのは見逃してほしい。
何マジで可愛すぎる!
というより推しに褒められるって最高すぎん!?
はぁ、マジ幸せなんだけど!
「リーナぁ、あれは提出した人に声掛けしてるだけだと思うよ……」
「エイミー、シャラップ」
そんなの、わかってます。
私にとって重要なのは推し=先生に褒められたことなの!
後日。
帰ってきたレポートには先生のイラストと共に「よくできています。素晴らしい!」と、とっても綺麗かつ可愛い癖字で書かれていた。
……これは永久保存ものですね。家宝にしますっ。
黒板の字がきれいな人って尊敬します……!