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「セッシャはモンスターでござる(END)」―銀染の抜刀―

|セッシャはモンスターでござる|




「きゃあああああ!!? ライアン……ライアンッ?? どうして、どうして!?!?」


 砂浜に少女の悲鳴が響き渡った。身体全体を震わせて発せられた悲鳴は間近まぢかにある少年の耳にとって強烈なものだっただろう。


 だが、そんなことを気にする余裕が少年にはない。彼の思考は現状を理解することで精一杯だった。


 砂浜には影が伸びている。それは得体のしれない黒い外套マントの男、その足元から続いており、明らかに陽射ひざしの方角に反したものだ。


 だから奇妙きみょうである。不自然に伸び、不自然なほど濃く、黒い影。そこから突き出た太い槍のようなとげは老人ライアンの腹部を貫き、彼の身体を空中にぶらさげていた。


 小柄でせている老体ではあるが、それでもその重みによって少しずつ棘が食い込んでいく。すでに背中までを軽々と貫通した棘がじょ々に、さらに彼の傷口を広げていく。


 真っ黒な棘を伝う血液。そこに老人の口から吐き出された鮮血があたり、砂浜にもしたたって砂地を黒ずませた。


 腹部をつらぬかれた老人は足をらしているが、それも次第に弱まっていく。そして呼吸も絶え絶えにしながら、口内から血を吐き出してでも声をだす。


「お嬢……様。に、逃げ……て、ください! どうか、私は、もう……私はいい、からッ……逃げて…………お逃げ、なさいッッッ!!!」


 老人は知っていた。もう、自分がどうにもならないのだと。だが、そんなことはいい。そんなことはどうでもいいから……“逃げてくれ”、と。


 誠実せいじつ執事しつじは少女を見ている。彼と眼が合った少女はただ、「ライアン……」と声を震わせながら老人の名を呼んだ。


 砂浜にある奇妙な影。老人を貫く影がぬらりと、丸く盛り上がる。そうして盛り上がった真っ黒な影に赤い光が5つ開き、それらはひとみかのように老人の様子を観察したあと、「ギョロリ」として少女を見た。


 5つの赤い瞳に見られた少女は恐怖を覚えるが、そうなってもまだ老人の名を呼んでいる。


 少女を抱く少年は…………「ガチガチ」と、歯をかち鳴らした。異様な光景と異形を見ておびえたのであろうか?


 ことなることだ。この時に彼が抱く感情、それは恐怖ではない。


「そんな……この地にも“あやかし”があるというのか? うぅ……ッ!! 拙者は……拙者はッ…………しかしッ!!!」


 片手に少女を抱き、そしてもう片手には……携えた細身の武器。鞘に収まる刃からかすかに唸るような音がこぼれ聞こえる。


 ――悲惨ひさんな光景だ。早朝の浜辺に、悲痛で見るにえない恐ろしい情景が繰り広げられていた。


 だが、そうした光景に恐怖を感じていない存在がある。


 この凄惨せいさんな状況を生み出した張本人たる【魔役士まえきしギアード】はただ1人、穏やかな表情を浮かべてそこに立っていた。


 ちゅうにぶらさがっている老人。瀕死ひんしの老体に向けて、魔役士ギアードは言う。


「――見事ですよ、ライアン。あなたの忠義は実に真摯しんしで立派なものだ。かつて教育を受けた者として誇りに思いますし、きっと私の心の中であなたとの思い出は残り続けるでしょう。

 ただ……だからでしょうね。あなたも、敬愛なる兄も、義姉ねぇ様も……みなさんがそろって誠実すぎたのです。誠実に真面まじに……融通ゆうずうかないからそうなるのです。でも、愛していますよ。だからあっさりと……今、楽にしてあげますね?」


