「セッシャはモンスターでござる(6)」―仮面の騎士―
|セッシャはモンスターでござる|
4頭の馬に4人の騎士。それらの吐き出す白い息がすっかり晴れ渡った空へと流れ、消えていく。
騎士達は全員が“仮面”を着けているようだ。おかげで表情はまるで解らず、揃ってそうしているものだから不気味でもある。
浜辺を行く仮面の騎士達は少し速度を落とした。それはたぶん、彼らも“不気味な存在”を目視したからであろう。
騎士の1人が言った。
「――――あれはなんでしょう? この辺りの村人……漁師でしょうか?」
仮面の隙間から白い息を零しながら、そのように仲間の騎士に問う。
「……さぁ? しかし、足跡はあの洞窟へと続いています。それは1人のものではなく……つまり、彼以外の何者かがあの場に在る可能性が高い。ちょっと、尋ねてみればよろしい」
「尋ねる……か。なに、小銭でも握らせれば何か情報を吐くでしょうよ。何も知らぬと言うならそれもいいが……白々と隠すようなら、その時は――」
「不要な殺生は好みませぬ。だが……どの道、罪なき少女をこうして追いつめておるのだ。今更というもの……我が騎士道も堕ちたものよ」
揃いの仮面を着けた騎士たちはそれぞれが所見を述べている。
そうして話しながら、気持ち程度の警戒をしつつ。騎士達は洞窟前に至った。
近づいてみると洞窟前の男はまだ若く、見間違いかと思った装いも現実のものらしい。この冷えた朝……まだ浜辺には雪が残るというのに、どうしたことかほとんど裸な少年の姿。
騎士達は「なんだこいつ?」と訝しんではいる。ただ、それは警戒というより“嘲笑”のような感情であり、別段として目の前にある不思議な少年を恐れるようなことでもない。
だから洞窟の前で馬たちを留まらせて――つまり足を止めさせて、無警戒に馬上から少年へと問いかけた。
「貴公、どうしてそのような姿で――――いや、それはどうでもよいか。ふむ……1つ、尋ねたい。我々は人を探していてな? それは“少女”であるのだが……昨晩に迷子となってしまって、どうにか保護したいのだよ。この寒空だ、早く見つけてあげたくてな……」
騎士の1名がそのように質問する。仮面で表情は解らないが、口調は落ち着いたもので穏やかさすら感じられるものだ。
優しい口調の質問を受けて、洞窟前の少年は……。
「むむ……少女? 昨晩に、迷子とな……?? ほほぅ、それはそれは…………はて、見当あるかのぅ? うぅ~~む」
なんとも曖昧な態度だ。迷ったふうな様子で腕を組み、天を仰いで唸っている。
ハッキリしない少年の態度。それを見た騎士は「よろしい」と言うと、小さな布袋を1つ、取り出して砂浜へと放り落とす。
「――――およそニ万PL、入っている。これで何か思い出せぬか?」
砂浜に落ちた小袋。そこから「チャリン」と音が鳴った。
それを見たほぼ全裸の少年は首を傾げる。
「ぺ・る・ら…………聞き覚えござらんものだ。これは一体、なんの真似でござるか?」
砂浜に放られたものが解らず、不思議そうにした少年。その様子を見た騎士は……。
「なに、ペルラを知らない……まさか貴公、“金”を見たことすらないのか? ――ハッハハ、これは困るなぁ。いやいや、悪いものではないよ? 間違いなく役に立つものさ。だから受け取って、どうか何か情報を思い出してほしい」
「…………なるほど、これはこちらの金銭――か。これは失礼いたした。何分、こちらの文化には疎いものであるから……さて」
少年はそう言うと足元の砂浜に落とされた小袋を右手で拾い上げた。それを手元で浮かせて、掴んでと繰り返す。その度に「チャリチャリ」と小気味よく音が鳴る。
どうやら通貨を知らなかったらしい少年。そのことを揃って嘲笑う仮面の騎士達。仮面で表情は解らないのにどうしてそれが解るかと言うと、それは彼らが「フッフフ」と声を出しているからだ。
そうした嘲笑。それを受けた少年は…………彼もまた、笑った。小さく「フフっ」と零すように黒髪の少年は笑う。
