Chapter1『眠りにつく街で眠れない私』3
いつもならこの時間、父は机に置かれたデスクライトの明かりのみを点け、特に眠気が訪れていなくても「それっぽいだろ?」という理由だけでコーヒーを飲みながら、執筆を行っているはずなのだが。
そもそも、今日に関しては0時になる直前に物音を立てていたのだから起きているものだとばかり思っていた。
しかし父は、デスクライトの明かりを消し、コーヒーも飲みかけのままで眠っていた。
ベッドではなく机に伏した状態で、まさしく執筆の途中だったのか、伏した身体の手元には先程まで手にしていたであろうペンが転がっている。
眠った、というよりは急に襲ってきた睡魔に耐えきれず眠ってしまった、というところだろうか。
引っ越し初日、家具の搬入は既に終わらせていたとはいえ、スケアリータウンの街並みに浮かれた私に連れられ街を歩き回ったのだ。
急に疲れが出ても不思議ではない。
「…無理させちゃったかしら、ごめんね父さん」
このまま机に伏して眠っていては身体を痛めるだろうし身体を冷やして風邪をひいてしまうかもしれない。
眠っているところを起こすのは申し訳ないが、一度起きてベッドに移動してもらおう。
「父さん起きて、こんなところで眠ったら風邪をひくわ!」
背中を揺すってみるが、起きない。
優しくしすぎただろうか。
「父さん!起きて!」
先程よりも大きな声で声をかけ、先程よりも強く背中を揺すってみる。
ーーそれでも父は起きなかった。
起こされる事への不快感をしめす唸り声も発しないし、やめろと手を払い除けるようなこともしない、本当に何の反応も示さず眠り続けているのだ。
ここまで何も反応がないのは眠っているからではなく気を失っているからではないのか、という考えもよぎったが、脈は規則正しく動いているし体温もいつもと変わらないように思う。
何より、普段の就寝時と全く同じ寝息が聴こえてくるので、気を失っているという考えはすぐに消した。
ただ、あんなに強く揺すってもびくともせず眠り続けることがあるだろうか?
少なくとも、父なら起きるはずだ。
父は眠りが浅い人で、幼い頃一緒に眠っていた時も、私がトイレや水を飲むために起きようとすると、父も一緒に目を覚まし、私が再び眠りにつくまで眠らず起きていてくれた。
旅行に出た時も、移動中の電車内や飛行機内で眠っている姿を見たことがない。
そんな父が、ここまでして目を覚さないことがあるだろうか?
普通に考えればかなり疲れが溜まっているとか、症状はまだ出ていないが実は体調不良だとか、そういったことが理由だろう。
ーーだけど、ここはスケアリータウンだ。
『0時から6時までの6時間、一度も起きることなく眠り続ける』
実際に私が眠ることなく起きている以上、これは都市伝説で間違いない、とは思う。
だけど、直前まで起きていたはずの父が、眠りが浅い父が、起きることなく眠り続けている。
それを目の当たりにしてしまうと『都市伝説で間違いない』という自信が揺らいでしまう。
ーーこれは都市伝説などではなく、父が言っていたように"事実"だった、魔法は存在していた、ということだろうか。
だとしたら新たな疑問が生まれる。
仮にこれが本当に魔法だったとして、何故私には魔法がかかっていないのか。
「…外に出てみようかしら」
外に出て、私以外に起きている人と出会えれば、これはやはり魔法ではなく都市伝説だと確証が持てる。
確証さえ持てれば、あとは父のことだけを考えればいい。
ここまで起きない理由が単なる疲れであれば良いが、万が一身体に何か不調が出ているのであれば病院に連れて行く必要がある。
ーー逆に、私以外に起きている人と出会えなければ、その時は魔法の存在を認めよう。
もしも父が起きた時の為に、家に私がいないことを心配しないよう書き置きを残しておく。
スマホと鍵を、羽織ったニットカーディガンのポケットに入れる。
眠る父に向かって「行ってくるね」と呟き、私を家を出た。
とにかく、私以外に一人でも起きている人を見つけることができれば良い。
一人でも見つけることができたらすぐ家に帰ろう。
すぐ家に帰ってもう一度父を起こし、起きなければ今日は父の側で眠って、父が起きるのを待とう。
………