 魔役士の手にある指輪が赤い輝きを放っている。その輝きがさらに増すと、彼の足元から伸びる影はさらなる変化をげた。


 もう一本、影から鋭い棘が出現する。それはかまのようにしなり、えがき……。


 弧状の棘が反動をつくる。その光景を眼下にしつつ、空中にぶら下げられた老人は視線を着物の少年に移した。


「ぐっ……あっ……て、テンジロウ様ぁ!!!」


「――――!?」


 瀕死の老人は叫ぶ。鮮血を口から散らしながら、その命をして……願う。


「後を……お嬢様を、どうか…………どうか、お願いいたしますッ!!!」


「――――うぅッ!!?」


 必死の叫びだった。その声を聞いた着物の少年は左手に力を込めた。


 それは細身の武器をにぎる手。ふうじる武器を握る手に力が入り、鞘がきしむ。




『 ……ねぇ、お侍様。僕はこれで――――幸せに、なれますか? 』




「――――ッッッ!!!!? ハァ、ハッ、ハァッ…………う、うぁぁぁ!!」


 少年の意識が一瞬、現在の視界かられた。そこに思い起こされた光景。


 角のあるこうべれ、露わとなった細いうなじ


 小さな身体は震えることなく。ただ、るがままに……。


 幼い彼は事を成されるがまま、その時をりんとして待ち、そして――



 ――――鮮血が、散った。



「あ、あ…………い、いやああああああああああ!!!!!」


 少女の叫びが聞こえる。そのつんざくような響きで意識を現在に取り戻した少年。


 そこに見えた光景は……黒い棘に胸元を貫かれた老人の姿。


 少し「ビクン」と、痙攣けいれんしたのち。老人はまったく動かなくなった。そのしせん最期さいご、少年のことを見たままに開かれている。


 死者に見定められた少年はその瞳をらせず、動くこともできない。


 ただ…………食いしばった口から、嚙み切られたくちびるから血が一筋ひとすじあごを伝って流れ落ちた。


「ライアン……あなたは最期まで、本当に素晴らしい執事でした。ありがとう、私と兄を育ててくれて…………さて、では次に参りましょうか。これでさびしくないでしょう、私以外は皆もう、みんなそろっていますからね」


 魔役士ギアードはそう言うと可憐な少女を見やる。彼女は少年の腕に抱かれて震えており、もはや声も出せずにただ、涙を流していた。


 こんなものが現実だと受け入れたくないのだろう。一種の錯乱さくらん状態にあるらしい。


 丁度良いと思った。ギアードは「夢心地にけるなら幸せだろう」と思い、安堵あんどした心持こころもちで指輪をあかく光らせる。


 黒き影なる存在――――影にひそむ……いな、影そのものであろう異様が再びやみへと沈んだ。それによって、老人の身体は砂浜にへと落下し、強く打ちつけられた。


 影なる異様は真っすぐと、躊躇ためらいも容赦ようしゃもなく少女へと向く。


 そしてあらためて槍のように鋭く、太い棘を伸ばし……つらぬいた。


 この棘ははじき出されるようにして勢いよく飛び出るらしく、瞬間的にえると言ってもよい。硬化した影である棘そのもののかたさもあろうが、こうした勢いもまた、これのもつ驚異きょうい的な貫通かんつう力の理由なのだろう。


 鋭く突き出された棘は豆腐とうふはしすかのように呆気あっけなく貫いた。


 洞窟横のがけ、その岩肌へと突き刺さった黒い棘。こんなもの、人間の身体など抵抗ないも同然にさって当然だろう。なんなら鉄の甲冑かっちゅうすら意味なく貫く代物しろものである。


 ……だが、そう。槍のごとく鋭い棘は岩肌に突き刺さったのである。つまりは“少女”に当たってはいない。


 何故なぜか? それは彼女を抱えた者が横っ飛びに回避したからだ。一足いっそくにして跳び上がった彼は、浜辺にあるれた岩にへと降り立った。


 標的を外した棘はちぢんで影の中へと引っ込んでいく。穿うがたれた岩肌から小石がカラカラと落下する。


 その様子を見た魔役士ギアードは……「フフフ」と穏やかに微笑ほほえんだ。


「素晴らしい、たいした身体能力です。関心をおぼえますが……そうしていつまで跳びまわりますかな? クっフフ……生憎あいにく、私の“使い魔”は器用なものでして……どれ、試してみましょう?」


