Chapter1『眠りにつく街で眠れない私』6
やっと呼吸が整ったのか、少年は私に問いかけてきた。
「君、人間だろ?何で起きてるの?」
何故起きていると聞かれても、私にも分からないのだから答えられない。
それに「人間だろ?」と聞くということは、この少年は人間ではないというのか?
「おい、聞いてるのか?」
「あっ……」
私としては答えたつもりでいたのだが、自分以外に起きている者がいたことへの驚きと腕を掴まれたことへの恐怖と痛みで、声が出ていなかったようだ。
「こ、答える前に腕離して…痛い……」
「あ!ごめん!」
少年は申し訳なさそうな顔をして、すんなり腕を離した。
離してと言ったのは私だが、こんなにすんなり離してくれるとは思わなかったので拍子抜けしてしまう。
そんな私に気付いてか、更に申し訳なさそうに
「本当にごめん!悪かった!まさか人間が起きているとは思わなくて、つい掴んでしまって…」と先程まで掴んでいた私の腕を撫でた。
「って、女の子の身体勝手に触ってごめん!本当にごめんなさい!」
少年はバッと手を上げ、勢いよく頭を下げる。
人に恐怖を与える程の美貌の持ち主だとは思えない快活さだ。
その快活さに充てられ、自然と身体の強張りもほぐれていく。
「それは全然構わないのだけど…人間だろ?って聞くってことは、あなたは人間ではないの?」
そう聞き終えてから、私の言葉は少年の質問への回答になっていないことに気づいた。
「あ、質問で返してごめんなさい…。私は人間で、何故起きているのかは分からない。私は今日この街に来たばかりで、正直この街にかけられてるっていう魔法についても疑ってたの。だから、それを確かめる為にここに来たの」
「そう、だったのか…。本当にごめん。君も不安だったろうに、突然声をかけたばかりか腕まで掴んでしまって…本当に悪かった」
そう言うと少年は改めて深々と頭を下げた。
そこまでされると逆にこちらが申し訳なくなってくる。
私は「もういいから頭を上げて」と少年の頭を無理やり上げた。
少年は気まずそうに「そうだね、分かった。許してくれてありがとう」と言うと、くるっと背を向けたかと思うと私を手招く。
「立ち話もなんだから着いてきて。少し歩いたところにベンチがあるから、座って話そう」
そういえば昼間この辺りを回った時、複数の洋服屋が並ぶ通りに休憩用のベンチがいくつか設置されているのを見た。
多分そこのことを言っているのだろう。
私は少年に従い、後をついていった。
………
私を先にベンチに座らせると「ちょっと待ってて」と言い、すぐそばにある自動販売機へと駆けて行った。
飲み物を買う動作をしたかと思うと、すぐにこちらに向かって駆けてくる。
「どっちが良い?」と私の目の前にオレンジジュースとレモンティーを差し出した。
「じゃあこっちで…」とレモンティーを受け取ると、少年は優しく笑い私の隣に座った。
少年、ーーベンチまでの道のりで『ロディ』と名乗ってくれたその少年は、プルタブを開けたかと思うとオレンジジュースを勢いよく喉に流した。
相当喉が渇いていたのだろう。
私がじっと見てしまっていたからか、ロディはバツの悪そうな顔をして、
「ジャック…えっと、僕の友達の名前なんだけど、ジャックが君のことを見かけたって僕に伝えてきてね。ジャックは足が遅いから『お前が追いかけた方が早い』って。それで僕が君を探して走り回ってたんだ。めちゃくちゃ走り回ったんだよ、だから喉が乾いちゃって。行儀悪くてごめんね」と苦笑混じりに言う。
「えっと、ヴェールっていったけ?さっきの君の質問、『あなたは人間ではないの?』への回答だけど、僕も、ジャックも、僕達の仲間も皆人間だよ。一応ね」
「一応?」と私は首を傾げる。
「この街の魔法について知っているのなら、スケアリーのことは知ってる?」
「えぇ、人間に怪物の血が流れている者の総称だって聞いたわ。でもスケアリーは、スケアリー最後の女性が亡くなって、もう途絶えたって聞いていたのだけど…」