「おっと……すまんな、気を悪くしないでくれ。ただ、ちょっとここいらの人は随分と珍しい暮らしをしておるのだな~~と、関心してしまっただけなのだ。決して馬鹿にしたり見下したりしているわけではないぞ、貴公? ウっフフ」
騎士はそのように言う。馬上から揃って少年を見下ろす彼らは騎士の言葉最中にも「クスクス」としていた。
ほぼ裸の少年は変わらず「チャリチャリ」と、右の手元で小袋を遊ばせ、鳴らしている。そして騎士の問いに――――答えず。むしろ、質問で返す。
「聞くが……貴殿らが探す少女というのは昨晩に迷子となったのだな?」
「おお、そうだ。可愛そうに……おそらく悪い男に連れられているようで、今頃はきっと怯えているだろう。いや、騙されてしまっているかもしれないな!」
「ああ、なるほど。迷子というよりは……“誘拐”でござるか? なるほど、なるほど……それはさぞかし心配なことよのぅ。“老人に城から連れ出された少女”――――つまりはそれが、お主らが探す人なのだな……」
「そうそう――おっ!? 何か知っているのか、その口ぶり。是非とも教えてくれ! さぁ、あの“執事と少女”は何処に居る!?」
「ふぅむ、まぁそう急くでない。彼らのことはともかくとして…………1つだけ、ハッキリとしたことがあるでござるよ?」
少年の手元で遊ばれていた小袋。金銭の入ったその小袋が不意に、空へと放り投げられた。
投げられた小袋は高く上がった後、馬上にある騎士の胸元に当たって鞍へと落ちる。
金銭を投げ返された騎士は「おっ?」と、戸惑いながら鞍に落ちた小袋を拾い上げた。その様子を見る他の騎士達は……静かに、腰元に下げた剣の柄へと手を置く。
そしてほぼ全裸の少年は……その左手に掴んでいる“細身の武器”を掲げた。
「そう、お主らは嘘をついておる。何が誘拐か、何が悪い男か……真に郎党なのはそちらの方であろう?」
少年の身体、その背中から胸部にかけては何か文様が描かれている。それこそは彼の故郷に伝わる古い伝説――――“黒き竜神”の姿を彫りこんだものだ。
長い黒髪が不意の突風に騒いだ。眼光鋭くなった少年は声を張り上げる。
「彼らの居場所など知らぬ、存ぜぬ、教えはせぬ!! 痴れ者共めが……大人しくこの場を立ち去るがよい。さもなくば――――」
竜神をその身に彫りこんだ少年は「ニヤリ」、笑みを浮かべる。そして、左手に握る鞘を腰元に構え、姿勢を屈めた。
「――――二度と、“姫”に近づこうなどと言えぬように……コテンパンにしてやるでござるよ??」
少年が白い歯をキラリと見せる。そうして彼が「ワッハハ!」と笑った時――。
騎士の表情は仮面で解らないが……明らかに気配が変わった。それは恐らくだが「怒り」に類するものだろう。
騎士は仮面越しにも鼻息荒く、剣を鞘から引き抜き、その両刃を露わとする。
「ほざけ、小僧めが! やはりキサマ、知っているのだな……ならばその軽口を後悔させ、泣きながらでも白状させてやろう!! 吐け、ミラリィースは何処に居るッ!!!」
騎士の1名が声を荒げてそのように言うと、他の3名も長剣を鞘から引き抜いた。
そうして馬上に構えた4名の騎士達。それを見た少年はまた、笑う。
「ハッハハ、騎馬兵の本領は“突撃”にあろう? それが立ち止まり、かような至近距離で……それにあろうことかこの、侍衆先鋒頭――“舞いのテンジロウ”を前にして……馬上を有利と思うことなかれッ!!」
身を屈めたほぼ全裸の少年が声を張り上げ、気迫を解き放つ。
一足、片足に力を込めた跳躍は軽々としたものだった。テンジロウ少年の身体は軽々と馬の背丈を越え、馬上にある騎士へと降り迫る。
突然にして異様な躍動。それに驚いた仮面の騎士は両刃の剣を振り回して少年を斬り落とそうとした。
そうして混乱状態にある刃は細身の鞘によって受け止められ、鞘と刃の接点を支点として宙を回った少年の蹴り足が騎士の顔面に叩き落される――――。