 魔役士がそのように言うと、彼が使う魔――異界の存在たる“悪魔”なる異形は影から無数の棘を撃ち放つ。


 これは文字通りに放たれた棘の数々。槍の投擲とうてきごとく、撃ち放たれた黒き棘が乱れ飛び、少年・少女を標的とした。


 次々と放たれるそれらを……少年はける。かがんで、んで、って……避けて避けて避けまくる。


 空中を舞い、棘を跳んでかわす着物の少年。それも少女を抱えたままに、実に器用なものだ。


 しかし、その躍動最中にある違和感。それはどうにも、棘を蹴とばすとそこに「ぐにゃり」とやわらかい感触があること……。


 さらにそうしている渦中にて。足元へともぐっていた影から一際ひときわ太い棘が伸びると、それを蹴って跳ぼうとしたのだが……これも「ぐにゃり」とまるで粘土ねんどかのようになるので上手く蹴れない。


 不思議なものだ。あれほど硬い棘だというのに……いざ攻撃を加えると自在に軟体なんたいとなり、まともな手ごたえを与えさせない。この影なる存在はまともに“形”というものを定めてないのであろう。実に不気味である。


 空中でバランスをくずした少年は咄嗟とっさとして手にする鞘の先を地に着け、つかを足場として跳んだ。そしてそこから伸びたひもを空中にて手繰たぐり寄せ、細身の武器を手元に回収しながら砂浜へと着地する。


 砂浜に降り立った少年。その右腕に抱える可憐な少女は言葉もなく、ただ彼の首元に顔をうずめて泣き続けていた。


 ――しかし、実に見事なものだ。身軽で空をけるのような少年の躍動は美麗びれいであり、それは“ダンス”かのように見惚みほれるほどである。


 華麗かれいまい堪能たんのうした魔役士は……口元をゆがめている。


「なるほど、なるほど……素晴らしい、美しい。ですがね……あんまりらさないでくださいよ。貴公きこう、こう申してはなんですけど……ちょっと鬱陶うっとうしいですよ? ええ、なに……その気になればすぐにでも終わらせてしまえるのですがね?」


