Chapter1『眠りにつく街で眠れない私』4
まず違和感を覚えたのは私達が今日から住み始めたマンションだ。
8階立てのマンションの1室で、父から聞いた話だと今回1部屋だけ空きが出たので運良く入居できたが、基本的に全部屋入居者で埋まっているくらい人気のあるマンションなのだそう。
確かに、徒歩5分圏内に食料品店も生活用品店もあり、若者に人気だというコーヒースタンドもある。
父が行きたがっていた焼き立てのピザが看板メニューのカフェレストランもあるし、何より、もう少しだけ歩けばメインストリートに辿り着ける立地の良さ。
マンション自体も魅力的で、建築されて10年以上経っているとは思えない程綺麗な外観で、それぞれの部屋と住民の共用スペースもリフォームのおかげで新築のように美しい。
入居できた私達は本当に運が良かった。
マンションのエントランスを出た私はすぐに振り返り、マンションの窓を、ーー正確には明かりがついている部屋があるかどうかを確認した。
エントランス側の窓は、どの部屋もリビングの窓のはずだが…。
カーテンが閉められていても明かりがついている部屋があればすぐに分かるだろう。
だが、明かりがついている部屋はひとつもないようだ。
いくら夜中でも0時であれば一人くらい起きている住人がいそうなものだが、どの部屋も真っ暗だ。
「さすがに、メインストリートまで出れば誰かに会えるわよね…」
私はメインストリートに向かうことにした。
マンションからメインストリートまでは徒歩10〜15分程なので、例えば、最終電車を気にすることなく飲酒を楽しんだ近隣の住民が徒歩で帰宅する場面に出くわしてもおかしくない。
ところが、そのような住民どころか、誰一人外を歩いていない。
何度も言うがいくら夜中でも、夜通し遊んでいた者、仕事が遅くなって急いで帰る者、何か用事があって外に出ている者、誰かしら外を歩いていてもおかしくはないし、メインストリート近辺であれば尚更だ。
だが、本当に誰ともすれ違うことなくただただ歩き続け、誰とも出くわさないまま私はメインストリートにたどり着いてしまった。
メインストリートの中心、噴水広場で私は足を止めた。
噴水横に設置されている屋外時計の前に立ち、辺りを見渡してみる。
昼間のメインストリートの活気が嘘のように静まり返っている。
街灯以外の明かりも全て消えているので、建物からの光が全くないメインストリートは夜中だということを差し引いても暗く寂しい。
人がいないのだから水を噴出する意味もない、噴水も止められている。
音を発するものは私と時計の秒針のみで、まるでこの世界には私しか存在していないのではないかと錯覚してしまう。
それ程の静寂、まさに街が眠っているようだ。
この現状を目の当たりにすると、父の言ったとおり"都市伝説ではなく事実"で、『0時から6時までの6時間、一度も起きることなく眠り続ける』というのは本当のことなのだろう。
それであれば、6時になれば街は目覚め、住民も、父も何事もなかったかのように目を覚ますだろう。
父が急に眠ってしまったのは疲れのせいでも身体の不調のせいでもなかった。
何より不安だったのはそのことだったので、そうでないのであれば安心だ。
ーーでは、私が眠らなかったのは何故だ?
今日だけたまたま眠らなかった、ということだろうか。
『0時から6時までの6時間、一度も起きることなく眠り続ける』という、スケアリータウンにかけられた魔法。
伝説、ーーいや、魔法が事実であるのなら、ここからは父の言うように歴史と呼ぼう。
スケアリータウンの歴史によると、この魔法は『人間から迫害されたスケアリーに生きる場所を与えるためにかけられた魔法』なのだそうだ。
スケアリーとは、人間に何らかの怪物の血が流れる者の総称。
決して人間にとって害のある存在ではなく、流れている怪物の身体的特徴が現れること以外は人間と何も変わらなかったらしい。
ただ人間と見た目が違うという理由だけで迫害されることになった、悲しい存在なのだ。
「少しでも人と違うものを持つ者は嫌われるなんて、今も昔もそんなに変わらないのね」