仮面は割れた。露わとなった顔立ちにある鼻先は丸く大きく、口元を覆う髭がむさ苦しい騎士の1名は意識が朦朧となり、今にも馬から落ちそうになっている。
彼の身体が傾きつつある光景。その中で馬の背を蹴ったほぼ全裸の少年が別の騎士へと飛び掛かった。
突然の光景にわけも解らない様子の騎士は呆然と、迫る少年の姿をただ見ている。そうして呆然とした顎先に硬い鞘の一撃が薙ぎ払われるとこれも意識が遠のき、傾いて馬から落ちそうになった。
一撃を浴びせて、そのまま騎士の身体を踏みつけている黒髪の少年。その背中に向けて、別の騎士が剣の切っ先を伸ばす。
伸ばした切っ先は虚空を裂き、馬上で気絶している騎士の甲冑に当たり、金属音を奏でる。金属と金属が強く当たった衝撃によって腕が痺れた騎士……それは馬上で呻いた。
その頭上では、空中で身をひるがえしながら鞘を振り上げている少年の姿がある。
「ゴチン!」と脳天に鞘の一撃を浴びた騎士はこれも意識朦朧となり、姿勢が崩れて倒れていく。
そして、まともに意識がある最後の騎士。彼がそこに見た光景は……。
目の前で浮き上がり、身を屈めるような姿勢で足に力を溜めている少年の姿――――。
仮面が割れる。飛び散った仮面の破片が砂浜に落下するのとほとんど同時、次々と馬上から落ちる4名の騎士達。そして、数秒に遅れて着地したのは竜の彫物をその身に刻んだ少年。
砂浜に落ちた騎士達は「ピクピク」と痙攣していたり呻いたりしている。そうした光景に驚いたのか、馬たちはいななき、まるで巨大な怪物に怯えたかのように慌てて砂浜を走り去った。
倒れた4名の騎士。そうした光景の中で立つのは黒髪のほぼ全裸な少年が1人。
着地で屈んだ姿勢から立ち上がったテンジロウは振り向き、騎士達の有様を見た。
「ご安心めされぃ、大陸の戦人よ! 故あってこの刃を抜くことはありませぬ。だから命までは取りませぬが、これに懲りたら二度と姫に…………と、聞こえはせぬか」
そう言いながら、少年は刃の収まる鞘をかざして見せている。
コテンパン……というにはあまりにもあっさりとしたものだ。倒された4名は砂浜でしばらく眠ることになるだろう。そしてそれ以上は必要ないと少年は思い、改めて彼らに背を向けた。
そうして振り返った少年。そこに見た洞窟の入口……。
そこには2人の姿がある。それはボロボロなタキシードを着た老人と、可憐な少女だ。
どこからかは解らないが、どうやら2人は少年の行いを見ていたらしい。洞窟の入口近くで何かゴソゴソと話していたので、そのことが気になって顔をのぞかせたのであろう。そうしたら「あっ」という間に騎士達は倒されてしまった。
「お…………姫、ライアン殿!! こやつら、貴女方が言っていた昨晩に城を襲った郎党の一味と思われます! 他にも仲間があるかもしれませぬ……ここは危ない、即刻にこの場を離れるが得策でござろう!!」
そのように言って、洞窟の入口へと跳ぶようにして戻ってきたほぼ全裸の少年。
それを2人は――
「て、テンジロウ様。あなた様はなんと……このように腕が立つとは、確かに仰られていた通りですな……!」
「ぎゃっ!? ちょ、ちょっとあんまり激しく動かないでくださいますか!? そうするとその、あの……見え…………ええいっ、やめて! ちょっと離れてくださいませ、私は何処を見れば良いのです!?」
――と。どちらも別々の理由で戸惑ったり関心を抱いたりしたらしい。
戸惑いのある2人。その目の前に戻ったかと思うや否や、盛大にくしゃみを撃ち放つ少年。
それを心配する老人とそれが物凄くイヤそうな少女。
浜辺の洞窟前。話す3人と倒れた4名の騎士達。
そうした光景を“崖上から見下ろしている人”……。
崖上の人は呟く。
「――――ここに居ましたか。やっと、見つけましたよ……お嬢様?」
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