 上がった口角がピクピクと痙攣けいれんしている。口元はともかくとして、目元は鋭い様相にある魔役士ギアード。


 黒い外套を纏う男はその両腕を広げ、その左右から激しく煙をきあがらせた。白煙はくえんの中、彼の右手中指にある指輪がこれまでで一番にこう々と、あかく光を放つ。


 指令を受けたかのように、黒い影の存在は砂浜をもぐり、蛇行だこうしながら標的に向かってい進む。


 この時、魔役士は考えていた。この異様による攻撃が今度もかわされるようなら……みずから追撃を加えようと。そのために両手を構えたのである。


 せまる黒き影――――無形むけいで異様なる存在が砂浜を進み、少年・少女へと差し向けられた。


 砂浜にる少年。涙を流し、悲しみ、おびえる少女を抱くこの男は……。


 そっと、彼女の身体を砂浜にろした。


 そして左手に鞘をつかみ直し、右手で武器のつかにぎる。


「竜神よ――――二度とは抜かぬ、斬らぬと……そのように拙者せっしゃちかもうした。しかし……」


 キラリと、輝きが見える。わずかにさらされた刃の輝きが銀に光っている。


 鞘からこぼれる水気みずけ。冷たい湯気ゆげが柄の周りにほとばしった。


「どうやら拙者、その誓いを護れそうに御座いませぬ。願わくば……せめてこれこそ、最後の一振ひとふりとなりますように……どうか、許されよ」


 わずかにのぞいた刃の輝き。そうした細身の武器を腰元に構え、右手を柄にえる。


 腰をかがませ、少しひねりを加えてめをつくる。そうして瞳を閉じ、気を集中させて神経をませる。



 迫りくる異様の脅威を前に閉眼へいがんし、静止した少年――。



 この若人わこうどたずさえる武器の正体……それは彼の国では“カタナ”と呼ばれる刃物だ。


 こと、物をることには比類なき技のともとして心強い。ただし、彼の帯刀するこれは単なる刀とはまた異なるモノ。


 それそのモノ自体。これこそ、抜き身となればその刃が“うなる”と伝わる“あやかしの刀”である。


 影の中を実体無く迫り進んでくる異様な存在。少女を目指すそれとすれ違うようにして、少年は一歩……大股おおまたに踏み込んだ。



――――交錯こうさくする瞬間――――



 その瞬間、すれ違いざまに飛び白銀はくぎんしずく


 鞘から抜かれた刃は砂浜ごと影を切り裂き、“断ち斬った”。真っ二つに両断された影から何か叫びのような悲鳴のような音があったが……それっきりである。


 砂浜から“はい”が巻き上がり、それは散らばって虚空こくうへとまぎれ、消えていく。


 奇妙な影はその存在ごと消え去った。すっかり、この砂浜に異様な影は存在しない。魔役士の足元にある影は通常通り、日光を受ける彼の足元から後ろに伸びている。


「――――――――は???」


 魔役士が口を開いている。両手に白煙をかせたまま、何が起きたのかまったく解らないという具合に「ポカン」とした。


 呆然とした様子にある彼の手元、そこの右手中指にめられていた指輪が割れて砂浜に落下する。紅い宝石もまた、真っ二つに割れているようだ。


 そして、砂浜に立つ少年――――“銀の長い髪を風になびかせるサムライ”――――が1人。


 降りぬかれた刃もまた輝く銀色に染まっており、それは鉄の色合いではない。刃には雫が伝わり、れた刃先からポタポタと水滴が浜に落ちている。


 見開かれた。そこにある瞳孔どうこうも銀の色合いであり、本来の彼にある茶色の様子はまるでない。


 別人のようだ。銀の頭髪をなびかせて立つ侍はその手にある刃をきだしたまま、ゆっくりと振り返る。


 視線の先にある魔役士は銀色の眼光を受け、おののいた。感覚から恐怖を覚えて彼は身震いした。


 ゆらりと、砂浜をあゆ銀眼ぎんがんの侍。見開かれた鋭い視線は真っすぐに、標的を見据みすえて外さない。


 魔役士ギアードは……刃の標的は、その両手に沸く白煙から“炎”を激しくしょうじさせた。


「くっ……ふっ、ふざけるなよ!!? キサマ、キサマ……ッ、この私の使い魔をよくも……よくもッ、どれだけ苦労したと思っているんだ!!!」


 生じた炎。両手に燃えさかる火炎を合わせ、“魔導士まどうし”ギアードは巨大な火の玉をつくり出した。


 魔導士は振りかぶり、火炎の球を思いっきりに投げつける。空中を進む火炎球は砂浜を焼き、がし、一部をガラス質にへんじながら脅威きょういの対象へと突き進んでいく。


 それに対して少年は……銀眼の侍は避けることもなく、ただ上段に――刀を頭上にかかげて構えた。


 侍は迫る火球へ向けて刃を振り下ろす。すると、雫と共に銀色の輝きが軌跡きせきとなって虚空こくうえがかれる。


 銀の軌跡にれた火球はこれも真っ二つ……燃焼ねんしょうという現象のかたまりは“両断”されて分かれ、左右にれてごう音と共に砂浜へと落下した。


 火炎の衝突によって一部がえぐれ、ガラス質に輝く砂浜。げた浜の狭間はざまを、何事もなかったかのように若き侍が歩く。


「・・・・・・・???」


 この時、魔導士ギアードは言葉も発することはなかった。ただ「何?」と疑問符ぎもんふを浮かべて首をかしげている。


 わずかにかたむいた視界を銀眼の少年が歩いて寄ってくる。そうした光景……。


 魔導士ギアードはチラリ、砂浜に座っている少女を見た。彼女はうるむ瞳で砂浜を行く少年の姿を見ているらしい。


 視線を少年に戻すと、ギアードはしばらく口を横一文字にして黙った。それから……声を上げて笑う。


「う、ウっフフフ…………アハァッハハハハハ!!! なんだ、なんだぁ?? お前、キサマ、この野郎ぅ……なんなんだよぉ~~。なんでこんなのが私の邪魔じゃまをするんだ?? ほら、あそこに座っているめいのなんと可愛らしく、無防備なことよ。それがなんだってこんな……こうして私が追いつめられる必要がある? まったく……馬鹿らしい。馬鹿らしいだろうがよ、なぁ……ウッヒヒヒ!」


