青天の霹靂
「誰か教えてくれよ!!!!!!」
そう、大声で叫びながら目を覚まし勢いそのままバサっと掛け布団を剥いで飛び起きた彼は、泉咲賽。何とも言えないぬるい朝。周りをキョロキョロと見渡す。体中ものすごい汗をかいている。そして見覚えのない寝具に冷房もない換気もされない独房のような部屋。明らかにおかしいことには嫌でも気がついた。
「おっと…これは悪い夢の続き…か」
泉咲の言葉を遮るように女の声がする。
「目が覚めたようね。残念。これは現実よ。」
諭すような冷静な声色の主は女性。モデルのような体型で黒髪のロングだ。
「あなたは…?」
「私は藍原澪。関東反政府部隊「BITES」横浜本部司令隊長よ。」
わけのわからない言葉の羅列は、泉咲の頭にはほとんど入り込んでこなかった。
「すみません。状況が飲み込めません。僕はまずどうして家にいないんでしょうか…?今日も今日とて、学校に行かなければならないんですが…。」
困惑の表情を外すことが出来ないまま、ふと泉咲は壁にあるカレンダーに目を向けて、愕然とした。
「今日は2月1日。あなたは、1月28日の夜から眠っていたわ。その間に我が国はアメリカに宣戦布告。そしてまもなく…アメリカとの戦争が始まろうとしてる。日本軍もその準備にあたっているわ。」
母国語で話されていながら、外国語をリスニングしているレベルで聞き取れないような単語が並んだ。朝起きたら戦争が始まってるなんて、ラノベの読み過ぎもいいところだ。
「待ってください。僕は家にいたはずです。確かに28日…そう日曜日だ。家でご飯食べて、部屋でYouTubeずっと見て寝たはず。何も普段と変わらない!!戦争の話なんて微塵も出てなかった。いやそれに冷静になれば、両国間では、日米安全保障条約が締結されていたはずで、それを無条件に破ることはどちらも出来ないはずです。最低でも、1年前から破棄する宣言をする必要があるはずです。そんな重大なことがさまざまなメディアで取り上げられないはずがない。我々は争えないはずです。」
「…安芸原首相がそれをひた隠しにしていた、としたら。」
母国で起きていることだと思えず、狐に抓まれたような気分だった。どんな人間も、いつも必ず真実を語っているとは到底思ってない。特に政治家は平気で嘘を付き、いろんな不正をするというイメージは昨今の不祥事のニュースで完全に国民に植え付けられたと言っていい。そして藍原は続ける。
「政府は、アメリカとの関係が悪化していたことを、国民には隠していた。実は随分前から、良好な関係は終わっていたみたい。もちろんその中で友好条約を結ぶ形で終結するよう仕向けたとは思うけど。折り合いがつくことはなかった。けど、これはおそらく表向き。いくらなんでも条約破棄してまで戦争するのは考えにくい。何か裏があると踏んで我々は動いてる。…まぁ、あなたをここに幽閉した理由はそのうち話すわ。今は私達と一緒に戦ってもらう。」
出会ってからずっと何を言ってるのかわからないけれど、ここから逃れるのもどうやら無理なことだと判断出来た。どうやら泉咲は戦わないといけないらしい。自分が置かれてる立場もまるで理解できない。そんな運命あって良いものかと状況を嘆きながらも半分、諦めもあった。泉咲賽は高校生でありながらどこか俯瞰したような、そんな少年だった。
「はぁ。なんでよりによってこんな冴えない高校生を選んで幽閉したんですかね、本当。ところで、その…BITES?の隊員は何人いるんですか?」
「8人よ。」
「え、少なっ!!え!?」
「あなた入れて8人ね。」
「いや、寝てただけの高校生を頭数に入れないでください!」
天命を受け入れたのか、泉咲は自分がBITESの一員になることを特段拒まなかった。拒めない、が正しい表現だろう。もうこうするしかない、そう思ったのようであり、抗う気力や、冷静な判断、それらが今は無いようでもある。突然目を覚ましてこの状況。それを理解して受け入れる方が難しいことは間違いないだろう。
「落ち着いて。反政府部隊は私だけではないわ。全国各地に我々の同志がいる。だいたいこんな感じ。」
落ち着いていられる状況なはずはないだろう、と突っ込みたくなる気持ちを抑えながら泉咲は話を聞く。
・北海道「WHITES」
・宮城「PHOENIX」
・東京「TREES」「MONSTERS」
・埼玉「RHINOCEROS」
・神奈川「BITES」
・千葉「 PEANUTS」
・愛知「KILLERWHOLES」
・大阪「ATTACKERS」
・兵庫「HARBOURS」
・広島「WAVES」
・福岡「MOUNTAINS」
「あ、あ、なんかプロ野球チームみたいになってますね。でも流石に8人じゃ分が悪すぎると思ってましたけど、まさかこんなに各地方に部隊がいるとは思いませんでした。」
そうぼやく泉咲の口調は完全に部隊の一員になったようであった。そんな折、もう1人筋肉質の男が部屋に入ってきた。
「おう!坊主!起きたのか。俺は香川大三。そこの姫の補佐のようなもんだ。それにしてもよく寝てたな!残念だが…まもなく戦争が始まろうとしている。米軍基地がある地域が激しい抗争になると想定している。無論、神奈川も例に漏れん。ここは地下シェルターのようなものだ。日米軍どちらにも見つかりにくいとは思うが、保証は出来んな。それに我々の任務のためにもうかうかしてはいられん。坊主さっき、他の部隊のことを聞いて、プロ野球見たいって言ってたな?」
聞かれていたのか。とバツの悪そうな顔をした泉咲だが、香川の次の反応は思っていたものとは別であった。
「あながち遠からずでな。実は、全ての部隊がプロ野球の球団本拠地を、基地的な場所としてるんだ。球団も今は野球どころではないから、連携をとり使わせてもらっている。このシェルターもその付近だが、入り口だけは各部隊しか知り得ない。」
なるほど、だから野球チームがある地域にそれぞれ部隊が作られてるのか。と、妙に納得した泉咲ではあったが、この状況を落ち着いて考えれば、何も納得できる状況ではない。何故この人達はさっきからずっと、これが突破な状況であると全く思わず、さぞ昔から泉咲がこのチームの一員だと思って疑わず話を続けているんだろう。それが大人のやり方なのか?大人ってそんな汚いのか?そんなことを泉咲は感じていた。
「賽くん。わからないことだらけよね。いきなりこんなことになってて。私達も申し訳ない気持ちが無いわけではないわ。ただ…もう仕方ないの。教えてる暇もないの。とにかくあなたは戦うしかない。」
強い瞳でそう訴えかけてくる藍原は少し涙を滲ませているようにも見えた。そんな藍原に対して泉咲は反論の余地が無いことを悟った。
「賽でいいですよ、藍原さん。結局ここから出ていいよって言われても外は平和な世の中が待ってるわけでは無さそうですし。それなら変えられる可能性に賭けるしかないですよね。…とはいえ射撃練習くらいしたいですけど。あとこのシェルターの使い方くらいはある程度教えてくださいよ。」
泉咲の言葉に、理解の早い高校生だと感心しつつ、サムズアップのジェスチャーで応え、「澪でいいわ、賽」と呟いた。このやりとりも微笑ましいものに見ようと思えば見えるけれど、この場においては決してそのようなものでは無いのは明白である。これは同時にBITESの…そして泉咲賽の、長い長い答え探しが始まった合図に過ぎなかった。