 引きつったように笑い、肩をする魔導士ギアード。まるで変わりなく、真っすぐに向かってくる少年。


「お前さぁ……こんないたような存在がよ? 私の人生において、影も形も無かっただろうがぁ~~。そんなのが私の悲願ひがんさまたげられると思うなよ。あのね……俺がどんだけ努力して頑張ったのか、その年月を君は知らないだろう??」


 魔導士の両手から白煙がのぼった。少年はまるでそのまま、ただ歩いている。


「なぁ……貴公、名を名乗れよ。私はギアード=アルフォンドだ。かのエルテン大領主、ダルタン=アルフォンドきょうの次男にして今は唯一にして正当なる跡継ぎ……ああ、まだか。そうだ、そこの姪っ子を始末しないと……私は叔父だから、次男だから……そうしないと僕は正当になれない……そうだろう??」


 魔導士が歩く。両手から白煙を流し、その手に炎を宿やどしながら……笑みを浮かべて歩き始めた。


 少年は……銀眼の侍は変わらない。刃をきだしたままの刀をたずさえ、ゆっくりと歩いている。


 2人の距離が近づいていく。たがいに歩き寄り、距離がなくなっていく。


 そうして間近になる頃――魔導士があらためてう。


「なぁ、名乗れってばよぉ。俺は名乗ったよ? だから名乗れよ……どうだ、さぞ名声ある生まれなのだろ? そうでなければ納得できないもの……ねぇ、頼むよ。教えておくれ??」


 魔導士が両手を広げ、双腕そうわんに炎をはしらせる。自身の肌が焼けることもいとわず、制御を忘れたかのように熱を発して口から煙を吐き出した。


 そうした自暴じぼう自棄じきかのような人を前にして……少年がようやくに答える。


生憎あいにく――――キサマに名乗る名など、無い」


「え・・・・・・・ウフっ♪ プっフフフ……クフっフフフ……ウヘッ! ああ~~、そうですか? なるほど、なるほど。そう、です――――――かァああああああッ!!!?!?」


 える魔導士。全身から炎をらして、全身を燃えさかる武器と化して掴みかかるギアード


 飛び掛かってきたそれに対して……銀眼の侍は身体をかがめて踏み込み、瞬時に刃を振りぬいた。


「―――――――御免ごめん


 過ぎざま刹那せつな、侍が一言だけこぼす。


 銀の軌跡が外套の男を横一文字にき、炎と雫が飛び散る。その飛沫しぶきには赤色がじっていた。


 すれ違うようにして過ぎた着物の少年と外套の男。


 胴体に切れ目の入った男は完全に力の制御を失い、燃え盛る顔面でつぶく。


「こんな、こんなことのために……こうなるために、人生のほとんどを頑張ったんじゃなかったんだけどなぁ…………ごめんよ、にいさん。僕らはそろって……無駄死にだ」


 炎の中にある表情。それの目元には涙があったのかもしれないが、燃え盛っていて何も解らない。かろうじて笑っているように見えはしたが……それも数秒すると判別不能となる。


 黒い炭のようになった男。魔導士であり、魔役士であったそれはくずれるように砂浜へと倒れた。


 風が吹いている。海から吹き付けた風が崖に当たり、浜辺を強く過ぎていく。


 人の形をした炭からハラハラと、黒い粉が飛ぶ光景。それを振り返ることもなく、侍は刀を振り下ろした。


 うるおいのある刃から飛ぶ水気みずけに赤色が混じっている。そうして振るわれた刃には一点の曇りもなく、銀色の輝きだけがある。


 けがれをはらった刃が鞘へとおさまった。すると、そこには着物をまとう1人の少年が立っている。


 風を受けて揺らぐ黒い髪。その茶色の瞳には鋭さもけんもなく……。


「――――姫? 姫は……おお、ご無事であるか、姫!!」


 そう言うと、少年はあわてた様子で少女へと駆け寄る。


 砂浜にポツンと座る少女は涙を流していた。流していたが……それも今は一度止まっている。泣くどころではなく、ただ解らない、解りたくないからだろう。


 呆然としてそこにる少女――ミラリィース。そこに駆け寄った少年は彼女のかたわららにひざをつき、そして…………何も言えずにだまった。


 チラと、浜辺を見渡す。そこには動かなくなった老人と、炭と化した魔役士。それに4名の……。


「ひ、ひぃぃ、ひぃぃぃ……! ば、化け物……化け物だ……!」


 いつくばるようにして逃げていく姿がある。それは先ほどまで倒れていた4名の騎士達。


 彼らはどの段階からか目を覚ましたのだろう。そうした時、銀に輝く刃を振るって魔導士を切り裂いた異様な存在を目撃した。


 そうしたものを見た彼らは恐慌きょうこう状態におちいり、我先にと逃げ出したのである。気が付いた時には愛馬もいなかったが……それを気にしている場合でもなく、彼らは必死にその場から逃げていく。


 そうした者どもなど関係ない。まるで興味を示さず……いや、興味を向けるどころではない。


 少年は目の前で呆然としている少女を見ていた。なんと言葉をかけることもできず、ただ自分も呆然として黙ることしかできない。


 この少女。ミラリィースという女性はこの日……。


 父親や母親、それに親密な執事と……叔父を一度に失ったのである。両親についてはその最期を見たわけではないが、叔父が執事に行った行為を見て実感がいてしまっている。


 何も言わず、時折にほほを雫が伝う少女。それを前にしてどうにもできず、言えず、うつむいて押し黙る少年。


 今日、この日。出会ったばかりの2人。少年と少女。


 彼らはこの砂浜に、この大陸に、この世に……たった2人でのこされた。そのようなことを、特に少女がこの現実を受け止めろというのはあまりにもきびしい。


 頼りにしていた者を一度に失った少女。この先、彼女は1人で生きていくのであろうか……。


 いや、ここにもう1人いる。今現在、彼女を支えることができるのはただ1人しかない。


 そうした現実を認識して覚悟を決めろというのは……あまりにも厳しいものであろうか?


 それは――――少年にとっては容易たやすいものではなかろうが、覚悟かくごとして強く願うものである。


「姫…………ミラリィース殿」


「――――――。」


 少年が口を開いた。そうして言葉を……彼女の名を呼ぶ。


 少女は口を閉じたまま。何も言わず、砂浜にある2つの姿を見ている。


「拙者は……その…………頼まれた、でござる」


「――――――。」


 少年はそのように言う。一体、誰に何を頼まれたのかと?


 少年は言葉を続けた。


「先ほどライアン殿に……貴女を任せたと、頼まれたでござる。だから拙者は……」


「――――――。」


 チラリと、少年は炭と化した存在を見た。そうしてから視線を落として、砂浜を見つめる。この時、彼にとってやけに砂粒が間近に感じられた。


「……あの者……貴女あなたの叔父上を、その……拙者は……斬り申した。いたし方なし、とそのように言うつもりはござらん。ただ、貴女を……君を、護りたかったから…………すまぬ」


「――――――。」


 仕方がなかった、どうにもならなかった、この場で斬るしかなかった……本当にそうか?


 今更いまさら、どのように思っても全ては終わったこと。事実として、この少年は彼女の叔父を斬り捨てた。それは悪人だったのかもしれないが、ともかくに……彼女の親類を真っ二つとして、殺した。


「拙者は……だから、その……罪滅つみほろぼし、ということでもござらんが…………でも、約束もある。こたえはしなかったが、確かに彼の想いは受け取ったでござるよ」


「――――――。」


「拙者は姫を――ミラリィース殿を、護るでござる。これからこの先、たとえ何があったとしても……きっと君を護ってみせる。それが彼、彼らの……願いであろうからな」


「――――――。」


「誓うでござるよ。今度は、この誓いこそは決してやぶられはせぬ。もう、迷いもしない……君を護るためなら拙者は――――“なんだってする”。

 なにをしても貴女を護ってみせる。拙者はこれより、貴女だけの侍である。だから、どうか……こんなこと拙者が言っても説得力ないかもしれぬが…………安心、してほしい。君を安心して幸せにすることが、彼の想いにむくいることだろうから…………その、御免ゴメン


「――――――。」


 あやまった。少年は言葉の最後に頭を下げて、謝った。その必要があるのか、その理屈は何か……そんなことは彼にだって解らない。


 ただ、なにか頭を下げて謝らなければならない気がして、そうしただけである。それは本当のところ謝罪ではなかったのかもしれない。


 そうして頭を下げた少年。彼の黒髪がれ、頭頂部が見えるほどに下がった頭。


 何も返事はなく、音も無い。ただただの静寂せいじゃく


 そういう状態でしばらく少年が黙っていると……服のこすれるようなかすかな音が聞こえた。


 少年はチラリ、少しだけ顔を上げる。何か動きがあったのかと、気になって顔を上げたのだ。


 すると、そこに……。


「――――――テンジロウ、約束ヤクソクよ? あなたは……あなたは今日から、私を護ってくれるのね? 私のそばで、必ず護ってくれるのね?」


 震えていた。声は震えていて、肩も震えている。そうした様子で涙を流し、唇を噛んでいる少女の姿。


 少年は――――テンジロウは言葉を失った。彼女に真っすぐと見つめられて何も言えず。おどろきで上体を起こすと、そのまま少女の瞳を見て動けなくなった。


 そうして硬直している少年。何も言わずに真顔となり、正座の姿勢で動かない少年。


 そんな姿を見て……。


 少女は――――ミラリィースは「アハハ」と、涙を流して笑う。肩をふるわせ、くちびるをふるわせ、そして……。


 彼女は少年の胸元に顔を寄せた。倒れ込むようにその身をあずけて、彼の着物にしがみついた。


 そうしてからまた、泣き始める。少女ミラリィースは大声を出して、鼻水が出ても気にせず。はじもなにもなくただただ、すがりついて泣いた。


 しがみつかれたテンジロウ少年はしばらく動けなかった。だが、「ハッ」として気をとりなおすとこれも震える手でそっと……優しく彼女の身体をいだく。そうしてほほを彼女の頭に着け、つぶやいた。


「きっと、間違いなく。セッシャは貴女を護るでござる。この世のなにもかもから、たとえこの身がどうなったとしても……君のことを、守り通す。これは武士の……セッシャの生涯しょうがいを通した約束ケイヤクでござる……」


 鞘に収まった刀は砂浜に置かれている。今この時、侍の両腕は彼女をいだく他に用途がない。



 ――流浪の身でこの大陸に流れ着いた侍。その者、名を“テンジロウ”という。


 彼はこの先、何があっても彼女を護ろうとするはずだ。誰であろうと、何事であろうと……その誓いが破られることはないだろう。


 東の島国にて、一介の武士としてお国の職務をまっとうするはずだった少年。その運命は彼自身の決意によって大きく変わり、その覚悟によって新たに定まった。



 テンジロウ少年と少女ミラリィース。彼らはこの先、多くの人に出会うのであろう。そして多くの出来事を知り、体験するはずだ。


 その時2人は何を想い/感じ/考えるのであろう。


 そして、2人の行きつく先……みやこには何が待っているのであろうか?



 そしてそして、そこで出会う「2人」と「2人」。彼らの正体とは、一体――――ッ!?!?



 次回、「オレらはモンスター!!」


 『 黒棘くろとげの怪物、バウランシア 』



 可憐なる少女にちかいをうばわれた時。

 大柄おおがらな守護者がその身をへんじ、敵を穿うがち投げ放つ――。






「オレらはモンスター!!」列伝 ―セッシャはモンスターでござる―






END







――――契約ヤクソクの成立、心の接続を確認。“装怪そうかい”を実行いたします。


 それではどうか、彼女の興味をおみちびきください――――






|オレらはモンスター!!|




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